06.11 首輪は不吉な輝き 後編
「アミィ、イヴァール、ありがとう! これで『隷属の首輪』の対策ができるよ!」
シノブは満面の笑みを見せ、ソレル商会から戻ってきたアミィとイヴァールを出迎えた。
既に夜は更け零時を回った頃、二人は潜入していたソレル商会から伯爵家の別邸へと無事に帰ってきた。
そして、眠れぬまま待っていたシノブやシャルロット達に、潜入の成果である新品の『隷属の首輪』を見せたのだ。
「お役に立てて嬉しいです! これで、アンナさんの叔父さんも解放できますね!」
アミィは、シノブに褒められてとても嬉しそうだ。彼女の狐耳は、その喜びを表すかのようにピンと立ち、尻尾も元気良く揺れている。
潜入の目的の一つである壊れていない『隷属の首輪』の入手。未使用の『隷属の首輪』を手に入れることで、その構造を理解し無効化が可能になると、シノブ達は期待していた。
今までは、自壊した『隷属の首輪』のみしか手に入っていない。そのため、どのような魔道具であるか詳細がわかっていなかった。これで安全に解除する方法がわかるに違いないと、シノブは笑みを浮かべていた。
「シノブよ。奴隷にされた者達の居場所も見当がついたぞ」
イヴァールは、もう一つの目的である『隷属の首輪』で操られている奴隷達の居場所について触れた。
「イヴァール殿、それは本当ですか!」
会議室には、三人の女騎士に、伯爵とジェルヴェ、シメオン、そして事件を調査していたジェレミー・ラシュレーがいた。
奴隷達の中には、20年前の戦いで未帰還兵となったアルノー・ラヴランがいる。一方ラシュレーは、襲撃者として偶然再会した同僚の行方を懸命に捜索していた。
今こそアルノーの行方が掴めるのかと、ラシュレーはイヴァールに詰め寄るようにして続きを待っている。
「ああ。『コロンヌの手前の村外れ』だそうだ。『寒村の森』とも言っていたな」
イヴァールは、ソレル商会を訪れた男の話をシノブ達に伝えた。
「……思い当たる場所はあります。私の部下達も、王都に拠点がない可能性が高いと報告してきました。おそらく、普段はそちらに隠しているのではないでしょうか?」
シメオンは、王領の地図を頭に思い浮かべているのか、一瞬宙を見つめたが、すぐにシノブや伯爵に自身の推測を告げる。
「ジェレミー、シメオンと協力して場所を確定してくれ。アルノーが無事なうちに救出したい」
伯爵は、ラシュレー中隊長に潜伏場所を早期に確定するよう指示を出した。
彼は、奴隷達が新たな任務に就いて使い潰されることを心配しているのだろう。
「伯爵、彼らは『最悪、王領から撤退するかもしれん』と言っていました。
お言葉通り、急ぐ必要があります」
アミィは、夜遅く訪問してきた男が状況次第でフライユ伯爵領まで戻るように指示していた、と伝えた。
「やはり、フライユ伯爵領が関係していたのだな……」
シャルロットは、事件の核心がフライユ伯爵領にあると明らかになり、思わず言葉を漏らしていた。
「ええ。それと、マクシムの事件の裏に彼らがいたのも、ほぼ間違いないです」
アミィは、ジェラールが聖人ミステル・ラマールの名を騙っていたと思われる会話などを、シノブ達に説明する。
「その訪問してきた男は、わからないままなんですか?」
ミレーユは、事件が大きく進展したのは喜ばしいが、肝心の男についてだけ不明瞭なままなのが残念なようだ。
「残念ですが……結局フードやマスクを取らないままでしたし」
アミィは、少ししょんぼりした様子で答える。
「アミィさん、まずは首輪の件が前進し、アルノー殿を解放できる見込みが立ったことを喜ぶべきです。
この欲張り娘のことは無視して構いません」
アリエルは、冗談を交えながらアミィに笑いかけた。
「そうだね。それに、フライユ伯爵領が関係していると確定しただけでも大したものだよ」
シノブも優しくアミィを労った。
「はい。彼らの会話から、王都近辺に大きな拠点がないこともほぼ確定できました。これは、今後の対応を考える上で、非常に大きな手がかりですよ」
シメオンも、アミィやイヴァールに僅かに微笑みかけながら、元気付ける。
「シメオン殿。それはどういうことだ?」
イヴァールは、いぶかしげな顔でシメオンを見た。
「先代様が奴隷を倒し九個の『隷属の首輪』が使えなくなったのに、今頃補充が行われた事からの推測ですよ。先代様が襲撃されてから、そろそろ二週間になりますからね。
王都やその近くに首輪を製造できる拠点があれば、こんなに時間がかかるとは思えません。
たとえば我々は、王都まで五日かけて来ました。もちろん、急げば半分以下の日程で移動できますが」
シメオンは、ラシュレーの顔を見た。
「はい。確かに事件の調査のため王都に入るときは二日で移動しました。それに、ブロイーヌ元子爵が戻る際も三日で帰還されたはずです」
ラシュレーは、シメオンの言葉に同意する。
先代伯爵が王都に入った際は、かなりの強行軍であったらしい。おそらく、隊を率いての移動であれば最高記録ではないか、とラシュレーは続けた。
「セリュジエールと王都の間に比べ、フライユ伯爵領までは倍程度の距離があります。通常の旅程で十日、先代様のように特権を行使しなければ、かなり急いでも五日でしょうか。
事件後にソレル商会が首輪の追加を申し出たとして、急ぎの便なら、ちょうど今頃到着するというのは計算が合います。
もちろん、定期的にフライユ伯爵領と王都を巡回している可能性もありますが」
「なるほどな。どちらにしても、王都には『隷属の首輪』の余りはないだろう、ということか」
イヴァールは、シメオンの説明に納得したようで、その髭に手をやり撫で下ろす。
「はい。付け加えるなら、奴隷自体もソレル商会にしかいないと思います。
もし他の商会にもいるなら、そこから何名か融通してもおかしくありません。
閣下。やはりソレル親子が逃げ出す前に、早急に対処すべきです」
シメオンは伯爵へと顔を向けると、早期の対応をすべきだと主張した。
「父上、私もそう思います。ここで逃せば、アルノーを取り戻すことはできなくなります!」
シャルロットも、勢い込んでシメオンの意見を支持する。
「シャルロット。我々には王領での捜査権限はないのだよ。今回の潜入だって、一つ間違えばこちらが処罰されてしまうしね」
伯爵は、娘を落ち着かせるように、穏やかな口調で言った。
「ですが父上!」
シャルロットは、父の言葉に、もどかしそうに身じろぎしながら叫んだ。
「大丈夫だよ、シャルロット。義父上には、何かお考えがあるようだ」
シノブは、隣に座る彼女に柔らかい口調で語りかけた。そして、彼は再び伯爵の顔を見つめる。
「お察しの通りだよ。晩餐のときに話したとおり、今日……正確にはもう昨日か、シノブのことは陛下にお伝えした。
ちょうど、午後に王宮に参内して内々に陛下にお会いすることになったからね。その場で、我々が事件の解決に関与できないかお伺いしよう。
シノブの魔術が必要なのだ、と言えば陛下も考慮してくださるだろう」
ベルレアン伯爵が言うとおり、国王アルフォンス七世は、シノブの件を非常に好意的に受け止めたらしい。伯爵は、少なくとも結婚自体は間違いなく許可が下りると、晩餐でシノブ達に語っていた。
そして、早速シノブは王宮へと行くことになっていた。後十何時間かすれば、彼は王宮内に赴く。そして、非公式ではあるが国王と会うのだ。
「そうでございましたね。では、皆様早くお休みになりませんと。事件の解決も大事ですが、お家の今後が決まる重要な日でございます」
ジェルヴェは、シノブ達に就寝を促した。
「そのとおりだ。『隷属の首輪』の調査は、一旦休んで午前中に行うと良いよ。ここまで来たら焦っても仕方がない。着実に、出来ることを積み上げていくだけだ」
伯爵の言葉に、一同は真剣な顔で頷いた。
シノブは半日後に迫る国王との会見を前に、その決意を新たにしつつ会議室を後にした。
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