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いつもより長いです。
ジンの師匠だという人が住んでいる家はベアトリスの店から近いところにあるらしく、歩いて向かうことになった。
ちなみにベアトリスの店まではジンの魔法でひとっ飛びで来ていた。
「そういえばジン様、ベアトリスさんが『師匠によろしく』って言っていましたけど、ベアトリスさんもジン様のお師匠さんとお知り合いなのですか?」
「ああ。知り合いというか、ベアトリスにとっても師匠だな。薬師なんかやってるがあいつも魔法使いだ」
「魔法使いの方って、皆さんが魔法を使う仕事をしているわけではないのですね」
「そうだな。まぁ大抵は魔術で事足りるから魔法を使わねばならない仕事は早々無いってのもあるな。師匠は魔法を研究するのが仕事みたいなものだが」
そんな話をしながら歩いていると、やがて一軒のこじんまりとした家の前に着いた。
ジンはそのまま無遠慮に家の中へ入っていく。エリシアも小さく「お邪魔します」と呟いてから続いて入った。
家の中は、ジンとエリシアが住んでいる家と同じように魔法で拡張してあるらしく、広さは少々広いくらいだが天井がとても高かった。
そして扉がある部分を除いて、天井まで高さのある本棚がぐるりと囲んでいる。
その本棚のどの棚にも隙間なく本が収納してありエリシアを圧倒した。
「いらっしゃい、小さなお嬢さん」
本棚を眺めていたらいつの間にか目の前に初老の男性が立っていてエリシアは仰天した。
さっきまでエリシアとジンしかいなかったはずなのに今の一瞬でいったいどこから現れたというのか。
「師匠。エリシアを驚かせるのはやめてください。というか人を驚かせる趣味にはそろそろ飽きてください」
驚きで声を出せないでいると、ジンが呆れたように溜息をついて言った。
「だってお主はもう驚かぬから最近つまらなくてなぁ。まったく、昔はあんなに驚いていたのに可愛げがなくなったものだ」
「……いつの話をしてるんですか」
ジンは憮然としてそっぽを向いた。
そのいつになく子どもっぽい仕草にエリシアは目を丸くして2人を見比べた。もしかしてジンが子どもの頃からの関係だったりするのだろうか?
そしてエリシアは自分がまだ、家主であろうこの男性に挨拶もしてないことを思い出して、慌てて男性の方に向き直った。
「ご挨拶遅れて申し訳ありません。エリシアと申しますわ」
「礼儀正しいお嬢さんだ。私はウルドレ。そこの狼に魔法を教えたのがこの私だよ」
そう言われて隣を見るとジンはいつの間にか狼の姿になっていた。
『どうして人型を解くんですか』
「見下されるのが腹立つからさ。昔は小さかったのに、今ではこんなに大きく成りよって……」
『そんなこと言われても成長してしまったものはどうしようもありません』
「そんなことはどうでもいい。さぁ、お嬢さんの魔道具を作ろうか」
『そんなことって、そもそものきっかけは師匠ですが』
ウルドレはその言葉には答えずにさっさと家の奥に続く扉の向こうに消えてしまった。
ジンは溜息をつくと、『いくぞ』とエリシアに声をかけて歩き出す。
エリシアも慌ててジンの後を追いかけた。
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続いて入った部屋には、古い本や薬草らしきものが入ったガラスの入れ物、様々な色をした鉱石や使用法のわからない道具などかきちんと整理されて並べられていた。
「では早速始めようか」
ウルドレはそう言って、透明な石をエリシアに渡した。
「これにお嬢さんの魔力を注ぐんだ。そうすると石がお嬢さんの魔力の癖を記憶した魔力石となる。あとはこれに魔力の出力を整える魔法をかければ完成だ」
「あの、魔力ってどうやって注げばいいのですか?」
「ふむ、そうだね……ジン、手伝ってあげなさい」
『はい』
ジンは軽く頷くと、人型に戻りエリシアの手を取った。
「今から私の魔力でエリシアの魔力の流れを整える。流れている力のようなものを感じたら、それを石に流しこむように意識すればいい」
「はい、わかりました」
エリシアが返事をした直後、ジンの手から何かが流れ込むような感覚がして、次第にエリシアの体内に溜まっていた力が動き出すのを感じた。
言われたとおりその流れる力を石に流し込むと、石がだんだんと熱を持つ。
しばらく黙って力を流し続ける。
「もういいだろう。手を開いてごらん」
そう言われて手を開いて石を見てみると、初めは透明だった石が綺麗な深紅に染まっていた。
「綺麗に染まっとるね。この色がお嬢さんの魔力の色だ」
「これがわたくしの……」
「あとは私が制御の魔法をかけておこう」
ウルドレはエリシアの手から石を受ける取ると、一瞬ぎゅっと握ってまた開いた。
「これで大丈夫だ」
「えっ、もう終わったのですか?」
「魔法だからね、魔術と違って発動は一瞬だよ。さぁ、あとはこれを身につけられる形にしようか。お嬢さんはどんなのがいいかい?」
「どんなの……」
「例えば、ジンならイヤーカフスだね。耳についているだろう?ベアトリスはピアスにしていたな。私はこのとおり指輪にしているよ」
その言葉にエリシアはジンを見上げると、確かに青い石が嵌めこまれたイヤーカフスが耳を飾っている。
ウルドレの指には黒い石で出来た指輪がはまっていた。
「これも、わたくしのと同じなのですか?」
再びジンの耳にあるイヤーカフスを見つめながら尋ねると、「いいや」とウルドレは首を振った。
「私たちがつけているのには、自分の魔力を込めた石に身を護るための魔法をいくつかかけてある。制御の魔法はかかっていないからお嬢さんのとは少し違うよ」
「身を護るための魔法、ですか?」
「そう。その魔法は石に込められた魔力を使って発動するから、たとえ気絶していてもきちんと発動できるのさ。さぁお嬢さん、どうするかい?」
「わたくし……ジン様と同じものがいいです」
ジンの耳を見つめながら告げると、「ジンにだいぶ懐いてるのぉ、お嬢さん」と言ってウルドレはおかしそうに笑った。「こんな無愛想なやつのどこがいいのか」と。
「ジン様はとても優しいですから。それにわたくしはジン様のことを無愛想と思ったことはありませんわ」
「ほぉ。ジンもなかなか頑張っているようだな」
ウルドレは目を丸くすると、黙って会話を聞いていたジンに、持っていた石を渡した。
「ならせっかくだからジンが最後の仕上げをしてあげなさい」
「元々そのつもりでした。エリシア、今から君の魔力石に防護の魔法と、君に危険が迫った場合に私が感知する魔法をかけるぞ。あとは治療魔法と、どんな場所からでも私の元へ飛んでこれる転移の魔法もかけよう」
「は、はい」
ジンの真剣な表情にエリシアもつられて重々しく頷く。
ウルドレは「過保護だなぁ、いつの間にそんなになったんだい」と言ってまた笑っていた。
ジンはそのまま真剣な顔で石を握りしめ、しばらくしてから手を開くと、そこにはジンがつけている物と同じ作りのイヤーカフスが乗っていた。
それをジンがエリシアの耳にそっとつけてくれる。
「これでいい」
「はい。ジン様、ウルドレ様、ありがとうございます」
「うむ。あとは魔法の練習を頑張りなさい。コツはジンやベアトリスに聞くといい。もちろん私でも構わないからね。きちんと魔法を使えるようになったら、今度はお嬢さん自身の魔法をかけた魔力石を作ろう」
「はい、ありがとうございます」
エリシアはそこでふと、魔法と魔術の違いが何なのか結局わからなかったことを思い出した。
せっかくなのでウルドレに尋ねてみる。
「あの、ウルドレ様。質問があるのですが」
「ふむ、なんだね?」
「魔法と魔術って、何が違うのですか?」
「エリシア、それはっ」
ジンが珍しく焦った声を上げる。
ウルドレの目がギラリと光った。
「お嬢さん、そこからわかっていなかったのだね。まあ仕方がない。まだまだ魔法は人々に浸透していないからね。まず魔術についてだが──」
ウルドレはジンが止めるまでずっと熱く語り続けていた。しかもどうやらそれでも語り足りないようであった。
彼に魔法と魔術の話を振るのは今後一切やめておこう、とエリシアは心に刻みつけた。
エリシアとジンはウルドレに礼を言うと、少しぐったりしながらウルドレの家をあとにした。
もしかしたらウルドレが語った内容をどこかで上げるかもしれません。
ここまで読んでいただきありがとうございました。