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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.25 王都の休日 前編

「さて、武器の件はこれで良いとして、これからどうするかな?」


 工房から店舗に戻りながらシノブは、アミィやシャルロット達に声を掛けた。

 イヴァールは、これから戦斧を修理するか新調するかを武器職人のトイヴァやその息子リウッコと相談する。まずは、彼の身体強化や硬化魔術を見ながら方針を検討するので、丸一日かかるらしい。

 そこで、シノブ達は彼らとは別行動をすることになった。


 まだ時刻は、せいぜい10時ごろである。昼食に戻るにしても少し早いだろう。シノブは、何か良い考えがないかと思い、聞いてみる。


「シノブ様、王都の食材屋さんを回ってみませんか? 昨日お話ししたとおり、こちらならお米や海産物も多少はあると思います」


 アミィは、食材を探しに行きたいようだ。

 シノブの好みの食事といえば、やはり和食である。幸い、領都の貿易商から、米を手に入れることはできた。だが、産地に近い王都なら、別の品種もあるかもしれない。

 それに、領都では海の魚は手に入らなかった。和食の再現に熱心なアミィは、この際なんとかして海産物を手に入れたいようだ。


「シノブ様、海の物をお探しですか? それでしたら、南区のポワソン通りにお出かけになってはいかがでしょう?」


 案内するため同行していた店の主のボドワンが、シノブに声を掛ける。


「ポワソン通り? ジェルヴェさん、知っている?」


 シノブは、同行者の中で王都に一番詳しそうな伯爵家の家令ジェルヴェに聞いてみた。


「……いえ、不勉強で申し訳ありません。

ボドワン殿、どのあたりでしょうか?」


 博識なジェルヴェも、流石に王都の食材屋のありかまでは知らなかったようだ。

 もっとも、海のないベルレアン伯爵領で、海産物を好んで食べるものは少ないのだろう。その意味では、彼が知らなくても当然なのかもしれない。


「そうですね。一旦中央区までお戻りになって……そうです、案内の者をつけましょう!

リゼット! お前、皆様をポワソン通りまでご案内しなさい!」


 ボドワンは、後ろを振り向くと娘のリゼットへとシノブ達の案内をするように命じた。

 息子のレナンは、イヴァールの世話係として工房に残ったままだ。だから、今はボドワンとリゼットの二人だけがシノブ達の側にいる。


「えっ、私が! いいの!?」


 シノブ達がボドワン商会に来店してからずっと父に付き従っていたリゼットは、驚いたように目を見開き、灰褐色の瞳で父ボドワンを見つめた。

 彼女は、最初店員らしい丁寧な口調であったが、どうやらこちらが地のようだ。


「ボドワン殿、そこまでしてもらわなくても良いのだが」


 シノブは、わざわざ案内してもらわなくても、地図でも貰うか、途中で誰かに聞けば良いと思ったので断った。


「いえ、イヴァール殿の武具の手入れもさせていただきますし、これくらいは当然です。

それに、冬になる前に王国へ戻ることが出来たのは、皆様のお陰です。ご恩に比べれば些細なことでございます。リゼット、お前はポワソン通りに何度も行ったことがあるだろう?」


 ボドワンは、愛想の良い笑顔で、シノブへと答える。

 この際シノブやシャルロットと縁を繋いでおこう、という思惑もあるのだろう。彼は、遠慮するシノブに構わず、娘へと案内できるか尋ねかける。


「ええ、昨日も行ってきたわ!

シノブ様、父の言うとおりご案内させてください。父を無事に帰して下さったご恩返しですから!

それに、今回は王女殿下の成人式典を見物しにきたので、お店のほうはずっといなくても大丈夫です!」


 リゼットは父親に返事をすると、栗色の髪を揺らして身を乗り出し、シノブへと頼み込む。

 どうも、ボドワンの子供達は、半分王都見物が目的だったらしい。今、イヴァール達と工房にいる息子のレナンが十代前半、リゼットはシャルロットやミレーユと同じくらいの年齢に見える。

 この国では成人前から仕事に就くことも多いのだが、大商人の子供ともなれば、余裕があるらしい。もっとも、こうやって各地を回るのも将来のための修行なのかもしれないとシノブは考えた。


「シノブ様! 私、カンビーニ王国から食材を仕入れているお店を知っています!

あの店なら、お魚の塩漬けとかありますよ!」


 リゼットはシノブ達に同行したいらしく、積極的に自身を売り込んできた。工房では魔法のカバンに興味を示していたから、もっと『竜の友』の持つ魔道具を見たいのかもしれない。

 ミレーユよりも少し小柄なリゼットは、シノブを見上げて返事を待っていた。


「シノブ、折角だから案内していただきましょう。

……それではリゼット嬢、よろしく頼む」


 シャルロットはシノブに近づくと、彼らの願い通りにしようと(ささや)いた。

 そしてリゼットに対して、いつもの武張った口調で案内を頼む。


「はい! それではご案内します!」


 リゼットは『竜の友』や『ベルレアンの戦乙女』の案内が出来るのが嬉しいらしく、微笑みを浮かべて彼女に返事を返した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は再び馬車に乗り込み、南区へと移動していった。案内役のリゼットが御者に道順を教えながら、馬車は来たとき同様にゆっくりと進んでいく。

 元々王都に詳しくないシノブは、道案内を御者台の彼女に任せ、車中でシャルロット達と寛いでいた。


「リゼットさんに案内してもらって良かったの? 何か考えがあるようだけど?」


 シノブはシャルロットに問いかけた。彼は、シャルロットがボドワンの頼みを気安く引き受けたのを、不思議に思っていたのだ。


「領民の願いを聞き入れるのも、必要なことですよ。

それに、シノブにはああいう人達と縁を結ぶのも大切だと思いますし」


 シャルロットは、隣に座るシノブに微笑みながら答えた。


「ボドワンさんと?」


 シノブは、たしかに今まで領民とは接点が少なかったな、と思った。だが、なぜボドワンなのだろうか、とも考える。


「彼は、伯爵家とも取引がありますし、シノブの御用商人にしても良いと思います」


 シャルロットは、シノブに自身の考えを伝える。


「御用商人ねぇ。そういうのって、公平に決めるべきじゃないかな?」


 シノブは、縁があるから、ということで贔屓(ひいき)して良いのだろうか、と疑問に思った。


「シノブ様。こういうことは何を基準にしても、文句は出ると思いますよ。むしろ、縁や実績を名目にしたほうが、角が立たないと思います」


「そうですね~。セランネ村で苦労した仲とも言えますしね~」


 アリエルとミレーユも、シャルロットの考えに賛成のようだ。

 彼女達は血縁が重視される社会で生きてきた。だから、縁故というものに否定的な思いは少ないのかもしれない。


「シノブ様。ボドワン殿は、8月かそれ以前からヴォーリ連合国へ訪れていました。

ですから、お嬢様の暗殺未遂事件など、このところの不穏な動きとも無関係でしょう。それに、シノブ様やアミィ様の魔道具についてもそれなりに知っております。

少々慌て者ですが裏表の無い性格ですし、お館様も贔屓(ひいき)にしております。子爵家の内向きを相談するには、ちょうど良い人物だと思います」


 ジェルヴェも、シノブへと進言する。

 シノブも、彼の言葉には思わず頷いた。確かに、あの時期隊商と共に北方を移動していたボドワンが、事件に関係している可能性は低い。

 それに、彼はドワーフと交易し従業員にも抱えている。ソレル商会のように奴隷貿易に手を出している可能性も極めて低いだろう。


「ジェルヴェの言うとおりですね。息子か娘のどちらかを、使用人として抱えても良いかもしれません」


「えっ、使用人?」


 シャルロットの言葉に、シノブは驚いた。


「ボドワン殿も、それを期待していると思いますよ。一時的な使用人から従士階級として取り立てられるのは、よくあることですし」


 アリエルは、そういった事に詳しくないシノブへと簡単に説明する。

 伯爵家ともなれば、軍人はともかく、内向きは代々の家臣が担当しているから入り込む余地はほぼない。

 だが、シノブは新興の子爵家であり、まだ家臣はアミィだけだ。もちろんイヴァールも従者だが、彼はヴォーリ連合国の人間でもあり、客将とでもいうべき位置付けだろう。

 つまり、今ならシノブの家臣に取り立てられる可能性は充分にある。そして、ボドワンがそれに気がついていないはずはない、と彼女は言う。


「子爵家ね。そういえば、元々の子爵家の家臣はどうするのかな?」


 元々ブロイーヌ子爵であったロベール・ド・ブロイーヌは爵位を返上した。

 そして家名も変え、今はロベール・エドガールと名乗っている。元々、彼の父は先代伯爵の弟であり、セリュジエの姓を名乗ることもできたのだが、伯爵家に遠慮し父の名を家名としたという。


「一部は、ロベール殿の使用人となっておりますが、大半は伯爵家の家臣に戻りました。

新ブロイーヌ子爵家は、従来の子爵家と関係なく広く家臣を募集すべきでしょう。軍人や領民から募っても良いですが、いっそのこと、ラブラシュリ家など縁のある家臣を譲り受けても良いかもしれません」


 ジェルヴェは、子爵家の家臣について説明すると、シノブ付きの侍女として働いているアンナの家について触れた。


「そうか。いずれにしても、領都に帰ってからかな」


 シノブは、伯爵領に帰ったら、大勢の家臣候補と面接でもするのかと思い、苦笑いした。


「シノブ様、私もお手伝いしますから!」


 今まで黙って聞いていたアミィが、元気よく声を上げた。彼女は、シノブの内心の思いを察したらしい。シノブを見上げ、明るく笑いかける。


「ああ、頼りにしているよ。何しろアミィは筆頭家臣だからね。そうだ、ジェルヴェさんみたいに家令とか役職をつけたほうが良いのかな?」


 シノブは、彼女のオレンジがかった明るい茶色の髪を優しく撫でながら、冗談っぽく言葉を返す。


「ええっ、家令ですか!?」


 アミィは、家令という言葉に驚いたようだ。

 彼女は自身を『第一の従者』とは言っていたが、ジェルヴェのような家令になるのは想像していなかったのかもしれない。


「アミィ様なら、充分お出来になりますよ。そうです、子爵家設立となったことですし、アミィ様を騎士階級としたほうが良いと思います」


 ジェルヴェは、同じ狐の獣人であるアミィに、優しく頷きかける。


「それは良い考えです。正式には父上の前で叙任式を行うとして、今日からシノブの騎士、ということで良いと思います。どうでしょう、シノブ?」


 シャルロットもジェルヴェの意見に賛成のようだ。早速アミィを騎士にすべきだ、と彼女は勧める。


「そうだね。では、アミィ。馬車の中で悪いけど……。『騎士となる者よ。大神アムテリア様の教えを守るべし。全ての民を守護すべし』」


 シノブは、アミィの小剣を一旦鞘ごと手に取ると、叙任の決まり文句を唱えて彼女へと返した。これがジェルヴェから教えられた、最も簡略化された騎士叙任の儀式なのだ。


「『神々の教えと主君の(めい)を胸に、(われ)は民を守る剣となり盾となる』。……シノブ様、ありがとうございます」


 シノブから剣を受け取るアミィは、薄紫色の瞳に涙を浮かべていた。


「ほら、筆頭家臣が泣いていちゃ締まらないよ。アミィ、これからもよろしくね」


 シノブの言葉にアミィは嬉しそうに目を細め、静かに頷いた。アミィの頬を流れた涙をその手で拭くと、シノブは再び彼女の頭を撫でる。

 そんな仲の良い主従に、シャルロット達は温かい祝福の言葉をかけていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 本作の設定資料に、王女の友人達を追加しました。

 また、彼女達の出身である侯爵家についても少しだけ触れてみました。

 設定資料はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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