06.24 王都の再会 後編
商会の主ファブリ・ボドワンは、シャルロットの突然の来訪に驚いたようで、足早に近づいてくる。
「えっ、戦乙女様!?」
店員の少女も、シノブの隣にいるのが『ベルレアンの戦乙女』だと気がついたらしい。彼女は、その目を見開き、シャルロットを見つめた。
今日のシャルロット達は軍服姿である。シノブと同様のマントは身に着けているものの、領都セリュジエールと違い、王都には他にも貴族の女騎士がいる。そのため、店員の少女は気がつかなかったようだ。
伯爵領から遠く離れた王都で『ベルレアンの戦乙女』に出会ったことに驚いたのか、店員の少女は、灰褐色の瞳でシャルロットを凝視している。
「御無沙汰しております。セランネ村では大変お世話になりました。
本日は、どのようなご用件でございますか?
別邸の騎士様には、先日武具をお納めしたばかりでしたが、不具合でもございましたでしょうか?」
少女の驚きをよそに、一行の前まで来たボドワンは、シャルロットやシノブ達に挨拶をする。
彼は、納品した武具に問題があったのかと思ったようだ。暑くもないのに額に汗を滲ませながら、心配げな面持ちでシャルロットを見ていた。
「ボドワン殿。今日は伯爵家についてではない。イヴァール殿の戦斧の手入れが目的だ」
畏まるボドワンに、シャルロットは鷹揚に来店目的を説明した。
「おお、そうでしたか。ちょうど、イヴァール殿と同じセランネ村の職人がおります。
レナン、呼んできなさい!」
シャルロットの言葉にボドワンは安堵したようで、笑みを見せる。そして彼は、背後にいる十代前半の少年に声を掛け、職人を呼びに行かせた。
「はい!」
レナンと呼ばれた細身の少年は、外見通りの素早い動きで、店内へと走っていく。
「壮健そうで何より。あちらは、お子さんかな?」
シノブは、ボドワンに柔らかく声を掛けた。
ボドワンと奥に走っていった少年は、双方とも栗色の髪に灰褐色の瞳である。そして少年は、恰幅の良いボドワンとは体格が随分違うが、その顔立ちは良く似ていた。
「はい。息子のレナンです。そしてこちらにいるのが娘のリゼットです」
なんと、シノブ達に声を掛けた店員の少女もボドワンの子供だった。
「申し遅れました。リゼット・ボドワンと申します」
リゼットは父親に紹介されると、緊張しながらも丁寧な仕草で頭を下げた。
彼女は既に成人しているらしく、シャルロットやミレーユと同じくらいの年に見える。おそらく、レナンのほうが弟なのであろう。
「ボドワン殿。こちらに居るドワーフの職人は、誰なのかな? ちょうど、娘さんにその事を聞こうとしていてね」
自分の父親と同じくらいの男に偉そうな口調で話すことに、シノブは未だに慣れていなかった。だが伯爵家に入った以上は仕方がないと思い、なんとか伯爵の口調を真似ながら続けていく。
「これは失礼しました。トイヴァとその息子のリウッコと申します」
シノブの問いかけに、ボドワンは恐縮しながら職人達の名前を答えた。
「そうか! トイヴァ殿か!」
ボドワンが告げた名に、イヴァールは嬉しそうな声を上げた。
そしてシノブも友人の喜ぶ様子に、よほど腕の良い職人なのかと期待する。
「……その……シノブ様、お尋ねしてよろしいでしょうか?」
ボドワンは、遠慮がちにシノブに声を掛けた。
「なにかな?」
シノブは彼の緊張を解そうと思い、柔らかく微笑む。
「その白に金糸のマント……シノブ様は貴族だったのですか?」
ボドワンは、シノブの姿に疑問を抱いていたらしい。
彼は、セランネ村ではシノブのことを魔術師として紹介されていた。それに、その時点ではシノブは貴族ではなかった。だから、彼はシノブの事は貴族ではないと思っていたはずだ。
ところが、今のシノブはシャルロットと同じ、大隊長以上の貴族の証である白に金糸で縁取りしたマントを身に着けている。彼の言葉どおり、この国の常識から考えればシノブの出で立ちは貴族のものであった。
「シノブ様はシャルロット様と婚約され、ブロイーヌ子爵となりました」
アリエルが、ボドワンの疑問に簡潔に答える。
「おお……シャルロット様、シノブ様、おめでとうございます!」
ボドワンとリゼットは、アリエルの言葉を聞き、シャルロットとシノブに深々と頭を下げた。
シノブは大袈裟なボドワン達の様子に辟易とした。だが、領主の娘の慶事を聞いた領民としては、まさか何事も無かったかのように流すわけにもいかないだろう。
シノブは、伯爵領に戻ればこういう事が重なるのだろうと思って、内心苦笑いした。
「イヴァールか! 久しぶりだな!」
シノブがボドワン達の祝福を受けていると、レナンに案内され、奥から二人のドワーフの男が現れた。
職人らしく髪や髭には飾りが少ないが、一人は髪や髭を三つ編みにしているから既婚者だろう。シノブには、年長の男はイヴァールの父エルッキと同年齢くらい、もう一人はイヴァールと同じくらいに見えた。
「おお、トイヴァ殿! リウッコ!
まさか王都に来ているとは思わなかったぞ!」
イヴァールも親しげに挨拶を返す。どうやら、旧知の仲らしい。
顔中が髭に覆われている彼の表情はわかりにくいが、目元が緩んでいるので、きっと笑顔なのだろう。その口調にも、懐かしさや嬉しさが滲み出ている。
「何だ、知らずに来たのか!
俺の作った戦斧だからここに持ち込んだのかと思っていたぞ。どれ、見せてみろ!」
どうやら、イヴァールの戦斧は年長の男トイヴァの作品だったらしい。
彼は、シノブ達に構うことなく、ずかずかと近づいて来た。そして、さっさと出せと言わんばかりに、イヴァールへとゴツゴツした手を突き出す。
「それでは頼む。この前、少し手荒く使ったのだ。痛んでいないか見てほしい」
イヴァールも同族同士の気の置けないやり取りに顔を綻ばせたようだ。
シノブには、彼の声が普段よりも明るくなっているような気がした。堅苦しいことを嫌うドワーフであるイヴァールには、人族の中での暮らしは窮屈だったのかもしれない、とシノブは今更ながら考えた。
「さあ、奥の工房へと行こう! 今日は久しぶりに村の話を聞かせてもらうぞ!」
リウッコという若いドワーフも、陽気にイヴァールに笑いかけた。
イヴァールは、トイヴァとリウッコに引きずられるように店の奥に入っていく。シノブ達は彼らの様子を呆気に取られ眺めていたが、しばらくすると誰からともなく笑いが起こる。
そして暫しの後、笑いを収めたシノブ達は三人のドワーフを追って工房へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ、すまんが俺は工房に残るが良いか?」
イヴァールは、シノブを見上げ申し訳なさそうな口調で問いかけた。
シノブ達は、トイヴァとその息子リウッコの工房にいた。
ボドワン商会の一角にある工房は、簡単な修理や調整を行うための場所らしい。武具の製造や本格的な修理は、王都の城壁近くにある工房街で行っているそうだ。
様々な道具が無造作に置かれた工房には、主であるトイヴァ親子にシノブ達、そして貴族の接客をする為であろう、店主のボドワンとその子供レナンやリゼットもいる。
「ああ、じっくり相談するといいよ。それに、久々に故郷の人と会ったんだ。ゆっくりしてくるといいさ」
シノブは、遠慮するな、というように明るく笑いかけた。
イヴァールの戦斧だが、僅かながら歪みが生じていた。戦斧を調べたドワーフの職人トイヴァは、強化された彼の力に耐え切れなかったのだろう、と顔を顰めていた。
イヴァールは武器職人のトイヴァやその息子リウッコと、戦斧を修理するか、いっそのこと新調するか相談するという。トイヴァは、彼の身体強化や硬化魔術を実際に見て、どうするか決めるらしい。
「アミィ、イヴァールのお酒を出してあげて。イヴァール、トイヴァさん達の仕事が終わったら酒盛りでもしたら?」
久しぶりに同族と会ったイヴァールである。シノブは、同郷の者同士でゆっくり飲み交わすのも良いだろうと考え、アミィに魔法のカバンから彼のお酒を出すように言った。
「はい、シノブ様! イヴァールさん、ブランデーとウィスキー、どっちが良いですか?」
アミィは、イヴァールに何を出そうかと尋ねた。
「イヴァール、どうせならセランネ村のウィスキーをもらえるか? こちらでは中々手に入らんのだ」
トイヴァは、故郷の酒が飲みたいらしく、イヴァールに声を掛ける。
職人らしく仕事以外には拘りのなさそうな彼だが、やはり酒については別なようだ。黒々とした髭に手をやりながら、期待したような声を出す。
「それではアミィよ。一つずつ頼む。三人ならそれで充分だろう」
イヴァールは、アミィに双方出してほしいと答えた。
アムテリアから授かった魔法のカバンは、まるで容量の限度がないかのように大量の物を入れることができる。そのため、シノブ達は荷物となるものでも気軽に持ち運んでいた。
だからイヴァールは、魔法のカバンの中に自分の酒を何樽も入れていたのだ。
「イヴァール! こんな小さなカバンに入っている酒で満足できるか! 俺が後で買出しに……」
イヴァールと同年齢くらいのドワーフ、リウッコはアミィが持つ魔法のカバンを見て、不満げな声を上げた。しかしアミィが魔法のカバンから大きな樽を取り出すのを見て、彼は唖然とした様子で固まってしまった。
「凄い……これが魔法のカバン!?」
父親から聞いたのだろう、ボドワンの息子レナンは魔法のカバンを知っていたようだ。リウッコの後ろから目を輝かせながら、覗き込んでいる。
「父から聞いていましたけど、交易に使えたら、すごく便利ですね……」
隣にいる姉のリゼットも、驚きよりも興味のほうが先に立っているようだ。彼女は商人の娘らしく、商売上の利点に思いを巡らせているらしい。
「……な、なんでこんな小さなカバンに樽が! それに、重くはないのか!?」
そんなレナンやリゼットとは違い、リウッコ達は魔法のカバンを知らなかったようだ。
しばらく絶句したまま動かなかった彼は、アミィがカバンから大きな樽を二つ取り出し終わったころ、ようやく我に返ったようだ。隣にいるトイヴァも、声こそ上げないものの、目を見開いてアミィを見ている。
実は、魔法のカバンから取り出される物は、短時間だが重量が軽減されている。そのためアミィは、楽々と取り出しているのだが、そんな事を知らない彼らには異様な光景に見えたようだ。
「ボドワン殿から『竜の友』の話を聞いていなかったのか? ……ともかく、これだけあれば充分だろう。それではシノブよ。お主の厚意に甘え、ゆっくりさせてもらおう」
リウッコ達の驚く様子を見て、イヴァールはニヤリと笑ったようだ。してやったりと言わんばかりの彼は、片頬の髭を微かに揺らしていた。
シノブは、今日はイヴァールに故郷の仲間達と旧交を温めてもらおうと思いながら、彼らのやり取りを見守っていた。
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