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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.20 闇の行方 後編

「それじゃ、イヴァール。後は頼んだよ」


「おお、任せておけ。もっとも、この別邸に敵が来ることはないと思うがな」


 シノブが声を掛けると、イヴァールは軽く戦斧を掲げながら応じた。シノブ達は王宮に出かけるが、イヴァールは残って守護を務めるのだ。


「でも、アルノーさん達が狙われる可能性がなくなったわけではありませんから」


 アミィは、従者仲間であるイヴァールに、念のために注意したくなったようだ。

 ベルレアン伯爵家の別邸には、元からいる使用人に加え、シノブ達と王都に来た騎士達がいる。昨日はシャルロット達とソレル商会の監視を行っていた彼らも、今は全て別邸に戻っていた。

 仮に、元奴隷であるアルノー達を取り戻そうとする者がいたとしても、厳戒態勢の別邸に侵入できるとは考えにくかった。

 アミィもそれらは理解しているので、あくまで万が一を考えて忠告した、ということだろう。


「わかっている。俺とミレーユ殿で守ってみせる」


「そうです! アミィさんは、シノブ様やシャルロット様をお願いしますね!」


 イヴァールとミレーユは、アミィに真剣な顔で頷く。

 今日はベルレアン伯爵の従者として家令のジェルヴェ、シャルロットの従者にアリエル、そしてシノブの従者はアミィ、という形で参内する。


「シノブ、純白に金糸の縁取りのマント、とても似合っています」


 嬉しげに頬を染めるシャルロットが言うとおり、シノブは略式軍服の上に、貴族にして大隊長格の証である白地に金の縁取りのマントを(まと)っていた。


「シノブ・アマノ・ド・ブロイーヌ子爵の誕生だね」


 ベルレアン伯爵コルネーユも満面の笑みで、シノブに語りかける。

 昨日、国王アルフォンス七世はシャルロットとシノブの婚約を認めた。それを受けベルレアン伯爵は、早速シノブをブロイーヌ子爵に任じていた。

 本来なら『シノブ・ド・ブロイーヌ』と名乗るべきところだ。しかし、自身の姓に愛着を感じているシノブは伯爵と相談し『アマノ』を間に入れることにした。

 そのため、この国では変則的なミドルネーム付きの名となっていた。


「既に子爵位授与を内務卿に伝えている。もう、王宮でも貴族として扱われるよ」


 当初ベルレアン伯爵は、シノブがシャルロットと結婚した時点で子爵位を与えると言っていた。だが、王宮での王女セレスティーヌや侯爵令嬢達の反応を見て、早期の叙爵を決断したようだ。

 元より各伯爵は、王家から与えられた自家が保有する子爵位を、自由に一族などに与えることができる。だから子爵位の授与に関して王家の許可は不要だが、その結果は報告する事となっていた。

 それゆえ伯爵は、貴族籍を管理する内務卿のドーミエ侯爵にもシノブの叙爵を伝え、ブロイーヌ子爵として公式に記録させていた。

 そのため、今日のシノブは伯爵の護衛ではなく、一人の貴族として参内する。


「義父上、ありがとうございます。……シャルロット、君も綺麗だよ。今日はちょっと初々しい感じだね」


 シノブは伯爵に礼を返すと自身の婚約者のほうを向き、彼女を褒めた。

 シャルロットは、今日は青い生地に白いレースをあしらったドレスを身に(まと)っていた。

 昨日の母カトリーヌを想像させる優美なドレスとは異なり、襟元や袖口にレース地を多用し、同色のリボンも所々に配されている。それは、どちらかといえば王女達が着ていたような娘らしい衣装であった。

 それに、彼女にしては珍しく巻き髪にしている。普段は緩やかなウェーブのまま流しているプラチナブロンドが手の込んだ巻き髪になっているのは、シノブには新鮮に思えた。


「シノブ様。王国一の美少女の姿、いかがですか?」


 軍服姿のアリエルが、含み笑いしながらシノブに問うた。彼女の唐突な発言に、シャルロットは真っ赤になって(うつむ)く。


「うん。アリエルの言うとおり、とても可愛いね。王女殿下や令嬢達だって、ここまで清楚な感じにはならないと思うよ。

……シャルロットも、こういったドレスをもっと着てもいいんじゃないかな」


 シノブはアリエルの意図を悟り、王女達のことを交えてシャルロットを褒めた。

 普段は凛々しい軍服姿のため年齢以上に見えることが多いシャルロットだが、彼の言葉通り可愛らしい姿も似合っていた。本人は恥ずかしがっているが、まだ17歳で王女ともそれほど違わない年頃である。

 普段の剣や槍を握る姿も素敵だが、こういった装いも素晴らしい。そう思ったので、シノブは婚約者を元気付けようと力強く頷いてみせた。


「そ、そうですか……では、もっと着るようにしてみます」


 シャルロットは、青い瞳を嬉しげに輝かせた。

 おそらくシャルロットは、王女や侯爵令嬢と会う可能性を考えて同様の可憐な衣装を選んだのではないか。そう考えたシノブは、彼女のいじらしい一面を見たような気がして、思わず微笑んだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「奴隷とされた者達の救出、大儀であった」


 再び小宮殿の奥にある白百合の間に赴いたシノブ達。彼らは、国王アルフォンス七世から、(ねぎら)いの言葉を受けていた。

 ジェルヴェ、アリエルは隣の控えの間におり、白百合の間に入ったのはシノブ、アミィ、シャルロット、ベルレアン伯爵コルネーユの四人である。


「もったいないお言葉。早速ですが……」


 ベルレアン伯爵は自分とシノブに与えられた勅許状を国王に返却すると、間を置かずに事件についての説明を始めた。彼はシノブ達の行動も含め、昨晩から早朝にかけての出来事を簡潔に伝えていく。


「……陛下。五人の元奴隷については、我が別邸にて預かっております。一人は我が家臣のアルノー・ラヴラン。残り四名はアルノー同様に20年前の未帰還兵でした」


 未帰還兵が王領、ボーモン伯爵領、ラコスト伯爵領、エリュアール伯爵領の者であったと示し、ベルレアン伯爵は報告を締めくくった。

 伯爵が挙げた地は、どれもベルレアン伯爵領と同様にベーリンゲン帝国との戦いに加わることが多かった。そのため彼らのように帝国に捕まったと思われる例も珍しくない。


「わかった。後ほど軍務卿の配下を向かわせよう。

シノブよ。『隷属の首輪』を使って彼らを使役していた者は、強化の魔道具を使っていたというが、それは持ち帰ったのか?」


 アルフォンス七世は、シノブに帝国のものと思われる魔道具について尋ねた。彼の両脇に座る先王エクトル六世と王太子テオドールも、険しい表情でシノブの言葉を待っている。


「はい。アミィ、出してくれ」


 シノブは、魔法のカバンを持つアミィに声を掛けた。するとアミィは、二つの腕輪を卓上に置く。


「陛下。これが体力強化と敏捷強化の腕輪です」


 シノブは国王に、腕輪に関する推測を示す。

 潜在能力を強制的に引き出す機能。『隷属の首輪』から隷属の効果を除外したような仕組み。伯爵やシャルロットにも伝えた事柄だ。


「そうか……実は、ソレル商会からも幾つか見つかったのだ」


 忌まわしき道具と知った国王は、思わずといった様子で溜息をついていた。

 そして一際表情を険しくした国王は、ソレル親子を捕縛した際に、破壊された『隷属の首輪』と強化の腕輪を押収したと続ける。


「ソレル商会の者達について何か判明した事はありますでしょうか? 我が一族のマクシムを(そそのか)した者は、ジェラール・ソレルだと思われるのですが」


 ベルレアン伯爵の関心は、ジェラール・ソレルに向いているようだ。自身の親族を操って娘の暗殺を計画したと思われる人物だから、当然である。


「あの親子は、自分達が帝国の人間だと自白した。店員達はソレル親子の秘密は知らないと言っている。実際に親子の悪事を手伝った者はいないらしいが……」


「……フライユは関与していないと主張しているのですか?」


 国王アルフォンス七世が言葉を濁すが、伯爵は思い当たることがあったらしく更なる問いを発した。

 形こそ問いかけであったが、伯爵は己の言葉に自信があるようだ。フライユ伯爵家が黒幕だったとして素直に白状しないだろうから、もっともな予測ではある。


「そのとおりだ。フライユ伯爵領の人間が全く関与していないとは思えない。だが、ソレル親子は、(かたく)なに帝国から来た間者で王国には伝手はない、と言っている。……おそらく、王国内の協力者を隠すつもりだろう」


 アルフォンス七世は大きく頷く。

 ベーリンゲン帝国とは長年敵対している。それに、交易などの行き来もない。つまり帝国から来た、帝国の中で訓練していた、と言い逃れても確認する方法はない。

 奴隷貿易への関与は死罪であり、彼らが助かる道はない。それを踏まえ、帝国から来たと言って王国内部の情報を隠匿しているのかもしれない。


「いっそのこと、奴らに『隷属の首輪』をつけて自白させよう、とも思ったのだがな……」


 先王エクトル六世は、苦々しげな口調で呟く。

 確かにシノブの手元、正確にはアミィが持つ魔法のカバンの中には、アミィとイヴァールが潜入して入手した『隷属の首輪』が一個入ったままだ。しかし禁忌を犯した者を捕らえるために、自身も禁忌を犯すべきなのだろうか。それは麻薬を撲滅するために、売人を麻薬中毒にして情報を引き出すような行為ではないか。


 神々は人の意志を人が捻じ曲げることを禁じたし、そうあるべきだとシノブも思っている。仮にソレル親子が自発的に隷属を受け入れでもすれば別だが、そのようなことはあり得ないだろう。

 そもそもシノブは、奴隷にされた者達を解放したら『隷属の首輪』を破棄するつもりだった。それ(ゆえ)シノブは、『隷属の首輪』を構造を調べる以外の目的で利用するつもりはなかった。

 本当に使うつもりか。先王の考えを量りかねたシノブは、知らず知らずのうちに表情を険しくしていた。


「大丈夫です。私達もそこまで悪辣な事をするつもりはありません。そんな大神アムテリア様の教えを踏みにじるようなことはできませんよ」


 シノブやアミィが厳しい顔つきになるのを見た王太子テオドールは、彼に笑いかける。

 その様子を見て、シノブもホッと安堵の溜息を漏らした。曇りのないテオドールの表情から、真実だと確信したからだ。


「……『竜の友』の機嫌を損ねるような危険は冒さんよ。(にら)まれただけで鳥肌が立ったぞ」


 エクトル六世も、冗談交じりにシノブへと手を振ってみせる。

 先王の言うとおり、シノブとアミィの鋭い視線に、白百合の間は一瞬凍りついたような沈黙に包まれた。シノブは脅したつもりはないが、彼の気迫が知らぬうちに国王達を圧倒したのかもしれない。


「ともあれフライユ伯爵には、自領の商人が帝国の間者であったことを問い(ただ)さねばならん。セレスティーヌの成人式典までには来るだろうが、急ぐように早馬を送った」


 場の雰囲気を変えるかのように、国王アルフォンス七世は、話を元に戻した。

 成人式典は12月5日の予定だ。まだ二十日(はつか)以上先だが、もうそろそろ各伯爵達も王都に集まりだす頃だろう。

 しかし国王はフライユ伯爵を急かしたと伝えた。これだけの重大事件だから、一日でも早く確かめたいと思うのは当然である。


「陛下。王都にフライユ伯爵家か、その下の子爵家の者はいないのですか?」


 シャルロットは、事件の裏にフライユ伯爵家の者がいると思ったのだろう。彼女はフライユ伯爵の縁者の所在を国王に尋ねる。


「一人だけいる。そなたとも因縁のある、次男のアドリアンだ。もっとも奴は、知らぬ存ぜぬで押し通しているが……」


 応じたアルフォンス七世は、苦虫を潰したような顔となっていた。それにシャルロットも、過去の決闘を思い出したのか顔を(しか)める。


「アドリアン殿はまだ若いから、本当に知らない可能性もありますが……。

ですが、ソレル親子に指示した男は、フライユ伯爵領に逃亡しろと言ったそうです。あの領の誰かが関与しているのでしょう」


「そうだな。それに、そちらの事件も含め謎は多く残ったままだ。……コルネーユ、尋問に加わることを認める。手の者を監察局に送るがよい。話は通しておく」


 ベルレアン伯爵の推測に、国王アルフォンス七世は静かに頷く。そしてマクシムの件と先代伯爵アンリへの襲撃を考慮したらしく、国王はベルレアン伯爵家の尋問への参加を認めた。


「ありがとうございます。それでは、後ほど人を送ります」


 国王の許可を得たベルレアン伯爵は、恭しく頭を下げる。

 おそらく伯爵の目的は、尋問に自家の者を送り込むことだったのだろう。マクシムの件にしろアンリの件にしろ、このままでは名誉に関わる。とはいえ王領での事件だから、通常なら捜査に加われない。

 伯爵(みずか)ら事件に触れた背景には、王に許しを求める意味合いが多分にあったのだろう。


「ところでシノブよ。これからどうするのかな?」


 アルフォンス七世は、シノブへと問いかける。

 国王の表情は、それまでとは違う柔らかなものとなっていた。ベルレアン伯爵の望みを聞き入れた、つまり筆頭伯爵家との調整を終えて心が(ほぐ)れたのであろうか。


「はい。『隷属の首輪』は充分調査したら、破棄します。そして新たな情報が入手できたら、また首輪を使う者達の捜査に加わりたいと思います」


 シノブはソレル親子の裏にいる者達を追いかけるべく、調査への参加を願い出る。

 ベルレアン伯爵が情報入手の段取りを付けてくれたから、今後も自分達が関われるとは思う。しかし、ここで確約を得ておけばとシノブは考えたのだ。


「そうではない。今日はこの後、どうするか聞きたかったのだ。

……セレスティーヌと会ってもらえぬか? あの子は、私が『竜の友』を知るのに自分の事を使ったのが気に入らんようだ。そなたに押し付けるのは心苦しいが、少し機嫌を取ってくれると助かるのだが」


 シノブの真面目な返答が面白かったのか、アルフォンス七世は微笑む。そして彼は娘に会いに行ってほしいと続けていった。


「……わかりました。それではシャルロットと参ります」


 シノブはシャルロットから、王女セレスティーヌにも彼女なりの悩みがあると聞いていた。だから、彼女を無視して去りたくはなかった。

 それにシャルロットと結婚すれば、彼女は義理の従姉妹になるのだ。そうなれば永遠に避け続けるわけにもいかないだろう。そう考えたシノブは、国王の言葉に頷いた。


「そうしてくれるとありがたい。セレスティーヌも成人式典までに色々やるべきことがあるし、機嫌を直してくれぬと困るのだ。

それと事件についてだが、そなた達の力が有用だということは良くわかった。これからもよろしく頼む」


 アルフォンス七世は、明らかに安堵した様子で、シノブに笑いかけた。

 どうもこの国の貴族や王族は娘に甘いのではないか。そう思いつつ、シノブは国王に一礼を返した。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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[一言] ん〜なんか国王がそんなんでいいのか?綺麗事だけじゃ国が成り立つわけないじゃん、意思を奪うっていうけど情報を国を思うなら使うでしょ。シノブも甘すぎなんか青臭い
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