06.14 美しき王女セレスティーヌ 後編
シノブ達は、しばし国王アルフォンス七世や先王エクトル六世と歓談した。話題は、ヴォーリ連合国で竜を鎮めた話が中心である。
ヴォーリ連合国に入るまでの話、領都での出来事やヴァルゲン砦での模擬戦については、既に王女セレスティーヌも知っていたくらいだ。当然、国王や先王も知っているようで、彼らが尋ねることはなかった。
「……陛下。実は先日王都で父が襲撃された件について、新たな情報がありまして」
シノブやシャルロットの話が一段落したのを見て、ベルレアン伯爵コルネーユがアルフォンス七世に、襲撃者のことについて切り出した。
「コルネーユ、それは本当か!? 王都に潜む、帝国の奴隷達の行方がわかったのか!?」
アルフォンス七世は、ベルレアン伯爵の言葉に、身を乗り出して尋ねる。
「はい。つきましては、人払いをお願いしたいのですが。セレスティーヌ殿下にお聞かせする話でもありませんし」
伯爵は、セレスティーヌにちらりと視線をやると、アルフォンス七世へと余人を交えずに話したいと申し出る。
「それはそうだな。セレスティーヌ、下がってよい。お前達も遠慮せよ」
アルフォンス七世は、娘と侍従達に退室するように告げた。
「シノブ様、シャルお姉さま、お話が終わりましたら私の居室までいらして下さい。マルゲリットさんやイポリートさんにも、シノブ様達をお連れすると言ってしまいましたから」
セレスティーヌは、密談後の再会をシノブ達にねだる。
「セレスティーヌ、お前の望むとおりにするから、大人しく下がるのだ。
シノブ、そなたには悪いが、我らとの話が終わったら娘達の相手をしてやってくれ」
威厳に満ちた国王も、愛娘の懇願には弱いようだ。アルフォンス七世は顔を顰めながらも、娘の頼みを聞き入れた。
シノブは、苦笑を面に出さないように注意しながら、静かに頭を下げた。
◆ ◆ ◆ ◆
「なんと。そなたの従者がソレル商会とやらに潜入して『隷属の首輪』を手に入れたというのか……」
アルフォンス七世は、シノブの説明を聞き、大きな衝撃を受けたようだ。目を大きく見開き、緑色の瞳でシノブの顔を凝視していた。
「はい。従者アミィは、控えの間におります。『隷属の首輪』の実物も持ってきておりますが」
シノブと伯爵は、国王に実物を見せたほうが事件解決に関与させてもらえるのでは、と考えていた。
そこで、『隷属の首輪』を魔法のカバンに入れて持って来ていたのだ。
「ぜひ見たい。呼んできてくれ」
アルフォンス七世の言葉を聞き、シノブはアミィを呼びに行く。彼は、入り口まで行くと、外に控えていた衛兵に、国王がアミィを入室させるように命じた、と伝えた。
しばらく待つと、アミィが魔法のカバンを持ってシノブ達のいる白百合の間に入室してきた。
「陛下、これが『隷属の首輪』です」
アミィは、アルフォンス七世に『隷属の首輪』を見せる。そして、隷属の効果を発するための魔力の込め方などを簡単に説明した。
彼女が『隷属の首輪』を装着しないまま魔力を込めると、首輪についている宝石のような制御部が、しばらく鈍く光を発してから元の状態に戻った。
「本来は操りたい人の首に嵌めてから、今のように魔力を込めます。装着された状態で一旦起動すると、後は装着者の魔力を使って効果が持続します」
アミィは、『隷属の首輪』の装着や起動についての説明を終えると、軽く会釈した。
「他にわかったことはあるのか?」
先王エクトル六世も、興奮を隠せないようで、身を乗り出すようにして尋ねていた。
「首輪は、装着者が死ぬと蓄えていた魔力を使って自壊します。それと、どうやら身体能力を強化する機能もあるようです。おそらく、装着者の潜在能力を強引に引き出すようなものだと思われます」
アミィに代わり、シノブが先王に午前中の調査でわかりつつある首輪の効果について説明した。
「なるほどな。『雷槍伯』から逃げおおせるわけだ」
シノブの説明に、エクトル六世は納得したような表情を見せた。
元ベルレアン伯爵家の従士アルノー・ラヴランが、曲がりなりにも先代伯爵の隙をついて仲間に止めを刺したり逃げ出したり出来たわけが、これである。
長年王国側の疑問であった、帝国の戦闘奴隷が精強さを誇る理由。それは、『隷属の首輪』が装着者の能力を限界まで搾り出すことによるものであった。
「それで、対策はあるのですか?」
王太子テオドールも、真剣な表情でシノブに質問していた。
次代の国王である彼にとっても、この問題は捨て置けないものであろう。
「はい。起動時に首輪が発する魔力の波動は判明しています。そして、起動後に効果を発揮するための波動も。
それらに干渉する魔力をぶつければ、首輪の効果を抑えることが出来ます」
シノブは、アミィにもう一度『隷属の首輪』を起動させ、自身はそれを抑える魔力を発した。
彼の説明どおり、起動のための魔力をアミィが込めても『隷属の首輪』は起動せず、宝石のような部分も光を発することはなかった。
「ううむ。流石は『竜の友』というべきか……」
アルフォンス七世は、シノブ達の筋道立った説明や、起動抑止の実演に、いたく感心したようだ。
「陛下。魔力干渉は、シノブ以外の誰にも出来ません。ですので、我らに奴隷達の捜索をお任せいただきたいのです」
ベルレアン伯爵は、シノブの魔力干渉を使って奴隷達を解放したい、と国王に願い出る。
彼の言うとおり、シノブの魔力干渉がなければ、奴隷は気絶させることでしか捕縛できない。意識を保ったままだと、捕らえられたら自死せよ、などという命令を受けていた場合、奴隷が自殺しかねないからだ。
また、シノブやアミィが解析したところ、稼働中の『隷属の首輪』を強引に外そうとすると装着者に悪影響を及ぼす危険があるとわかった。
どうも、情報隠匿のためか正規の手段以外で首輪を外すと精神に異常をきたすらしい。
伯爵は、それらの事情を国王や先王に説明した。
「よくわかった。この件に関してはそなた達に任せよう。後で捜査関与についての勅許状を届けさせよう」
アルフォンス七世は、伯爵の言葉に賛意を示し、捜査に加わることを認めた。
首尾よく国王の許可を得た伯爵は一礼し、勅許状を与えるべき者として、シノブ、シメオン、そして自身の名を告げる。
「ところでシノブ、その首輪はどうするのだ」
先王エクトル六世は『隷属の首輪』の扱いが気になったのか、シノブに問いかける。
「首輪の調査が終わり、奴隷達が解放されたら壊します。
これは、後の世に残しておくべきものではありません」
シノブの険しい表情と、それに相応しい決然とした声に、国王達も真摯な表情で深く頷いていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ、シャルロット。無事に済んで一安心だね」
白百合の間から下がったベルレアン伯爵は、シノブとシャルロットに明るく声を掛けた。
彼らはアミィやジェルヴェと合流し、サロンから小宮殿の廊下へと歩み出る。
伯爵は歩きながら、家令のジェルヴェにもシノブとシャルロットの婚姻の許しが出たことを簡単に伝えていた。
「おめでとうございます。お嬢様、シノブ様」
伯爵の言葉を聞いたジェルヴェはシノブ達に祝意を伝える。
シノブは彼に笑みを返すと、隣を歩く伯爵にその視線を向けた。
「……義父上。陛下が王女殿下のことを持ち出したとき、義父上には意図が読めていたのでは?」
シノブは、若干恨めしそうな表情で、伯爵へと話しかける。
彼は、セレスティーヌとの婚姻を持ち出して自分を試した国王の思惑を、聡明な伯爵なら予め察していたのではないかと考えていた。
「まあ、そんなことはいいじゃないか。結果的に上手く行ったのだし。
シノブが私達を尊敬していると言ってくれたとき、嬉しかったよ」
伯爵はシノブの言葉を肯定も否定もしなかったが、やはり何らかの推察はしていたようである。
彼は、穏やかな容貌に少し含みのある笑みを浮かべながら、シノブの肩を叩く。
「ともかく、これでシノブは私の息子だ。帰ったら家臣にも正式に発表しよう」
シノブは、やはりこの人は一枚も二枚も上手だ、と改めて感じ入った。
「父上、私達はセレスティーヌ様のところに行きます。父上はいかがしますか?」
シャルロットも、父が国王の意図を察していたと聞いたときには、一瞬驚きの表情を見せていた。だが、そのことで父を問い詰めるよりは、無事に婚約が認められた事を素直に喜ぶべきだと思ったようだ。
彼女は、落ち着いた中にも嬉しさを隠しきれないような少し弾んだ声で、伯爵へと問いかける。
「今更私が未婚の令嬢方に囲まれてもね。
そういうのは、シノブに任せるよ。陛下の圧力にも負けなかったシノブだ。侯爵の娘達に囲まれる程度なら心配不要だろうしね。
陛下から勅許状が届くのであれば、それを受け取る必要もあるし、別邸で雑務を片付けているよ」
伯爵は、娘に向けて手を左右に振ると、先に帰ると告げた。
「それではお館様、お供いたします。アミィ様はお嬢様とシノブ様をお願いします」
ジェルヴェも主の言葉に頷くと、アミィに後事を託すと伝える。
「はい、ジェルヴェさん! お任せください!」
アミィは、元気良く同じ狐の獣人であるジェルヴェを見上げ、微笑みかけた。
二人の姿を見て、シノブはセリュジエールにいる彼の孫のミシェルはミュリエルと魔力操作の練習でもしているだろうかと、はるか北方の領都での日常を想起していた。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ様、シャルお姉さま、お待ちしていましたわ。さあ、こちらにどうぞ!」
シノブ達が、侍女に連れられて王女の居室に入ると、セレスティーヌは、ソファーから嬉しげな表情で立ち上がり、彼らを迎えた。
「『竜の友』シノブ様に『ベルレアンの戦乙女』であるシャルお姉さまをお招きできるなんて、今日は本当に良い日ですわ。ねえ、皆さん?」
セレスティーヌは、シノブ達を自分の隣に座らせると、友人達に語りかける。
「はい。竜を封じるなどドワーフの英雄『剛腕アッシ』以来の偉業です。我が国だけではなく周囲の国々にも誇るべき伝説的な出来事です」
対面のソファーに座るテルミート侯爵の娘ヴェロニクが、王女の言葉に相槌を打った。
王女より2歳から3歳ほど年下らしいヴェロニクは、年齢に似合わず落ち着いた栗色の髪の少女である。歴史に詳しそうな様子から、シノブは文学少女みたいだと内心考えていた。
「シノブ様、竜退治のお話を聞かせてくださいな!」
「私も聞きたいわ! セレスティーヌ様をお待ちする間も、皆でずっとその話をしていたのよ!」
フレモン侯爵の娘であるリュシーリアとオディルが、シノブへと竜の話を催促する。
11歳だというオディルと一つ年下のリュシーリアは、異母姉妹だというが外見はあまり似ていなかった。
赤毛で活発そうなオディルと、栗色の髪を頭の両脇で纏めた大人しそうなリュシーリアは、対照的な容姿であった。だが姉妹だけあって、シノブに話をねだる時は息のあった連携を見せていた。
「……それでは折角ですからお話しましょう」
シノブは妹の絵美の友達を相手にしているようだと思いながら、竜の棲家への旅について話し始めた。
相手は王女と友人達だから、言葉を選びつつ戦いの場面などは簡単に済ませる。それに話が和らぐよう、シャルロットやアミィにも振っていく。そのため竜と戦い鎮めた顛末は、御伽話のように柔らかな描写に変じていた。
「……まあ。本当にそんな物語みたいなことがあったのですね。竜に乗って空を飛ぶなんて、どんな気持ちなのかしら」
ドーミエ侯爵の息女エルティーヌは、小首を傾げながらシノブに微笑みかけた。彼女のゆったりとした動きにつれ、見事なアッシュブロンドがサラリと揺れる。
「遠くまで見えて爽快ですよ。寒いのを除けば最高の気分ですね」
「そうですね。あまりに速く飛ぶので、軍の耐寒装備でも辛いほどの寒さでした。一生に一度経験すれば充分ですね」
シノブが冗談めかした口調で答えると、シャルロットも優しく微笑みながら補足する。それに釣られたのか、少女達も声を立てて笑い出す。
「それは、経験したからこそのお言葉ですわ! ああっ、私もシャルロット様のように武技に秀でていれば、竜と会えるのかしら?」
イポリートは、シャルロットの言葉に羨ましそうな様子を見せる。
彼女は軍務卿であるエチエンヌ侯爵の娘なので、武名の高いシャルロットを尊敬しているのかもしれない。憧れ半分、羨ましさ半分、といった様子で彼女を見つめていた。
「シノブ様! 私も竜に乗せてもらえませんか!?」
姉のマルゲリットの隣に座ったジネットが、青い瞳を煌めかせてシノブに問いかける。
ジョスラン侯爵の娘である彼女達は、良く似た栗色の髪に青い瞳をしていた。そのため、オディルとリュシーリアとは異なり、誰が見ても姉妹であることが見て取れるのだが、性格は随分異なるようだ。
セレスティーヌに続いて年長らしい姉のマルゲリットとは異なり、ジネットは無邪気にシノブに質問していた。
「竜に会いに行くのは大変ですよ。それに、活動期が終われば姿を隠すと聞いています」
シノブはミュリエルより一つか二つほど歳上らしい少女に、優しく言い聞かせるように答えた。
「そうなんですか! シノブ様のお嫁さんになれば、私も竜に乗れるかと思ったのに……」
「ジネット!」
妹の言葉にマルゲリットは慌てたようだ。彼女は、大人しそうな外見には似合わない鋭い口調で窘める。
「お姉さまも一緒にお嫁さんにしてもらえばいいのに。竜とお友達になるお方なら、お父さまも嬉しいんじゃ……」
ジネットは姉の焦りなど気にせず、天真爛漫な様子で言葉を続ける。一方のマルゲリットは、一瞬王女のほうを見やると妹の口を塞ぎにかかった。
「マルゲリットさん、いいのですよ。『竜の友』に憧れるのは皆同じですわ」
セレスティーヌは落ち着いた様子で、彼女に頷いて見せた。王女の言葉に、マルゲリットは安堵したような溜息をつく。
「シノブ様、まだまだ色んなお話をきかせてくださいな! そうですわ、晩餐もご一緒していただけませんか?」
にっこりと微笑む王女を見て、シノブは当分解放されなさそうだと内心溜息をついた。
お読みいただき、ありがとうございます。
本作の設定資料に登場人物のイメージ第三弾を追加しました。
画像は「ちびメーカー」で組み合わせ可能な素材で作成しているため、本編とは異なります。なるべく作者のイメージに近づけてはいますが「だいたいこんな感じ」とお考え下さい。
読者様の登場人物に対する印象が損なわれる可能性もありますので、閲覧時はその点ご留意ください。
設定資料はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。
なお「ちびメーカー」についてはMie様の小説「そだ☆シス」にて知りました。
ご存知の方も多いかと思いますが「そだ☆シス」は「小説家になろう」にて連載中です。
楽しいツールを知るきっかけを与えてくれ、二番煎じを快く許可してくださったMie様に感謝の意を捧げます。(2014/10/09)




