第04話:ダンジョンよ、神話になれ(1)
時は少し遡る。
これは神話となるダンジョンが生まれる発端となった話。
それはある一言から始まった。
百十四年という最も長く続いた老舗ダンジョン、その管理者からの言葉。
「……解散」
――それだけかい!
ソラの心の叫びもむなしく、そのダンジョンは閉鎖が決定した。
そこは魔族の少女シェリルが最終ボスを十四年間務めていたダンジョン。
彼女が創造したシロ、クロ、ソラの三体の人形と一緒に暮らした場所であった。
「御主人様……、持っていくモノを集めておいてください」
「……うん」
最終ボス専用の控室で、ソラがシェリルに話しかける。
座りなれた椅子に腰かけて、元気のない顔をしているシェリル。
自分の主の様子が気になるが、引越しとなるとソラの仕事は非常に多い。
後ろ髪を引かれる思いを振り切って、近くにいるシロとクロに声を掛ける。
「シロとクロはこの部屋で必要なモノを集めといて。アタシは倉庫を調べてくる」
「わかりましたわ」「はーい」
――やっぱ落ち込んでるなぁ。御主人様……。
無理もない。慣れ親しんだ場所を出ていかなければならないのだから。
ソラは心の中で呟いてから、倉庫に向かうべく能力を発動する。
その能力は――空間転移。
ソラの姿がシロとクロの前から音もなく消える。
そして瞬時に移動が終わり、彼女が現れたのはダンジョン内の一室、倉庫の中。
薄暗い倉庫内には今は誰もいない。
すでに誰かが物品を持ち出したようで、普段よりも空いている場所が多かった。
小さな人形の身体で、空中を歩くように倉庫の中を下見する。
――何かの材料になるモノと、道具なんかを持っていこうかな。
まずは目の前にあった剣先スコップ数十本。
ソラが手を触れるだけでその場から掻き消える。
これもソラの能力――異空間への収納。
空間転移と異空間への収納。
それはソラの持つスキルのひとつ【空間魔法】に属する術。
この能力ほど移動と運搬に適した能力は他にない。
だからこそ引越しともなれば、ソラは忙しく働かねばならなくなる。
彼女はめぼしいモノを収納しながら、しばらくの時間を倉庫で費やす。
――御主人様はこれからどうするんだろ。
シェリルは老舗ダンジョンの地下百階を守る最終ボスとして生まれてきた。
だからこそ、その立場にふさわしい能力を持っている。
――強さと言う点において、御主人様は恐らく世界で十本の指に入るよねぇ。
暇を見つけては世界中を飛び回り、生きた情報を貪欲に集めたソラの実感だ。
手っ取り早くその証拠として一例をあげるなら……、それはソラ自身の存在。
ソラの持つ空間魔法は神に至る魔法とこの世界では呼ばれている。
それほどの希少な魔法を自分の創造した人形にスキルとして与える。
これだけでもシェリルの非凡さがわかる。
しかも、それすら彼女にとって能力の一端でしかないのだから。
――性格と頭はちょっとアレだけどね。
シェリルのことを考えながら、ソラは収納作業を進める。
彼女以外には誰もいない倉庫の中で、ゆっくりと時間が過ぎていく。
そうしている内に、あらかた必要そうなモノを漁り終えたソラ。
元の部屋に空間転移で戻ると、その姿を認めたシロが話しかけてくる。
「ソラ、必要なモノを集めておきましたわ。収納してくださいな」
「はいはい、……で御主人様はどう?」
「やはり元気がありませんわ。どうしたものかしら」
「そうねぇ……」
「あっ、ソラ、お帰り」とクロがソラを見つけて声を掛ける。
「クロも準備できた?」
「できたよ」
「じゃあ、もうすぐここは閉鎖されちゃうから、そろそろ外に出ないと」
シロとクロにそう告げて、二体の集めたモノを収納していくソラ。
それから自分の主の様子を見る。
シェリルも必要なモノは集め終わっていたようで、私物の前でうつむいていた。
「御主人様……、これを持っていけばいいですか」
「……うん」
「……じゃあ、収納しますね」
必要なモノは全てソラが収納した。
残ったモノはダンジョンが閉鎖されれば土に埋もれるだろう。
最後にみんなで並んで部屋を見渡す。
「じゃあ、外に出ましょうか」とソラが告げる。
「うん、いいよ」少し無理して威勢よく答えたシェリル。
それを合図に、ソラは全員を連れてダンジョンの外に転移する。
十四年間暮らした部屋を後にして。
そしてシェリルたちは職と居場所を失った。
閉鎖されたダンジョンの入口で佇んでいるシェリルと三体の人形たち。
「しょぼん……」と口に出してまで落ち込んでいるシェリル。
「これからどうしますか、御主人様」と神妙な顔でソラが尋ねる。
辺りは完全に砂漠化していて、猛烈な日差しが目に痛い。
人間の寄り付かなくなったダンジョンが日光にあぶられて干からびている。
「……あたしはダンジョンのボスがやりたい」
シェリルは小さな声で、けれどもソラの目を見てはっきりと答える。
――やっぱり望みはそれでしたか。
シェリルが生まれた時には、既にダンジョンを訪れる人間の数は少なかった。
それはダンジョン周辺の地域で起きていた災厄のせい。
長年にわたる干ばつと、その解決に戦争を選んだ国家。
その結果、周辺にはもう人の住む場所が無くなっていた。
ただでさえその状況でダンジョンの階層数が百階。
そこに至れる者は更に少ない。
十四年の間でシェリルが最終ボスとして戦った回数は五十に満たない。
それもほとんど同じ顔触れ。馴染みの探索者と何人かの勇者だけ。
最終階層まで攻略できる実力のある者だけが訪ねてきて、力試しをして帰る。
そんな繰り返しの最終ボス生活だったけれど、シェリルは満足そうだった。
――本当にダンジョンのボス役が好きだったようですねぇ。
シェリルが表情を暗くしていた理由。
それは長年暮らした場所を離れることではなかった。
彼女を悲しませているのは、――ダンジョンのボスでいられなくなること。
「わかりました、それじゃ管理者から貰った紹介状を使ってみますか」
ソラはダンジョン管理者からシェリルの紹介状を預かっていた。
彼女の身元を確かにするだけの書類だったが、無いよりはマシだろう。
それを使って、主を何処かのダンジョンに就職させようとソラは考えた。
――御主人様の落ち込んだ顔は見ていたくないし頑張りますか。
「とりあえず人間のたくさんいる地域まで跳びます。シロとクロもいいよね」
「うん」「わかりましたわ」「いいよ」
そしてひとりと三体はその地を離れ――、
ダンジョンのあった砂漠にはもう誰もいなくなった。
第四話お読みいただき、ありがとうございました。
※11月4日 後書き欄を修正