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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.19 闇の行方 前編

「義父上、遅くなりました」


 シノブは、アミィやイヴァールと共に、伯爵家別邸の会議室に入室した。


「まだゆっくりしていて構わなかったのに。充分に休めたかね?」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、シノブに温かい声を掛け、彼の体調を聞いた。

 昨夜シノブ達は、奴隷とされたアルノー・ラヴラン達を解放するため、夜を徹して王都から50km離れたポレット村へと赴いた。そして、無事にアルノー達を助け王都に戻ったのは、早朝5時頃であった。


「はい。もう疲れも眠気も取れました」


 シノブは、伯爵に微笑んでみせる。

 現在、およそ10時過ぎ。日頃鍛錬に励んでいるからか、それともアムテリアの加護のためだろうか、疲れはすっかり取れていた。起き抜けに魔法のお茶を飲んだから、その効果もあるのだろう。


「そうか。娘はまだ寝ているようだから、シノブも……」


 伯爵がそう言いかけた時、シャルロットがアリエルとミレーユを連れて入室してきた。


「父上。私ももう起きております。シノブ、おはようございます」


 シャルロットは、父親に僅かに顔を(しか)めて見せると、シノブに微笑んだ。

 彼女達も、昨夜はシノブ達の帰りを待ち、徹夜で待機していた。こちらも普段から鍛えているためか、少ない睡眠時間でも疲労は残っていないようだ。いつものように、軍服を隙なく着こんだ凛々しい姿である。


「おはよう。アミィ、シャルロット達にもお茶を出してくれ」


 シノブは、シャルロットに明るく呼びかけると、アミィに魔法のお茶を三人の女騎士にも出すように伝えた。


「はい! シャルロット様、どうぞ!」


 アミィはシノブの声を受け、お茶を配っていく。家令のジェルヴェもアミィを手伝い、全員にお茶を配っていった。


「ありがとう」


 シャルロットは、アミィからお茶を受け取ると、一口含んだ。

 彼女達は、ヴォーリ連合国への旅の間、シノブ達の持つ魔道具の恩恵に与っている。そのため、アミィが渡したお茶に魔力回復効果があることを知っているので、嬉しそうに飲んでいた。


「それでは、改めて詳しく聞こうか。シノブ、頼むよ」


 伯爵は、シノブにポレット村での出来事を説明するように促した。


「はい、それでは早朝お伝えしたことも含め、再度説明します。

……詳しいことは、まだ現地でシメオンとラシュレー中隊長が調査していると思いますが、我々は五人の奴隷の解放に成功しました。そして、彼らを使役していた十人の男達を拘束しました」


 シメオンとラシュレーは、現地に残り館の調査と男達の尋問を行っていた。彼らとラシュレーの部下達は、王都の監察官が到着するまでの見張りも兼ねている。


「男達は、ただの商人ではなさそうです。

それに、王国の人間ではないのかもしれません。体力や素早さを強化する魔道具を装着していましたが、シメオンさんやラシュレーさんも見たことはないそうです」


 アミィが、シノブに続き説明する。彼女は男達を拘束するときに、彼らが魔道具を所持していたことに気がついていたのだ。

 そしてアミィやイヴァールに襲い掛かった男達が常人離れした動きを見せた理由が、これであった。


「どうも『隷属の首輪』から隷属の効果を取り去ったようなものみたいですね。現地にも説明のために残してきましたが、二つほど持ち帰ってきました」


 シノブの言葉を受け、アミィは伯爵の前に腕輪を二個置いた。

 シノブは、王都に戻れば伯爵や国王に報告する事になるため、現物を持っていくべきだと考えていた。そのため、アミィが男達から外した腕輪状の魔道具の一部を、魔法のカバンへと入れていた。


「ふうむ。朝も聞いたが、体力強化に敏捷強化の腕輪か。

帝国の軍人が使っているとは聞いていたが……」


 『隷属の首輪』もそうだが、ベーリンゲン帝国は高度な魔道具作成技術を持っている。そのため、メリエンヌ王国は、彼らとの戦いに長年苦しめられてきた。

 伯爵は、敵の技術力の一端に触れたせいか、厳しい顔をしていた。


「父上の仰るとおり、王国にはこういった道具は殆どありません。帝国は技術が進んでいるとは聞いていましたが……」


 シャルロットは、アミィが置いた腕輪を、眉を(ひそ)めながら見ている。


「う~ん。良いことばかりでもないんだよ。『隷属の首輪』と同じで、本人の潜在能力を無理やり引きずり出しているからね。

『隷属の首輪』と違って意思は奪われていないから、身体を壊す危険は少ないかもしれないけど」


 シノブは、アミィと調べた内容をシャルロットに伝える。

 彼の言うように、腕輪は装着者の魔力を使って普段使っていない能力を引き出している。そのため、充分理解しないで使えば身体を壊しかねないものだった。


「はい。それに腕輪が引き出す力は、結局は魔力操作の訓練で身に付けたものと同じです。道具に頼っていない分、訓練で得た力のほうが精度や効果が上だと思いますよ」


 アミィもシャルロットを元気付けるように、明るく説明する。


「なるほど。私達が苦労して身に付けた力を簡単に再現できるのは釈然としませんが……でも、訓練で苦労しただけの利点があるのですね」


 アリエルは、アミィの言葉に納得したようで、彼女に笑みをみせる。

 伯爵達が『アマノ式魔力操作法』と呼んでいる訓練を、彼女達は一ヶ月近く続けたお陰で、ヴォーリ連合国に旅立つ頃には格段に強くなっていた。だが、それは彼女達が寸刻を惜しんで努力した結果である。

 訓練を思い出したらしいアリエルは、簡単に強くなれる魔道具には色々思うところがあるようだが、アミィの話を聞き、琥珀色の瞳に優しい色を宿らせた。


「でも、あれを習得したくらい強い兵士達が沢山いるなんて、不公平ですよ~」


 ミレーユは、口を尖らせながら不満そうな口調で呟いた。


「実際に戦ってみたが、お主達よりは弱いぞ。武器や防具を変えたからといって格段に強くならないのと同じではないか?」


 イヴァールは、自身が戦闘で得た感触を、己の髭を撫でながら告げた。


「イヴァール殿の言うとおりだろう。それに、父上からは並外れた兵士達は、それほど数がいなかったとも聞いている。魔道具の数にも限りがあるから、精鋭部隊や特殊部隊のみに配布されているのだと思うよ」


 伯爵も先代伯爵アンリの言葉を交えながら、自身の推測を述べる。彼は、女騎士達を安心させるかのように表情を穏やかなものに戻していた。


「義父上。ソレル商会のその後は何かご存知ですか?」


 シノブは、就寝している間に商会に関して何らかの進展があるのでは、と思い伯爵に聞いてみた。


「うむ。王都の監察官が早速踏み込んだようだ。監察局に派遣したナゼールから連絡があったよ。少なくとも、ソレル親子の拘束はできたようだね」


 伯爵は、自身の侍従の一人を監察局に張り付けていたようだ。彼は、シノブに監察官の動向を簡単に説明した。


「そうですか。これで、マクシムの事件の謎も解けますね」


 シノブは、自身が関わったシャルロットの暗殺未遂事件を思い出した。

 あの一件で未解決な部分は多い。なぜマクシムをけしかけたかもそうだが、襲撃者をどこから手配したかなど、事件の全貌は伯爵領内の調査では不明なままである。

 それらの情報が拘束されたソレル親子から得られるだろうと、シノブは期待感に顔を綻ばせた。


「親子がどこまで知っているか、わからないがね。帝国の息がかかっているのは間違いない。だが、逆に言えば、後ろで操っている者は帝国にいるのではないかな」


 伯爵は、シノブの期待を削ぐと思ったのか、若干苦笑いしながら彼に答えた。


「確かにその可能性は高いですね。でも、それならそれで、次の者に繋がる何かを見つけるまでです」


 シノブは、伯爵の言葉に頷いた。だが、彼は自身が口にしたように、人の意思を無視して操る者達をそのままにしておくつもりは無かった。彼は、伯爵に向かって断固たる決意を示した。


「さすが、我が息子。頼りになるね。その意気だ」


 ベルレアン伯爵は、一瞬目を見開くと、シノブに向かって微笑んだ。


「シノブ様の言うとおりです。禁忌を犯した者達をこのままにしておくわけにはいきません」


 アミィも、シノブの言葉を肯定する。彼女は、奴隷を禁忌としたアムテリアの眷属として、この問題を解決したいのだろう。普段の優しげな様子からは考えられない厳しい表情で頷いた。


「私もそう思います。帝国には、まだ奴隷とされた未帰還兵や民もいるでしょう。アルノーに続いて、彼らも助けなくてはなりません」


 シャルロットは、兵士や領民、そして彼らの家族を思ってか美しい眉を(ひそ)めたが、毅然とした表情で父に顔を向けた。


「午後には王宮へと伺うことになった。また、小宮殿で陛下とお会いするよ。そのときには、ソレル商会の調査結果もお話いただけるだろう」


 伯爵は娘に頷き、この後の予定を伝えた。


「そうですか。それでは、少し身体を動かしてきます」


 シャルロットは伯爵の言葉に頷き返し、腰を上げようとする。


「シャルロット、王宮にはドレスで行ったほうが良いと思うよ。訓練よりも、湯浴みでもしてきたらどうかね?」


 伯爵は、シャルロットの慌ただしい様子に苦笑しながら、彼女に入浴と着替えを勧めた。

 シャルロットは、父親の言葉に動きを止めるが、訓練にも未練があるようで困ったような表情を見せる。


「シャルロット様、訓練は手短に終えて外出の準備をしましょう。折角の美貌ですから、ベルレアン伯爵令嬢に相応しく装うべきです」


 アリエルが折衷案とでもいうべき提案をした。

 シャルロットを良く知るアリエルは、真面目な彼女が日課の訓練を(おろそ)かに出来ない武人としての心構えと、王宮にいる令嬢達に見劣りしたくないという乙女心に揺れているのを、理解していたのだ。


「そ、そうだな。では、急いで訓練しよう!」


 シャルロットは、アリエルとミレーユに声を掛けると、慌ただしく会議室を後にした。


「シノブ、落ち着きのない娘ですまないが、よろしく頼むよ」


 ベルレアン伯爵コルネーユは、僅かに肩を(すく)めると、シノブに片頬を上げて笑ってみせた。


「義父上。私は、シャルロットのああいう真面目なところに惹かれたのです」


 シノブは、穏やかな表情で義父となる伯爵に答えた。

 ひたむきに努力するシャルロット。彼女の真摯な姿勢に魅せられたシノブは、愛する女性がそのままでいられるように守っていこうと、心の中で誓いを新たにした。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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