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「では姫、ここからは一人で森の中央にある祭壇まで進み、一晩中お祈りなさいませ。明日の朝、そちらまで迎えに参ります」
「わかりましたわ」
「迎えが来るまでその場から動いてはなりませんからね」
護衛の騎士は言うだけ言うと背を向けてさっさと帰っていった。
姫ーーエリシアはその背を見送ると、自分も踵を返し彼女が去っていった方向とは逆にある森の中へと歩みを進めた。
近頃王国では災害や反乱などが多発していた。
どれも小規模なものだったため被害はそこまで大きくないが、国の平和を危惧した国王は、国の守護を司る森の祭壇に祈りを捧げ国を安定させようと考えた。
その森は禁域であり、王族やそれに近い血筋の者しか足を踏み入れることは叶わない。
しかし、森には獰猛な獣が数多く生息している。
そんな森に祈りを捧げに行くなど自ら死にに行くようなものだ。
誰もそんな場所へなんか行きたがらないし、そもそも王族がそのような場所へ行くことを許す者もなどいなかった。
1人を除いては。
エリシアは王国の第四王女だが、母の身分は娼婦であった。
それ故その身を流れる血は貴いとは考えられず、外交の駒として他国に嫁がせることもできない。
しかし、王族であることは変えようがない事実である。
そこで国王や貴族たちはエリシアに祈りを捧げに行かせようと決めたのである。
死んでも構わないと考えられていることはエリシアにもわかったが、特に文句は言わなかった。
あまり良い扱いは受けなかったがそれでも自分をここまで育ててくれた国である、自分にできることがあるならしたいと思った。
つらつらと考え事をしながら進む。
幸運なことに襲ってくる獣の類いはいなかった。
……その代わり、小さな動物たちが自分を囲むようにしながらついてくる。
それはもう、ごっちゃりと。
気づかぬうちに数えきれないくらいの動物たちに囲まれていたことに驚いたエリシアは、一旦歩みを止め動物たちに話しかけてみた 。
「ねえお前たち、お前たちはわたくしのことを守ってくれているのですか?」
動物たちはきょとんとしている。まるで「何から守るの?」と言わんばかりに。
「なら、祭壇まで案内してくれるのですか?」
そう言うと、動物たちの中から1匹の小さな狼がエリシアの前方へ跳び出た。
そしてちらりとエリシアの方を見てからゆっくりと歩き出した。
どうやら本当に案内してくれるらしい。
エリシアは目を瞠りながらも、その狼について歩き始めた。
実は今までがむしゃらに歩いていただけだったので、案内してもらえることに内心ほっとしていた。
しばらく狼について歩いてさすがに息が上がってきたころ、目の前が一気に開けた。
そこには泉と祭壇とーーそしてなぜか家があった。
(え、家……?)
ここは禁域である。誰も住んでいるはずがないのだが。
エリシアは不審に思いながらも、まずは案内してくれた動物たちに礼を言った。
動物たちはその言葉を聞くと、どこか嬉しそうにしながら森の中へと散っていった。
エリシアはそれを見届けてから泉の水で喉の渇きを癒すと、祭壇に祈りを捧げ始めた。
そして祈り始めてからしばらくもしないうちに、どこからかガサリ、という音が聞こえた。
音の出処を探してエリシアが周りを見渡すと、ちょうど自分の真後ろにある木の陰から狼がのっそりと姿を表した。
さっき案内してくれた狼とは比べ物にならないくらい、それどころか人間であるエリシアよりもずっと大きな狼だった。
「おっきい……」
『……子供?』
エリシアが思わず呟いた言葉に被せるように狼も言葉を発した。
仮にも一国の王女であるレディに対して子供とは失礼な発言である。
しかし、今回はこの狼が正しかった。
アルサージャ王国第四王女エリシア・アルサージャ。
御年10歳である。
最初に出てきた護衛の騎士さんは女性です。
あと、犯罪を起こすつもりはございませんのでご安心ください。
ここまで読んでいただきありがとうございました。