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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.09 首輪は不吉な輝き 前編

 シノブ達が王家や公爵家への対応を協議していると、会議室の扉がノックされた。

 家令のジェルヴェが誰何(すいか)すると、先代伯爵の腹心ジェレミー・ラシュレーだという。そこでベルレアン伯爵は、ただちにラシュレーを室内に招き入れるよう自身の家令へと伝える。


 ラシュレーを前に、一同は会議室の大テーブルを囲んだ。

 話題が暗殺事件についてだから、ラシュレー以外は領都で先代伯爵の話を聞いた面々だけだ。一同は席に着き、ラシュレーの報告に聞き入った。


「……先代様が旅立ってから、大きな進展はありません。王都の監察官の調査も捗々(はかばか)しくないようです。

死亡した襲撃者達の経歴は様々でした。アルノー・ラヴランのような20年前の未帰還兵が5名、フライユ伯爵領の住民と思われる者が2名、残り2名はまだ調査中です。

死亡した襲撃者の中に、ベルレアン伯爵領の未帰還兵はいないようです。内訳は王領2名、ボーモン伯爵領1名、ラコスト伯爵領1名、エリュアール伯爵領1名でした。

以上です」


 精悍な容貌を悔しそうに(ゆが)め、ラシュレーは報告を締めくくった。

 フライユ伯爵領には帝国からの獣人族を狙った人攫いが侵入しているらしく、ときおり行方不明者が出る。帝国では獣人を奴隷にしているため、新たな奴隷の補充のためだと王国では考えられていた。

 国家間の諍いに巻き込まれてのことであるから、王国としてもこの問題は重視している。帝国に拉致されたと思われる者の特徴を記したリストが作成されており、王都の監察官もそれと照らし合わせたようだ。

 そして、未帰還兵は国家の戦いに参加した英雄である。王家としても家族に手厚い補償をしていたし、未帰還兵の捜索のため行方不明者同様にリストを作り、軍が各方面に配布している。

 そのため先代伯爵が襲撃されてから十日(とおか)少々ではあるが、襲撃者の大部分の身元が判明していた。


「ご苦労。当家の家臣がいないのは不幸中の幸いだったね」


 伯爵はラシュレーの報告を聞き終えると、長期の調査を続行中の彼を(いたわ)った。


「……しかし結局、襲撃者がどこにいるかわからないままなのだな」


 シャルロットは美しい容貌を険しく引き締めつつ、ラシュレーに問う。


「はい、申し訳ありません。ソレル商会には、数名部下を張り付けましたが、どうも我々が対応する前に居場所を移したのか、アルノー殿や怪しい獣人は目にしていません」


 琥珀色の瞳を陰らせながら、ラシュレーはシャルロットへと答える。

 ラシュレーは人族だが、若い頃にアルノー・ラヴランに世話になったことがある。そのため彼は、なんとしてでも恩人を発見しようと寝る間も惜しんで捜索しているという。


「ジェレミー、安心するが良い。シノブ殿が調査に協力してくれるよ」


 苦悩する部下を慰めるように、伯爵は温かい声音(こわね)でラシュレーに語りかけた。


「ほ、本当ですか! シノブ様!」


 ラシュレーは弾かれた様にシノブのほうを向くと、喜びに溢れた表情で彼を見つめた。


「ラシュレー中隊長。私も奴隷達を解放したい。アルノー殿は私の世話をしてくれた侍女アンナの叔父と聞いている。これは、私自身の戦いでもある」


 シノブはアンナや一度だけあった彼女の母ロザリーを思い出しながら、静かにラシュレーに語りかけた。

 『隷属の首輪』で操られているアルノー・ラヴランは、ロザリーの弟だという。なんとしても彼女達の下にアルノーを取り戻したいと、シノブは思っていたのだ。


「ありがとうございます! ですがアルノー殿の行方もわかっておりませんし、『隷属の首輪』を取り外す方法も不明なままです……。

私の努力が足りないばかりに、アルノー殿に苦労をかけているかと思うと……」


 一瞬だけラシュレーは顔を輝かせた。しかし彼は捜索の成果が出ていないことや、『隷属の首輪』の解除方法が不明なままであることを思い出したようで、再び憂いを滲ませる。


「首輪については私も調べている。幸い先代様が手に入れた壊れた首輪で、ある程度の推測はできた。ただし人命に関わることだから、推測だけで行動するわけにはいかない。

そこで、ラシュレー中隊長には協力してほしいことがある」


 シノブは悄然とするラシュレーに希望を持たせようと、王都に来る間アミィと『隷属の首輪』の調査を行っていたことを伝えた。そして自身の推測を確定するためにも、彼に協力を要請した。


「そ、それは、どんなことでしょう!」


 ラシュレーは、勢い込んでシノブに尋ねた。

 自分でできることがあれば、どんなことでもする。そんな彼の強い意志が、瞳から感じられる。


「ソレル商会への潜入だ」


 シノブは、ラシュレーの意気込みを受け止めるように強く頷く。そして間を置かずに、謎に包まれた商会の名を挙げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「店主のガストン殿だな?」


 少しくたびれた格好だが騎士階級らしい獣人の男性が、目の前の商人へと問いかける。そして狼の獣人らしい彼は、鋭い目つきで店主のガストン・ソレルの顔を見つめる。


「はい。私が当店の主、ガストン・ソレルでございます」


 騎士らしい男の正面に座る商人、ガストン・ソレルは相手に首肯で応じた。

 ここはソレル商会の奥の応接室だ。豪商が客を招く場だけあって、彼らが腰掛けているのは金銀細工を施された豪華なソファーである。それに来客の目を楽しませるためだろう、室内には品の良い美術品が各所に配されている。


「私は、とあるお方の騎士、ラムレーという。今日は……その……」


 獣人の騎士ラムレーは、なぜか口ごもった。それに揺れる内心を表すかのように、頭上の狼耳は不規則に動いている。

 それを見つめているのは、ガストンだけではない。騎士の後ろには人族の従者が一人立っており、彼も後ろから注視していた。

 着席しないくらいだから、従者は軽い身分なのだろう。まだ成人したばかりらしき従者は、口を出す権限がないのか黙ったままだ。


「わかっております。少々、急な御用がおありになる、と。我々も、高貴なお方のご事情は伺っております。なにやら王女様の成人式典も近いとか……」


 ガストンは笑いを(こら)えたようだ。しかし彼は騎士ラムレーの叱責を怖れたのだろう、真面目な顔を作り婉曲(えんきょく)に切り出した。


「そ、そうなのだ! 今年は様々な式典があった上に、この成人式典だ。我らもほとほと困っておってな。きっと我が主君だけではなく、多くの家がどうやって(しの)ぐか困っているだろう」


 騎士ラムレーは勢い込んでガストンに話しかける。言い(づら)い事を言わなくて済み、ホッとしたのだろうか。

 口早に困窮を伝える騎士ラムレーだが、自分の主君だけの問題ではないと言い添える。その言葉は本心からのようで表情も真面目そのもの、主家への忠義心も相応にあるらしい。


「それで、いかほどご用立てすればよいのでしょう?」


 商会の主ガストン・ソレルは、今度は笑みを隠さずに問いかけた。

 おそらくガストンは、予想通りの用件だったと喜んだに違いない。それに相手の切迫した様子から、冷やかしなどではないと確信したようだ。


「そうだな……大金貨50枚ほどで良いのだが……」


 再び狼耳をピクピクさせながら、騎士ラムレーは借用したい金額を口にした。


「たやすいことでございます。それでは、さっそくご用意しましょうか?」


 すぐにでも用意しようと、ガストンは腰を浮かす。このまま一気に契約まで持ち込もうと思ったのかもしれない。


「いや、まずは契約があるのだろう? その内容次第だ」


 流石にラムレーも、契約を確認しないで主の借金を作るような間抜けではないようだ。彼は慌てて手を振ると、契約書を見せてほしいとガストンに告げる。


「はい、こちらの書面をご覧になってください」


 その程度のことは、ガストンも予想していたようだ。彼は手に持っていた紙束の中から、貴族向けの借用書と契約の詳細が書かれた書面を取り出し、ラムレーへと渡す。


「……う~む。これは、私だけでは判断できんな。店主、すまないが一旦戻ってよいだろうか?

いや、大して待たせぬ。二日もあれば返答できよう」


 しばらく借用書などを見つめていた騎士ラムレーだが、大きく溜息をつくと首を振る。そして彼は主の意思を確認すると、ガストンに告げた。


「当然でございますとも。それではご主君とご相談の上、再度来店いただければと思います」


 ガストンは、相手の言葉に頷いた。

 何しろ、熟練職人の月収が金貨2枚である。大金貨50枚なら、その250倍、つまり熟練職の20年以上の稼ぎなのだ。いかに貴族といえど、領地なしの零細貴族ではそう簡単に手を出せる金額ではない。

 騎士ラムレーの若干擦り切れた服などを見るに、あまり大きな家ではなさそうだ。そう判断したらしく、ガストンは当然のことと言いたげな表情を見せる。


「すまなかったな。だが、再び来ることになるだろう。そのときはよろしく頼む」


 店主の鷹揚な様子に却って恐縮したようで、騎士ラムレーは穏やかな口調で再来すると告げた。それに、これで役目は果たせたというような安堵が顔に滲んでいる。


「はい、ぜひご贔屓(ひいき)いただければと思います」


 席を立つ騎士の様子を見ながら、ガストンは商人らしく如才ない笑みを浮かべていた。どうやらガストンは、成約間違いなしと確信しているようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 どこかで借りてきたような古ぼけた馬車に騎士ラムレーと従者が乗り、扉を閉めた。

 扉が閉まった事を確認した御者は手綱を操り、夕焼けの中、馬車をゆっくり進ませていく。


「騎士ラムレー様、上手く行きましたね」


 走り出した馬車の中で、年若い人族の従者が声を掛ける。しかも彼はニヤニヤと笑っている。

 従者の様子は、ラムレーの後ろで押し黙っていたときとは全く違う。まるで無理やり我慢していた感情を抑える必要がなくなったかのように、声も楽しげに弾んでいた。


「レイモン。もう、その名は良い」


 ラムレーも顔を微かに緩めながら、従者に答える。


「ではラシュレー中隊長。これで我々の役目は終了ですね」


 レイモンは笑いを収め、真顔に戻った。そして彼は、ラムレーと名乗っていた獣人に再度問いかける。


「ああ。後はアミィ殿とイヴァール殿が、上手くやってくれるのを祈るだけだ」


 騎士ラムレーは仮の姿、その正体はアミィの幻影魔術で姿を変えたジェレミー・ラシュレーだった。

 王都にいる伯爵の部下で、世事に長け咄嗟の事態にも対応でき、しかもフライユ伯爵家に顔が知られていない人間は少ない。そこでラシュレーが、姿を変えソレル商会に赴いたのだ。

 姿を変えるのであれば、誰が行っても構わないようにも思える。だがシノブは、捜査に尽力したラシュレーの気持ちを思いやり、彼に依頼していた。


「しかし、本当にアミィ様とイヴァール様は、あの場にいたのですか? 何度も練習したから、疑っているわけではないのですが……」


 彼らはアミィとイヴァールを潜入させるため、わざわざ正体を偽ってまでソレル商会を訪問した。

 応接室へと歩む彼らの間には、アミィの魔術で姿を消した二人がいたのだ。従者のレイモンが言うように、彼らは姿の見えない二人を挟みながら歩く訓練を、違和感なくできるまで伯爵の別邸で実施していた。


「大丈夫だ。出て行く前に、何かが私の腕に軽く触った。たぶん、アミィ殿だろう。潜入が成功したのは間違いない」


 アミィが姿を消せるとはいっても、勝手に扉が開いたりすれば相手に察知されてしまう。

 もちろん、幻影魔術でそれらを誤魔化すことも可能だ。しかし、あまり大規模に偽ると相手に露見する可能性も高くなる。かといって夜間に潜入しようとしても、どんな魔道具があるかわからない。

 そこで彼らは商会の奥まで二人を連れて行くため、貴族からの借金の申し込みを装ったのだ。


「そうですか! では、後はお二人のお帰りを待つだけですね!」


 若いレイモンは王都に行くのも初めてで、フライユ伯爵家にも顔が知られていないだろう、というだけで選ばれた。だが重大な任務を完了させたのが嬉しいらしく、彼は一際明るい表情を見せていた。


「そうだな。何かアルノー殿の手がかりを(つか)んで……いや、まずは無事な帰還を願うべきだな。……二人に大神アムテリア様の加護があらんことを」


 できれば、20年前の戦いで親身に世話をしてくれたアルノーに繋がる何かを入手してほしい。しかし彼と同じように、狐の獣人であるアミィやドワーフのイヴァールが捕らえられるような事態があってはならない。

 そう考えたらしいラシュレーは、年相応の渋みを感じさせる顔に厳粛な表情を浮かべると、神への祈りを口にした。


「ところでラシュレー中隊長。いつまでその耳と尻尾をつけているんですか? そのお姿で真面目な顔をしても、ちょっと……」


 従者レイモンは、再び何かを我慢しているような引き()った笑顔となる。

 レイモンが指摘するようにアミィの幻影魔術が解け、ラシュレーの頭上には狼の耳を模した付け耳がある。そしてラシュレーの後ろには、やはり狼のものに似た尻尾があった。


「ばか者! 早く教えろ!」


 真っ赤な顔になったラシュレーは、付け耳と付け尻尾をもぎ取りレイモンへと投げつけた。この付け耳と付け尻尾は、幻影の元があるほうが魔術が長続きするとアミィが渡したものだ。


「今気がついたんですよ! たった今、アミィ様の魔術が切れたようで、元に戻りました!」


 レイモンの言うとおり、つい先ほどラシュレーの容貌は本来の顔に戻った。そのため今のラシュレーを見て、騎士ラムレーと思う者はいないだろう。


「ラシュレー中隊長! これはシャルロット様やシノブ様がヴォーリ連合国で狩ってきた雪魔狼の毛皮で作った貴重品ですよ! そんな手荒に扱わないで下さい!」


 レイモンは笑いながらも声を張り上げ、ラシュレーに文句を言う。

 そんな彼の若々しい姿に、ラシュレーは自身とアルノーの若き日を思い出したのか、微かにほろ苦い微笑を浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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