06.23 王都の再会 中編
本格的な冬になる前の、ちょっとした揺り戻し。シノブ達が王都見物へと繰り出す日は、そんな暖かな朝であった。
「それじゃ、武具を扱っている店を探すか。シャルロット、どこかお勧めの店があるのかな?」
シノブは、シャルロットへと尋ねる。まずは、イヴァールの武具をメンテナンスするために、武器や防具を扱う店に行くつもりだった。
昨日シャルロットは、王都の武具を扱う商人なら案内できる、と言っていた。貴族の令嬢である彼女が普通の商店に出向くとは思えないが、騎士として武具については押さえている、ということだろうか。
「確か、北区にベルレアン伯爵領に本店を置く商会があるはずです。父上は、王都ではそこの者を贔屓にしていたと思います」
シノブの想像が正しかったらしく、シャルロットには当てがあったようだ。彼女は、自領の商会が王都にも支店を出していると語る。
「ヴォーリ連合国で出会った、交易商ボドワンの支店ですね。王都では、伯爵家の武具についてはボドワンに任せているはずです」
アリエルも、シャルロットの言葉を補足する。
「ああ、ボドワンさんか。シメオンのことも知ってたみたいだから、やり手なのかなと思っていたけど、こっちにも支店を持っていたのか」
シノブは、セランネ村であった商人ボドワンを思い出した。
ボドワンは、竜の活動期の影響で街道に溢れた岩猿により、ヴォーリ連合国に足止めされていた商人である。シノブは、彼は王都にも支店を持っていたのか、と少し驚いた。
「あれは、ボドワンの店でしたか……そこまでは知りませんでした」
やはり、貴族令嬢であるシャルロットは、店舗まで赴いたことはないらしい。
もっとも、彼女が王都を訪れたのは、2年以上前の成人式典が最後だという。成人前であれば、人任せも仕方ないのだろうとシノブは思った。
「私も矢を買いに行ったことがありますよ。たしか、ドワーフの職人も居ましたね~。
あちらから輸入した武具の手入れとかを任せているんじゃないですか?」
シャルロットほど身分が高くないミレーユは、直接店に行ったこともあるようだ。
彼女は小首を傾げながら、ドワーフの職人がいるとイヴァールに伝える。
「そうか。それなら期待できそうだな。シノブよ。そのボドワン商会へ行くが構わないか?」
イヴァールも、同族が居ると聞いて安心したようだ。僅かに目元を緩ませながら、シノブにボドワン商会を訪れたいと言った。
「ああ、もちろんだよ。やはり、国の職人に手入れしてもらったほうが良いだろうからね」
イヴァールの戦斧は、かなり特殊な武器のようだ。少なくとも、王国の武人が同じようなものを持っている様子はない。シノブは、自身を見上げるイヴァールに頷いた。
「では、ボドワン商会へと向かいましょう!」
話が纏まったと見て、アミィは元気良く声を上げた。
いつも明るい彼女は、今日も狐耳をピンと立て、尻尾も楽しそうに揺れている。
「そうだね。それじゃジェルヴェさん、馬車をお願いするよ」
シノブは、従者と共に控えていたジェルヴェに声を掛けた。
「はい。それではシノブ様、お嬢様。参りましょう」
ジェルヴェも深刻な事件を片付けたシノブ達に、王都見物を楽しんでもらおうと思ったのか、朗らかな口調で、馬車へと誘った。
◆ ◆ ◆ ◆
王都の中央区は全体の三割を占める。王宮をはじめ、政庁や軍の本部など大きな敷地を持つ設備や、貴族の館などが多いためである。だから中央区だけでも端から端まで2kmほどあるらしい。
シノブ達が乗った馬車は、伯爵家の別邸を出ると、政庁などの施設や貴族の館などが両脇に並ぶ大通りをゆっくりと進んでいく。
しばらく、豪壮な館が立ち並ぶ区画を進んでいたが、十数分くらいで北区に入ったようだ。左右に見える建物が、大きな庭を持つ貴族の邸宅から大商会の店舗へと変わっていった。
貴族の館とは異なり、商会などは、店舗や住居となる建物を敷地いっぱいに建てるらしい。そして、中庭に、憩いの場を作るようだが、多くは商売関連の施設で塞がってしまうという。
中央区に近いあたりには、貴族が贔屓する高級店や騎士などが訪れる武具屋などが多いらしい。もっとも武具屋といっても高価な品が中心で、平隊員が買えるものではない、とジェルヴェはシノブに教える。
そして、そんな大商会が立ち並ぶ、北区の中でも一等区と呼ぶべき区域に入ってすぐに、ボドワン商会はあった。どうやらボドワン商会は、王都でも繁盛しているようである。
「ここがボドワン商会ですね。ちなみに、ソレル商会は通りを挟んで数軒先ですよ~」
馬車の中で、ミレーユが通りの向かい側に目をやる。
そこには、入り口を封鎖され、その前に数人の兵士が立つ建物があった。
周囲の建物同様に『メリエンヌ古典様式』に則った歴史を感じさせる優美な四階建ての建築物は、シノブの目には由緒あるホテルのようにも見えた。だが、今は出入りする人も無く寒々とした印象である。
「そうか。あの建物にアミィとイヴァールは潜入したんだね。ご苦労様」
シノブは、重要な任務を成功させた二人を改めて労った。
彼らがポレット村から帰ってすぐに、ソレル商会は監察官の臨検を受け、閉鎖されていた。ソレル商会だけではなく、先代伯爵やラシュレー中隊長が調査した各商会も、臨検を受けたようだ。
「いえ、お役に立ててよかったです」
シノブの言葉にアミィは、にっこりと笑った。
「あれはアミィの手柄だな……ふむ。このまま中に入るのか」
イヴァールもアミィを褒める。そして、彼はボドワン商会へと目を向けた。
彼が言うとおり、シノブ達の乗った馬車は、ボドワン商会の中庭に、そのまま乗り入れていくようだ。
領都セリュジエールの商会もそうだが、大商店ともなると専用の駐車場を持っている。多くは中庭にあり、そのまま店舗へと入ることが出来るようになっている。ボドワン商会も、その例に漏れないようである。
伯爵家の馬車は、商会の入り口から少し右手にある大門から、中庭へと入っていった。
ボドワン商会は中央区に近いせいか、貴族やその家臣が訪れることも多いのだろう。大通りでも、伯爵家の馬車に驚く者はいなかった。
だが、中庭にある馬車を停める広場に着きシノブ達が降りると、主を待つ御者達から、どよめきのような声が漏れた。
「さすがに、軍服を着た貴族四人は、あまり見ないのでしょうね」
シャルロットは、彼らの驚く様子を見て、微かに笑いを漏らした。
シノブとシャルロットは、金糸で縁取った白いマント、アリエルとミレーユは縁取りなしの白いマントを、軍服の上から纏っている。
「全員軍服だから、驚いたのかな?」
シノブは、せっかく街へ繰り出すのだから軍装はどうかと思った。そこで、女性らしい格好をしてみては、とシャルロット達に言ったが、彼女達は良い顔をしなかった。
どうやら、最初から貴族の武人であることを示した方が面倒がないらしい。それに、ドレスで出歩くよりは安全である。
彼は、どうせなら綺麗に着飾ったシャルロットと歩きたかったが、中々そうもいかないらしい。
「軍服よりも、金糸の白マントだと思います。よほどの達人でもないかぎり、大隊長級の貴族の多くは子爵家以上ですので」
アリエルがシノブの呟きに答える。彼女は、続けて貴族の女性の日常について、シノブに説明する。
王都も治安の良いところらしいが、それでも普通は貴族の令嬢が街を歩いたりはしないようだ。アリエルやミレーユも、街に出るときは武人であることを示すため常に軍装だ、とシノブに言う。
それを聞いたシノブは、自分の認識はまだ甘かったようだ、と内心考えた。
「お嬢様達の仰る通りです。それに騎士階級ならともかく、貴族、それも伯爵家ともなれば自分の屋敷に呼びつけますから」
ジェルヴェも、シノブ達の話に加わり、彼の疑問に答える。
彼は、御者が馬を壁面の留め具に繋いだことを確認してから、シノブ達の下へとやってきた。
「ではイヴァール殿。ご案内しましょう」
そして、アリエルが、イヴァールへ声を掛け、商会へと歩んでいく。
ボドワン商会も、ソレル商会と同様に『メリエンヌ古典様式』の立派な建物だ。だがこちらは、ソレル商会とは異なり、店に出入りする人も多く、繁盛している様子が窺えた。
高級な服に身を包んだ人々に目をやりながらシノブが店内に入ると、そこには武具ではなく、セランネ村で購入したような細工物が並んでいた。
「あれ、武具屋じゃなかったの?」
シノブは、店内に武器が並んでいるのを想像していたが、広々とした店の中には彼の予想に反して綺麗な細工物が並んでいた。
「いらっしゃいませ。武器や防具は二階に置いております」
軍服に金糸で縁取りした白いマントのシノブを見て、貴族だと悟ったのであろう。
丁寧な口調で店員らしい少女が話しかけてきた。短く纏めた栗色の髪に灰褐色の瞳をした彼女は、愛想のいい笑顔で右手の階段を指し示した。
「当商会では、武器や防具以外も、幅広く扱っておりますので。それに、店内に入ってすぐに武器が並んでいるのも、物騒ですから!
本日は、どちら様の武器をお求めですか?」
ミレーユよりも小柄な彼女は、シノブを見上げながら、快活に微笑んだ。多くの人が抱く疑問だからか、店員の少女は慣れた様子でシノブへと説明する。
シノブも、彼女の冗談交じりの答えに、納得した。確かに店内にふらっと入った者が武器を手に取る危険など考えると、このほうが良いのかもしれない。
「今日は、このイヴァールの戦斧を手入れしてもらおうと思ってね。こちらにはドワーフの職人もいると聞いたから」
シノブは、後ろに控えるイヴァールを指し示した。
「そうですか!
当商会にはドワーフの大族長がいるセランネ村から職人を招いております。きっとご満足いただけると思いますよ!」
店員の少女は、自慢げにシノブ達へと説明した。
さりげなく大族長の名を出すあたり、彼女も商売上手なのかもしれない。
「ほう! 実は俺もセランネ村の出なのだ!
誰が居るのか知っているか?」
イヴァールは、同じ村の者が居ると聞いて、嬉しそうな声を上げた。
「それは奇遇ですね! こちらに居るのは……」
「シャルロット様! わざわざ商会にお越しいただかなくても、こちらから伺いましたのに!」
店員の少女がイヴァールに説明しかけたとき、店の奥から恰幅の良い男が一人の少年を連れて姿を現した。この店の主ファブリ・ボドワンである。領主の娘の唐突な来訪ゆえか、彼は驚きの表情を浮かべている。
シノブは、相変わらず元気そうな彼の姿を見て、思わず微笑んだ。
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