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三品目~いちごシューとフルーツサンド~

カラン────。

涼やかなベルの音が洋菓子店を包み込む。いらっしゃいませ、笑顔と共にお決まりの挨拶をして、メニュー表を差し出すと少し顔の青ざめたスーツの男性と目が合った。ふらふらとおぼつかない足取りで歩く彼の肩を思わず支える。上の空で何処か遠くを見つめる彼に私は心配になり、

「大丈夫ですか。」

と声をかける。すると、力ない声で大丈夫です、と言って彼は壁際の席へと鞄を下ろした。


『ご注文が決まりましたら、お席のベルをお鳴らし下さい。』


男性の様子に少し不安を覚えながらも、私はそう言ってから、次に入ってきた隣町のおばあさんにメニュー表を手渡した。

今日も忙しい1日の予感がした。


* * *


先に入店した男性に注文されたブラックコーヒーを差し出して、それに口をつけたのを確認してから、私はすぐにおばあさんの机へと向かった。


「ご注文はいつものでしょうか。」

「そうねぇ、うん。孫の大好物をお願いできるかしら。」

「お任せ下さい。では、新商品の桜プリンをご試食しながら、お待ちいただけますか。」


あなたの新商品はいつでも大歓迎よ。

上品な笑みを零しながら、そう言ってくれたおばあさんにお礼を述べて、ガラスケースから一つのプリンを取り出した。桜色のプリンは、一週間前に発売したばかりの期間限定の商品だ。少し塩も混ぜてあり、桜餅のような風味の和風プリンは近所のご婦人にも人気がある。

そのプリンを美味しそうに 頬を染めて口に運ぶおばあさんの様子を見て少し安心してから、私はキッチンへと向かった。


おばあさんは隣町の喫茶店を営むご婦人だ。高校生になるお孫さんが時々会いに来てくれるそうで、お気に入りのシュークリームを買っていくと喜ぶ と前話してくれた。いちごシュークリームを6つ、それが普段のご注文だ。事前に作っておいたいちごクリームを冷蔵庫から取り出し、焼いておいたシュー生地に絞り出していく。

ふんわりと、でもしっかりとした形を保ったまま出たクリームが全て入れ終わって店名入の真っ白な箱に詰めたとき、再びチリン、とベルの音が軽やかに鳴った。

返事をして箱を持ったままお店に顔を出すと、まだ少し顔の青いあの男性が俯いたままじっと固まっているのが目に入った。そういえば、まだ注文を受けていなかったなぁ。箱をレジ下のガラスケースに入れ、急いで男性の元に駆け寄ると、既に男性は静かにメニュー表を指差していた。


「…………。」

「フルーツサンドですね、承りました。よろしければ、新商品の桜プリンをご試食してお待ち頂けると嬉しいのですが、どうでしょうか。」


俯いたままの男性に笑いかけながら、問いかけると彼は小さく頷いて一口、コーヒーカップを傾けた。ありがとうございます、と言ってガラスケースから桜プリンを取り出すと、男性がじっとこちらの動きを眺めているのに気がついた。何かあるのかなと思いながらも 笑顔を向けてみると、男性はさっと顔をお店の奥にあるオープンテラスへと向けてしまった。その様子に少しだけ疑問を持ちつつも、お待ちしているおばあさんの穏やかな笑みが目に入り、すぐにシュークリームの会計を済ませた。


「桜プリン、美味しかったですよ。でも私は表面にさくらんぼかベリーか、何か乗っててもアクセントになっていいと思うわ。」

「ありがとうございます、改善してみますね。」


毎回試食のたびに色々なアドバイスをくれるおばあさん。お礼のいちご大福を渡して、私はお店の外まで出て お見送りをした。


「またのご来店、心よりお待ちしております。」


笑顔で頭を上げると、駅に歩き出しながら、振り返っては手を振るおばあさんに私も手を振った。二週間に一度、定期的に来て下さるおばあさんに、また二週間後会える事を願って。


そうして彼女の姿が道の角を曲がって見えなくなるのを確認してからお店に戻る。すぐに冷蔵庫から切っておいたフルーツを取り出して、角を落とした食パンに丁寧に挟み、控えめにクリームを塗りつけていく。作りながら、今後はサンドウィッチなどの軽食もメニューに加えるべきかな、と少しあのお客様を見て思った。

そして、おかわりのコーヒーと共にフルーツサンドをテーブルに持っていくと、男性は初めて私の目を見て

「ありがとう」

と、声を発した。響きのいい優しげなテノールの声に、少しだけ鼓動が乱れてしまう。じっと私を見つめる彼の顔を私は一度も見た事が無かった。この辺の街の人とは知り合いばかりだから、こんな事は初めてだった。

くっきりとした形のよい眉に涼しげな一重の目元、少しこけた頬は不健康だが、それでも薄い唇の色は柔らかな桃色で、額を覆う長い黒髪を退けると、案外整った顔立ちなのが分かった。スーツ姿、ということは会社員だろうか。

無意識にゆっくりとフルーツサンドを頬張りながらスマホを操作しだす所までじっと見つめてしまっていた。どうやら彼が恥ずかしそうに私を見上げるまで、私は彼を観察していたようだった。


「すみません、」

「……いえ、お構いなく。」

「それでは、ごゆっくりっ!」


真っ白な頬を少し染める男性のそばから離れ、キッチンに入るまで私の心臓はどくどく、嫌な音を立て続けていた。

これからは、気をつけなきゃ……!


カラン、と涼やかなベルの音が洋菓子店<すずらん>を包み込む。いらっしゃいませ、笑顔と共にお決まりの挨拶をして、私は次にご来店したお客様にメニュー表を差し出した。

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