は
「はぁ––––––––––っ」
「うわ、急に黙りこくったと思ったら溜息とかマジないんだけど。明日チョコデニッシュ奢ってよね」
「あー、うん。ごめんごめん」
あの時の出来事を思い出して思わずまた溜息をついてしまっていた。これでは陽伊奈が不快に思うのも当然だ。悪い事をした。
「あと別に、ほんとにきもいとか……思ってないし」
「本当ごめん! 別にそれを気にして溜息をついたんじゃないから、な!」
陽伊奈がうつむき気味にそんな事を口にしたものだから、慌てて弁解する。そう、この妹は口では悪く言っても割と気にするタイプなのだ。
気を紛らわせてやろうと、頭をぐしゃぐしゃに撫でると「髪めちゃくちゃになるだろうが!」という言葉と共に横っ腹を殴られた。痛い。
陽伊奈は「まったくもー」と文句を垂れながら、ささっと手櫛で髪を整えた。さすがヒロイン・ヘアー、手櫛で楽々整えられるサラツヤっぷり。
あ、天使の輪っか出た。本当すげぇなヒロイン・ヘアー、世界が嫉妬するどころじゃないだろ。などと思いながら眺めていると、陽伊奈は何かを思い出したように突然俺に詰め寄った。
「そうだ! 私聞きたい事があったんだけど」
「突然なんだ?」
「なんでメアリーゼたんが悪役令嬢なんてしてんの!?」
「……あー」
その質問に、思わず俺の視線が泳ぐ。再会早々、兄のヘタレで情けない失恋もどきエピソードを妹に聞かせて良いのだろうか。ほら、兄の威厳とか……。
「あ」
「え?」
泳いだ視線の向かった先。そこに居たのは……。
「リュー様がヒロインさんを抱きしめ、会話し、撫でた後に一度離れたと思えば今度はヒロインさんからリュー様に寄り添っていらっしゃる……これはハッピーエンドですの? 会話が、会話さえ聞こえれば!」
「メアリーゼエエェェ!」
そこには、柱の影に隠れてぶつぶつ独り言を口にしているメアリーゼの姿があった。
ちょっと待ってくれメアリーゼいつから見てた? 「はっ、見つかってしまいましたわ! これはお邪魔にならないよう撤収すべきでしょうか!?」じゃないよ、とりあえずこっち来てくれ、弁解させてくれ!
「メアリーゼ、こっち、こっち来てくれ!」
「ちょっとお兄ちゃんこれもしかして修羅場?」
むしろ修羅場とかだったらいい気さえしてくるぞ俺は!
メアリーゼはひょこひょこと、遠慮がちに俺達の方に歩いて来た。
「とりあえずメアリーゼ?いつからそこに……」
「えっと、リュー様がヒロインさんを抱きしめた辺りですわ」
割と最初の方じゃないか。何故そんなとこを見てしまったんだメアリーゼ……。
「あの、リコリス先生の所に向かおうと思ったのですが、この学園にリコリス先生2人いらっしゃるでしょう……? なので、魔法属性学のリコリス先生なのか魔法実技演習のリコリス先生なのか、リュー様にお聞きしようと、戻って来まして……」
そして、戻って来たら俺が陽伊奈を抱きしめた所だったと。タイミング最悪じゃねぇか。
あとメアリーゼ、君は魔法属性学を去年学び終えているだろう。俺達が今接しているのは魔法実技演習のリコリス先生のみ、という辺りで察してくれ。
とはいえ、この辺りは自分の伝達不足でもある。というわけで、特に責めるつもりはない。やり場の無い怒りは後で自分にでも向けよう。
とりあえず今すべき事は、誤解を解く事だ!
「メアリーゼ、君は誤解をしている」
「そうですわメアリーゼ様、私……人様の婚約者を奪うなんて非人道的な真似は決して致しませんわ!」
陽伊奈さり気なくゲームヒロインをディスってんな。
「あーっと、メアリーゼ。俺の前世の話は知っているな?」
「ええ、存じておりますわ」
「先程判明したのだが……彼女は、俺の前世の妹の陽伊奈だったんだ」
「ええーっ!」
メアリーゼは目をまん丸にして叫んだ後、貴族の令嬢が大口あけて叫ぶのは良くないなと思ったのか手を口に当てた。目を見開いたまま。メアリーゼ可愛い、……とか考えてる場合じゃないな、うん。
それにしても、メアリーゼ全く疑わずに信じてくれた。ここまで信じやすいのは、ちょっと俺としては心配だ。
因みに、陽伊奈も陽伊奈で「そういえばメアリーゼ様、ずっとヒロインさんって私の事呼んでたし、そりゃお兄ちゃんの前世の事ある程度知ってるわよね……」とぶつぶつ言いながら1人で納得している。
「ああ……ヒロインさんが妹様とは、結ばれる事は出来ないとはなんたる悲劇っ」
「だからメアリーゼ、俺とヒロインが結ばれる事は無い。分かったか?」
「はい……」
メアリーゼはあからさまに落ち込んでいる。俺が他の女と結ばれなかった事に落ち込んでいる様に、俺の心も落ち込んだ。……この世は残酷だ。
暫くその状態でいると、メアリーゼは何を思ったのか知らないが、突然陽伊奈に向き直った。
「考えてみましたら、ヒロインさんが妹様という事は、ヒロインさんは私の妹も同然ですのね……」
「は、はい。そうなりますね? リュオン様は私のお兄ちゃんですし、メアリーゼ様はお兄ちゃんの婚約者で」
「まあ、私妹に憧れていましたの!」
ですから、という所まで聞き終えずにメアリーゼが喜びの声をあげた。リュー様ー、私妹が出来ましたわー! と俺ににこにこ呼びかけてくる。
メアリーゼのその切り替えの早さ、俺ちょっと羨ましい。
あと、メアリーゼが憧れていたのは妹というより『姉妹という存在対して』である。メアリーゼの兄弟は弟だけだし、その上1番身近な存在は『リュー兄様』と慕った俺だったからだろう。
「ソフィールさんって呼んでいいかしら!」
「喜んで」
陽伊奈が光の早さで即答した。
「可愛いですわー」
メアリーゼは背伸びをしながら陽伊奈の頭を撫でた。メアリーゼよ、お前が可愛い。と、俺と陽伊奈はアイコンタクトした。兄妹の絆である。
メアリーゼと陽伊奈をほのぼのしながら眺めていると、爆弾発言が飛び込んだ。
「リュー様は私の兄のような方ですの。私達、リュー様の妹姉妹ですわね! ……私、まるで私の兄のように色々助けて下さったリュー様の力になりたいと思っておりますの。ソフィールさんと結ばれたらリュー様は幸せになるとずっと思っておりましたけど、こういった形になってリュー様も嬉しそうでしたし、私もソフィールさんと姉妹のようになれて嬉しいです。ありがとうございます! ソフィールさん」
その言葉を聞いた瞬間、陽伊奈からアイコンタクトが飛ばされた。
(察した)
察された……。
陽伊奈はとても可哀想なものを見る目で俺を見ている。つらい。そんな目を向けないでくれ妹よ。
「あれ、でも兄妹でしたら突然抱き合ったのはどういう流れでしたの?」
「いいかメアリーゼ、例えば俺と君が17年離れ離れになったとする」
「リュー様と17年も…!?」
メアリーゼはふるふると青い顔で震えた。よっぽど恐ろしいらしい。
「その状態でようやく俺と再会した! そうしたらどうする?」
「はやる気持ちを抑えきれずに、飛びついてしまう気が致しますわ!」
「そういう事だ!」
「なるほど!」
「所でメアリーゼ、リコリス先生の所には行かなくていいのか?」
「はっ、そうでしたわ!」
「魔法実技演習のリコリス先生だぞ」
「はい、承知しましたわ! それでは…リュー様、ソフィールさん、私少し行って参りますわ!」
メアリーゼは、ぱたぱたと走って行った。……そして、姿が見えなくなった頃に陽伊奈から一言。
「自分で自分の首締めるとかお兄ちゃんは馬鹿なの?」
「あああぁぁ……っ」
思わず地に伏せた俺に、陽伊奈は「メアリーゼたんと弟さんで例えなさいよ」と吐き捨てた。その手があったか。
「ややこしい事になってると思ったら自業自得じゃない。何やってんの」
「いっそもっと罵ってくれ……」
「きも」
だって、自分でも無意識にああいう事を言ってしまうんだ。メアリーゼの事を婚約者として好きなのに、昔からのノリがつい……。陽伊奈が悪い所をばんばん罵って指摘してくれるならむしろ大助かりなんだ。クズとか吐き捨ててくれるぐらいの方が分かりやすくていっそ丁度良い、とか思ってしまう位に俺の状況はやばかった。
「……私、お兄ちゃんとメアリーゼ様の事協力してあげてもいいよ」
「え、まじか!?」
「まじまじ。ただし、私の恋も協力してくれるんならね」
「メアリーゼはあげないけど」
「は!? メアリーゼたんの事はライクに決まってんでしょ! いい? メアリーゼたんは私の推しみたいなのものなの。……ごほん、その……男の人だよ」
前世で「私の彼氏はそんじょそこらの奴とは次元が違うから」と物理的な意味で言っていた陽伊奈が…!? 仮に好きな人が出来ても上手く行動出来なかった陽伊奈が…!
「なっ!? 誰だ、変な奴だったらお兄ちゃん認めな…」
「最後まで聞け!」
陽伊奈に怒鳴られて、思わず「はい、すみません」と口にした。……兄の威厳とは。
「あれは、私がまだ小さかった頃の事よ……」
……あの、陽伊奈さん。回想はいいんですが、それメアリーゼが戻って来る前にちゃんと終わりますか?
次回は陽伊奈の回想回です。
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