第05話:ダンジョンよ、神話になれ(2)
シェリルたちが移動した先は、とある山の頂上付近。
先程の砂漠とは天と地ほど違う場所。樹木に囲まれて涼しい風が吹いている。
眼下には大きな城壁に囲まれた都市が見える。
――人間の町には行けないなぁ。アタシ以外、みんな人間界の常識がないから。
それがこの場所を選んだ理由。
ソラは異空間に仕舞っていたテーブルと椅子を取り出す。
更に作り置きの食事を取り出して並べる。
「ここで食事をしながら待っててください。知ってるダンジョンを回ってきます」
みんなの料理担当もしているソラは、そう告げて転移魔法で姿を消す。
魔族の少女と二体の人形がその場に残った。
それぞれがソラの用意してくれた自分用の椅子に座る。
シロとクロは不安げなシェリルを励ます様に言う。
「マスター、ソラに任せておけば大丈夫ですわ。ソラは頼りになりますから」
「そうだよ御主人。ソラは時々意地が悪いけど、こういう時はしっかりしてるよ」
「……そうだよね。――うん、大丈夫。じゃあ食事をしちゃおう!」
多少無理しているようにも見えるが、元気に食事を始めるシェリル。
その間ソラは幾つかのダンジョンを回り、管理者との面会の約束を取っていた。
◇ ◆ ◇
とあるダンジョンの管理部屋で。
シェリルがダンジョン管理者の面接を受けている。
「君って、あの最古のダンジョンのラスボスだったんだろう?」
「そうです。あたしとっても強いです」
「いや、それは分かるんだけど強すぎるんだよね。うちは二十三階層までだから」
「大丈夫です。頑張ります」
「いや、うちのボス連中が納得しないから。ごめんね。ここじゃ雇えないんだ」
「中ボスでいいですからお願いします」
「いや、本当に申し訳ない。別のダンジョンで頼んで貰えないかな」
「……はい、わかりました……」しょぼんと落ち込むシェリル。
別のダンジョンで。
「あれっ、あのダンジョン解散したんですか」
「はい、そうなんです」
「へーっ、でも、あそこって百年以上続いていた一番古いダンジョンですよね」
「はい、百十四年です。でも環境が変わって人間がいなくなってしまって……」
「あーっ、あそこは戦争と干ばつがありましたか」
「で、あたしを雇ってほしいんですけど」
「あなたは何処の階層を守護していたのですか」
「はい! 地下百階――最終フロアのボスをやってました!」
「……ここは、地下十階までの新しいダンジョンです。格が違いすぎます」
「あっ! 中ボスでも……」
「すみませんがお引き取り下さい。もっと大きなダンジョンが良いと思いますよ」
「……わかりました……」しょぼん。
別のダンジョン。
「うわっ、帰ってください!」
「……」しょぼん。
別のダンジョン。
「しょぼん」
最初に面会の約束をした五ヶ所がダメだった。
すぐに追加で他のダンジョンに面会の約束を取り付けたソラだったが……。
全て断られ続け、昨日までで断られたダンジョンの数は十八ヶ所。
ソラはいくつかの思い違いをしていた。
ひとつ――、
シェリルほどの強さがあれば、ダンジョンボスなど簡単になれると思っていた。
逆だったようだ。あまりの強さに敬遠されてしまった。
運営する立場で考えれば、最終ボスと言えばダンジョンの看板。
簡単に挿げ替えるなんてできないらしい。
だからと言って、中間階層のボスにはふさわしくない強さ。
まさしく潰しが効かないという状況だった。
ひとつ――、
シェリルが案外まともに相手と話ができると知らなかった。
これはソラもびっくりだった。いざとなれば自分がと思っていたけれど。
癇癪も起こさず、バカなことも言わず、腰を低くして。
シェリルの一生懸命さが伝わってきた。……だからこそ結果が心に痛い。
そしてもうひとつ――、
老舗ダンジョンの管理者から預かった紹介状なんて何の効力もなかった。
ソラは心の中で叫ぶ。――役立たず!
――とはいえこのままじゃまずいよねぇ。
さすがに断られ続けたシェリルの気力が限界。
今日は朝早くから、今後の方針を再検討する対策会議を開いている。
涙目になっている主の姿を見て、シロとクロもそれなりに焦っていた。
そんな中、いきなりテーブルに突っ伏してシェリルが泣き言をいう。
「ううぅ……どうしよう……」
そこでソラは最後の手段、しかし確実に望みが叶う手段を提案する。
「手っ取り早い方法は脅しちゃえば良いんですよ。ダンジョンコアを壊すぞって」
「それはだめ!」ソラの提案に即座にダメ出しをするシェリル。
――真面目だ……。魔族のくせに。
「うーっ、シロもクロも考えて!」
こういう場ではあまり役に立たない二体に矛先が向いた。
シロとクロは普段見せない慌てた様子で、両手をわたわたとさせる。
「……ダ、ダンジョン勤めなど辞めて、のんびり暮らすのが良いですわ」とシロ。
「ボク、人間を支配したい」これはクロ。
――いくら焦っていても、その返答はどうかと思うぞ、特にクロ。
「二人ともちゃんと考えて! あたしはダンジョンボスがやりたいの!」
――ほら、怒られた。
仕方なくソラが二体の同僚をフォローする。
「シロとクロがまともに考える筈ないじゃないですか」
と見せかけてフォローになっていないセリフを言うソラ。
だが目的は達した。シロとクロに向いていた矛先は再びソラに向かう。
「ソラもちゃんと考えて!」
「……とはいっても、御主人様は強すぎて敬遠されるのも仕方がないかと……」
「うーっ、……」慣れない頭を使い始めて唸りだすシェリル。
――やっぱり諦めてもらうしかないかなぁ。
「うーっ、……」
――生活には困らないしなぁ。
「うーっ、……」
――そういえば今日の夕食は何にしよう。
「うーっ、うーっ、…………………………そうだっ!!」
シェリルの頭上で、閃き電球が点いた様に見えた。
「……何か思いつきましたか?」とソラが問う。
シェリルは満面の笑みを浮かべる。よほど自信のある思い付きなのだろう。
おもむろに立ち上がり高らかに宣言する。
「あたし、自分でダンジョンを作る!」
これが後に神話となるダンジョン、その誕生が決まった瞬間であった。
第五話お読みいただき、ありがとうございました。
本日の更新はこれで終わりです。
※11月4日 後書き欄を修正