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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.13 美しき王女セレスティーヌ 中編

「まあ! 貴方が『竜の友』シノブ様でしたの!」


 王女セレスティーヌは伯爵にシノブを紹介され、驚いたように目を見開いた。彼女の青い瞳は、回廊に差し込む光を受けてキラキラと輝いている。


「殿下。私は閣下の護衛ですので、敬称は不要かと思いますが……」


 伯爵はシノブのことを魔術指南役と告げただけなのに、セレスティーヌは竜を鎮めたことを知っていたようだ。シノブは、一応は敬称に関して指摘したものの、王都で既に大きく注目を浴びていることを実感した。


「遠慮なさらないで。竜を抑えヴォーリ連合国に平和を取り戻したことは、王都中が知っていますわ。

それに、シャルお姉さまと結婚されたら、シノブ様は義理の従兄弟ですのよ。

そうです、シノブお兄さま、とお呼びしましょうか?」


 セレスティーヌは、小首を傾げ悪戯っぽく笑いかける。

 彼女の動きに合わせて、豪奢な金髪が揺れて中庭から入る光に(きら)めいた。


「先々のことは置いておきましょう。今は、ただの魔術指南役です」


 シノブは、やんわりと彼女の申し出を断った。

 兄と呼んでくれるのは、こちらの世界ではシャルロットの妹であるミュリエルだけで充分だ、とシノブは思っていた。


「巨大な柱を切り裂き、300人の軍勢が操る投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)を封じる、ただの魔術指南役なんて、聞いたこともありませんわ。ねえ、皆さん?」


 セレスティーヌは謙遜するシノブの言葉を聞いて、おかしそうに笑った。

 そして王女は、周囲に控える七人の少女達に同意を求める。彼女の周りにいるのは、全て侯爵達の令嬢らしい。

 この国の侯爵は、国政を動かす大臣職を世襲する重鎮である。彼らは伯爵とは違い、王領の近くに小さな領地を持つ。そして普段はそれを家臣に預け、自身は王都で国王と共に国全体を動かしている。

 そのため、侯爵の家族も普段から王都に住んでいる。王女セレスティーヌの友人として、彼女達が王宮に上がっているのも、当然といえた。


「はい。セレスティーヌ様の仰るとおりです。シノブ様の偉業は、伝説の英雄にも比肩するものです」


 セレスティーヌの近くにいた、大人しそうな少女が、彼女の言葉を肯定した。

 ジョスラン侯爵の娘マルゲリットと自己紹介した彼女は、成人も近いらしく落ち着いた様子で栗色の髪を揺らめかせながら、王女の言葉に頷いた。


「そうですわ! シノブ様、私達にも竜退治のお話を聞かせてくださいませ!」


 王女を挟んでマルゲリットの反対側にいた、赤毛の少女が、シノブに詰め寄って話をねだる。

 先ほどまでシャルロットを囲んでいた彼女は、エチエンヌ侯爵の息女イポリートと名乗っていた。マルゲリットと同じくらいの年頃だが、こちらは髪の色から想起するとおり、活発な性格らしい。

 彼女は物怖じせずにシノブに近寄ると、彼を見上げて答えを待っている。


「これから、閣下は陛下にお会いします。私も随伴しますので、またの機会に」


 シノブは、こんなところで令嬢達に捕まっていては、国王との会見に遅れるのではと懸念した。彼は、それを口実に、イポリートの誘いを断った。


「そうでした、私もお父様から呼ばれているのでした!

皆さん、シノブ様のお話は、お父様のところに行った後にしましょう。

さあ、シノブ様、シャルお姉さま、一緒に行きましょう!」


 セレスティーヌはシャルロットの腕を取ると、シノブへもその手を伸ばした。

 シノブは、苦笑いする伯爵が微かに頷くのを見て、彼女へと自身の手を差し出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 国王アルフォンス七世との会見は、小宮殿の奥にあるサロンで行われる。小宮殿は王家の私的な場所であり、政務を行う大宮殿ほど堅苦しくはないらしい。

 各所にいる衛兵達も、シノブやシャルロットを取り囲み、賑やかに歩いている令嬢達を見ても微笑みはするものの、それ以上の反応はみせなかった。


 令嬢達は、サロンの近くにある王女のための区画で、彼女の帰りを待つようだ。シノブやシャルロットに名残惜しそうな視線を向けながら、別室へと入っていった。

 そして、シノブ達は王女に連れられ、さらに小宮殿の奥に進んでいく。


「ここが、小宮殿随一と言われる、白百合の間ですわ。かの聖人ミステル・ラマール様が自ら指揮してお造りになったそうですの」


 セレスティーヌは、シノブに対して、サロンの由来を説明した。


「それではお館様、私達はここでお待ちしております」


 伯爵家の家令ジェルヴェは、主に会釈すると、その剣を預かった。シノブも、アミィに細剣(レイピア)を渡す。彼らは、サロンの脇にある控えの間で待機するのだ。


「あら、それはアシャールの叔父様の?」


 セレスティーヌは、シノブがアミィに細剣(レイピア)を渡すときに、鞘に刻まれた紋章に気がついたようだ。


「ええ。アシャール公爵から拝領しました」


 シノブは、彼女の疑問が混じった視線を受け、その問いに答える。


「まあ……シノブ様は、本当に常識外れのお方ですね。アシャールの叔父様は、気安げな方ですけど、今まで紋章入りのものを下されたことなど、ありませんのに……」


 セレスティーヌは、シノブの言葉に大層驚いたようだ。

 彼女はシノブの顔を、その青い瞳でまじまじと見つめていた。


「伯父上は、シノブのことを義甥とまで呼びました」


 シャルロットは、そんな彼女にアシャール公爵とシノブの親密さについて説明した。

 確かに、シャルロットとシノブが結婚すればシノブは彼の義甥になる。だが、婚約も公表されていない段階から義甥と呼び、紋章が刻まれた細剣(レイピア)を渡したと聞き、王女はさらに目を見開く。


「セレスティーヌ殿下。陛下がお待ちですよ。それに、旅の話は中でもゆっくりできます」


 ベルレアン伯爵は、王女を穏やかに促した。彼の言うとおり、室内ではシノブの話を聞きたがっている国王達がいるのだ。こんなところで立ち話をしなくても良い。


「そ、そうですわね。では、シノブ様。あらためて白百合の間にようこそ」


 シノブ達は、セレスティーヌの笑顔に迎えられ、国王の待つサロンへと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ・アマノと申します」


 シノブは、眼前の男性に恭しげな口調で名乗ると、深々と頭を下げた。


「そなたがシノブか。私がアルフォンス、この国の王だ」


 シノブの目の前には、豪華なソファーにゆったりと腰掛ける男性がいた。

 五十前と思われる金髪碧眼の、髭を蓄えた威風堂々とした貴人。彼こそが、メリエンヌ王国の第20代国王であるアルフォンス七世であった。


「儂がエクトル。シャルロットの祖父だよ」


 アルフォンス七世の隣に座っていた老人、エクトル六世も自身の名を告げた。

 かなりの老齢らしく、元は息子と同じく金髪であったと思われる頭髪も色が抜け、見事な白髪になっていた。こちらも、口元に綺麗に手入れされた髭を蓄えている。

 老齢にも関わらず、その眼光からは一国の王であった威厳が感じられ、矍鑠(かくしゃく)とした姿には老いても周囲から敬意を払われるだけの風格があった。


「王太子テオドールです。よろしく、シノブ殿」


 アルフォンス七世を挟んでエクトル六世の逆側に座っている若い男性が、最後に名乗った。

 次代の国王は、シメオンと同じくらいの二十代半ばと思われる青年だった。品が良く穏やかな顔をした王子は、父や妹とは異なり薄めの栗色の髪に緑の瞳をしている。


「さあ、掛けたまえ」


 ソファーを指し示すアルフォンス七世に、シノブは軽く会釈した。

 シノブは国王の対面へと腰掛ける。そして彼の両脇には、ベルレアン伯爵コルネーユとシャルロットが洗練された挙措で着席した。

 更に王女セレスティーヌも、楚々とした様子で兄の隣に収まった。彼女は父達の名乗りが終わるまで、静かに控えていたのだ。


「ふむ。中々堂々としているではないか。竜を従える勇者ともなれば、当然かもしれないが。コルネーユ、良い婿を見つけたな」


 アルフォンス七世は、シノブがシャルロットと結婚すること自体は賛成のようだ。彼はベルレアン伯爵に、親しげな様子で呼びかけた。


「ありがとうございます。当家の婿に相応しい者に出会え、私も安堵しております」


 伯爵はアルフォンス七世に軽く頭を下げ、謝意を表す。それにシノブの隣では、シャルロットも明らかにホッとした表情となる。


「だがシノブよ。そなたほどの者なら多くの子孫を残すべきだ。我が娘も娶り、王家にも血を残してはどうかな?」


 アルフォンス七世はシノブへと視線を戻すと、自身の娘とも結婚しないかと持ちかける。

 国王の子は一男一女、つまり娘はセレスティーヌしかいない。自身を話題とされた彼女は一瞬驚いたようだが、頬を染めてシノブへと目を向けた。


「陛下。伯爵家継嗣と王女殿下の双方を娶るのは、後々禍根になるかと思います」


 シノブは以前ベルレアン伯爵が言ったことを理由とし、アルフォンス七世に異を唱えた。

 すると国王は僅かに表情を動かす。といっても驚愕や動揺ではなく、やはりと言いたげな落ち着きを宿した反応である。


「なに、伯爵家として二人の妻を迎えろ、というのではない。ベルレアン伯爵を継ぐのはシャルロット。セレスティーヌは女公爵とすれば良い。つまり、そなたは準公爵にして準伯爵、というわけだな。

女公爵は例がないが『竜の友』の血を取り込む機会を逃すなど、愚か者のすることよ」


 アルフォンス七世は、なんとしてでもシノブの血統を取り込みたいのだろうか。彼は規定事項のように、シノブの将来を口にした。

 確かに国王の言うとおりにすれば伯爵家の跡継ぎで揉めずに済むから、一つの解決法ではあるだろう。もっとも当のシノブ達が受け入れたらだが。


「私はシャルロットと添い遂げたいと思っておりますが」


 シノブは不快感を覚えていた。自分を政治の道具としてしか見ていないような国王の言葉に反発したのだ。そのためシノブは、自身の生きたいように生きると応じる。


 シノブの言葉を聞き、両隣で伯爵とシャルロットが息を呑む。

 それはシノブの決意への喜びか、それとも国王に反発する彼を案じたのか。あるいは、それぞれ異なる感情から漏れたものか。

 いずれにせよ二人は表情を抑えたまま、シノブと国王のやり取りを静かに見守るのみである。


「そなたの国は一夫一妻であったと聞いている。だが、我が国は違う。

貴族は優秀な子孫を残すのも義務のうち……伯爵家だけではなく、我が王家にも血を残してもらいたいのだ。そのほうが、伯爵家と王家の融和に繋がると思わないか?」


 アルフォンス七世は、故国と風習が違うとシノブに告げた。そしてシノブの決断次第で王家と伯爵家の絆が深まると、国王は諭すように続ける。

 どうやら国王はシノブの来歴も含め詳しく知っているらしい。おそらく昨日ベルレアン伯爵が参内した際に伝えたのだろう。


「陛下。お言葉に従えば、私は多くの妻を娶らなくてはなりません。

ベルレアン伯爵家と王家だけが結びつけば、他の伯爵家はどう考えるでしょう。結局のところ、血のみで縛るのは無理があるのではないでしょうか?

私はベルレアン伯爵やシャルロットを尊敬していますが、婚姻したからといって無条件に従うつもりはありません。ただ尊敬できる相手だからこそ、助け合って生きたいと思うのです」


 シノブは伯爵やシャルロットには悪いと思ったが、唯々諾々と国王に膝を屈するつもりはなかった。そのためシノブは、自身の考えを率直にアルフォンス七世に伝えいく。


「では、王命であっても従うつもりはないと?」


 アルフォンス七世の声音(こわね)には、最後通牒だと言わんばかりの鋭さが宿っていた。それに顔も冷厳と表現すべき険しさを顕わにしている。


「王命のみで縛るのであれば、そもそもメリエンヌ王国は成立しなかったのでは? 仮に成立しても、どこかで王家と各伯爵家が(たもと)を分かち、八つの小王国になると思いますが」


 シノブは、建国王エクトル一世と彼を助けた七人の功臣が、単に主君と家臣の関係だけだとは思っていなかった。

 エクトル一世に魅力があったからこそ、七人の家臣は彼を支えて苦難を乗り越え建国へと辿(たど)り着いたのではないか。シノブはジェルヴェから聞いた話や『メリエンヌ王国年代記』の記述から、そう考えていた。

 そのためシノブは、王命で縛るなど愚の骨頂と感じたのだ。


「はははっ! アルフォンス、もう終わりにしろ! この男、やはり『竜の友』と呼ばれるだけのことはある!」


 突然、先王エクトル六世が高笑いをすると、アルフォンス七世を制止する。


「……そうですね。父上のお言葉どおりでした。

シノブ、そなたを試すようなことをしてすまなかった。私は『竜の友』にして我が義甥となる男を知りたかっただけだ。そなたが自分の意思でセレスティーヌを貰ってくれるならともかく、押し付けるつもりはない」


 アルフォンス七世は冷然とした表情を一転させ、父親に向かって平静な様子で返答した。そして彼はシノブへ再び視線を向けると、最初のように穏やかな声音(こわね)で語りかける。


「ありがとうございます」


 シノブはシャルロットを娶る上での試しだったと察し、内心安堵していた。

 口にした言葉は本心からのものだ。とはいえ伯爵やシャルロットに迷惑をかけるような事態など、できることなら避けたかったのだ。

 内心胸を撫で下ろしながら、シノブは国王へと一礼する。


「セレスティーヌ、残念だったね」


「ざ、残念では……お兄様、まだ私を娶ってもらう話がなくなったわけではありませんわ! 要は、シノブ様のご意思でお申し込みいただけば良いのですから!」


 王太子テオドールが笑いかけると、セレスティーヌは一瞬肩を落とした。しかし彼女は再び顔を上げ、美しく巻いた金髪を振り乱しながら兄へと反駁(はんばく)した。


「おやおや。父上、妹は結構本気なようですよ。もう少し押してもよかったのでは?」


 一同は王太子テオドールの冗談に、それぞれ異なる感慨による笑みを漏らした。

 もちろんシノブは苦笑いである。しかし王女に悟られぬよう、慌ててシノブは表情を取り(つくろ)った。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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