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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.16 シノブとネフェルトート

 トトことネフェルトートは先王メーンネチェルの遺児らしい。そう知ったシノブは彼に会おうと考えた。

 ただし知らせを受け取ったのは日が変わる直前という深夜だったから、行動に移したのは翌朝になってからだ。


「それじゃ皆によろしく。俺も朝議が終わったら行くつもりだけど」


『はい! 行ってきます!』


 シノブの声を背に受けて、オルムルを始めとする超越種の子供達が『小宮殿』の窓から飛び出していく。

 まだ六時前だが、外は充分に明るい。ここアマノシュタットは北緯45度を超えているし今は五月上旬だから、日の出は一時間以上も前だ。

 そのため飛翔する子供達は朝日を受け、(まばゆ)いばかりに輝いている。


 岩竜のオルムルとファーヴは白に近い灰色、炎竜のシュメイとフェルンは薄い朱色、嵐竜ラーカは薄緑で海竜リタンは薄青だ。竜は歳を経るほど濃い色になるが、この六頭は生後二年から十ヶ月半までだから生まれた直後に近い淡さを保っている。

 光翔虎のフェイニーは元々白く輝いているから、最も強い光を放っている。玄王亀のケリスは漆黒だが黒曜石のように(きら)めき、朱潜鳳のディアスは昇りつつある太陽のように真っ赤だ。この三種族は竜と違い、幼くても親と似た色合いだ。

 先ほどまで室内にいたから、いずれもアムテリアから授かった腕輪を使って猫ほどに大きさを変えており可愛らしい。


 オルムル達は、じゃれ合うように軌跡を交差させている。

 翼の生えた肉食恐竜のような岩竜と炎竜、それに鳥の姿の朱潜鳳。この三種族は羽ばたきで頻繁に方向を変える。

 嵐竜は龍に酷似した外見で羽は無いが、風を操って自在に舞う。光翔虎も同様で、四つ足のみにも関わらず跳ねるように宙を駆けていく。

 海竜は首長竜にそっくりの姿が示すように生活の場は水中、玄王亀もリクガメに似た体で地中に潜む。そのため双方とも本来は浮遊での移動だが、今は魔力放出で速度を増しているから光の尾を残しつつ矢のように進む。


「綺麗だね」


「ええ」


「あ~! あ~!」


 七つの種族が織り成す、朝空の競演。シノブは思わず頬を緩ませ、隣ではシャルロットの腕の中でリヒトが愛らしい声を響かせる。

 もっとも七種の光が宙を彩ったのは、僅かな間でしかない。合わせて九つの輝きは急降下し、窓の下に置かれた魔法の馬車へと飛び込んでいったからだ。

 行き先はケームトの西、デシェの砂漠の最奥にあるオアシス。目的は巨大鋼人(こうじん)(ごう)タイガーの操縦訓練。ここしばらくのオルムル達は、日中の大半を向こうで過ごしている。


『行っちゃいました……』


『お留守番です……』


『仕方ありません。まだ憑依できませんから』


『それどころか飛べませんし……』


『飛べたら一緒に行けるかな~?』


 寂しげな声が五つ。こちらは超越種の子でも更に幼い者達だ。

 玄王亀タラーク、嵐竜ルーシャ、海竜ラームの三頭が生後二ヶ月ほど。朱潜鳳の双子ソルニスとパランは、ようやく一ヶ月半を過ぎたばかり。まだ自分の身を守ることすら難しいから、シノブが預かっている。


「飛翔だけでは難しいでしょう。とても危険な場所だと聞いています」


「き~?」


 シャルロットがタラーク達に応じると、腕の中でリヒトが首を傾げた。

 どうやらリヒトは、魔力波動で母の感情を読み取ったらしい。思念と呼べるほどではないが、彼は側にいる者の心の動きを察するし逆に自身の思いを伝えようともする。


 転移先のオアシスは岩竜と炎竜の長老夫妻が守っており安全だが、周囲は並外れた大きさの魔獣が跋扈(ばっこ)している。合体して人型になった(ごう)タイガーの背丈は人間の大人の二十倍近いが、これに匹敵するか超える長さの無魔(むま)大蛇(おおへび)が大群で襲ってくるのだ。

 これらをシャルロットは聞いているから思い浮かべたイメージは鮮明で、リヒトの心にも強く響いたのだろう。


「さあ練習に行っておいで、早く一人前になりたいだろう?」


『はい!』


 シノブが促すと、タラーク達は異口同音に応える。そして嵐竜ルーシャと朱潜鳳のソルニスとパランは窓から、玄王亀タラークと海竜ラームは扉から出て行った。


 ルーシャは既に浮遊できるし、ソルニス達も落下速度を緩やかにする程度なら可能になった。嵐竜は成体になると空で暮らすし朱潜鳳も超越種最速の飛翔を誇るくらいだから、双方とも早くから飛べるようになる。

 それに対し玄王亀と海竜は浮遊の習得が遅い。そのためタラークは太い足で歩み、ラームは四つの(ひれ)で這っていく。


「シノブ様、ミリィに送りました!」


「私もホリィさんに」


「マリィさんにも届けました」


 部屋の奥に置かれたテーブルから声が上がる。アミィ、タミィ、シャミィの三人だ。

 彼女達はシノブのケームト訪問を同僚に知らせるべく、先ほどから書き物をしていた。ちょうど送り終わったところらしく、三人とも通信筒を手にしている。


「い~!」


「ええ、行きなさい」


 リヒトがアミィ達に顔を向けたから、シャルロットは我が子を床に降ろす。

 するとリヒトは全力でハイハイを始め、こちらに向かう三人を目指して突き進む。二日後で生後半年という幼さにも関わらず、かなりの速度と迫力だ。


「リヒト、こちらですよ!」


「また速くなりましたね!」


「ええ! ほら、もう少しです!」


「あ~! あ~!」


 アミィ達が笑顔で(はや)し立てると、リヒトは高らかな声を返す。そして辿(たど)り着いた彼は、差し出された手に(すが)りついて体を起こす。


「つかまり立ちも慣れたようだね」


「はい。まだ半月ほどですが、最初のころと違って腰がシッカリしているように思います。……親の欲目かもしれませんが」


 微笑むシノブに、シャルロットが嬉しげに応じた。

 リヒトは大柄で一歳児と見紛うほどだし、手を引かれつつだがスッと立ち上がる様子は歩む日も近いと思わせる。実際に彼の叔父でシャルロットの弟アヴニールは生後八ヶ月で歩いたから、決して期待しすぎではないだろう。


「アヴ君の誕生日には一人で立てるかも……できれば義父上や先代様に見せてあげたいな」


「シノブ、あと九日ですよ」


 アヴニールが一歳になるのは創世暦1002年5月11日、シャルロットの言葉通り十日を切っている。そのため彼女は、幾らなんでも早いと思ったらしい。

 もっともシノブも冗談混じりというか、そうなれば皆が喜んでくれると思っただけに過ぎない。アヴニールの誕生日にはベルレアン伯爵家に赴くから、祝いに更なる華を添えられたらと夢想したのだ。


「誕生日はともかく、リヒトがアヴ君やエス君と歩く日も近いよ。楽しみだね」


「ええ、待ち遠しいです」


 アヴニールの腹違いの弟エスポワールも、つかまり立ちを始めている。今月頭に生後半年を祝いに行ったとき、リヒトを真似して母ブリジットの手に(すが)ったのだ。

 その光景を思い出したのか、シャルロットは更に笑みを深くする。


 もちろんシノブも同様だ。

 我が子が同い年の叔父達と共に歩んでいく。三人で明るい未来を築いていく。その日を思い浮かべると、自然に頬が緩む。

 そして思う。同じ幸せをネフェルトートにも届けたいと。


「やはり行かなくちゃ」


「ええ。叔父と甥の争いなど、あってはなりません」


 シノブが発した言葉は曖昧だが、それでもシャルロットは正しく受け取っていた。

 ネフェルトートが先王の子なら、現国王アーケナは彼の叔父となる。そのためシノブ達は、自然と我が子達と重ねていたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ケームトはアマノシュタットよりも東にあり、およそ二時間は早く日が昇る。そのためオルムル達が出発する前から、デシェのオアシスに滞在する人々は動き出していた。


 (ごう)タイガーの開発班は、合体を解いた四つの巨像の側だ。魔法回路の調整や改良したパーツへの入れ替えなど、訓練開始までにすべきことは多い。

 操縦者たるカンビーニ王国の公女マリエッタも、既に朝の稽古を終えている。昨夜は同僚のエマがオアシスに泊まったから、今朝は二人で実戦さながらの試合をしていた。

 オアシスを守る軍人達も警備や設営に忙しいし、ケームト反体制派の面々も手伝いに奔走している。このオアシスは飛行船の寄港地にする予定だし、当面は反体制派の拠点としても使う。そのため湖の周囲では、あちこちで槌音が響いている。


 そんな中、ホリィは一部の者達を呼び寄せていた。

 場所は宿泊施設代わりの磐船の船長室。このオアシスを預かる間、ホリィが使っている部屋だ。

 集ったのはアマノ同盟とケームト反体制派の主要人物達。ただし双方合わせても十名弱と少ない。

 それもその筈、一同はネフェルトートの秘密を語らっている最中だった。


「私は先王陛下の子……ということですか?」


 ネフェルトートは呆然(ぼうぜん)とした様子を隠さなかった。

 先王メーンネチェルは子を残さずに没したとされている。それに幼いネフェルトートを養父母に預けたのは現国王アーケナだ。

 そのため彼は、アーケナが父ではないかと思っていたようだ。


「はい! 先王陛下の葬祭殿の奥には、ネフェルトート様の絵がありました! 先王妃ヘメト様が(いだ)く赤子に、貴方様の名が添えられていたのです!」


「絵や文字は削られ、新たなもので覆われていた。しかし玄王亀のラシュス様が読み取ってくださったのだ、間違いあるまい」


「なぜ誕生が伏せられたのか分かりませんが、アーケナが簒奪者であるのは確かです。彼は真実を知っていたでしょうし、それならネフェルトート様の存在を明かして次の王として養育すべきです」


 意気込み叫んだのは元将軍のセケムターウィ、重々しい口調で目にした事柄を語ったのは鍛冶師でドワーフのテッラメース、落ち着いた言葉の中にも熱意を篭めたのは大商人のサフサジェール。ケームト反体制派の幹部達だ。


 残る者達は口を挟まずに聞くのみだ。

 オアシスの責任者であるホリィ、(ごう)タイガー開発班を率いるガルゴン王女エディオラ、その補佐役のアルマン共和国の伯爵令嬢アデレシア、操縦者たるマリエッタにケームト潜入部隊の一員でもあるエマ。船長室に集ったのは、この五人と反体制派の四人を合わせた九名だ。


「ホリィ様は、どう思われますか?」


「アーケナに落ち度があるのは事実でしょう。メーンネチェル殿が亡くなったのはトトさんが生後十ヶ月のとき、ヘメト殿も後を追うように没したと伺っています。この時点でトトさんの素質を確かめるのは不可能ですから、少なくとも自分の後継者候補に加えるべきかと」


 ネフェルトートが躊躇(ためら)いを滲ませたからか、ホリィは後押しするような言葉を返した。

 ケームトの王位を継承するには、王の鋼人(こうじん)を操るだけの力が必要だ。基本は直系優先だが、全高30mを超える巨大像を動かせず即位できなかった者も多い。

 しかし乳児や幼児の時点では、どれほどの魔力を持つか分からない。それに憑依は自然に習得できる技ではないから、ネフェルトートを文官夫婦の養子に出したのも不可解だ。


「トト君……ネフェルトート殿は憑依に向いている」


「既に等身大の木人なら動かせるようになりました。おそらくですが、充分な訓練をすれば巨大鋼人(こうじん)も操れるでしょう」


「おお、そうでしたか!」


 エディオラとアデレシアの言葉に、サフサジェールを始めとする三人は歓声を上げた。

 現国王アーケナは二男一女を持つが、王子達は魔力不足だし継承は男子優先だ。バーナルという若手の傍系王族は噂だと王族級、つまり動かせるのは王の鋼人(こうじん)の半分程度までらしい。

 そのためネフェルトートが王の鋼人(こうじん)を操縦できれば、ほぼ間違いなく彼が次期国王となるだろう。


「今まで通り、トトで構いません。今は皆さんに匿ってもらう身ですし、それに憑依術を教わってもいますから……」


「ならばトト殿と呼ばせてもらうぞ。……トト殿、そなたが養子に出されたのは素質に気付かれたからではないかの?」


「二歳になるまで手元に置いたら、ある程度は判断できると思う」


 マリエッタとエマは、魔力の成長から将来を推し量ったのだろうと指摘する。

 アーケナの長男ジェーセルはネフェルトートより二つ上、次男ウーセルは同年の生まれだ。そのため自分の子より魔力が多いと気付き、文官の子にしたという説には説得力がある。

 並の者ならともかく、一国を代表する憑依術者のアーケナなら魔力の多寡くらい容易に見分けるだろうからだ。


「トト君を追い出しても、王子達は継げない」


「はい、二人は明らかに魔力が足りません。おそらくですが、王女のメルネフェル様に婿を取りたいのだと思います」


 エディオラが言うように、王子達は王族級の鋼人(こうじん)すら満足に動かせない。そのためセケムターウィのように王女が本命だという者は多かった。

 メルネフェルは十二歳、つまりネフェルトートが養子に出された年に生まれた。それも彼女の誕生が僅かに先である。

 したがって娘を得たアーケナが、ネフェルトートを不要に感じたという仮説も成り立つ。


「それならトトさんを婿にしても良いのでは」


「私が思うに、先王陛下の血筋を嫌ったのではないかと……」


 ホリィの指摘に、サフサジェールが自信なさげに応じる。

 先王メーンネチェルは三十五歳の若さで亡くなった。病没とされているが、簒奪を狙ったアーケナが暗殺したのではないか。ケームト反体制派には、こう考える者が多かった。

 ただし証拠は無いし、暗殺した相手の子なら密かに養育しなくても良さそうなものだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アーケナが凶行に及んだ証拠は無いし、仮に兄夫婦を暗殺した場合でもネフェルトートの出生が伏せられた謎が残る。そこでサフサジェール達は、これらを解き明かすべく王都アーケトに戻りたいと言い出した。

 しかし王都では大勢の兵士が反体制派を捕まえるべく探し回っており、とても帰還できる状態ではない。


「ケームトの過去を探るなら皆さんが適任というのは分かります。とはいえ王宮への潜入は……」


 ホリィは理解を示しつつも、危険すぎると付け加える。

 彼女はアムテリアの眷属だから、サフサジェール達の後押しをしたい気持ちは十二分にあるようだ。しかし今の彼らに宮殿に潜り込む術はない。


 ネフェルトートの養父母は王宮で働く文官と侍女だったが、既にオアシスに避難させている。他にも元将軍のセケムターウィなど王宮を知る者はいるが、彼らも追われる身だから元の姿では近づくことすら難しい。

 変装の魔道具を使うにしても相応の演技力がいるし、魔力でアーケナが察するかもしれない。それに葬祭殿や王の鋼人(こうじん)が格納されていた倉庫のように、侵入者を防ぐ仕掛けもあるだろう。


「王都にはミリィが率いる潜入部隊がいますし、マリィの後方支援もあります。ですから無理をしなくても……」


「新情報ですよ~!」


(つか)んだのは私ですけど」


 ホリィの言葉を(さえぎ)ったのは、彼女が名を挙げた二人だ。まずミリィが自慢げな顔で部屋に飛び込み、後ろに笑みを浮かべたマリィが続く。


「王妃のイティ殿は、トトさんをご存知のようですわ。彼女は『あの子を……トトを王宮に戻さないで!』と叫んだそうです。しかも直前には『ネフェルトートが見つかったのですか!?』とも」


 マリィは支援の合間、鷹の姿で王宮に勤める者達の住居を巡っていた。それも若手の侍女を中心にしたという。

 女性は噂好き、若いなら尚更だろう。この読みは当たっており、イティの侍女が自宅で家族に語るところに居合わせたのだ。


「私を王宮に戻すな……と」


「ええ。何かを恐れるような、とても必死な声だったそうです。それに対しアーケナが『お前の意思に背くことはない』と答えたと聞きましたわ」


 憂いを顕わにしたネフェルトートに、マリィは更なる情報を明かす。

 噂をした侍女は隣室に控えていたそうで、直接見たわけではない。それに彼女はトトとネフェルトートの双方に聞き覚えが無かったらしく、アーケナの隠し子ではないかと自身の想像を付け加えたのみだという。


「これは驚きです! 今までアーケナの主導だと思っていましたが……もしやイティ様が?」


「暗殺したのはアーケナで、王妃は後で知っただけかもしれんぞ」


「どちらの可能性もありますね……やはり王宮を重点的に調べるべきでしょう」


 反体制派の幹部達は驚きと同じくらい困惑を滲ませている。

 彼らの筋書きは、アーケナが大罪を犯したから退位を要求する、というものだ。しかし妻の尻拭いをしただけなら、そこまで持っていけるか疑わしい。

 もっとも三人の(ささや)きは長く続かなかった。それは更なる知らせが届いたからだ。


「通信筒ですね」


「私もです~!」


「あら、奇遇ですわね」


 ホリィ達は殆ど同時に声を上げた。

 届いたのはアマノシュタットでアミィ達が記した(ふみ)だ。つまりシノブがネフェルトートとの面会を望んでいる、という趣旨の手紙である。

 ホリィ宛てには『ネフェルトートに訊ねてほしい』と添えてあり、残る二人には『可能なら訪問時に同席してもらいたい』と付記されている。それを除くと、ほぼ同一の内容だ。


「ぜひお願いしますと伝えていただけないでしょうか!」


 真っ先に声を上げたのはネフェルトートだ。それに残る三人も、いつでも構わないと言い添える。


「分かりました。なるべく早く訪れてくださるよう、お伝えします」


「エディオラさんの報告、とても参考になったそうですよ~。それにマリエッタさんとエマさん、アデレシアさんも~」


「ええ。皆さんへのお礼もありましたわ」


 ホリィは返事を書き始め、ミリィは手紙をエディオラに渡す。マリィが触れたように、四人への一言もあったのだ。


「お伝えして良かった」


「はい!」


「いついらっしゃるの?」


「朝議が終わった後なら、こちらの十一時ごろかの?」


 エディオラ達も喜色を顕わにする。

 彼女達は昨日シノブ達に手紙を送ったばかりだ。エディオラは開発班からの報告書としてシノブに、アデレシアは婚約相手の妹であるセレスティーヌに、マリエッタとエマは武術の師匠であるシャルロットに。それぞれオアシスで見聞きしたことに加え、黄昏信仰への懸念を添えていた。


 シノブが訪問を決めた最大の理由はネフェルトートが先王の子らしいという情報だが、彼女達の手紙が後押ししたのも事実である。四人が記したオアシスの様子から、シノブは語り合える相手という思いを強くしたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは密かな訪問を望んだから、会合はオアシスの外で行われた。

 といっても巨大魔獣が(ひし)めく大地ではない。(ごう)タイガーの合体形態の一つ、朱潜鳳を模した豪空(ごうくう)ガーが磐船の一つをぶら下げて飛んだのだ。


「お待たせ、君がネフェルトートだね?」


 シノブは転移に使った魔法の幌馬車から降りると、正面に立つ少年へと微笑みかける。

 磐船で待っていたのは、先ほどの面々からマリエッタを除いた十名のみだ。つまり少年はネフェルトートだけだから間違える筈もない。


「は、はい! あの……トトで構いません。皆さんにも、そう呼んでいただいていますし……」


 ネフェルトートは褐色の肌を染めたまま、一心に見つめ返す。それに彼の後ろでは、サフサジェール達が跪礼の姿勢で控えている。

 相手は眷属達の主で超越種からも慕われる存在だから、初対面の彼らが動揺するのも無理はない。それを見越してシノブは気さくな言葉を発したが、場を和らげるには至らなかったようだ。


「それじゃ俺はシノブで。……お茶の準備をしていたんだね。なら、お菓子も出そうか」


 シノブは甲板に置かれた長テーブルに寄り、提げていた魔法のカバンからチョコレート菓子やケーキなどを出していく。


 今回アミィはタラーク達を見守るべく残った。タミィとシャミィは大神殿での務めがあるから、やはりアマノシュタットに残った。

 シャルロットはリヒトを連れてフライユ伯爵領の領都シェロノワに向かった。今日は異神バアル達により地球に飛ばされたシノブがエウレア地方に戻って、ちょうど一年。そこで帰還を祝う式典が当時暮らしていたシェロノワで行われ、そこには各国の代表が集うのだ。

 そんなわけでシノブは一人、魔法のカバンを片手に持つのみだ。


「流石シノブ様です~! さあ、皆で食べましょ~!」


(わらわ)の分も残しておいてほしいのじゃ』


「それじゃ、これに仕舞っておこう」


 満面の笑みでテーブルに駆け寄ったのはミリィ、上から残念そうな声を響かせたのはマリエッタだ。

 豪空(ごうくう)ガー形態を動かすのは朱潜鳳のディアスだが、他も降りるわけにはいかない。それを知っているシノブは冷蔵の魔道具を出し、そこにマリエッタの分を入れていく。


 このやり取りにネフェルトート達の気も(ほぐ)れたようだ。彼らも席に着くと、茶や菓子を味わいつつ語り始める。

 ケームトの現状、現国王アーケナが広めた黄昏信仰、ネフェルトートの出生、先ほど知った王妃イティの発言。四人の言葉にシノブは耳を傾けた。


「……なるほどね。確かにアーケナは怪しいし、黄昏信仰を国民に押し付けたのも事実だ。しかし彼を倒す前にすべきことがあると思うよ」


 話を聞き終えたシノブは、伝えたかったことを切り出していく。

 ネフェルトートが先王メーンネチェルの子ならアーケナは叔父、違うとしても王族同士だから親戚と呼べる間柄だ。そんな相手をこの優しげな少年が断罪できるのか、断罪できたとして心に傷が残らないか。

 そんな思いを(いだ)きつつ、シノブはネフェルトートの瞳を見つめる。


「すべきこと……」


「見つけるのは君達だ。ケームトの未来を築くのはケームトの人々、俺達は力を貸すだけさ」


 目の前の少年が答えを求めていると知りながら、シノブは漠然とした言葉に(とど)めた。

 ネフェルトートは王族として生まれたが、物心つく前から文官の子として育てられた。自身の出自を知ったのは最近、もちろん統治者としての教育など受けていない。

 本当なら熟慮しろと諭すべきだろう。つい先日までの自分と同様に、彼は何も知らない筈だから。シノブは領主や国王になる前の自身と現在のネフェルトートを重ねていた。


「自分達で選び取るんだ。そうすれば、たとえ最悪の結果になったとしても後悔は少ない」


「それほどまでにネフェルトート様の道は険しいのでしょうか?」


 恐る恐るといった様子で口を開いたのはサフサジェールだ。それにテッラメースやセケムターウィも、不安を顔に滲ませている。


 サフサジェールは商人、テッラメースは鍛冶師。それぞれの道では国一番だが、国政とは縁遠い。元将軍のセケムターウィは若く、やはり政治には(うと)かった。

 そのため彼らが動揺するのも無理はなかろう。


「あり得る未来の一つを見せようか。あくまでも俺が想像した夢幻(ゆめまぼろし)に過ぎないけど」


 シノブの頭にあるのは、闇の神ニュテスから教わった幻夢の術だ。実体験と同様のリアリティがあるから、言葉より多くを伝えられると思ったのだ。


「お願いします!」


 ネフェルトートは意気込みも顕わに頼み込む。それにサフサジェール達も強い興味を示したらしく、反対の声は上がらない。


 そこでシノブは四人に催眠の術をかけ、夢の世界へと導いていく。

 (いざな)う先は王都アーケトだ。そこでシノブは、ミリィが動画撮影の魔道具で記録した光景を思い浮かべる。

 大通りに無数の人が満ち、ざわめく声が周囲を満たし、先ほどまでのオアシスと同様の強い陽光が降り注ぐ。赤道に近いから吹き渡る風は熱く、しかし高度な治水技術で水と緑が満ちる場所だ。


『……ここはトトが即位して数年後の王都だ。アーケナは処刑され、既に人々は黄昏信仰を捨てている。もちろん俺が作った夢で、そうなるとは限らないけどね』


 シノブは眠りに落ちたネフェルトート達に語りかけた。

 既に四人は想像上の王都に立っていた。しかもシノブは自身の姿を夢の世界に加えなかったから、彼らは驚きの声を上げながら周囲を見回す。


「幻影とは、とても思えません!」


「うむ。暑さどころか匂いすら感じるぞ」


「誰も私達に気付きませんね……こんな近くにいるのに」


 セケムターウィは思わずといった様子で声を上げたし、テッラメースは同じドワーフがいたからか酒場へと寄っていく。しかし歩む人々は二人がいないかのように振舞うから、サフサジェールも後に続く。


「やはり夢の光景なのですね……。しかし、なんだか……」


「新しい王様になってから景気が悪くなったな。やっぱり子供ということか」


「ああ。神殿が元に戻ったのは良かったが、横暴な神官達も帰ってきたしな……」


 首を傾げたネフェルトートは、幻影の人々の声にピクリと身を震わせた。それに残る三人も、先ほどまでと違って周囲に耳を澄ませる。


 聞こえてくる響きには、苦渋が滲む声が多かった。

 若いネフェルトートは急速に改革を推し進めたが、その代わりに多くの(ゆが)みが生まれた。特に(ひど)いのが神殿関係だ。

 アムテリア達を(まつ)る場として全神殿を一年以内に造り直そうと、初年度は国家予算の半分が注ぎ込まれた。そのため治水や街の維持は最低限とされ、アーケナの治世では皆無だった洪水や王都内の浸水まで起きた。

 神殿に回された莫大な資金は、欲に目が(くら)んだ者達を引き寄せた。短期の募集も災いし、粗製乱造の神官達が権力を握った。

 その結果アーケナを懐かしむ者も多く、若き新王は早くも窮地に立たされる。


『次は、もう少し先だ』


 シノブの声が響くと、王宮らしき光景に変わる。ただし多くの兵士が駆け回る緊迫した光景だ。


「ネフェルトート、覚悟!」


「ジェーセル様を王に!」


 あまりに急激な変革は、多くの不満を生み出した。ケームトの人々はアーケナの遺児を旗頭とし、現政権打倒に立ち上がったのだ。

 商人や職人、元兵士達。まるで今のケームト反体制派を思わせる集団が、王宮の奥へと駆け込んでいく。


「これは単なる想像、それも最悪というべきものだ。でも、そうなる可能性はある」


「……ご忠告、ありがとうございます。王となる前に、相応しい実力を備えるよう頑張ります」


 幻夢の術を解いたシノブは、静かに語りかける。すると僅かな沈黙の後、ネフェルトートは礼の言葉を口にした。

 とはいえ少年の憂いは晴れぬままだ。どうやら彼は、具体的に何をすべきか悩んでいるようだ。


「それなら一緒に来ないか? 実は今日、各国の王が集まる式典があるんだ。彼らの姿から何か学べるかもしれないよ」


「お願いします! まずは統治者に相応しい見識を身に付けます!」


 シノブの提案に、ネフェルトートは顔を輝かせた。それにサフサジェール達も必要だと感じていたのか、諸手を挙げて賛成する。


 こうしてシノブはネフェルトートを連れ帰ることになった。

 予想とは違う結果だが、シノブは大いに満足していた。ネフェルトートが広い視野を備えれば、アーケナと対話する道も開けるように思ったからだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年8月中旬を予定しております。


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