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第十一話

 荷物を持って兵舎に戻る途中、ジェマは留置所から出て来たハロルドを見かけて声をかけた。


 曰く、ウィーゼルに呪いをかけた魔術師について聞き出して来たところだという。さすがにすんなりとはいかなかったようで、ハロルドの白い軍服には擦れた跡や埃によるシミが見て取れた。


「ひと悶着あったみたいですが、大丈夫ですか?」


「問題無い。ところで、パーシーは帰ったのか」


「……いえ、まだ」ジェマは無意識に視線を泳がせる。「例のアレを味見したら体調を崩してしまったらしくて。私が使っていた部屋で、休んでもらってます」


「やっぱり毒だったんじゃないか……」ハロルドは眉間を押さえる。


「残りは私が処分しておいたので、家に戻っても大丈夫ですよ。それにしても……もしかして、パーシーってハロルドのこと……」


 ハロルドの視線を受け、ジェマは口を噤む。ハロルドは気にした様子もなく、溜息混じりに言う。


「パーシーとの出会いは少々複雑でね。彼女は不器用だが、悪い人間ではない。仲良くしてやってくれ」


「あっ、はい。え?」ジェマは思わず聞き返す。


「ん?」


「え、パーシーって、女の子なんですか?」


「なんだ、知らなかったのか?」心底意外そうに、ハロルドは言う。「タロンフォードでは、女性が男性名を付けられていることは珍しくない。そういう風習らしい」


「へえ、勉強になります」


 タロンフォードは昔から漁業が盛んな土地である。体力のある男性が漁に出かけている間、集落には女性や子ども、年寄りや体の不自由な者が残される。


 当然、そんな状況を賊が見逃すはずもなく、かつては襲撃や略奪が頻発していたという。賊から身を守るため、タロンフォードの女性たちは戦闘技術を学び、女の子に男性名を付ける風習が始まった。


 そのため、タロンフォード出身の女性は男勝りで勇ましい性格をしているといわれている。


「貴様が女性らしくない振る舞いをするのも、故郷の風習なのか?」


「別にそういうわけじゃないですけど……」ジェマの言葉に若干トゲが混じる。「田舎なので、あんまり『女性らしくしろ』とは言われませんでしたね。同性の友達も、よく男の人と一緒に遊んだり働いたりしてましたし」


「川で魚を取ったり、近所の犬を追い回したりな」


「そうそう、私も男の子に混じってよく遊んで……って、ん?」


 ハロルドのものではない声に、ジェマは言葉を止めて振り返る。視線の先には、柔和な笑みを浮かべた黒衣の男が、ジェマとハロルドを見守るように立っていた。


「団長、お出かけですか?」黒衣の男に向き直り、ハロルドは姿勢を正して敬礼する。


「ああ。茶葉が切れてたからね。買出しに行くところだよ」


「だ……だ……団長? 団長って言いました?」ジェマは引きつった声をあげて黒衣の男とハロルドを交互に見る。


「ああ、見習いは団長に会うのは初めてか。この方がホークバレー騎士団の団長を務める……」


「こんなとこでなにしてんの、ジェフリー兄さん!」


「兄さん!?」解説を中断し、ハロルドは素っ頓狂な声をあげた。


「やあ。久しぶりだねジェマ。十年ぶりくらい? 大きくなったねえ」


 ジェフリーと呼ばれた黒衣の男——ホークバレー騎士団の団長は、ジェマに朗らかな笑みを向ける。


「まあ、積もる話もあるだろうから、お茶でも飲みながらゆっくり話そうよ。ハロルド君も一緒に」


 団長もといジェマの兄、ジェフリーの買い物に付き添うという名目で、ジェマとハロルドはマシュマロウ通りにある菓子店にやって来た。


 色とりどりのケーキや焼き菓子が並ぶ棚の奥に、小ぢんまりとした喫茶スペースがある。ジェマたちは壁際の席に案内され、腰を下ろした。


 まだ昼時と言っても差し支えない時刻なので、他の客の姿は無い。曇り硝子がはめられた窓越しに、通りを行き交う人々の喧騒が聞こえる。


「まずは合格おめでとう。ジェマ」上等な茶葉を購入してご満悦な様子のジェフリー団長が、そう切り出した。「まさかあのパーシー君に勝てるとは思わなかったよ。強くなったね」


「そんなことより、ちゃんと説明して……くださいよ」


 ジェマは少しためらって、口調を敬語に直す。


「父さんと喧嘩したっきり帰って来なかったから、村の皆も心配してたんですよ。今までどこでなにをしてたのか、なんでホークバレー騎士団の団長やってるのか、ちゃんと説明してください」


「ごめんごめん、手紙を書こうとは思ってたんだけど、色々ごたごたしててね」


 なんの回答にもなっていない。兄は昔からそうである。へらへらと笑ってごまかして、大事なことはなにも教えてくれない。


 注文していた木苺のホールケーキがテーブルの中央に置かれ、紅茶と小皿がそれぞれの前に配られた。


「あ、そうそうハロルド君」団長がケーキを切り分けながらハロルドに話を振る。「例の彼の様子はどうだった? なにか聞けたかい?」


 ハロルドは一瞬ジェマに視線を向け、ためらいがちに口を開く。


「はい。奴が魔術師と接触した場所を特定しました。すぐにでも調査に向かえます」


「そうか、ご苦労様。調査には三番隊に向かわせよう。魔術関連なら彼らのほうが詳しいからね」


「では、自分は引継ぎに……」


「いや、連絡なら私から後でしておくよ。ゆっくりしていきなさい」


「しかし……その、身内の込み入った話に、自分のような部外者が居てはご迷惑なのでは」


「構わないよ。誘ったのは私だしね」


「兄さん、ハロルドだって忙しいんですから、無理に引き止めちゃダメですよ」ジェマは兄を睨む。「引き止めなきゃならない正当な理由があるんなら別ですけど」


「理由ならあるさ」


 兄は切り分けたケーキを配りながら平然と答える。


「見習いの指導や監督も七番隊の仕事だからね。つまり、ハロルド君は君の直接の上司になるわけだ。上司として、ハロルド君には君のことを知ってもらう必要がある。腹を割って話すなら食事の席が最適だ。ほら、正当な理由だろう?」


 ジェマは歯噛みする。相変わらず、この兄は舌も頭もよく回る。ハロルドが居たほうが、ジェマの追究から逃れやすいと判断したのだろう。利用されるほうは実に気の毒である。


「差し出がましいようですが」


 ハロルドが唐突に口を開いたので、ジェマとジェフリーは彼のほうを見た。


「そういうことでしたら、団長にも説明義務があると自分は考えます」


「……なんのことかな?」


「彼女と団長の間にある確執についてです。彼女がホークバレー騎士団に所属するなら、あなたとの確執は後々騎士団の運営に支障を来たす恐れがあります。差し支えなければ、ここは彼女の質問に答えるべきです」


「おや。そっちにつくのかい、君」


「上司として、部下の身内のことも知っておく必要がありますから」


 団長はやれやれというふうに溜息を吐く。


「わかったよ。降参だ。じゃあ、どこから話そうか……」


 紅茶をすすり、思考をまとめるように十数秒程度の沈黙を挟んだ後、ジェフリーは静かに語り始める。


「まずは一つ目の質問からだね。今までなにをしてたのかといえば、旅だ。セルペニアの各地を渡り歩く旅をしていた」


「一人旅なんて……なんでそんな危険なことを……」


 縋るような目を向けるジェマに、ジェフリーは優しく微笑みを返す。


「一人じゃないさ。旅先でできた仲間と一緒に、遺跡を巡ってみたり、山賊退治をして小遣いを稼いだり、色々してる内に、ホークバレーに腰を落ち着けることになったのさ」


 セルペニアをはじめ、大陸の各所には古代文明の遺跡が数多く残っている。


 遺跡の多くは墓や神殿で、『救世の英雄』をはじめとした物語や神話のルーツともいわれており、遺跡を巡る旅に出る者は珍しくなかった。遺跡を観光資源としている街や村も多い。戦争が終わって治安が安定してからは、旅行者の数も増えている。


「それから二つ目の質問、なんで騎士団の団長をやってるかだけど、この辺りの山賊をやっつけてたら、いつの間にか名前と顔が知れ渡っちゃったんだよね。それで仲間が増えて、しばらく俺たちは傭兵団として活動してたんだけど、戦時中の治安維持に貢献したってことで、騎士の称号を貰ったってわけ」


「で、その団長に兄さんが据えられたってわけですか」


「まあね」ジェフリーは肩をすくませる。「家族に手紙を出さなきゃなあとは思ったけど、親父と喧嘩別れして村を出た手前、気まずくてね」


「もう何年も前のことじゃないですか。お父さんだってもう怒ってませんよ」


「んー、わかってはいるんだけどねー。手紙書いたら『帰って来い』とか言われそうだし……」


「ちゃんと事情を説明すればわかってくれますよ。私が村を出ることにも反対しなかったし」


「そうかなあ」


「そうですよ」


 ジェフリーはしばらくうーんと唸っていたが、やがてひとつ息を吐いて口を開く。


「わかった。手が空いたら手紙を書くよ。村の皆も心配してくれてるみたいだしね」


 そう言って、ジェフリーはぬるくなった紅茶に口を付ける。


 その後はしばらく他愛の無い談笑をして、お茶会はお開きとなった。


 買い物に付き合ってくれた礼として、飲食代はジェフリー団長が持つことになった。ハロルドはかなり恐縮していたようだが、団長がどうしてもと言うのでお言葉に甘えることにしたようだ。


「そうだ、ジェマ。ひとつ頼みたいことがあるんだけど」ジェフリーが思い出したようにジェマを呼び止める。


「なんですか? 団長」


「そんな堅苦しい呼び方はやめてくれよ。まあいいや、昨日、君がこの辺りで拾った獣人が居ただろう」


「オビのことですか?」


「そう、オビ君。彼は今留置所に預けられてるんだけど、ずいぶん寂しがりな性格みたいでね。君には懐いてるみたいだから、仕事の合間にでも話し相手になってあげてくれないか」


「そういうことなら構いませんけど」ジェマは訝しげにジェフリーの顔を見上げる。「もしかして、なにか問題が?」


「いや、そういうわけじゃないよ。ジェマもこの町に来て日が浅いだろう? 息抜きになるかと思ってね」


 またオビが無茶をして役人を困らせているのかと思ったが、どうやら違うらしい。ジェマは内心ほっとする。


「わかりました。勤務は明日からなので、荷物を置いたら寄ってみます」


「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、明日から頑張って」


「どうも」


 軽く挨拶を済ませ、ジェマは団長たちと別れて帰路に着いた。

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