二品目~ミルクシフォンケーキ~
カラン────。
涼やかなベルの音が洋菓子店を包み込む。
いらっしゃいませ、笑顔とともにお決まりの挨拶をして、私はキッチンから顔を出す。
すると、ドアの前で落ち着きなくあたりを見回す1人の少年が居た。
メニュー表を差し出すと、硬い表情でおずおずと受け取った彼に私は笑顔ではなしかける。
『ご注文が決まりましたら、お席のベルをお鳴らし下さい。』
こくん、と頷いてすぐ近くの席に座り、メニュー表をじっと眺める中学の制服を纏った少年に私は心が温かくなった。
さて、今日のお客さんはどんな人だろう。私は再びキッチンへと続くドアをくぐった。
* * *
少年は、道路を挟んで向かい側の8階建てマンションに住む男の子だった。毎朝開店の時、お店の前で少し離れた私立の制服を着た、同じ年頃の女の子と一緒に駅まで歩いていくのを見かけたことがある。
2人のお母さんが誕生日ケーキを買いに来た時によく話していた。あの2人が幼馴染みでいつまで経っても一緒に居るって。少年はきっと女の子の事が好きなのかな、今日は女の子のお気に入りのミルクシフォンケーキでも買いに来たのかな。
手際良くメレンゲを作りながら、私はくすりと笑みをこぼす。毎朝の彼の顔が少し赤く色づいていたのを思い出してしまった。少しして、オーブンに生地を入れてタイマーを回した時、チリンと控えめにベルが鳴った。
テーブルへ向かうとやはり少年が少し俯いて恥ずかしそうにメニュー表の端、ミルクシフォンケーキを指差して固まっていた。私の予感は的中のようだ、微笑ましくなって、ラッピングはどうするか問いかけてみると、少年は少し驚きつつもはっきりと注文してくれた。
「あの子に、陽菜に贈りたいんだ。だから、お姉さんなら分かるよね、陽菜の好きな色でお願いします!」
「ご注文承りました、陽菜さんの好きな色ですね。ケーキが焼けるまで、このレモンパイでも食べながらもうしばらくお待ちください。」
頬を赤く染めながらも、強い瞳で頭を下げた彼の前に、甘酸っぱいレモンパイを置く。
レモンは恋の味、彼にこの味を私はどうしても届けたくなったのだった。
チン、とオーブンの音がケーキが焼けた匂いと共にお店に届いた。
私は手早く箱に詰め、彼女の好きなオレンジ色のリボンを結んでから、棚から桃色の小花で装飾された可愛らしいメッセージカードを取り出し、彼のテーブルにペンと共に置いた。
「今から、彼女を駅まで迎えに行って、その時これを渡すのでしょう。今日は彼女のお誕生日でしたよね。メッセージも添えて頂けると喜ばれると思いますよ。」
私の言葉を聞いた少年の 口が弧を描く。
ありがとう、と小さく呟き、一心に机に向かう。
いつも通りの時間なら、彼女はあと10分程で駅についてしまう。ここから駅までは歩いて約3分。
いらぬお節介かと思ったけど、彼は喜んでくれたようだ。私はすぐにお勘定の準備をし、彼のサプライズを手伝った。少しして、書き終わった彼は晴れやかな表情で店を出ていった。
私も少ししてから店から顔を出すと、彼がちょうど彼女にケーキを渡しているのが見えた。彼女は嬉しそうに少年に抱きつき、少年は困ったようにあたふたしていて、見ていて微笑ましかった。
「またのご来店、心よりお待ちしております。」
今度は2人で来て欲しいと思った。