第08話:魔物はぬいぐるみ
ふとシェリルが何かを思いついてシロに声を掛ける。
「そうだ、シロ! 先にこの部屋用の魔物を作っててくれる?」
「マスター? ワタシは魔物を生み出す術はありませんわ」と困惑するシロ。
「人形でいいよ、とりあえず……、大ネズミのぬいぐるみを十体とか二十体」
「あぁ、マスターが命を与えるのですね」とシロはシェリルの思惑を理解する。
「そう!」我が意を得たりと得意げなシェリル。
そのやり取りを隣りで聞いていたソラ。
ひとつ気になる点を確認するため会話に加わる。
「御主人様、魔石はどうしますか、ふつう魔物を倒すと魔石が残りますけど」
「そうですわね。探索者もそれを目当てにダンジョンに来るのですから」
「ぬいぐるみの口の中に入れておけばいいよ」とシェリルの答えは簡潔だった。
方針が決まったので、すぐに動き出すシロ。
「早速作りますわ。さっきから応援だけでしたから、――ソラ、材料を出して」
一応、通路内を照らす役目もあったが、それはシロにとって仕事とは言えない。
主と同僚にばかり労働させて、負い目を感じていたシロはやる気満々。
「はいはい」と収納空間から大量の布と綿をシロの前に出すソラ。
「あと、はさみと縫い針と糸を」追加でシロが依頼する。
「……はいはい」何か違和感を感じている顔のソラ。だが素直に希望の品を出す。
「ありがとう」ソラの表情など気にせず、作業を始めるシロ。
じょきじょきじょきじょき。ちくちくちくちくちくちく。
「えっ……、随分と地味な作業ね。神聖魔法とかで『創造!』とかできないの?」
「そんな都合の良い魔法はありませんわ」
じょきじょきじょきじょき。ちくちくちくちくちくちく。
「ワタシはこういう仕事も好きですから良いのです」
じょきじょきじょきじょき。ちくちくちくちくちくちく。
「ああいうガシッガシッとかズッズッズッとかは性に合いませんから」
じょきじょきじょきじょき。ちくちくちくちくちくちく。
「ならいいけど……。あぁ、でも手慣れているのね。それなら大丈夫か」
ソラの見ている前で、かなりの速度でぬいぐるみが形になっていく。
「当然ですわ」と少し自慢げな表情をするシロ。
見る間に最初の一体目――大ネズミのぬいぐるみ――が完成する。
体高がシロの身長と同じくらい。立ち上がればシェリルより少し小さい程度。
だが後でシェリルに命を与えられて魔物になるのだ。
凶暴な大型犬が襲いかかる程の威圧感を与えられるだろう。
「こんなものでどうでしょう」
すでに部屋を掘り始めていたシェリル。
その手を止めて、出来上がった大ネズミのぬいぐるみを見る。
「うん、それでいいよ! やっぱりシロはそういうのがうまいよね!」
「ありがとうございます。二十体作ればいいでしょうか?」
「部屋が出来たら十体くらい置いて、残りは予備にするから」
「わかりましたわ」
その様子を見ていたソラに声がかかる。
クロから「土を転送して」との催促。
見れば、クロの圧縮した土がかなりの量になっている。
その光景を見てソラは「あぁ、すぐやるわね」と返事をして行動に移す。
――あのものぐさなクロも、今日は随分とがんばっているよねぇ。
クロの役目はシェリルの掘削した土の圧縮と内壁の締固め。
シェリルの次に仕事が多い。いつもなら愚痴が出てもおかしくない。
――そういえばダンジョン作りを始めてからは、一度も愚痴を言ってないなぁ。
一生懸命に壁を締め固めているクロの真剣な横顔。
その姿をソラは微笑ましく眺める。
そうして午後も作業が続く。
全員が一丸となって、シェリルの望むダンジョン作りに熱中する。
いつの間にか外では日も暮れようとする時間。
広々とした空間にシェリルの声が響く。
ほぼ一日働き詰めだったのに、まだ元気がある様子だ。
「はーい! ひと部屋目、かんせーい!」
シェリルが高らかに宣言する。
完成した部屋の天井の高さは通路の二倍。幅は恐らく十倍はあるだろう。
人間十人と魔物十体で魔法戦も可能なほどの十分な空間。
ダンジョンの部屋として申し分のない広さ。
掘削する量は多かったが、通路と違い大雑把に出来たので作業は早く終わった。
そして大ネズミのぬいぐるみ二十体も完成していた。
「今日はここまで! あたし頑張ったぁ!」
泥で汚れた顔に満面の笑みを浮かべて、自分を讃えるシェリル。
――楽しそうな御主人様。
ダンジョンを掘っていたシェリルはずっと笑顔だった。
その顔は前のダンジョンで、最終ボスとして勇者なんかと戦っていた時と同じ。
なんだかんだ言っても、ソラはシェリルのそんな笑顔が好きだった。
となりで、シロとクロも穏やかな笑顔でシェリルの表情を見ている。
「今日の朝の時は一体どうなるかと思った……」とクロがほっと息をつく。
ダンジョン雇用を立て続けに断られて、対策会議をしたのが今日の早朝。
その時に泣き言を言っていたシェリルが嘘のよう。
「マスターのあの笑顔が見られて良かったですわ」とシロも同意する。
「ソラ! お腹空いた! 夕ご飯!」元気なシェリルの声。
「はいはい……」とうんざりしたような声で返事をするソラ。
けれども、声とは裏腹にその顔は妙に嬉しそうだった。
第八話お読みいただき、ありがとうございました。
次回更新は8月25日を予定しています。
※8月23日挿絵変更(挿絵内文字修正)
※11月4日 後書き欄を修正