六品目~思いの届くバースデーケーキ・上~
カラン────。
涼やかなベルの音が洋菓子店を包み込む。いらっしゃいませ、笑顔と共にお決まりの挨拶をした私は一礼してから顔を上げた。
すると、目の前では短髪にシルバーフレームの眼鏡がよく似合う、藍のスーツを着た男性が落ち着きなく視線をさまよわせる。そしてメニュー表を差し出して、ふと首にぶら下がった社員証に目線をやった時 私はやっと気がついた。あの二駅離れた会社に勤める課長さんだ。長かった髪を切っただけで大分印象が変わって分からなかった。けれど、照れくさそうに頭をかく姿と前の彼の姿が重なってあぁ、彼だなと実感する。
一週間ぶりのご来店に嬉しくなって、私はいつも以上の笑顔で一言声を掛けた。
『ご注文が決まりましたら、お席のベルをお鳴らし下さい。』
嬉しさを伝えたくてまた笑顔を作ってみせるが、彼はさっと定番となった壁際の席へと鞄を置きに行ってしまった。
普段より少し忙しない彼の行動に、不審感を抱きつつも、久々にご来店してくださった彼のためにいつものコーヒーを用意しようと、私はキッチンへと入っていった。
さて、今日も楽しい一日になりそうだ。
* * *
最近はお仕事が忙しかったのかな。
彼に注文されたホットサンドをお出しして、お持ち帰り用のクッキーがオーブンで焼ける様子を眺めながら 私はじっと考えていた。毎日昼の12時から1時の間に来てくれていた彼がここ一週間ほど訪れていなくて、正直少し寂しかった。その時間帯には お喋りに来ていた近所のおばあちゃん達や常連のお客様達みんなに
「そわそわしてどうしたの、何かあるの?」
と言われてしまっていた程だ。また初めてご来店なさった時のように、青い顔でいないかとか、何処かで倒れていないかとか、色々考えてはぼーっとしてしまっていたのだ。
カラン────。
涼やかなベルの音がキッチンにまで鳴り響く。お客様だ、すぐに気がついて顔を出し、笑顔と共にお決まりの挨拶をするとそこには以前来てくれた、駅前の靴屋さんの双子ちゃん、みうちゃんとゆいちゃんが意志のこもった瞳で私をじっと見つめていた。
「私たちを、ここで働かせてほしいの!」
2人で繋いだ手は堅く握られていて、ぷるぷると震えている様子に緊張しているのがすぐに分かった。大きな声で告げられたそのお願いに私は驚いて立ち竦んでしまう。でもどういう経緯でこうなったのかさっぱりよくわからない。とりあえず硬い表情の二人に、笑顔でメニュー表を差し出した。
駅前の靴屋<亀助>さんは、明治時代から続く老舗の靴屋さんだ。今は五代目の慶和さんが営んでいて、こうして高校生の双子みうちゃんとゆいちゃんはよくこのお店に来てくれていた。
ガチガチに固まった彼女たちをとりあえずキッチンの奥の事務所に連れて行き、椅子に座らせると、彼女たちはゆっくりと理由を教えてくれた。
「あのね、みう達のお母さんが二週間後にお誕生日なの。」
「それでケーキをあげようと思ったんだけど、買ったケーキよりも作ったケーキのがありがとうの気持ちが伝わるかなって思って。」
「お願いします!ケーキの作り方教えてください。私達何でもします!」
頭を下げる二人に私は正直困っていた。お客様は常連さんばかりで、私一人でも充分手は足りている。それにこんな事初めてだった。けれど、この子達はこんなにも一生懸命で……。
どうしたものか、と思った。