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五品目~三種のマカロンセット~

カラン────。

涼やかなベルの音が洋菓子店を包み込む。いらっしゃいませ、笑顔と共にお決まりの挨拶をして、私はレジから声を掛けた。そしてすぐに気がついた。


「あれ、ようちゃん?」

「本当にパティシエールになったのね、葵ちゃん」


やっほー、と朗らかに手を振るようちゃんに私は思わず抱き着こうとする。しかし、片腕に抱かれる小さな存在にその行動は阻まれる。ようちゃん、と呟くと彼女は唇に人差し指を押し付けて しぃー、と息を吐いたのだった。


「さっき寝た所なのよ。」


母の顔をした友人を静かな席へと案内する。それから、彼女の代わりに椅子を引いて上げながら、私はメニュー表を机の上に置き一言、


『ご注文が決まりましたら、お席のベルをお鳴らし下さい。』


ウインクをしながら呟くように告げると彼女はくすりと笑みを零した。ゆっくりと席に座る様子を確認してからキッチンへと入る。今日はいつも以上に音には気をつけようと思ったのだった。


* * *


ようちゃんとは、高校時代の親友だった。三年前に神社の宮司をしている松江功(まつえ つとむ)さんと結婚して、半年前の雪が淡く積もった日に、目の前で安らかな寝息を立てる可愛らしい男の子を産んだ立派なお母さんだ。

この子、(ひかる)って言うのよ。

愛しげに頬を指でつつきながら、彼女は柔らかな声でそう教えてくれた。私もよく覚えている。ちょうど祖父母の様子を見に日本に一時帰国していた時にようちゃんの旦那さんから連絡を貰って、荷物を置いたらすぐにお見舞いにいったのだ。生後数日の光くんはまだ目も開いていなくて ふにゃふにゃと口を動かす様子はまるで天使のようだ、と皆で笑い合ったものだ。

赤ちゃんは成長が早いなぁ。少しあの頃よりも顔立ちがはっきりとした光くんを私はじっと見つめる。すると、光くんは花が咲いたような笑顔を向けてくれた。思わず口元を手で押さえた、守ってあげたくなるその笑みに私も彼女も皆骨抜きだ。


「ごめんなさい、長話してしまったわね。そろそろ注文しなきゃ。おすすめはある?」


光くんを片腕に抱き締めたまま、ようちゃんがメニュー表を開いて眺め始める。ようちゃんが昔好きだった マカロンのセットを指差すと、彼女はにやりと唇を弧に描いて

「わかってるじゃない、葵ちゃん」

と、含んだ笑みで私の肩を叩いた。


「ようちゃんは昔から変わらないね」


ご注文承りました、とお決まりの台詞を言って一礼すると、彼女はひらひらと手を振った。


キッチンに入ると、私は大急ぎで準備した。生憎マカロンのストックは昨日の閉店間際に無くなってしまっていて、ちょうど今から作る予定だったのだ。手早く材料をかき混ぜ、ハートの形に絞り出す。彼女の好きな いちごとバナナとブルーベリーのマカロン。形が崩れないように丁寧に扱いながらオーブンに入れ、タイマーをかける。その間にそれぞれの間に挟むクリームとフルーツの準備を進める。ベリーの甘酸っぱい香りとバナナの華やかな甘みがキッチンいっぱいに広がった。あとは、マカロン生地が焼き上がるまで冷蔵庫で冷やすだけ。

一息ついて待ってくれている彼女と光くんの為に、紅茶とミルクを用意していると不意にホールの方から赤ちゃんの鳴き声が響いた。

忙しなくポットと哺乳瓶を持って顔を出すと、じきに穏やかなリズムで唄が耳に届いた。


兎追いし かの山

小鮒(こぶな)釣りし かの川

夢は今も めぐりて

忘れがたき 故郷(ふるさと)


それは、有名な童謡だった。テーブルに近づくと彼女は光くんが落ち着いたのを確認してから唄を中断した。テラスの奥から太陽の光が差し込み逆光となって浮かび上がった彼女の横顔は、今まで見たことがないほど美しくてポットを持ったままどぎまぎしてしまう。

光くんの頭を愛しげに撫でる彼女は、とても穏やかに笑っていた。


「なに。」

「……ううん、ようちゃんがすごく立派なお母さんで光くんが羨ましいなって。」

「急にどうしたの。……葵ちゃんも大事な人と結婚して、子ども産んだら分かるわ。」


哺乳瓶を渡してあげると、ようちゃんはお礼を言ってまた笑った。それから、私に光くんにミルクを飲ませてあげる役目を任せてくれた。一生懸命にミルクを飲み干す光くんはやっぱり可愛かった。

途中でオーブンの焼ける音が聞こえてキッチンに向かうと、そこは甘い香りでいっぱいだった。

慎重に取り出してクリームとフルーツを挟むと、可愛らしいマカロンの出来上がりだ。お皿に盛り付けて彼女の元に持っていくと、光くんは既に再び寝入っていた。


それから、私達は積もる話を色々とした。そろそろ夕飯を作らなきゃ、というようちゃんにお持ち帰りの桜プリンを渡して、私達は別れた。


「またのご来店、心よりお待ちしております。」


光くんと一緒に手を振ってお別れを言うようちゃんの晴れやかな笑顔が、夕日の中できらりと輝いていた。

ちなみに、主人公の名前は高橋葵(たかはし あおい)です。フルーツを使った洋菓子が得意なパティシエールです。

親友のようちゃんは陽子っていう名前です。

ようちゃんは後々ちょこちょこ出演します♪

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