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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.04 問われて名乗るも 後編

「軍人が多いって言うけど、目立つほどではないかな」


 シノブは、隣を歩くシャルロットに声をかける。

 彼らは、カルリエの町に到着した後、町内に存在する領軍の駐屯所へと向かっていた。

 伯爵とシメオンは町の公館に残り町長達の話を聞くようだが、シノブは、兵士達を慰問するシャルロットに同行することにしたのだ。


「多いといっても常時駐留するのは他と同じ50名です。関所の警備隊に所属する者は、町にいる間はあくまで非番ですし」


 シャルロットは、シノブの言葉に柔らかい口調で答えを返す。

 兵士の慰問ということもあり、今日の彼女はプラチナブロンドを綺麗に結い上げている。律動的な歩みと軍服姿も相まって、シノブには彼女が普段よりも凛々しく輝いているように見えた。


「そうですね。巡回守護隊が滞在しているときはもっと多いのですが。それに王領のすぐ側ですから、あまり目立ったこともできません」


 アリエルは、シャルロットの言葉を補足した。

 常にシャルロットに付き従う女騎士、アリエルとミレーユは当然慰問に同行している。


「巡回守護隊とは、魔獣退治のための部隊らしいな。どんな風に戦うのだ?」


 兵士の話が出たので、イヴァールも興味を示したらしい。

 ドワーフである彼は、貴族達の様々な風習や礼法に縛られた会話や食事が苦手らしい。伯爵を警護してきた騎士達が駐屯所で宿泊すると聞き、彼もそちらに混ざることにしたようだ。

 慰問後は駐屯所で訓練をして、そのまま騎士達と宿舎で過ごすという。


「馬上の戦闘も行いますが、森林や山中での戦いを重視して、徒歩(かち)での戦闘に力を入れてますね。

私みたいに弓を使う人も多いですよ」


 ミレーユは、イヴァールの問いに答えた。

 巡回守護隊とは領内のあちこちを回って魔獣退治や街道の治安維持を行う部隊である。巡回守護隊は、ベルレアン伯爵領では東西南北の四方面に一隊ずつ置かれている。

 一つの巡回守護隊は400名からなる連隊であり、領内南方であるこの近辺は、アデラール近郊に本拠地を置く南部巡回守護隊の担当だ。普段は担当地域内を数個の大隊に分けて巡回し、領内の安寧に尽力している。


「残念ながら、今日は巡回守護隊はいないようです」


 アリエルは、期待している様子のイヴァールに、やんわりと彼らの不在を伝える。


「なんだ。そいつらと訓練できるかと期待したのだがな」


 イヴァールは、がっかりした様子で言葉を漏らす。


「イヴァールさんの訓練相手は、騎士達でも難しくなってきたじゃないですか。この前なんて、イヴァールさんは重り付きで、四人を相手に模擬戦をしてましたけど」


 アミィは、(あき)れたような口調でイヴァールへと語りかける。

 イヴァールの魔力操作訓練も既に開始してから2週間近く経っている。シャルロット達のときもそうだったが、訓練を開始した直後は身体強化の効果が目に見えて上がるようだ。

 特にイヴァールの場合、種族的な特性もあり筋力の増加は目覚しいものがあった。1週間するかしないかのうちに、それまでとは段違いの力を身に付けたようだ。

 この後、少ない魔力で同等の効果を維持したり独自の使い方を模索したりなど、応用編へと入っていくことになる。先のことはともかく、まずは第一段階を順調に終えているようで、シノブは安心していた。


「アミィやシノブが訓練に参加してくれると良いのだが……まあ、シノブには政治の話もあるからな!」


 イヴァールは少々残念そうではあるが、シノブの都合も察しているのだろう。彼らの訓練参加には未練があるようだったが、それを振り切るように明るく大きな声を上げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 カルリエの領軍駐屯地は、町の中央から若干外れたところにあった。

 領都セリュジエールや都市アデラールとは異なり、『メリエンヌ古典様式』という伝統的な建築様式のみではなく、比較的新しい様式と思われる建物も目立つ。

 シノブは、領境の町としての発展に伴って拡張されてきたのかもしれない、と考えた。


「シャルロット様! お久しぶりです!」


 駐屯地に入ると、兵士の訓練を行っていた教官がシャルロットに声をかけてきた。

 茶色の髪に濃い色の瞳をした大柄な人族の軍人だ。


「お前達! 領軍第三席司令官のシャルロット様だ! 整列して敬礼!」


 教官の掛け声を聞いた兵士達は訓練を中断し、素早く訓練場の中央に整列すると、右手を掲げ敬礼の姿勢を取った。


「ご苦労。楽にしてくれ」


 シャルロットは軍務中の口調で、教官に告げる。


「はっ! 一同、休め!」


 教官の号令により、兵士達は一糸乱れぬ動きで敬礼の姿勢を解き、足を肩幅に開くと両手を体側につけた。その動きからは、厳しい修練が行われていると感じられる。


「今日は父上と王都に向かう途中、立ち寄っただけだ。護衛の騎士隊がこちらに宿泊するので、迷惑をかけると思うがよろしく頼む。

後ほど父上から酒の差し入れがある。大した量ではないが日中の疲れを癒してほしい。……それでは、訓練に戻ってくれ」


 シャルロットの言葉に、兵士達は思わずといった様子で歓声を上げかけた。しかし教官が一(にら)みすると、彼らは慌てて口を閉ざす。


「訓練再開! 二隊に分かれて密集陣形を取れ!」


 教官は隊長らしき兵士に数点指示すると、シャルロットに向き直り歩み始めた。どうも足の具合が悪いようで、彼は右足を少し引きずっている。


「ジロード教官。中々訓練が行き届いているようだな。足のほうはどうだ?」


 シャルロットは、教官に優しく声をかけた。どうやら二人は旧知の仲らしい。


「はい、季節の節目には痛みますが、教練に支障はありません。前線に出ることはできませんが、こうやって後進の指導をするのも楽しいものです」


 ジロードと呼ばれた教官は、シャルロットの言葉に顔を(ほころ)ばせた。


「今回は王女殿下の成人式典への出席ですか? それと、こちらの方は?」


「紹介しよう。伯爵家の魔術指南役に就任したシノブ・アマノ殿だ。

シノブ殿、彼はここの教官のジロード中隊長だ。砦にいたときは私の部下でもあった」


「魔術指南役のシノブ・アマノだ。よろしく頼む」


 シノブの魔術指南役は大隊長格とされている。下の階級の者には威厳を持って接するようにとシャルロットからも忠告されていたので、シノブは彼女の口調を真似てジロードに語りかける。


「おお『竜の友』シノブ様でしたか!

お初にお目にかかります。アメイデ・ジロードと申します。

ヴァルゲン砦では、シャルロット様の部下として働いていましたが、戦傷により教官へと異動しました。

何卒(なにとぞ)お見知りおきを」


 ジロード教官は、シノブの名を聞いて驚いたようだが、すぐに平静さを取り戻し丁寧に挨拶をした。


「こちらこそ。怪我であれば、私か従者が治癒魔術を使える。見せてもらえないか?」


 シノブは、ジロードが足を引きずる様子が気になっていたので、治癒魔術を使おうかと聞いてみた。


「シノブ殿。そうしてくれるか。ジロードは砦の守護隊にいたとき、魔獣退治で負傷したのだ。少しでも回復できれば私としても嬉しい」


 シャルロットも、昔の部下の負傷が気になっていたようだ。

 もしかすると、慰問を行うと言い出したのも、彼の様子を直接確認したかったのかもしれない。

 カルリエと同様に、アデラールでも伯爵の名で差し入れが届けられたはずだ。しかし、到着したのが遅かったこともあり、シャルロットはその手配を騎士隊に任せたようであった。

 しかし、今日は昨日より移動距離が短かったため、まだ日も高い。シノブは、時間もあるから元部下に会って自分の目で確かめたかったのだろう、と思った。


「ではアミィ、見てくれるか?」


 シノブは、階級が上の自分が治療するのもジロードが遠慮するだろうと思い、アミィに治癒を頼んだ。


「はい、シノブ様!」


 シノブに声をかけられたアミィは、元気良く返事すると、ジロードの右足に手をかざした。

 アミィが表情を改め精神を集中すると、その手から微かに光が発生し、彼の足を(ほの)かに包みこんだ。


「おお、少し違和感がなくなったようです。ありがとうございます。これから冬になると、また痛み出すのかと思っておりました。これなら楽に過ごせそうです。

シノブ様、アミィ殿、ありがとうございます」


 しばらく手をかざしていると、ジロードが嬉しげな声を上げて、古傷の具合が良くなったと告げた。

 やはり、冬場になると痛みが激しかったらしい。彼は、シノブ達に深々と頭を下げてアミィの治療に感謝していた。


「それはよかった。ジロード教官、隊に怪我人などがいれば、この際だから治癒してしまおう。呼んでもらえないか?」


 シノブは、彼だけ治療するのも不公平だと思い、警備隊の面々にも治療しようとジロードに提案した。


「ありがとうございます! 私のような者はともかく、若者達はこれからがありますので、ぜひお願いします!」


 シノブの言葉に、ジロードは自分が治療されたときよりも顔を輝かせた。教官役としては、教え子達に万全の体調でいてほしいのだろう。


「アミィ、すまないが頼むよ」


 シノブは、重ねてアミィに治癒魔術を行使するよう頼んだ。


「いえ! ジロードさん、怪我した方を連れてきてもらえますか?」


 アミィはシノブに頼られるのが嬉しいのか、満面の笑みと共に応じる。そして彼女は、ジロードへと怪我人を連れてくるように告げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「今日のシャルロットは、いつにも増して凛々しかったね」


 シノブは、カルリエの公館に戻りながら、シャルロットに話しかけた。


「えっ、そうですか?」


 隣を歩くシャルロットは、シノブの唐突な言葉に驚いたようだが、彼の笑顔を見て自身も顔を(ほころ)ばせた。


「そうさ。閲兵するときもそうだけど、ジロードさんと話すときだってね。

砦のポネット司令官もそうだけど、シャルロットは部下に慕われてるね」


 シノブは、彼女の部下である、ヴァルゲン砦の司令官を思い出した。彼は、領主の命も気にせずシノブの腕試しを敢行した。やはり内心、彼女を心配する気持ちが強かったのだろう、とシノブは思った。


「そうですよ~。シャルロット様はとても慕われているんですから。シノブ様がシャルロット様を泣かせたら、領内から生きて出られないかもしれませんよ~」


 ミレーユが、その青い瞳に冗談っぽい色を浮かべながら、シノブへとおどけてみせる。


「ミレーユ! でも、シノブにそう言ってもらえるのは嬉しいです。伯爵家の者として、家臣や領民を慈しむようにお爺様や父上に教えられてきましたから」


 シャルロットは、はにかみながらシノブを見上げる。


「そうだね。俺も、シャルロットみたいに家臣や領民から尊敬されるように頑張るよ」


 シノブは、彼女の顔を見ながら、自分の決意を語った。


「今日のジロード教官への接し方は良かったと思いますよ。領都のミュレ参謀なども、シノブ様を尊敬していると思います。大丈夫ですよ」


 アリエルは、シノブの今日の言動を褒めた。そして、領都でシノブの魔術を熱心に勉強している参謀の名を挙げ、彼を安心させる。


「ありがとう。でもミュレ参謀は、俺を尊敬しているというより、俺の魔力を尊敬しているんだと思うよ」


 シノブは、ミュレが魔術の講義で見せる、とてつもない熱意と集中力を思い出しながら、苦笑いした。


「シノブ様、きっかけは何でも良いと思います。要は、その後も尊敬され続けることが重要なのでは?」


 アミィは、魔力が発端であろうが、その後結果が伴えば良いのだ、とシノブに言った。


「アミィの言うとおりだね。せっかく『竜の友』なんて異名まであるんだ。この機会を逃さないように頑張るか!」


 シノブの言葉に、シャルロットは彼の決意を後押しするように優しく頷いた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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