第03話:チート能力者がやってきた(3)
最終ボス部屋の魔物の姿は、彼らの予想から大きく外れていた。
十代前半に見える女の子と、周りを囲む三体の少女人形。
中央の女の子は深緑色の髪の毛をしていて、偉そうに腕を組んで立っている。
周囲の三体の人形は、髪の毛と着ているドレスが色違いな三頭身の姿。
人形たちの身長は、深緑の髪の女の子の半分もない。
これまた偉そうに腕を組んで……宙に浮いている。
少女人形たちは如何なる能力か、人間のように勝手におしゃべりを始める。
「大ネズミが三体とチャーリーがやられましたわ」悔しそうな白いドレスの人形。
「シロ。なによ、そのチャーリーって」空色のドレスの人形。
「わははははぁ、われのダンジョンによくぞきたぁ!」と深緑色の髪の女の子。
「大トカゲですわ。ソラ、修繕のお手伝いをお願い」白いドレスの人形――シロ。
「はいはい……、あの大トカゲって名前があるんだ」空色ドレスの人形――ソラ。
「ボクの罠が簡単に見破られた……」こっちも悔しそうな黒いドレスの人形。
「クロ、もう少し罠の難易度あげたら?」とソラが言う。
「御主人があんまり難しくするなって」黒いドレスの人形――クロ。
よく見るとシロには天使の白い翼が、クロには悪魔の黒い翼が生えている。
ソラの背中には翼の類は見受けられない。
そして深緑色の髪の女の子にも控えめに小さな黒い翼が見える。
その女の子、自分のセリフを邪魔されてぷんぷんと怒り出す。
「うるさいよみんな! あたしの見せ場なんだから静かにして!」
その様子を呆然と見ている三人の探索者達。
覚悟を決めて突入した最終ボス部屋で、目にしたのは締まりのないやり取り。
だが、しかし……。
見た目に惑わされてはいけない……ケントは自分を戒める。
目の前にいるモノは少女に見えても、このダンジョンの最終ボスのはず。
そう冷静に思い直して、いつものようにステータス鑑定を仕掛ける。
その結果が探索者たちの雰囲気を一変させる。
「うおぉおっ!」驚愕の声を上げるケント。
「どうしたの! ケント!」とカナンがケントの身を案じて声を掛ける。
「あの小娘は魔族だ! そして間違いなく……、このダンジョンのラスボスだ」
ケントは顔面蒼白になり、足元をふらつかせて言葉を続ける。
「なんて奴だ……。凄い……凄すぎる……」恐怖に震えながらも顔が笑っている。
「だから言ったじゃない! もっと慎重にって! 一旦ここは引きましょう!」
ケントはもうエレンの忠告が耳に入らない。
彼を驚愕させた驚異的なステータスを持つ少女――魔族。
魔族とは人語を話す人型の魔物の総称。得てして強大な能力を持つ。
しかし彼の眼の前にいる相手は、そんな簡単な言葉で表せる存在ではなかった。
破格の能力値と、無類で極上のスキルの数々。
それはケントが今までに出会った最高の実力者ですら足元にも及ばないほど。
もちろん彼自身も含めて。
相手のステータスを見ただけで身震いするほどの恐怖。
そんな経験は初めてだった。
しかし……。
彼は自分の中の黒い欲望を自覚する。
どんなに心が怯えていても、顔に笑みが浮かぶのを止められない。
あの魔族の持つスキルを自分のものにできれば……。
全てを奪い尽くせば……。
「やってやる! あいつから根こそぎスキルを奪ってやる!」
震える身体を押さえ彼は発動する。チート能力【スキル強奪】を。
それがケントの運命を変えた。
彼の能力に反応したのは、最終ボス少女の周りに浮いていた三体の人形。
最初に黒いドレスの人形――クロ――の目が光る。
続いて白いドレスの人形――シロ――の目が光る。
その後に空色のドレスの人形――ソラ――が前に出て声を張り上げる。
「あー! 今スキルを奪おうとしたでしょ! ダメだって!」
ケントの額に一瞬だけ黒い球が現れ、その後に身体中がまばゆい光に包まれる。
「うが―っ!!」光の中で絶叫するケント。
「ケント!」その光景に彼の危機を感じたカナンが即座に駆け寄る。
そこにソラの冷静な声が届く。
「相手から奪うのなら、自分が奪われるのも覚悟しなさいって話なの」
「ケントに何をしたの!」
カナンは身体から光が消えたケントを抱きかかえて、空色の人形を問い詰める。
「その男はただの人間になったのよ。スキルもチートもない。何も残ってない」
「俺に何をしたぁ!」カナンに抱えられながらケントが叫ぶ。
「あなたが持っていたチート能力って呪いと同じなの。綺麗に解呪してあげたわ」
「なんだとぉ!」自分の身に起きた事態が信じられないケント。
「……ワタシの聖なる力でやったのですわ」とシロが静かにささやく。
「そういう仕掛け。スキルコピーなら発動しなかったのに、強奪はダメダメね!」
「ふざけるな!」
「……仕掛けはボク。ソラは何もしてない」とクロがポツリと呟く。
「何偉そうに吠えてるのよ。人より成長が早いとか、スキルを盗めるとか――」
「ソラ……、あたしにもしゃべらせて……」魔族の少女が小さな声で口をはさむ。
「子供のころから魔力を鍛えて膨大な魔力量を持っているとか――」
「ねぇ、ソラってば……」もう一度魔族の少女の声。
「結局、他所から貰ったモノじゃない」
「……むうっ」と、魔族の少女が不満げにほっぺたをプクッと膨らませている。
「俺の、俺の能力を! 元に戻せ!」ケントが叫ぶ。
「それを自分の能力と勘違いして偉そうにして、女を侍らせて――」
「うるせぇ!」
「それで、自分が奪われると顔を赤くして吠えるだけ――」
「ふざけるな!」
「全くどうしようもない奴。他人の褌で相撲を取るって言葉がぴったりね」
「なんだと! ……その言い回し、もしかしてお前は!」
「ケント! ここは任せて! エレン! ケントを下がらせて!」カナンが叫ぶ。
カナンの要請に答えて、エレンはケントを羽交い絞めにして後方に連れていく。
エレンも理解する。確かにケントから能力が失われたと。
そうでなければ、自分の腕力でケントを押さえられるはずがない。
彼女はそれを成した存在の方に目を向ける。
そこでは、再び緊張感のないやり取りが始まっていた。
「ソラ! 話が長いよ! あたしがラスボスなの! あたしの出番なの!」
「はいはい、わかりました御主人様、後はお願いします」
「わはははぁ、われがぢきぢきにあいてをしてやろぉ、かかってこぉい!」
「いつまでたってもそのセリフ、うまくなりませんね」
そんなこんなで……。
チート能力者と呼ばれるひとりの無法者が、ただの無能力者になった。
そして、このダンジョンの最奥を守る魔物の正体が明らかになった。
三体の生きている少女人形――シロ、クロ、ソラ――の主。
背中に小さな黒い翼のある、深緑色の髪の毛の魔族の少女。
彼女の名前はシェリル。
この物語の主人公。
自分で作ったダンジョンの最終ボスを務めている。
この話は――、
シェリルの作ったダンジョンが、いつの日か世界の神話になる。
――そういう物語。
第三話お読みいただき、ありがとうございました。
本日の更新はこれで終わりになります。
次回からは時間を遡って、主人公たちがダンジョンを自作する話です。
それが一段落してから、この話の続きになります。
なお次回掲載は数日後の予定です。
※11月4日 後書き欄を修正