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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.06 旅の光と影 中編

「やあ、『竜の友』シノブ殿だね! 私はベランジェ・ド・ルクレール。義伯父(おじ)さんとでも呼んでくれたまえ!」


 シノブの目の前には、40代半ばの背の高い男性が人懐っこい笑顔を浮かべ、両手を広げて立っていた。

 朗らかに笑いかける金髪碧眼の男性は、いかにも貴人といった風情の(きら)びやかな服を身に(まと)っている。だがシノブには、その言動のほうが強い印象を与えていた。


「アシャール公爵……お初にお目にかかります」


 シノブは、親しげな態度に戸惑いながら、返事を返した。

 なにしろ、今まで王国内で見た一番身分が高い人物である。

 この国の公爵家は王家から任命されるもので、必ずしも強い権限を持っているわけではない。とはいえ、彼は現国王の異母弟である。

 公爵でなければ殿下と呼ぶべき相手の、あまりに気安い様子にシノブは面食らった。


「固いなぁ。さすが、シャルロットの婚約者だね!

君はカトリーヌの義理の息子になるんだ。私にとっては義理の甥なんだから、もっと楽にしていいよ!」


 アシャール公爵ベランジェは、シノブの躊躇(ためら)いなどお構いなしである。

 確かに彼は、シャルロットの母カトリーヌの実兄である。彼が言うように、義理の甥になるのは間違いない。


「はい。それでは義伯父上、シノブ・アマノと申します。よろしくお願いします」


 シノブは隣で微笑むベルレアン伯爵やシャルロットの様子を見て、公爵の主張どおり義伯父と呼ぶことにした。


「まだ固いねぇ……まあ、そのうち慣れるだろう! ともかく我がアシャール公爵家の面々の紹介だ!」


 アシャール公爵自らの出迎えに驚いたシノブであったが、彼に案内され伯爵達と一緒に館のサロンへと向かっていった。

 公爵の館もベルレアン伯爵の館と同じ様式であり、構造も似通っている。そのためシノブも館の主以外には、特に驚くことはなく歩んでいる。

 そして、公爵の興味は自然とシノブに向かっていた。なにしろ、シノブとその従者アミィにイヴァール以外は、彼の良く知った面々である。公爵は、歩く間もシノブへと話しかけるのをやめなかった。


「いやぁ、竜と戦う勇者が我が血縁になるとはね! シノブ君、今日はゆっくり話を聞かせてもらうよ!」


 アシャール公爵は、シノブの呼び方までいつの間にか変えていた。シノブは警戒されるよりマシだろうと、苦笑しながら彼の問いに答えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アシャール公爵は宣言どおり、サロンに着いて早々に自身の家族を紹介した。そして皆がソファーに腰掛けると、彼は歓談へと移る。

 突飛な振る舞いが目立つ公爵だが、異邦人のシノブを気遣ってもいるらしい。彼は家族達に話を振りつつ、都市アシャールのことなどを紹介していく。

 そして一通り語ったと思ったのか、公爵はシノブとシャルロットの婚約に話題を転ずる。


「実は妹から手紙を貰っていてね。王都ではシノブ君のことを助けてほしいとね。

もちろん、助けるともさ! なにしろ可愛い妹の頼みだからね! それに『竜の友』に『戦乙女』、似合いの二人を引き裂くような野暮な真似はしないよ!」


 アシャール公爵は満面に笑みを浮かべ、シノブとシャルロットに支援を確約した。

 いずれシノブ達が王都に赴く時を考え、カトリーヌは密かに実兄にも根回しをしていた。それを知ったシノブは、彼女の気遣いに感謝を捧げる。


「ありがとうございます」


 シノブはシャルロットと共に、公爵に礼を述べ頭を下げる。

 二人の言葉と動作は完全に揃っていた。そして息の合った様子に、集った者達は一様に頬を緩める。


「……ところでシノブ君。妹からは君が治癒魔術の名手と聞いているよ。妹が身篭ったことに気がついたのは君なんだって?」


 周囲と同じく、公爵もシノブ達を微笑ましげに見つめていた。しかし彼は唐突に興味深げな表情となり、カトリーヌの妊娠について口にした。

 どうやらカトリーヌは、治癒魔術なども含めシノブの成したことを詳細に伝えていたようだ。


「はい、そうですが」


 ベルレアン伯爵領、特に家臣の間では既に有名な話である。シノブは、彼の言葉に素直に頷いた。


「すまないが、我が義娘の様子も診てやってくれないかな?

あと、注意すべきことがあれば教えてほしい。あらましは妹からも聞いているが、折角だから直接教えてもらいたいしね」


 公爵は嫡男アルベリクの妻、アリエットのほうを見やった。するとアリエットは僅かに頬を染める。

 アリエットは栗色の髪に緑の瞳をした小柄な女性で、深窓の令嬢という言葉が相応しい落ち着いた外見だ。そして内面も容姿に相応しいようで、義父の率直な言葉に恥じらいを感じたようだ。

 とはいえアリエットも嫌がってはいないようで、他と同じくシノブの返答を待っている。


「はい、それは構いません。ですがアリエット殿はお若いですし、そんなに急がなくても良いのでは?」


 シノブは少々戸惑いを感じていた。

 アリエットはシャルロットと同じ17歳だ。しかも彼女は、昨年アルベリクの下に嫁いだばかりだという。そこまで過敏にならなくてもとシノブは思ったのだ。


「いや、シノブ殿。私からもお願いします。子供が出来ないことには、公爵位を受け継ぐことはできませんからね」


 公爵だけではなく、継嗣であるアルベリクも真剣な顔でシノブへと頼み込んだ。紹介されたときから陽気に場を盛り上げていた彼だが、このときばかりは別人のようだ。


「私からもお願いしますわ。ご存知でしょうけど、公爵家は男子にしか継承できませんの。子供が多くて困ることはありませんわ」


 アルベリクの母でアシャール公爵の第一夫人であるアンジェも、重ねてシノブへと頼み込んだ。

 社交好きの貴婦人といった印象の彼女も夫や息子同様、まだ若いから、と見過ごすつもりはないらしい。


「そのとおりです。公爵家に嫁いだ女の宿命とはいえ、男子を産めない妻は肩身が狭いものですから」


 第二夫人レナエルも、アッシュブロンドを緩やかに揺らしながら、シノブに頭を下げた。

 ちなみにアシャール公爵には第一夫人アンジェと第二夫人レナエルにそれぞれ成人した娘がいるが、公爵位の継承権がないため、既に他家に嫁いでいるそうだ。


 この国では女公爵というのは例がないらしい。女子のみの公爵家は子爵家に格下げになるか、王家から男子を婿に取るかしているという。

 ベルレアン伯爵やシメオンは、『竜の友』シノブを王領に引き抜くためシャルロットを女公爵とされないか案じている。慣習上、女公爵はありえないそうだが、それを(くつがえ)す可能性が『竜の友』にはあるのだろう。

 ともかく公爵家継承は、侯爵以下の貴族家で女当主が許されるのに比べ、厳しく制限されてきた。むやみに公爵家を増したくない王家の思惑だろうと、シノブは想像する。


「シノブ様、お願いします」


 まだ、少女といってもいい儚げな容姿のアリエットであるが、彼女も公爵家の未来を考えてか真摯な様子でシノブへと頼み込んだ。

 自身が男子を産めるか否かで、家の将来が変わってくるのだ。彼女の肩にかかった重責は想像できないほどである。

 もちろん、この国の貴族は複数の妻を娶るから、彼女だけが背負う問題ではない。

 だが、通常は結婚してからしばらくは妻女を増やすのを遠慮するらしい。たぶん、夫婦の仲が深まってから次の妻を、ということなのだろう。

 つまり彼女からすれば、その間に自身が男子を産めるかどうかは大きな意味を持つ。


「それでは、診察します。そのままソファーに座っていて構いません」


 シノブは、緊張した様子の彼女に、穏やかに微笑みかけた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとアミィ、イヴァールは公爵から割り当てられた居室へと下がっていた。


「第二夫人のレナエルさんのほうだとはね~」


 シノブは、思わず溜息をついた。

 なんと妊娠の兆候があったのは、公爵の第二夫人レナエルであった。

 彼女もまだ40歳前後であり、30代半ばのカトリーヌともさほど年齢差はない。また、魔力が多い者は若い期間が長いようだ。その意味では、驚くようなことでもないのだろう。

 しかし、シノブは予想外の結末に苦笑せざるを得なかった。


「アリエットさんは、用心のために治癒術士から回復魔術を頻繁にかけてもらっていたそうですから。これから控えれば必ずお子さんが出来ますよ」


 アミィも思わぬ結果に驚くレナエルの様子を想起したのか、シノブ同様に微妙な表情となった。だが彼女は、嫡男アルベリクの妻アリエットも回復魔術を控えれば、いずれ子供が出来るだろうという。

 カトリーヌもそうだったが、自身の魔力が多く魔術を日常的に使ったり、健康に留意するあまり頻繁に回復魔術をかけてもらったりすると、子供が出来にくくなるようだ。

 これをシノブは、妊娠初期の胎児に回復魔術や身体強化などが悪影響を及ぼしていると推測していた。

 もちろん、あくまで推測であり真相はまだ判明していない。しかし領都の治療院などで得た経験から、ほぼ間違いないだろうとシノブは考えていた。


「そうかもね。そのあたりが貴族の女性に広まれば、随分変わってくるんじゃないかな」


 結局カトリーヌのときと同じく、公爵家は大騒ぎとなった。そして前回と同様に、シノブとアミィは公爵家の女性達に生活上の注意点などを懇切丁寧に説明した。

 そのお陰で竜との戦いの話などが有耶無耶になったのは、シノブにとって望外の幸運であった。しかし周囲が言葉を聞き漏らさないように(しわぶき)一つせずに傾聴したから、彼は大いに戸惑ったのだ。


「ふむ……人族の貴族も大変だな。我らは実力のある者が(おさ)になるだけで、魔力も少ないから跡取りに困るという話も聞かぬ。そもそも治癒魔術が使えるドワーフなど、滅多に見ないしな」


 血筋のみで(おさ)を選ぶことのないイヴァールにとっては、人族の風習が珍奇に思えたらしい。それに、彼が言うように魔力量の少ないドワーフの間では、この件が問題になることはなかったと思われる。


「まあ、夜も遅いしもう寝ようか。ある意味公爵に捕まるよりも疲れたよ」


 シノブは欠伸を漏らしながら、就寝しようと促した。

 アシャール公爵達にとっては大変な慶事だから仕方ないが、説明や質疑応答は長時間に渡った。そのため既に、夜更けと言うべき時間に入っている。


「そうですね。明日も早いですし。王都まで、あと二日ですか」


 アミィもシノブが気疲れした様子を見て取ったようだ。彼女は手早くテーブルの上を片付けていく。


「次がコロンヌという町で、その次が王都だったか。早いところ、修行の成果を暗殺者共にぶつけてみたいものだな」


 イヴァールは王都への旅程を呟いた。そして彼は王都で待つ戦いを予感したのか、豊かな髭を(しご)きながら立ち上がると大きく身じろぎした。


「調査のほうは期待しているよ。俺は、伯爵やシャルロットと王宮に行くことも多いみたいだし。……さあ、明日に備えて寝よう」


 シノブはイヴァールの肩を叩き、自身に用意された寝室へと向かった。

 果たしてどんな夢を見るのだろうか。それとも疲れで熟睡してしまうのだろうか。シノブは公爵家に相応しい豪奢な寝台へと歩みつつ、出来うることなら良い夢をと願っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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