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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.22 王都の再会 前編

「そうか。『竜の友』が同行してくれるのなら、安心だ」


 国王アルフォンス七世は、明らかに安堵した様子を見せた。


 シノブ達は、王女と共に国王の下へ訪れていた。

 成人式典の前にサン・ラシェーヌに赴く王女セレスティーヌから、シノブは同行してほしいと懇願された。王家のしきたりで、王家の子供は成人式典の前に、聖地の大聖堂で祈りを捧げるという。

 普段ならともかく、帝国の間者を自称する者が王都に出没する状況である。王都近郊とはいえ王宮から離れて数日を過ごすセレスティーヌの不安は当然である。

 そんな王女の気持ちを察したシノブは彼女の願いを聞き入れ、シャルロットやアミィと聖地への同行を約束した。彼は、早く王女を安心させようと、国王の了承を取りに来たのだ。


「陛下。セレスティーヌ様の警護はどなたが行うのですか?」


 軍人であるシャルロットは、早速警護担当者と打ち合わせをしようと思ったのだろう。彼女は、聖地行きの警護は誰が行うのか、国王に尋ねた。


「警護隊長は金獅子騎士隊のマティアス・ド・フォルジェだ。フォルジェ子爵の嫡男だな。もちろん、白百合騎士隊からも護衛をつける」


 アルフォンス七世は警護責任者の名を挙げ、更に随伴する隊に触れる。

 白百合騎士隊は、王家の女性を警護する女騎士隊だ。一方の金獅子騎士隊は男性王族担当だが、今回は周辺警護を受け持つ。そしてマティアスという指揮官が、この二つを束ねるわけだ。


「わかりました。それではマティアス殿にお会いし、警護の相談をします」


「そうしてくれ。実は、そなたらに同行を頼もうかと思っていたのだ。とはいえ勝手に進めてもセレスティーヌが怒るだろうから、まずは本人の意向を聞こうと思っていたのだが」


 シノブが退出しようとすると、アルフォンス七世は冗談めいた口調で応じた。どうやら国王は娘の機嫌が直ったのが嬉しいらしく、顔も大きく綻んでいる。


「もう、お父様! 私は怒ってなどいませんわ!」


 セレスティーヌは父親の言葉に眉を(ひそ)めるが、顔は笑っていた。

 やはり不穏な情勢でのサン・ラシェーヌ訪問が、彼女の重荷となっていたのだろう。シノブ達の同行により気が楽になったのか、彼女は父の軽口も大して気にしていないようだ。


「それでは陛下。早速、マティアス殿のところに参ります」


 シャルロットの言葉にアルフォンス七世は侍従を呼び寄せ、シノブ達を案内するように命じた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 侍従は、王宮に隣接する騎士隊本部にシノブ達を案内した。

 王族を警護する騎士が詰める騎士隊本部は、大宮殿や小宮殿と回廊で繋がっている。シノブ達は、侍従の先導で壮麗な回廊を渡り、騎士隊本部へと入っていった。

 騎士隊本部には、幾つかの隊が詰めているらしい。マティアスが隊長を務める金獅子騎士隊も、その一つである。シノブ達は、騎士隊本部の二階にある、広く豪奢な彼の執務室を訪れた。


「ブロイーヌ子爵! マティアス・ド・フォルジェであります! よろしくお願いします!」


 金獅子騎士隊の隊長マティアスは、栗色の髪に碧の瞳の偉丈夫であった。髪は短く刈り、その眼差しは鋭く、表情は凛々しく引き締められている。


「マティアス殿。もっと楽にしてほしい。それに、私のことは名前で呼んでもらえないか」


 シノブは、30歳前後と思われる立派な軍人が自分に恭しく敬礼するのを見て、声を掛けた。

 マティアスの言うように、シノブは子爵位を得て『シノブ・アマノ・ド・ブロイーヌ子爵』となっていた。だから、彼の呼び掛けは間違いではない。

 しかしマティアスは大隊長格らしく、シノブと同じ白地に金の縁取りのマントを身に着けている。シノブは、同格ならそこまで(へりくだ)る必要はないのでは、と考えたのだ。


「何を仰いますか!

私は子爵の息子ですが、まだ襲爵しておりません。軍で言えば、平隊員のようなものです! それに爵位を別にしても、『竜の友』に敬意を表すのは武人として当然のことです!」


 マティアスは、真面目な顔をしてシノブの言葉に首を振る。

 子爵家の嫡子だが、マティアスに貴族らしい柔らかさは全くない。代々軍系なのか、領軍にいる叩き上げの騎士達のように背筋を伸ばした綺麗な姿勢を崩さなかった。


「マティアス殿。彼の言うとおりにしてもらえないか。ここは同じ武人同士ということで良いと思う……爵位で敵を倒せるわけではないしな」


 シャルロットは微かに微笑みながら、仲裁するように語りかけた。まだ『ブロイーヌ子爵』という呼び掛けに慣れていないシノブのことを、彼女は気遣ったのだろう。


「……それでは、シノブ様、と呼ばせていただきます」


 マティアスはしばし口を(つぐ)む。しかしシノブ達の意思を尊重したようで、彼は譲歩案を示した。


「では、マティアス殿、警護の概要について聞きたい」


 シノブは、様付けもどうかと思った。しかし相手の(かたく)なな表情を見て、これ以上押しても無駄だと思い諦めた。そこでシノブは、本題の警護について聞くことにした。


「はい!

王女殿下は、17日の午後に王都を出発しサン・ラシェーヌに入ります。そして、18日に聖別の儀式、19日に祈念の儀式を行います。そして20日の朝、サン・ラシェーヌを発ちます」


 今日は11月12日。出発は五日後である。

 続けてマティアスは、彼が隊長を務める金獅子騎士隊50名と白百合騎士隊から1小隊10名が同行する、とシノブ達に説明した。その()、王女の世話をする侍女なども同行するそうだ。


「白百合騎士隊からは、誰が随伴するのだ?」


「サディーユ・ド・テリエの一隊です! 彼女のことはご存知ですか?」


 シャルロットが問うと、マティアスは貴族らしい女性の名前を挙げた。

 マティアスの様子からすると、白百合騎士隊の隊長は相当の腕利きらしい。それならシャルロットの記憶にあるのではと、シノブは彼女へと顔を向ける。


「サディーユ殿か、良く知っている。実は私が聖地に赴いたときも、サディーユ殿に護衛していただいたのだ。シヴリーヌ殿も一緒か?」


 やはり旧知の仲であったらしく、シャルロットは顔を綻ばせた。彼女は先王の孫娘だから、同じ儀式を経験しているのだ。


「そうですか! ええ、モンディアルもテリエの隊です。生憎、テリエ達は本日非番ですが……」


 マティアスは、シャルロットに頷いてみせる。

 どうやら王女の警護は、シャルロットも良く知る人達が務めるらしい。シノブは二人の会話を聞きながら、少し安心していた。


「……できればお会いしたかったのだがな」


「16日には最終の打ち合わせをしますので、そのときにはお会いできます。彼女達も『竜の友』と『ベルレアンの戦乙女』に私が先に会ったと知ったら羨ましがるでしょう!」


 残念そうなシャルロットを気遣ったのか、マティアスは快活な笑みと共に応じる。

 最初シノブは、王家の血を引き伯爵家継嗣であるシャルロットに遠慮しているのかと思ったが、マティアスは地位ではなく、シャルロットやシノブの武名に敬意を表していたらしい。

 こういった実力主義の人物なら結構付き合いやすいかもしれない、とシノブは考えた。


「そうか。では、楽しみにしておこう。ところで帝国の者が王都に侵入しているのは聞いているか?」


 シャルロットは旧知の人物についての話を切り上げた。そして彼女は表情を改め、帝国の間者対策へと話を進めた。


「聞いております。ちょうど王女殿下のサン・ラシェーヌ訪問に重なっていたため、憂慮しておりました。

あれで全てか不明ですし、警護を見直そうと思っていたところです。その意味でも、シノブ様やシャルロット様が同行してくださり、安堵しております」


 マティアスも険しい表情となりシャルロットに答えた。しかし話題が警護の話となったせいか、心なしか今までの形式ばった感じが薄れたようでもある。


「サン・ラシェーヌは王都にも近いと聞いているが、注意すべき場所などはあるのかな?」


 土地勘のある彼らとは異なり、シノブは王都に詳しくない。知っているのは、サン・ラシェーヌが王都から5kmくらい南にある、ということくらいだ。


「いえ。ご存知の通り王都の目と鼻の先ですので、難所などはありません。

ですが、王都は非常に大きな都市ですし、サン・ラシェーヌも聖地として賑わっております。人ごみに紛れての襲撃などはあるかもしれません。

いっそのこと、期間中は経路やサン・ラシェーヌを封鎖しては、と上申したのですが、陛下から却下されました。王族の警護ですから、それぐらいは当然だと思うのですが……」


 マティアスは、不満げな表情を見せながらシノブに答える。

 帝国の間者と思われるソレル親子が長年王都に潜んでいた事を考えると、彼の心配も杞憂(きゆう)とは言いがたい。だが国王は民衆への影響を考え、大幅な規制は認めなかったようだ。


「幸い『隷属の首輪』の波動は私が察知できるし、抑制もできる。もし戦闘奴隷がいるとしても、近づけばわかるはずだ」


 シノブは王都のほぼ全域を感知範囲とすることができる。

 もちろん常に感知を続けているわけではないが、現在でも時折周囲を警戒してはいた。もっとも今のところ、彼の感知能力には何の反応もない。


「そうですか、それは朗報です! シノブ様が同行してくださることになり、本当に助かりました!」


 やはり警護責任者であるマティアスは、不穏な情勢下での王女外出を相当に憂慮していたらしい。しかしサン・ラシェーヌ訪問に強力な助っ人が現れたと実感したのか、彼は凛々しい顔を大きく綻ばせていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「そうか。セレスティーヌ殿下に同行することになったのだね。それはよかった」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、シノブの説明を聞き、ホッとしたような表情をみせた。


「間者共もあらかた捕まえたとは思うのだがね。とはいえ、万が一のことがあっては困る。

私も進言しようかと思ったのだが、殿下の機嫌が悪いと聞いたからね。だが、これで安心だ」


 伯爵は、苦笑しながら言葉を続けた。


「ところでシノブよ。時間があるなら、行きたいところがあるのだが」


 伯爵の隣にいたイヴァールが、シノブに声を掛ける。


「なんだい?」


 珍しくイヴァールが自身の要望を言うのを聞いて、シノブは興味を持った。


「少々武具の手入れをしたくてな。王都なら、我らドワーフの職人もいるのではないか?」


 イヴァールは、奴隷解放のときに、自身の武器で大門を破った。だから、メンテナンスを思い立ったのかもしれない。


「もちろん構わないよ。解放した人達も他の領地の人は王領の軍人が連れて行ったんだろ? もう、そんなに大人数で警戒しなくてもいいんじゃないかな? ……義父上、どうでしょうか?」


 シノブはイヴァールに同意したものの、念のために伯爵に意見を求める。


「ああ、もう別邸にいるのは我が家臣アルノー・ラヴランだけだ。後は私や騎士達で充分だ……イヴァール殿もそうだが、シノブ達も王都見物をしてきたらどうだね?

そうそう、ソレル親子については、シメオンとジェロームを監察局に出向かせた。シャルロットの件も含め解明すべき点が残っているしね」


 伯爵は、後は任せておいてほしい、という表情で頷いた。そして彼は、捕縛されたジェラール・ソレルとガストン・ソレルについても、その後の情報を得るべく手を打ったと続ける。

 シノブも、冷静で機転が利くシメオンなら何か手がかりを(つか)めるかもしれないと思い、表情を明るくした。


「わかりました。それでは義父上、明日は王都を回って来たいと思います」


 既に夕方も近い。これから武器職人を探すよりは、明日じっくりと回った方が良いだろう。そう思ったシノブは、翌日王都を巡る、と伯爵に答えた。


「アミィ、シャルロット。一緒に行くだろう?」


 シノブは、王宮から一緒に戻ってきたアミィやシャルロットに声を掛けた。


「はい! 私も王都を見てみたいです!」


「王都で武具を扱う商人なら、多少は知っています。もう2年以上前の知識ですが、たぶん変わりはないでしょう」


 アミィは元気良く返事し、シャルロットは店を案内すると告げた。


「そうか、それは助かるよ。それじゃ、ゆっくりしようか。王宮に行くのはやっぱり疲れるね」


 シノブは、二人に微笑みかけた。

 一応、子爵位を得て貴族となったが、シノブにはまだ王宮は気疲れするところだったのだ。


「明日は楽しんでくるといい。王都に来て早々、大変だったからね。アルノーを解放するためとはいえ、この数日は忙しかったよ」


 伯爵の言葉にシノブ達は頷いた。

 ポレット村まで行ったシノブ達はもちろん、伯爵達も王都でソレル商会を見張ったり、王都の官僚と調整したりと、慌ただしい日々であったのは事実だ。


「シノブ様、王都には南の国から輸入した物も多いと思います。お米も他の種類があるかもしれませんし、もしかしたら海産物もあるかもしれませんよ」


 アミィはシノブの顔を見上げながら提案する。

 せっかく多くの品が集まる王都に来たのだ。そのためアミィは、この機会を逃さずシノブの好きな米や海産物を探したいのだろう。


「そうだね。王都から海までは250km以上あるけど、セリュジエールからの半分以下だからね」


 せっかく王都に来たのだから少しは街を散策してみよう。そう思ったシノブは笑顔で頷いた。

 ベルレアン伯爵領に海は無いが、王領には南方に海に面した都市がある。通常の荷馬車なら五日はかかるため、さすがに(なま)の魚はないだろうが、塩漬けや燻製、干物などはあるかもしれない。


「シノブよ。海産物も良いが、まずは戦斧の手入れだぞ。

お主の故郷の食事は美味(うま)かったから、懐かしむのはわかるがな。俺も村を出てから大して経っていないが、それでも故郷の料理が懐かしくなってきたぞ」


 イヴァールが長い髭を(しご)きながら、シノブへと陽気に声を掛けた。

 ご飯や味噌汁などアミィが作った料理を、イヴァールは気に入ったらしい。そのため彼もアミィの和食再現には期待しているようだが、まずは武具の手入れだと釘を刺す。


「わかっているさ。でも、期待するのはいいだろ? ……そうだ、南方の珍しい酒があるかもしれないよ! イヴァールも気になるだろ?」


 シノブも弾む口調で言葉を紡ぐと、イヴァールの肩を叩く。

 酒に目がないイヴァールだ。食材探しだけならともかく、これなら乗ってくるとシノブは思ったのだ。


「まあ……シノブが物で釣るなんて、初めて見ました」


 普段あまり物に拘らないシノブが、イヴァールを言い包めようとした。その光景にシャルロットは大きな驚きを(いだ)いたようで、目を丸くする。


「ま、まあね。でも、俺の故郷の人なら大抵は海の物が好きだと思うよ」


 シノブは頭を掻きながら言い訳をする。その姿に集った面々は、思わずといった様子で大きな笑いを漏らしていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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