06.26 王都の休日 中編
シノブ達は馬車で南区へと移動している最中である。馬車は広い王都をゆっくりと進んでいくので、移動には意外に時間がかかるようだ。
「アリエルやミレーユは、街にも詳しそうだけど、シャルロットのところに来るまでは自分で買い物とかしていたの?」
暇を持て余したシノブは、街の生活に詳しそうなアリエルやミレーユへと問いかける。男爵家の娘である彼女達がどんな生活をしていたのか気になったのだ。
「はい。私達はごく普通の男爵家ですので。男爵家は所領といっても町とその周辺だけですし、家臣も10人いれば多いほうです。
ですから、自分で行かないと何も手に入りません」
「そうですね~。うちの領地もそんな感じでしたね~。
でも、私やアリエルの実家は大きな街道があるので、まだ便利なほうなんですよ」
シノブの問いに、二人はそれぞれの実家について簡単に説明した。
アリエルの実家、ルオール男爵家はベルレアン伯爵領に隣接する町ルオールを所領とする。そして、ミレーユのソンヌ男爵家も、同様にベルレアン伯爵領に近い町ソンヌを所領としていた。
どちらも伯爵領の都市ルプティの東にあるが、ルオールはフライユ伯爵領へ、ソンヌはラコスト伯爵領へ行く街道に存在する。
この国では、男爵とは本来は地方の豪族に与えられた爵位である。
だが、時代が下るにつれて豪族という意味合いは薄れていったようだ。現在では、領地を持たずに軍人として王国軍や近隣の領主軍で働く者や、官僚として生活する者もいるという。
アリエルの説明では、王国の歴史が続く中で、王家に仕える騎士階級のうち功績を挙げた者に男爵位を与えたため、そのようなことになったという。
「そうか……ご兄弟は領地の経営で忙しいの?
それとも、二人みたいにどこかの伯爵家に行っているの?」
シノブは、以前、彼女達には兄弟がいると聞いていた。自身も子爵となったシノブは、貴族に生まれた男子がどのような暮らしをしているのか、この際聞いてみようと考えた。
「私の弟ユベールは、閣下にご紹介いただいてポワズール伯爵家に行儀見習いに上がっています」
アリエルの弟ユベールは14歳で、ポワズール伯爵の嫡男セドリックより一つ年上である。ポワズール伯爵はベルレアン伯爵と従兄弟であり、その伝手で側仕えとなったそうだ。
男爵の子弟は、侯爵や伯爵など上級貴族の子息の学友となることが、栄達への第一歩らしい。特に地方の男爵領などでは充分な教育が出来ないため、早めに出すことが多いという。
侯爵や伯爵に奉公出来るのは幸運なほうで、子爵や王都の男爵の下で行儀見習いをする者も多いと、アリエルはシノブに教える。
「そうか。伝手は大切ってことだね。
そういえば、ユベール殿もセドリック殿に随伴して王都に来るの?」
王女の成人式典は、12月5日の予定だ。各伯爵は11月下旬になると王都にやってくるらしい。ジェルヴェによると、そのまま新年の式典まで王都に滞在するつもりで出立を遅くする伯爵家も多いようだ。
「ええ、久しぶりに会えそうです」
シノブの言葉に、アリエルも柔らかく微笑んだ。
アリエルもシャルロットについてヴァルゲン砦でずっと勤務していた。だから、弟に会うのも二年ぶりらしい。
「私の兄エルヴェは、ベルレアン伯爵家に行儀見習いに上がりました。でも、もう8年も前のことですよ。
今頃は父の下でこき使われているんじゃないですか~」
ミレーユは、おどけた様な口調でシノブに答える。
彼女の兄エルヴェは、現在23歳だそうだ。15歳までベルレアン伯爵家で侍従見習いをしていたという。だが、アリエルが来る前には実家に戻ったから、彼女とは面識がないらしい。
エルヴェは、既に妻も娶り子供もいるそうだ。ちなみに男爵の場合、裕福な家以外は第二夫人まで娶らない場合が多いらしい。
ミレーユは、兄も嫡男が生まれたので妻を増やさないだろう、とシノブに言った。
「いずれ、シノブ様の下にも行儀見習いの従者をつけるべきかもしれませんね。実務はアミィさん達で問題ありませんが、男爵家の子弟を従者として抱えるのも人脈作りとして必要でしょう」
アリエルは、シノブが彼女達の兄弟について尋ねた意図を察していたようである。
子爵家として体裁を整えるには、貴族の子弟を行儀見習いとして迎え入れてはどうか、と提案した。
「その前に、やっぱり家臣じゃないですか?
きっと、閣下が何かお考えだと思いますけど」
ミレーユはアリエルの言葉に頷くが、まずは家臣が必要だ、と言う。
「そうですね。父上にも相談してみましょう……シノブ、着いたようですよ」
シャルロットが言うとおり、馬車はポワソン通りへと着いたようで、動きを止めていた。
ようやく目的地に着いたシノブ達は、ジェルヴェに先導され通りへと降りた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ここがポワソン通りか……」
食材を扱う商会が集まるポワソン通りは、南の大門に続く大通りから、少し細い脇道に入ったところにあった。
ポワソン通りは、北区のボドワン商会やソレル商会のある場所とは違い、城門に比較的近いようだ。そのためか、あたりの店も、それほど大きくはない。
そんな場所柄のせいか、馬車を置く場所も共同のようである。シノブ達が乗ってきた馬車も、道の脇に設けられた広場に止めていた。
「シャルロット様、シノブ様、こちらです!
私達は、この先のブランザ商会に良く行っています。ブランザ商会には、カンビーニ王国から来た人も多いので、他所より良い品が入っているのですよ」
ボドワンの娘リゼットがシノブ達に声を掛ける。カンビーニ王国は、メリエンヌ王国の南にある王国だ。半島状に大陸から突き出した国土を持つため、海産物を良く食べるらしい。
カンビーニ王国は、メリエンヌ王国とは仲も良く、国境にはさほどの障害もないため交易も盛んである。また、海上経由でガルゴン王国とも交易しているという。
「そうか。それなら期待ができるな」
シノブは、リゼットに案内してもらって良かったと思い、顔を綻ばせた。
「さあ、ご案内します!」
シノブ達は、元気の良いリゼットの案内で、通りへと出た。
通りは、ボドワンの言葉通り海産物を扱う商会が多いようで、ごく僅かだが魚の匂いが漂っている。
シノブは微かな香りから海の近くの市場を思い出した。だが、店頭から路地に突き出すように干物や塩漬けの魚が並べられている様子は、下町の商店のようでもある。
行き交う人は、買い付けに来た商人や、ごく普通の住人が多いようで、雑然とした雰囲気がある。そんな様子も、シノブに下町の観光名所を思い出させた。
「シノブ様! これなら期待できそうですね!」
アミィは、狐耳を元気良く立て、尻尾を機嫌良さそうに揺らしながら、シノブを見上げる。
通りに出たアミィは、あたりを見回して目的とする食材が確保できそうだと感じたようだ。シノブを見る顔には、満面の笑みを浮かべていた。
「そうだね! 少なくとも干物とかはありそうだ!」
シノブも、久しぶりに嗅ぐ匂いと活気のある雑踏に浮き立つような気持ちになり、彼女の頭を撫でた。
「故郷は島国だと聞いていましたが、シノブ達は、本当に海の物が好きなのですね」
子供のように上機嫌となったシノブとアミィを見て、シャルロットが微笑んだ。
「ああ。こちらで言えば、アルマン王国のような感じかな。大陸と海を隔てたところとか、似ているね」
アルマン王国とは、メリエンヌ王国の西方の海上にある島国である。
島国だけあって航海術に優れているらしく、海上経由でイヴァール達の国であるヴォーリ連合国とも交易をしているという。
「でも、お米が取れるから、気候とかは南のガルゴン王国やカンビーニ王国に近いのかな。
こちらよりは寒いところで育つ品種も多いから、王都や領都とさほど違うとは思わないけど」
シノブは、メリエンヌ王国の気候は北海道から東北ぐらいに相当するのではないかと感じていた。
「そうですか。では、早速回ってみましょう。お目当ての物があれば良いですね」
「この分だと期待できそうだね。
……それじゃリゼットさん、ブランザ商会に案内頼むよ」
シャルロットの柔らかい笑みに、シノブは大きく頷くと、案内役のリゼットに声を掛けた。
「はい! それではこちらにどうぞ!」
リゼットは、栗色の髪を揺らし大きく頷くと、シノブ達を案内した。彼女はポワソン通りを良く訪れるようで、一際大きな商店へと、迷うことなく進んでいった。
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