可愛い
陽伊奈がルイを好きな事にはなかなかびっくりしたが、ルイについて語る陽伊奈の表情を見ているとなんとも微笑ましい気分になった。あれだ、親の気分みたいな……いや、俺兄だけど。
陽伊奈もやはり転生に苦しんだようだが、立ち直る事が出来たようで本当に良かった。俺がメアリーゼに救われたように、陽伊奈がルイゼルに救われたのなら兄としてその恋が実って欲しいと感じる。
「因みに妹よ、他の攻略対象は無視できるのか?」
「多少強制イベント的なものには巻き込まれるよ、本当めんどくさい。これだから攻略対象は……」
その面倒くさいキャラに前世はキャアキャア言ってたのはお前だけどな。
まあ、二次元と現実の違いだろう。例えば、ヤンデレなんか画面の向こうに居るんじゃないと、恐怖しか感じないだろうし。
俺は、前世にプレイしたギャルゲーに出てきた「いっしょに死の♡」と言ってくるキャラクターを思い浮かべた。……うん、リアルであれはない。
というか陽伊奈よ。
「ルイゼルもその面倒な攻略対象じゃないのか?」
「え、攻略対象だけど攻略対象じゃないというか……。お兄ちゃんもそうだけど、ルイゼルとはイベントが起きないもの。多分お兄ちゃんの影響で、性格やらなんやらが矯正されて攻略対象として成り立たなくなってるんじゃないかな。ルイゼルって今は普通にいい子で社交的な性格でしょ?攻略対象としては一味足らないのよ」
「ただかっこ良くて性格良くてじゃ駄目なんだなぁ」
「私はその攻略対象の枠から外れたルイゼルが、すっ好きなんだけどね。ゲームのままのルイゼルじゃ惚れたりしない」
「うんうん、今のあいつはいい奴だよ。俺も既に自慢の義弟だと思ってるし」
「義弟……」
陽伊奈は口元に手をやって少し考え込んだ。
「考えてみるとお互い恋が実ったら、義理とはいえまた兄妹になるのね。超うけるわ」
「それはそれで、俺らが話す上での面倒も無さそうでいいんじゃないか?」
「お兄ちゃん良かったねー。また可愛い妹が出来て」
「そっちこそ良かったな、また頼りになる兄が出来て」
お互い「こいつ自分で言いやがった」という言葉を頭に浮かべつつ、まあ頑張りますかと拳をコツンとくっつけた。
少し遠くから聞こえる「ゆ、ゆうじょうえんどって、兄妹でも成り立つのでしょうか……」という発言から目を背けながら。
だからもうゲームはいいんだって!
「あれ、あそこにメアリーゼたんが…」
「陽伊奈、俺明日から本気出す」
「だからお兄ちゃんは駄目なのよ」
陽伊奈は呆れ顔でそう言った。……ごもっともですけども。
*
「ルイゼル」
「あれ、リュオンさん。どうしましたか?」
メアリーゼの弟であるルイゼルとは、俺もそれなりに仲が良い。
とりあえず妹の為に会話の席を設けてやろうとルイゼルの居る教室に向かい、人の輪の中に居るルイゼルに声をかける。ルイゼルは割といつもこんな感じなので、用事がある時は人の中に突っ込んでいかなければならない。これは、陽伊奈も話しかけにくかっただろう。
「ちょっとな。今時間あるか?」
「はい大丈夫ですよ」
そう言うとルイゼルは、少し行ってくると周りの者に断りこちらに来た。
……ルイゼルはとても顔が広い。さっきの陽伊奈の話だと、ゲームでの設定は孤独なキャラだと言っていたが、このルイゼルは真逆だ。俺はこのゲームで知っているのはメアリーゼと、メアリーゼが特に活躍するルートのキャラがリュオンである事、ソフィールという少女がヒロインだというくらいのものなので、ゲームのルイゼルを殆ど知らない。
だが、こう社交的になる前のルイゼルは一応知っている。あの頃のルイゼルより、今のルイゼルの方が100倍良いと断言できる。
ルイゼルを連れて、陽伊奈を待たせておいた校舎裏に向かった。校舎裏は割と人が少ないので、あまり人の周りで話したくは無い時にももってこいである。
「陽伊……ソフィール嬢、連れてきたぞ」
「リュオン様、ありがとうございます」
陽伊奈とは普段はお互い名前で呼び合う事にした。お兄ちゃんやら陽伊奈やら…今世でお互いに当てはまらない呼び名を聞かれた時周囲にどんな誤解をされるか分からないからだ。なので、他の者に聞かれる心配が無い場合……あとはメアリーゼの前でくらいなら多少はいいんじゃないか、という事となった。
「リュオンさん、この方は?」
「ああえっと、ルイゼルはソフィール・キャンベルって名前の響きに覚えはあるか?」
「ソフィール・キャンベル……」
考え込む仕草をしたルイに、陽伊奈は少し目を伏せた。やっぱり覚えてないか……なんせ陽伊奈とルイが出会ったのは5〜6歳だ。少し会っただけの子を、陽伊奈はまだしも普通は覚えていないだろう。
「いいんです、とても小さい頃に会ったきりでしたし……。私はただ、あなたに救われたと、お礼を言いたかっただけなのですから」
陽伊奈はそう言ってルイゼルに笑顔を見せたが、俺から見るとやはり笑顔がぎこちなく見えた。……覚えていて欲しかったのだろう、覚えていてもらってそして今の事を聞いてほしくて……心からお礼を言いたかった筈なんだ。
例えば、メアリーゼが俺の事を忘れてしまったらどうだろう。あ、想像しただけで悲しい。ごめん陽伊奈、こればかりは何も出来ない兄を許してくれ。
「は!? なんでお兄ちゃんが泣きそうに、……ごほん。ええとですねルイゼル様、覚えていなくても構わないのですが昔ー……」
「覚えてるよ」
「6歳になる手前ぐらいの頃私のー……へ?」
「覚えているよ? キャンベル伯爵家のソフィール嬢。ええと、リュオンさんの前で言っていいのかな。でもさっきのやり取りの雰囲気からすると事情も知ってるみたいだし……」
「ルイゼル様?」
「あの時、泣いてた子だよね。……もう、涙は止まった?」
覚えてるのかよすげぇな、というのとルイの台詞のイケメンぷりに感心していると陽伊奈がぽろぽろ涙を零した。おおう。
「止まりました、止まったんです。ルイゼル様のおかげで」
泣きながら矛盾した事を言っているようだが、ルイゼルには通じているだろう。ルイゼルは「それは良かった」と微笑み、ハンカチでソフィールの涙を拭った。なんだか俺の前でとてもリア充な出来事が起きている。妹のいちゃこらを目の前で繰り広げられるのはなんとも言えないむずかゆさがあるが、まあ我慢できる範囲だ。
「ルイゼル様、ありがとうございます。私あの時、本当に嬉しかった」
「僕も、あの時君に話を聞いてもらえて嬉しかった」
どうしよう、俺こっそり抜けた方がいいかな。あとは若い2人で……みたいな。ひと気の無い校舎裏といったって、ルイゼルは紳士だし再会したばかりの少女に手荒な真似はすまい。
そう思い、俺が1歩後ろに下がった時だ。
「リュー様! ルイ! 2人がこっちに向かったって他の方に聞いて……、ソフィールさん!?」
メアリーゼエエェェ!!
突然このキラキラした雰囲気の中に、メアリーゼがぱたぱたと走ってきた。角度的にソフィールの事が近くに寄るまで見えなかったらしく、驚いている。
「ソフィールさん、なんで泣い……ええ?」
「メアリーゼ、ちょっと俺とあっちに……」
「姉さん、彼女と知り合いなの?」
「えっと、今日妹になったの」
メアリーゼ、その説明は如何なものか。
「メアリーゼ様、少しよろしいですか?」
「まあ、私は大丈夫ですがどうしましたの?」
「ルイゼル様、すみませんえっと……その、私ちょっとメアリーゼ様にお話が!」
そう言うと、陽伊奈はメアリーゼの手を引いて走って行った。何事かと思えば、陽伊奈から頭の中に思考送還魔法が送られてきた。
曰く「もう無理限界、ルイゼル様優しいし私の事覚えてて嬉しかった。覚えててくれたのって私がヒロインだから攻略対象の枠から外れたルイゼル様でも多少は補正が働いたのかな? 初めてヒロインで良かったと思った。でも! これ以上は心臓もたないからちょっと女の子的癒しで心落ち着けて来る」……らしい。
「えっと、ルイゼル」
「リュオンさん、あの後ろ姿どう見ても姉さんが妹ですね」
それな!
「どうして妹とかの話になったんですか?」
「まあ色々あって、いつか陽……ソフィール嬢の口から聞いてくれ」
「? 分かりました」
ルイゼルは、首を傾げ不思議そうにしながらも了承した。本当にいい奴だ。
「……ルイゼルは、ソフィール嬢と再会してどうだった?」
「どうだったか……そうですね、ずっと気になってはいたので、今幸せそうで嬉しいですよ」
ルイゼルは本当に嬉しそうにそう口にした。
陽伊奈、これはお前脈アリかもしれないぞ。お前先にくっつくかもな。そしたら早急にメアリーゼとの恋を応援してくれ、と俺が思った矢先。
「姉さんは彼女の事を妹と言っていましたね。なんとなく、僕もそんな風な思いがあるのかもしれません」
「それは、どういう……」
「僕は下の兄弟が居ないので分かりませんが、妹が居たらあんな感じかなって思うんですよ」
……陽伊奈、俺達どう足掻いても兄妹すぎる。あとメアリーゼとルイゼルの思考回路も姉弟すぎる。そう考えて、俺は心の中で頭を抱えた。
どうしてこうなった、と少し考えてみてもいい答えは出ない。でも、あえて言うなら……「選択肢を間違えた」って奴じゃなかろうか。
少しして戻ってきたメアリーゼと陽伊奈を視界にうつしながら、これからこの手強い姉弟相手にどうハッピーエンドにむかっていけばいいのかと、答えの出ない問題に俺は思考を巡らせるのであった。
一応こちらで一区切りです!
元々は短編で書こうとしていたので、このような形になったのですが…。
番外編のネタだったりをいくつか作ってあるので、とりあえずまだ完結とはせずにそちらを書いていきます。思ったよりメアリーゼちゃんの出番が…少なくなってしまったのもあるので…。
そこから続くかはこれから考えてみます!(アバウト)
ひとまず、ありがとうございました。これからも「うちの悪役令嬢は世界一可愛い」を楽しんで頂けると嬉しいです。