諦められない恋
「ごめんなさい、今好きな人がいるの」
人生初の告白は、一瞬にして打ち砕かれてしまった。
「あ、ああ! そ、そうなのか! うん、大丈夫!」
「えと……」
「頑張って! 上手くいくように応援、そう! 応援する……うわあああああ!!」
「あ、田中君待って!!」
思い人が止めるのを振り切って俺は走り出した。
泣いているところを見られるなんてヘマはしたくない。いやもう振られている時点で恥ずかしいも何もあったもんじゃない気もするけど。
サヨナラ加藤さん……同じクラスだけど。
「だからやめとけって言ったんだよ、この身の程知らずめ」
「うるせーな、黙ってろ小池」
「加藤さんは高嶺の花すぎるだろ」
小池の言うことは尤もだ。顔が可愛くて、スタイルもいい(目測Fカップはある、たぶん。触ったこともないしわからないけド)。頭も良い。運動神経もいい。
欠点何て見当たらない。おまけに俺のような平凡男子高校生にもわけ隔てなく接してくれる――
そりゃ好きにならないでって言う方が無理あるって。
「ちくしょー誰だようらやましいな」
そんな加藤さんの思い人に対して嫉妬と羨望が渦巻く。
加藤さんが好きになった人なのだからそりゃもう完ぺき超人なんだろう。
絶対に勝てる気がしない。逆立ちしても勝てっこない。
「あたし知ってるよ、加藤さんの好きな人」
「なんですと!?」
話しかけてきたのはクラスで話しやすい女子No.1の依田だった。
こいつとなら下ネタすらOKな雰囲気すらある。
そして気さくな性格を利用しての情報収集が趣味というけっこう悪い……や変わったところもある。
そうだよ、告白する前にこいつに聞いてみればよかったよ。そしたらあんな玉砕することはなかった。失恋するにはするけど静かな失恋に終わったに違いない。
「一年D組の西内コウだよ」
「誰だよ」
いや本当にわからない。まぁ一学年で五百人もいるようなマンモス校だから知らない人間がいてもおかしくない。その西内コウってやつが加藤さんの思い人なのか。
相当イケメンで、紳士で、すごい奴に違いない。
「はぁ……」
「せいぜい頑張りなよ」
どう頑張れっていうんだ。もう振られたあとなのに。
この後、加藤さんが心配そうな目で何度かこちらを見ていたけれど、目が合ってうれしいなんて思う余裕はなかった。そんな優しさ見せられたら余計辛い。
嫌いになれないのが辛い。
「きゃー! おめでとう!!」
悲しい失恋から二週間後、数人の女子が何やら盛り上がっている。その中心にいるのは加藤さんだった。
「長い片思いだったよ……」
「ほんと大変だったねー」
「でも無事に上手くいって良かった!」
「ありがとう!」
ああ、両想いになったんだ。おめでとう加藤さん。
でも、でも……やっぱりまだ好きだ!
「いやーしかしコウ君は難攻不落だよね」
「どんだけスキルあげればいいの?って感じ」
「どうしてもコウ君だけは上手くいかなくて私攻略本買っちゃったし」
スキル? 攻略本?
何西内コウ君って攻略本出るほどすごいやつなの?
スキルって何?
訳が分からないという顔をしていると、依田がすっと寄ってきた。
なんだこいつ。なんで笑い堪えてんだよ。
「西内コウ。一年D組。出席番号十六番。趣味は読書と乗馬。特技はスポーツ全般。大きな病院の跡取り息子」
やめてくれ。やっぱり何一つ勝てる要素はない。
耳を塞ごうとすると依田が阻止してくる。
何なんだよ……そんなにダメージ与えたいのかよ。
「出典は今人気の乙女ゲーム『星屑物語』」
「は? 乙女……ゲーム……?」
依田が素早くスマホを操作して、一枚の画像を見せてくれた。
二次元のイケメンたちがキラキラオーラを放ってこちらを見ている。
「加藤さんが好きなのはこいつね」
指さしたのはその中でもセンターに君臨するイケメンだった。
くそ、こいつが加藤さんのハートを! 許せん!
ついでに俺をおもちゃにした依田も許さん!給食食ってやるからな!
俺はしばらく頭を抱えてしまう。
いやしかし、こうなるとつまり、その……
「加藤さんはね、二次元しか愛せない……つまり二次元コンプレックスなんだよ」
何という事でしょう。
口をあんぐり開けてもう一度加藤さんの方を見ると目が合ってしまった。
気まずい。どうしたらいいの。
「お、おめでとう加藤さん」
応援すると言ったのを思い出したらついそんなことを口走っていた。
加藤さんは驚いたような顔をしたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、田中君!」
ああ、やっぱり無理! 諦められない!
この笑顔見て諦められるわけがない。
学校終わったら、近所のデパートに星屑物語買いに行こう。
いや、やっぱ恥ずかしいから通販で買おう。
加藤さんの理想を研究しよう。
そう心に誓いながら、俺は次の授業の準備にとりかかった。