06.16 闇の従士と再会 前編
「シノブ殿、奴隷となった者達の居場所がわかりましたよ」
伯爵家の別邸に帰ってきたシノブの顔を見るなり、シメオンが口早に彼に告げた。
「凄いじゃないか! 昨日の今日で良くわかったね!」
アミィとイヴァールがソレル商会に潜入したのは昨日で、帰還したのは日付が変わってすぐの零時過ぎである。シメオンやラシュレー中隊長達が調査に使えた時間は、せいぜい半日程度である。
シノブは、彼らがさぞ苦労したのだろうと思い、その顔を見た。良く見ると、ラシュレーは土埃が付いた軍服のままであった。それに、シメオンも普段は綺麗に纏めている髪が僅かに乱れているようだ。
「シメオン殿。それで、どこの村なのだ?」
シャルロットは、美しいドレス姿のままであったが、重大な情報を聞いて凛々しい軍人の顔となっていた。彼女の問いかけも、普段軍務に就いているときの男性のような口調となっている。
「ポレット村です。コロンヌの三つ手前の村ですね」
シメオンは、王都に来る途中に最後に宿泊した町コロンヌから、10kmくらい王都寄りにある村の名前を挙げた。彼の説明では、ポレット村とは人口100人くらいの小さな村らしい。
「ポレット村の東には森があります。そして、その中に不審な館があるのです」
ラシュレー中隊長は、村人から聞き出した情報を交えて説明をする。
ソレル親子と彼らを訪ねてきた男は、奴隷達の居場所について『コロンヌの手前の村外れ』で『寒村の森』と言っていた。シメオンはラシュレー達を、条件に一致するポレット村に派遣して探りを入れていた。
そして、ラシュレー達が聞き取りを行った結果、村から東に行ったところにある森の中に、裕福な商人が建てた館があるとわかった。
村人達は、数年前に館が建築されたときに手伝ったらしい。ラシュレーの部下が奢る酒に彼らの口は軽くなり、酔狂な商人もいたものだ、と言いながら当時のことを色々教えてくれたそうだ。
「彼らの言うように森の中には、沼に突き出すように建てた陰気な館がありました。
随分頑丈に造ったようで、村人達はどんな財宝を仕舞っているのか、と言っていました」
ラシュレーは、自身で館の確認も行ったらしい。遠目にしか見ていませんが、と言いながらも詳細に館の様子を語っていた。
「中にあるのは財宝ではなく『隷属の首輪』で操られた者達……いや、案外王都に置けない後ろ暗い品でもあるのか……」
シャルロットは、ソレル商会の闇が明らかになったためか、整った顔に嫌悪感を浮かべながら呟いていた。先代伯爵もそうだが清廉潔白な武人でありたい彼女は、こういった闇の世界を本能的に嫌っているようだ。
「シノブ、どうする? 早速踏み込むか?」
イヴァールは、待ちきれない様子でシノブに身を乗り出して尋ねる。
彼は、すぐに出発できるように愛用の鱗状鎧を身に着け、戦斧と戦棍も背負っていた。イヴァールだけではなく、他の面々もそれぞれ武装している。
「王都から50kmか……。今から行けば、深夜には着けるな」
現在、およそ21時。夜間であるため飛ばすことはできないが、それでも零時頃には到着できるだろう。
シノブは、シメオンが差し出す地図を前にポレット村までの道程を頭に思い浮かべた。
「シノブ、陛下からの勅許状はここにある。これがあれば、館に踏み込んでも問題ない」
ベルレアン伯爵コルネーユは、シノブとシメオンに金箔で縁取られた封書を渡した。彼は、国王に二人と自身に勅許状を与えるよう、進言していたのだ。
シノブが分厚い包みから羊皮紙を取り出すと、そこには国王アルフォンス七世の名で特別捜査権を一時的に付与すると書かれていた。
これがあれば、王領内であれば商館であろうが貴族の屋敷であろうが、事前の通告なしに捜査することが可能である。
「ありがとうございます。では、早速ポレット村へと参ります。
アミィ、急いで着替えよう!」
シノブは、伯爵に礼を言うと、アミィに着替えてこようと声をかけた。
「シノブ、私も同行します!」
シャルロットは自分も同行するつもりらしく、彼と一緒に部屋を出ようとする。
なにしろ彼女はドレス姿のままだから、着替えないことには馬にも乗れない。
「シャルロット。敵はシメオンの動きにも気がついているようだ。だから、君達には陽動を頼みたい。
アリエルやミレーユ、そして家臣達と共にソレル商会の動きを牽制してくれないか?」
シノブは、女騎士として目立つ彼女達が同行するのは、逆効果ではないかと思っていた。それに、襲撃者との暗闘に、自分の婚約者を巻き込みたくないという思いも強かった。
「そうだね。奴隷となった者の解放が最優先だが、ソレル親子を逃がすわけにはいかない。
奴らは、まだ奴隷候補を探している最中のようだ。新たに奴隷とされる者が出ないように妨害する必要もある」
伯爵は、ラシュレー中隊長の部下を中心に、ソレル商会の見張りを続けていた。
彼としては、自身の家臣であったアルノー・ラヴランを取り戻したい。
そのためには、現時点でソレル商会を不用意に刺激することは避けたい。ソレル親子は、王都の密偵が動いていると思っているらしい。だから、商会を見張る者が多少増えても、それほど不審には思わないだろう。
だが、商会に踏み込むようなことをすれば、捕縛を免れた者が奴隷達を領外へと連れ出すかもしれない。
だから、まずは奴隷となった者の解放を優先する。それに、その間ソレル商会を牽制することも重要だ、と諭すように優しく語りかけた。
「義父上の言うとおり、シャルロットには王都を任せるよ。俺達が帰るまで新たな犠牲が出ないように見張ってほしいんだ」
シノブは、伯爵のフォローに感謝しながら、彼女の説得を試みる。
「……わかりました。ですが、シノブも気をつけてください。相手が帝国の戦闘奴隷なら、ただのならず者とは違って何をしてくるかわかりません。彼らを使う者達も、果たして王国の人間かどうか……」
シャルロットはシノブの言葉に頷いたが、逆に彼の事を心配する。
彼女が言うとおり、今までとは違い精強な軍人が出てくる可能性は高い。
「ありがとう。それじゃ、用意をしてくるよ」
シノブは、シャルロットに頷き返すと、別邸に用意された彼の部屋へと急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆
ポレット村には、ラシュレー中隊長の案内でシノブ、アミィ、イヴァール、それにシメオンが行くこととなった。
本来なら、深夜に王都を抜け出すことはできないが、シノブ達には勅許状がある。城門を守る兵士達も、国王の署名入りの勅許状を見ると、恭しい態度で門を開けた。
そして城門を出ると、シノブ達はラシュレー中隊長とその配下2個小隊に先導され、夜道を可能な限り急いでポレット村まで駆けてきた。
その甲斐もあって、シノブ達は予定通り零時過ぎにポレット村の外れへと到着していた。
「ここまでは問題なく来たな。
確かに『隷属の首輪』の反応が森の中から感じられる……ラシュレー中隊長、例の館までは徒歩で30分くらいだな?」
ポレット村から少し東にある森。シノブは、その手前でラシュレーに問題の館への道程を最終確認する。
彼は、王都でラシュレーに語ったように、森の中で幾つかの『隷属の首輪』が稼動していることを、遠方からでも感知していた。
「はい、ここからは馬を降りていきます。シノブ様、こちらです」
ラシュレーは、馬の面倒を見る二名の部下を残し、シノブ達を森の中へと誘った。
森といっても、館までは一応小道もあるようだ。それに、深夜ではあるが、ほぼ真円に近い月が空高くにある。そのため森の中を進む彼らは、それほど不自由しなかった。
シノブ達は、黙々と沼のほとりにあるという館を目指し、歩いていった。
「あれです」
ラシュレー中隊長は、声を潜めながらシノブに月明かりに照らされる館を指し示した。
彼が指し示す先には少し開けた場所があり、そこには背の高い塀に周囲を囲まれた黒々とした館があった。館は、一方を沼に突き出すように接し、残り三方は多少間を空けて森に面していた。
シノブは、厳重な様子の館を見て、まるで監獄のようだと思った。奴隷からの連想ではあったが、深夜の沼の脇に建つ館からは、なんとなく邪教の巣窟のような不気味さが感じられる。
「五つの反応がある。それ以外も、十人ぐらいだろう。作戦通りに行くぞ」
シノブも言葉少なに彼に答える。
彼は館に近づく間に、稼働中の『隷属の首輪』が五個分だと察していた。つまり、館の中には五人の奴隷がいることになる。そして、館の中にいる人数も想定の範囲内だ。
シノブは、作戦の決行を一同に告げた。彼の言葉を聞き、ラシュレー中隊長は部下を配置に付かせる。
既に彼らは、この後の段取りを打ち合わせ済みである。
シノブは伯爵家の別邸を出る前に、ラシュレー中隊長が用意した簡単な地図を元に、自分達やラシュレーと部下の配置を決めていた。
シノブは、ラシュレーが用意した部下に館を包囲させ、アミィとイヴァール、ラシュレーを館に突入させるつもりである。
彼らが騒ぎを起こせば、館に潜む者は奴隷達を差し向けるのではないか。そしてシノブは、自身の魔力干渉で『隷属の首輪』の効果を抑えれば、奴隷達が戦力にならなくなると考えていた。
その前提に則り、まずは奴隷達を釣り出し、可能であれば指図する者達と分断する。そして『隷属の首輪』の効果を抑えて、奴隷達を解放する。それがシノブやシメオンが立てた作戦である。
「配置に付きました」
ラシュレーは、部下達が移動したのが見えたのか、あるいは想定した時間が過ぎたからか、シノブに小声で囁いた。
シノブは、軍人達の行動についてはラシュレーに任せている。彼はラシュレーの言葉を信じ、次の段階へと移ることにした。
「それでは突入を開始する。アミィ、イヴァール、ラシュレー中隊長。頼んだぞ」
シノブの言葉に、声を掛けられた三人は深く頷き返す。
そして三人はそれぞれの武器を構えなおすと、静かに佇む陰鬱な館へと歩みだしていった。
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