六品目~思いの届くバースデーケーキ・下~
「分かりました。じゃあ、二週間お昼から夕方五時までお願いします。ケーキはその後六時までの一時間、毎日教えます。」
私の言葉に二人の顔がぱっと輝いた。ありがとう、嬉しい、と口々に言って、私に抱き着いてきてくれた。学校が春休みに入っているから、時間帯は午後でいいそうだ。上機嫌な二人に、予備用にしまってあった黄色と緑のエプロンを手渡す。
「明日からよろしくね。」
「「お願いします!」」
胸の前でぎゅっとエプロンを抱き締める二人に私は思わず笑みが零れた。
誰かのために頑張る彼女達は誰よりも素敵だった。
彼女達をお店の外まで出て見送ると、カランと涼やかなベルの音がして扉が開いた。視界に入った藍色のスーツに少し鼓動が早まる。
これからまた、お仕事ですか。
声が震えないように気をつけながら話し掛けると、男性が小さく頷きながら はい、と返事をした。
久々に耳にした優しげなテノールの響きにまた鼓動が早まる。きゅっと服の裾を握って、出来るだけ自然に笑いかける。
「お仕事、頑張ってくださいね。」
おかしくないかな、ちゃんと言えたかな。初めての会話らしい会話にどぎまぎしつつもじっと彼の顔を見ると彼は落ち着きなく視線をさまよわせながら、行ってきますと言って駅の方に歩き出した。ゆっくりと踏みしめるように歩く彼の背中を、私は彼が角を曲がって見えなくなるまで見送った。
* * *
次の日から、みうちゃんとゆいちゃんがお店に顔を出した。お揃いの白いワンピースの上に着た黄色と緑のエプロンはとても可愛らしくて、二人はお客様と楽しげに話しながらせっせと注文を取っていた。二人のおかげで私はキッチンの方に集中出来て、アルバイトでお願いするのもいいかもしれないと思った。
そして、五時でお店を閉めてからは彼女達にケーキの基本的な作り方を教えていった。
「パティシエールって……ちから、仕事っ!」
生クリームを泡立てながら、みうちゃんが気合の入った声をあげる。
その隣で私も笑いながらボールをかき混ぜた。カモフラージュのためにゆいちゃんは五時で帰った、明日がゆいちゃんの番だ。額にうっすら汗をかきながらみうちゃんは必死でクリームを作っていた。
そうして、数日が経ち、一週間が経ち、彼女達はだんだん早く手際よくケーキが作れるようになっていった。生クリームはみうちゃんが担当、スポンジとフルーツのカットはゆいちゃんが担当するようだ。前日となった今日、閉店準備をする私の隣で、彼女達は今とても真剣な目つきでそれぞれの仕事をこなしていた。
「葵さん、味どうですか。」
みうちゃんがクリームの付いたスプーンを私に差し出した。それをゆっくり受け取って口に含む。柔らかな甘みを持つ生クリームの繊細な味が口の中にふんわりと広がった。
美味しい、にっこり笑って言うとみうちゃんは小さくガッツポーズをして喜んだ。
「葵さん葵さん!どうしよ、ちょっと焦げちゃった……。」
ゆいちゃんが駆け寄って私のエプロンを引っ張る。オーブンから取り出され、型抜きされたスポンジを見ると、底の方に少しだけ焦げ目が付いていた。
大丈夫だよ、これくらいなら食べられるよ。
頭を撫でてそう言うと、ゆいちゃんがじっと私を見て心配そうな声を上げた。
「大丈夫、大丈夫。」
ね、と笑いかけてみると、ゆいちゃんはこくんと頷いた。それからすぐにリズミカルな包丁の音が聞こえてきた。
私も明日の準備をしながら二人のケーキが出来上がるのを待った。
美味しく出来ますように、彼女達と同じようにそれだけを願って、私は彼女達を見守っていた。
「出来たぁ!」
二人の嬉しそうな声と小さな拍手が聞こえたのは、既に空が茜色から闇の色に移り変わった時だった。
上手に出来たね、私も二人とハイタッチをして完成を喜んだ。その後すぐに二人を家に帰し、私はケーキを箱に詰めてから冷蔵庫の一番奥にしまった。
お母さん、喜ぶといいな。彼女達の声が頭を反芻する。
その声に心の中で、きっと喜ぶよ と返してから冷蔵庫のドアを閉めた。
そして当日。
彼女達は開店してすぐお店にやってきて、ケーキの様子を確認してから持ち帰った。何度も何度もお礼を言う彼女達を軽く抱き締めて私は別れを告げた。
その後、二人のお母さんがいちごの乗った二人の手作り誕生日ケーキを見て嬉し涙を零したのはまた別のお話。