四品目~ベーコン&エッグサンド~
カラン────。
涼やかなベルの音が洋菓子店を包み込む。いらっしゃいませ、笑顔と共にお決まりの挨拶をして、吹いていたテーブルから顔を離すと、またあのスーツの男性がドアの前で立っていた。ここ最近毎日のように来て下さっている、新しい常連さんに私の顔は自然と綻ぶ。メニュー表を差し出すと、彼はお決まりとなったあの壁際の席へと鞄置いて腰を下ろした。
『ご注文が決まりましたら、お席のベルをお鳴らし下さい。』
にこりと笑みを浮かべるとすっと指差されたのは、新発売のベーコン&エッグサンド。お決まりとなったブラックコーヒーも次に指差される。最初にご来店された時よりも幾分か肌の血色は良くなったのだが、未だに言葉少ななお客様の精一杯の行動に嬉しく思いながら、ご注文ありがとうございます、とお礼を言ってからメニューを受け取った。
彼は二駅離れた場所の駅前にある、とある会社の課長さんだ。これはこの男性が話してくれた訳じゃなくて、今も首に掛かったままの社員証で分かったことだ。無口な人で、あれから何回かご来店なさったのだが声を聞いたのはあれっきりだった。
注文は指差しで、食事中は常にスマホで誰かと連絡を取り合っているようで忙しい人なんだな、という印象を持っている。毎日のように昼の12時から1時の間に訪れては、軽食とブラックコーヒーを頼んで忙しなく出ていく。私はこのお客様を少し不思議に思いつつも、何となく気になる常連さんとして接していた。
チリン、とベルが静かな店内に控えめに鳴り響く。
小さく返事をして、音のしたオープンテラスの方に行くと、男性よりも先に入店していた女子高生2人が私を見てにっこり笑った。
「ケーキセット二つお願いします!みうはミルクレープとアップルティー。」
「じゃあ、私はモンブランとカフェオレで。」
「承りました、少々お待ちください。」
ガラスケースからケーキを二つ取り出し、キッチンで手早く作ったアップルティーとカフェオレをそれぞれのカップに注ぐ。そしてお喋りに花を咲かせる二人の邪魔にならないようにゆっくりとお盆を置いてから、男性のサンドウィッチ作りを再開した。
こんがり焼けたパンに、ベーコンと輪切りの卵を挟んだ少しボリュームのあるサンドウィッチは、最近出た軽食の中でも一番人気のものだ。彼のおかげで発売する事となったそれと一緒におかわりのコーヒーを持っていくと、彼がふとスマホから顔を外し、私に気づいてくれた。
「お待たせ致しました。コーヒーのおかわりはいかがですか。」
サンドウィッチをテーブルに置き、両手でコーヒーの入ったポットを持つと男性は入っていたコーヒーを全て飲み干してくれ、ソーサーを私の方に押し出してくれた。その小さな行為にも、男性と私の距離が縮まったようで嬉しく感じられ、無意識に笑みが零れた。
ふわりと風が肌を撫でる。その拍子に髪が舞った。目にかかり邪魔になった髪を耳へとかけると、何だかむず痒いような視線を感じ、ちらりと視線をさまよわせるとふと男性と目が合った。また風が二人の間を駆けてゆく。すぐ隣に居るせいか、彼のさらさらした黒髪から香る柑橘系のシャンプーの香りにまた少し鼓動が乱れてしまう。
……お客様なのに。
「すみませんっ、」
気がつけば、そう言ってキッチンの奥に引っ込んでいた。何だか最近おかしい私。毎日通ってくれるお客様を、変に意識しちゃってたのかな。店長としてしっかりしなきゃ、そう思いながら私はこれから訪れる予定のおばあちゃん達のための仕込みに取り掛かった。