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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第1章 狐耳の従者
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01.07 はじめての治癒

 水弾の魔術に熱中しすぎたのだろう、シノブが気付いたときには随分と薄暗くなっていた。そこで彼はアミィと共に急いで魔法の家に戻った。

 そしてシノブは、翌日からも同じようにアミィから様々なことを教わっていく。


 魔法についての講義では魔術に関する知識の他に、一般的な魔道具の種類や使い方も教えてもらう。この世界の人々が日常的に使う道具を知るためだ。

 更にアムテリアから授かった魔道具についても、シノブは実際に使用して慣れていく。


「魔法のカバンは便利ですが、出し入れは使い方を知らないとできませんから」


 アミィが言うとおり、魔法のカバンの使用、特に取り出しには多少の習熟が必要であった。

 カバンから出そうとするものを念じると、候補となる品のイメージが自然と頭に思い浮かび、その中から選ぶ。似たようなものが多数あれば全て脳裏に浮かぶため、最初から具体的に念じないと時間が掛かってしまうのだ。


「入る物の条件とかもあるしね」


 シノブが触れたように、魔法のカバンに入らないものもある。それは生きた動物だ。しかし木の枝や果実は入るなど、植物だとある程度は収納できる。この辺りシノブからすると不思議ではあるが、そういうものだと受け止め原理は問わないことにした。

 何しろ女神が授けてくれた魔道具、つまり神が創りしものなのだ。理解できなくて当然だろう。


「あと、魔法のカバンと魔法の家には、念じると手元に戻ってくる機能もあります」


 あまりに通常の魔道具と性能が違いすぎるため、アムテリアが人手に渡らないよう配慮したらしい。アミィは、だから安心して使えるとシノブに微笑む。


「他の道具も、奪われないように注意しないとね」


「そうですね。魔法の小剣とかも、取扱いに注意しないといけません」


 シノブが顔を引き締めるとアミィは大きく頷いた。これらも神の手になる魔道具なのだ。悪人の手に渡れば大きな惨事が起きるかもしれない。


 基礎訓練も継続している。

 魔力操作は、初日と同様にアミィ教官(男)に指導してもらった。シノブの魔力は大きいので、その分だけ正確な操作が必要だ。そこで彼は、確実にコントロールできるように何度も練習する。


「また教官に変身するんですか~!?」


 アミィは教官の姿に変ずるとき、毎回のように恥じらった。上官めいた口調でシノブに対し指導するのは、彼女にとって気が引けることらしい。


「そのほうが集中できるんだよね。お願い!」


「……恥ずかしいけど頑張ります!」


 しかしシノブが頼み込むと、アミィは頬を染めつつも応えてくれる。彼女はシノブの従者であることに強い誇りを(いだ)いているという。そのため主から請われると、嬉しさが先に立つようだ。


 基礎だけではなく、各種の魔術にも取り組んでいる。

 魔術は水属性と同様に、湖のほとりまで行って練習する。火は森の中では危険だし、岩などを撃ち出すにしても広い場所の方が都合が良いからだ。

 シノブは明かりや着火などの生活レベルの魔術も使えるようになり、練習を積んだお陰で攻撃魔術は地水火風の四属性について初歩のものを幾つか習得した。


「明かりや着火からお教えしても良かったのですが、失明や火傷の恐れもありましたので……」


「あはは……。水流のときのことを考えると、あながち無いとも言えないか……」


 アミィの遠慮がちだが真剣な色が宿る言葉に、シノブは乾いた笑いで応じつつも冷や汗を掻く。

 シノブは湖の半ばに達するような奔流を放った。それが炎などだったらどうなっただろう、と彼は想像したのだ。


「属性ごとの特徴にも注意して使ってくださいね」


「森の中で火の攻撃魔術、とか危険だよね」


 確かにアミィの注意するとおりだ。森の中での火の魔術は大火事になり、自身を危うくするだろう。洞窟などの閉所なら、酸欠になりかねない。シノブは魔術が決して万能ではないと、心に刻む。


 シノブは、素手や剣での戦い方も学んでいた。

 基礎身体強化ではない意識的な身体強化魔術も、シノブは使えるようになった。そこで彼は、桁違いに向上した身体能力を使いこなせるよう練習する。

 アミィは体術の心得もあったので、シノブは拳法のような素手の技や小剣の型を幾つか教えてもらう。そしてシノブは、身体強化した状態でも使えるよう繰り返し練習した。

 しかもアミィは、幻影でシノブの動きを再現してくれる。そのため直すべき点も判りやすく、短期間で上達していく。

 そしてアミィは、ある程度シノブが型に習熟したら模擬戦に(いざな)った。


「はぁ、はぁ……。

ご加護をお持ちですのですぐ上達されると思っていましたが、たった数日でここまで修得されるとは。もう、私より強いかもしれませんね」


「アミィが幻影で俺の動きを再現してくれたからね。映像でチェックしながら練習なんて異世界でできるとは思わなかったよ」


 肩で息をするアミィに、シノブは汗を拭いつつ笑いかけた。実戦は経験していないが、どうやら魔獣が出ても対処できそうだという思いは、シノブの心に大きな希望の火を灯してくれた。


 夕食後は毎晩、これから行く国について教えてもらう。

 とりあえずは、この森を含むメリエンヌ王国を中心に。そして北隣りにあるドワーフの国、ヴォーリ連合国についても学んでいく。

 この森はピエの森といい、メリエンヌ王国の領土内だが北の外れにある。そのためヴォーリ連合国との国境に近い。

 ヴォーリ連合国との国境はリソルピレン山脈という東西に延々と続く大山脈である。リソルピレン山脈には強い魔獣も多いが、鉄その他の鉱石が採れるので、ドワーフ達が魔獣討伐をしながら採掘している。

 街道を北に行くと徐々に山がちになっていき、住んでいる人も少なくなる。そのまま国境まで行くと砦があり、数km挟んだ向こう側にはヴォーリ連合国の砦がある。

 交易がありドワーフとの関係は良好なので、砦は関所として機能しているだけだ。そのため隊商も行き交う平和な状態が続いている。


 逆に南に行けば、メリエンヌ王国北方の中心となる都市があり人口も多い。そちらに行けば魔術師や学者などの知識人もおり、現在の様子を知るのも容易だろうとアミィは言う。


「私が知っているのは二百年前のことですから、だいぶ変わっているかもしれませんが」


「それでも助かるよ」


 今は違うかも、とアミィは付け加えるが、シノブにとっては貴重な情報だ。そのため彼は、新たな知識を得るたびに自身を支えてくれる狐の獣人の少女への感謝の念を深くしていく。


 ともかく二人は、こうやって近々来る旅立ちの日に備えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは数日かけて攻撃や防御に使える魔術を習った。そして一定の段階に達した彼は今までとは異なる系統の術、治癒魔術を教わることになった。


「治癒魔術は、一応光属性に分類されています」


「一応って本当は違うの?」


 シノブは首を傾げつつアミィに問い掛けた。今まで彼女は、このように曖昧な表現で属性を語ったことは無かったからだ。


「厳密には他の属性も使っているので無属性とも言えます。ですが、光が基本なのは間違いありません。

それに、アムテリア様は光を以って生命を創造されたと伝わっていますので、伝統的に光属性とされています。アムテリア様は光の神様でもありますから」


 アミィが語る内容を聞いて、シノブは納得した。

 複数の属性が混じっているものは通常無属性に分類される。しかし最高神にあやかるというのは、ありそうなことだとシノブは思ったのだ。


「なるほどね。で、どうやって練習するの? やっぱり傷を付けてそれを治癒するのかな?」


「はい、健康体だと効果を判断できないので」


 アミィは、当然です、という表情で応じる。確かに、それはそうだろう。実践しようにも、術を使うべき対象がなければ成功したか分からない。


「そっか。痛いのは嫌だけど我慢するか」


「いえ、私の怪我を治していただきますので、シノブ様は痛くないですよ?」


 シノブは指先にでも傷を付けようかと自身の手に目を向けた。しかしアミィの考えは違っていた。彼女は小剣を抜くと、自分の腕へと向けたのだ。


「待て待て! 俺自身の怪我を治せばいいじゃないか!」


 平然とした表情で自身に刃を向けるアミィを、シノブは強い口調で制止した。

 せいぜい小学生の高学年くらいにしか見えない少女に怪我をさせるなど、練習であっても避けるべきことだ。シノブは、そう思ったのだ。


「シノブ様に怪我をさせるわけにはいきません! それにちょっと指の先を切るだけですから!」


 剣を持つ腕を押さえるシノブに、アミィは不満げに返答する。すぐ治るのだから小さな傷ぐらいなんでもない、とアミィは主張するが、従者として主に怪我をさせるのは見過ごせない、というのが本音のようだ。


 アミィに怪我をさせるのを避けようと、自分の怪我を治せるか試す必要がある、と主張するシノブ。それに対し、人の怪我も治せなくてはいけないので、と言うアミィ。しばらく、俺が私が、と押し問答をするが、どちらも譲らない。


「……それじゃ、両方ともやってみる、ってことで。で、先に俺から」


 問答の結果、シノブはそう決めた。せめて、まずは自分から、というところで折り合いをつけたのだ。


 治癒魔術の術式は事前に学んでいるので、改めて準備することもない。

 シノブは魔法の小剣で、指先に小さな傷を付ける。鋭い切れ味の剣はスッと線を引いたような細い傷を作り、そこから赤い(しずく)が生み出された。

 赤き命の証を見つめつつ、シノブは元の傷が無い状態をイメージし、魔力を自身の指先に集中させる。そして彼は、アミィから教わった治癒能力活性化の術式を発動する。

 すると、一瞬シノブの指先に光が(きら)めき、彼の指に存在したはずの傷は綺麗に消えていた。


「成功ですね! では私も……」


 アミィは自分の指先も同じように傷付ける。対するシノブは素早くアミィの手を取り、魔力を彼女の指に浸透させながら先ほどと同様に術式を発動させる。


「上手くいきましたね!

大きな怪我の時は、合わせて体力回復の術式を使わないと怪我人の体力が足りずに治癒できない場合があります。最悪、生命力不足で死ぬ危険もあるので注意してください」


 アミィは嬉しげな顔をしつつも、シノブに注意を与えていく。

 治癒能力活性化は治癒速度を魔力で向上させるが、速度が上がった分だけ治癒に必要なエネルギーも増える。したがって小さな傷であればともかく、深い傷の場合、活性化された細胞が消費するエネルギーは莫大なものになるのだ。

 そのため術者は、治療と合わせて相手にエネルギーを与えなくてはならない。つまり欠損部位の再生など、イメージできたとしても普通の魔術師では魔力が足りず不可能だ。


「それと、治癒魔術は相手が強く拒否している場合には発動しません。相手の体に魔力を浸透させられないからです。

原因が判らないものも治療は難しいですね。どこに異常があるか(つか)めない場合は全身の治癒能力を活性化する必要があるので、凄く魔力を消費します」


「なるほど……医学的な知識も必要、ってことだね」


 魔力で治すとはいえ、人体に作用するという意味では普通の治療と同じである。したがって、なんでも無条件に治療できるわけではない。それを理解したシノブは、アミィに大きく頷き返した。


「わざと大怪我をするのは危険ですし、かといって無闇に動物を傷付けるのも可哀想です。本格的な治癒魔術は、どこかの治療院にでも行ったときに練習させてもらいましょう」


 アミィはそう締めくくる。確かに治癒魔術は重要ではあるが、二人だけでできることなど限られている。とりあえずは切り傷などの治療ができれば充分だろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 治癒魔術を習得した次の日、そろそろ出発しようということになった。

 当初は最大二十日(はつか)くらいここで修行するつもりだった。しかしシノブが思いのほか早く魔術を習得したから、旅立っても問題なくなったのだ。


「それに、同じものを食べ続けるのは飽きたしね~、せっかく用意してくれたアムテリア様には悪いけど」


「それが一番の理由ではないですか? でも、魔法効果がある食糧ですから、いざという時のために残しておくのも良いかもしれませんね」


 アミィは困ったような表情をしつつ、シノブに夕食を差し出す。

 アムテリアが用意してくれた牛ステーキ弁当やサラダセットは、何度食べても変わらず感動するくらい美味(おい)しい。しかも神が授けてくれただけあり栄養満点で、栄養学的なバランスも良いらしい。

 しかし同じものを三度三度食べると、他のものが欲しくなるのも事実ではある。


「まあ同じ食べるなら、感謝しながら美味(おい)しく食べたほうが良いだろうしね」


「そうですね! 嫌々食べるのはアムテリア様に失礼です!」


 シノブの返答は少しばかり言い訳めいたものだった。しかし、感謝の心というのにはアミィも納得したようで、彼女は朗らかな笑みで同意する。


 そして二人は早速、行先の検討を始めた。まずは街道に出た後、どちらに行くかである。


「南に二日くらい歩くと街道に出ます。ですがドワーフの国、ヴォーリ連合国に行くなら、北寄りのルートで森を抜けるのも良いかもしれませんね」


 アミィが言うように、ヴォーリ連合国は北にある。そのため一旦南側に抜けてから北に行く場合、遠回りになる。


「なるほどね。食糧も余裕はあるし魔法の家もあるから森を突っ切っていっても問題ないしね。

どっちにしようか?」


「ヴォーリ連合国には人族や獣人族は(ほとん)どいないので、悪目立ちする恐れがありますね。

メリエンヌ王国内の、北方の山村に行く手もありますが、小さな村には魔術師もいないので、やはり目立つかもしれません」


 アミィはシノブの問いに即答した。どうやら彼女は南に行く方が良いと思っているようだ。

 メリエンヌ王国は、かつてアミィが地上の監視任務をしていたころの担当区域だったという。そのため自分が詳しく知っている場所であれば、シノブに不自由させることは無いと思っているのだろうか。

 しかし彼女の言葉からは、小村を避けるべきという意図も感じられる。


「ドワーフの国はともかく、人族や獣人族が住む山村なら魔術が使えることを隠して生活すればいいんじゃないの? 今いるメリエンヌ王国は人族や獣人族が多いんだよね?」


 シノブは両国の種族について再度アミィに確認する。シノブは人族でアミィは狐の獣人だ。ならば、村でもやっていけると思ったのだ。


「シノブ様が普通の人になりきるのは無理があると思いますよ。魔法の家の快適な生活に慣れてしまったから、山村で不自由な生活に耐えるのは難しいと思います」


「そうか。かといっていきなり魔法の家を出したら、絶対怪しまれるしね」


 アミィの指摘に、シノブは納得する。

 確かに魔法の家での暮らしは日本にいた頃と変わらない快適さだ。それを知った自分が魔術や魔道具を使わずに過ごせるとは思えなかったのだ。


「それに、もし魔法の家を使わないで生活できたとしても、困った人がいればシノブ様は魔術を使ってでも助けてしまうと思います」


 これもアミィの言うとおりだろう。持っている力を隠し続ける、というのは意外と難しい。手にしたものを使わないというのは、強固な意志があってこそ可能なことだ。


「そうかもしれないね。それじゃ、南に行ってみるか」


 やはり南に行くべきだろう。シノブはアミィの提案どおりにすることにした。

 十日弱の共同生活で、シノブにはアミィへの深い信頼が生まれていた。この世界について何も判っていない自分に知識を授け、ここまで鍛えてくれたのは、目の前にいる可愛らしい狐の獣人の少女である。彼女の言葉を信じずして何を信じるのか。シノブの心には、それだけの確たる思いが育っていたのだ。


「都市なら色んな人が出入りするし魔術師もいるでしょうから、あまり警戒されないと思います。

それに魔道具も多いので、魔法の家を出さなくてもそれなりに快適な生活ができるかもしれません」


 アミィが南を勧めたのには、都会に紛れるという意味もあったらしい。

 メリエンヌ王国は西洋風の文化で、大まかに言えばルネサンス期ぐらいに相当する。ただし、地球とは違って魔法があり、都市部では魔道具もごく普通に使われているので、それほど不便な生活でもないとのこと。少なくとも地球の中世のような汚物にまみれた都市ではなさそうだ。

 なお、メリエンヌ王国はその名のとおり王政で、国王と貴族が支配階級として存在する。ただし功績をあげれば平民から貴族になることも可能で、平民が理不尽な扱いを受けることも、(ほとん)ど無いそうだ。

 それであれば、いきなり都市を目指してもトラブルは少なそうである。


「じゃあ、明日の朝、旅立とう!」


 新たな地を目指すためだろう、シノブの心は高揚してくる。

 しかし今日のところは、ここまでだ。二人は明日に備え、早めに休むことにした。


お読みいただき、ありがとうございます。


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