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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.14 シノブの決断 中編

 エマやムビオがデシェのオアシスに訪れたころ、シノブ達はヤマト王国の筑紫(つくし)の島にいた。

 一年前の同日、つまり創世暦1001年5月2日はシノブが大和(やまと)健琉(たける)と出会った日でもある。その記念の日を出会いの地で祝いたいとタケルが望み、筑紫(つくし)の島を治める熊祖(くまそ)威佐雄(いさお)も是非にと後押ししたのだ。


 ここのところシノブ達はアマノ同盟発足一周年を記念しての歴訪中、誇張ではなく日々各国を訪れていた。しかし今やヤマト王国も加盟国の一つ、仲間入りの契機がタケルとの出会いなのも明らかである。

 そこでシノブは誘いに応じ、家族と共に遥か東へと赴いた。場所は神域に近い深山、一年前にシノブが地球から戻ったときに出現した地だ。


 昨年四月半ば、シノブ達はエウレア地方アルマン島の廃城地下で異神バアルの復活を(たくら)むグレゴマンと戦った。

 このときシノブはグレゴマンを倒して更に異神の一柱を無に帰したが、バアルを含む四柱により宇宙空間に飛ばされそうになる。しかしアムテリア達の介入でシノブは生まれ育った日本に戻り、両親や妹との再会を果たす。

 アムテリアと従属神達は日本由来の神で、かつて縁の深かった数箇所を神域として繋がりを残していた。それを通じてシノブは世界を渡ったのだ。

 つまり世界の壁を越えるには、いずれかの神域を目指すしかない。そこでシノブは九州山中にある神域、初めてアムテリアと会った場所に向かう。

 ここと繋がっているのが筑紫(つくし)の島の神域で、シノブの帰還場所も自動的に近くの森になったのだ。


 ヤマト王国の地理は日本と酷似しており、二つの神域の緯度経度も同じだという。もちろん存在する世界や星は違うが、気候や植生も極めて近かった。

 天まで届くような杉の巨木群は神々しく、それらを縫って届く木漏れ日は清らか、照らす先に満ちる命は馴染みある姿で目を楽しませてくれる。そのため帰還直後のシノブは、懐かしさにも似た感慨を(いだ)いたものだ。

 もっとも安らぎは森林大猪の襲来で失せ、更にタケルとの出会いで驚きへと変わる。そして今回だが、前者こそ無いものの後者は繰り返される。


「タケル、また巫女姿なの?」


 魔法の家から出たシノブは、思わず声を発してしまう。

 迎えてくれたのはタケル、まだ十六歳と若いがヤマト王太子の重責を担う青年だ。しかし今の彼は白衣(びゃくえ)に緋袴、それに千早(ちはや)と金の額冠という装いだから、小柄なこともあり少女としか思えない。


 魔法の家を呼び寄せたのはタケルで、呼び寄せるよう通信筒で伝えたのはシノブである。そのため外に出たら彼がいるのは当然だが、思い浮かべていたのは若きヤマト王太子の凛々しい姿だからギャップが激しい。


「そ、その……これから奉納舞ですので……」


『巫女じゃなきゃダメだって、(いつき)さんが~』


 真っ赤に頬を染めて(うつむ)いたタケルの後ろから、光翔虎のシャンジーが進み出る。もちろん常の巨体ではなく、並の虎くらいに大きさを変えてだ。


 タケルが暮らすのは都、日本なら京都に相当する地だ。この山中まで直線距離でも500km近く、歩いて旅したら半月は必要だろう。

 そこでシャンジーが先乗りし、空路で運んだ。彼はタケルを弟分として可愛がっているから、ヤマト王国行きと聞いて是非にと名乗りを上げたのだ。

 今もシャンジーはタケルに寄り添い、尻尾を激しく揺らしている。最近の彼はケームト探索の支援に回っていたから、久方ぶりの再会で感情が爆発したようだ。


「……なるほど」


 踊るとは聞いていなかったシノブだが、神域の側だからと思い直した。

 一年前に出会ったときもタケルは巫女姿だったが、これも叔母のイツキ姫が舞を納めるように指示したからだという。タケルは男性にも関わらず巫女としての素質に恵まれ、幼いころから本職同様に修行を重ねているのだ。

 そのタケルが神に感謝を示すなら、やはり巫女舞なのだろう。イツキ姫は甥の巫女姿をこよなく()でているそうだが、決して彼女の趣味だけではあるまい。そのようにシノブは結論付ける。


「踊り手はタケル殿だけでしょうか?」


 シャルロットは挨拶を済ませると、残る者達に顔を向けた。タケルとシャンジーの後ろには、イツキを始めとする五人の女性が並んでいるのだ。


 中央がヤマト姫たるイツキ。その右に彼女の弟子の立花(たちはな)、ここ筑紫(つくし)の島の王女の刃矢女(はやめ)。反対側に伊予(いよ)の島の姫巫女たる桃花(ももはな)、鍛冶姫と名高い陸奥の国の夜刀美(やとみ)。いずれも巫女の正装である。

 しかしタケルと違ってイツキ達の額に冠は無いし、千早(ちはや)も着けていない。そのためシャルロットは踊り手が一人だけと考えたのだろう。


「ね~! ね~!」


 リヒトもヤマト王国の女性陣に興味を示す。彼は母の腕の中から手を伸ばし、しきりに声を発している。

 もっとも惹かれたのは幼子だけではなく、ミュリエルやセレスティーヌ、それにアミィも巫女装束の女性達を眺めている。


 今回シノブは一年前と同じ姿、つまりアムテリアから授かった軍服風の衣装にした。そこでシャルロット達もエウレア地方のドレスにし、リヒトにも神々から授かった幼児服を着せている。

 そのため西洋人が日本の祭りに迷い込んだようだと、シノブは奇妙な感想を(いだ)く。


「今回は一人舞が良いと、神託をいただきましたので」


「私達は奏者を務めます」


「イツキ様が(しょう)、タチハナさんが神楽(かぐら)(ぶえ)、私が(そう)、ハヤメさんが太鼓、ヤトミさんが篳篥(ひちりき)です」


「本来は楽士達に頼むのですが、ここは神域の至近ですので」


「はい、空気が怖いほど澄んでいます」


 イツキが答えると、タチハナ達が続いていく。

 タチハナは二月末にタケルに嫁ぎ、既に王太子妃となっている。他の三人と違って中級武士の娘として生まれたが、筆頭格として振舞うのに慣れたのか短い返答にも貫禄めいたものが感じられる。

 それぞれの役目を示したのはモモハナ、褐色エルフの娘だ。かつては人見知りが激しかったが、当人の努力と周囲の協力が功を奏したようで臆することなく言葉を紡ぐ。

 ハヤメは神域との関連に触れた。ここは彼女の生まれ育った筑紫(つくし)の島、今も父が治める地だから古来の仕来りにも詳しい。

 最後のヤトミ、ドワーフの少女は周囲の神気について言及した。この魔獣の領域にしても異常なほどの力の高まりが常人を遠ざけ、他の幾倍にもなる大魔獣を生み出すのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブやアミィは神域でも平気だし、シャルロット達も訪問を重ねるうちに慣れたようだ。

 シャルロットはリヒトを宿したころから魔力量が増していき、出産の直後から思念でのやり取りも可能とした。元々ベルレアン伯爵家の娘として大きな力を授かっていたが、もはや上位貴族どころか王族でも目にしないほどの域に達している。

 そのシャルロットを母とし、神の血族であるシノブを父とするリヒトも同様だ。彼は神域を非常に心地よい場所と捉えているらしく、行けば必ず上機嫌になる。

 この二人ほど顕著ではないが、ミュリエルやセレスティーヌも神気に馴染んできた。大きな魔力を自在に操る能力は、周囲の力の制御にも応用できるようだ。

 超越種は眷属に近い存在だから、シャンジーも神域に出入り可能だ。彼は毎日のように神域にある転移の神像を使い、タケルに会いに行く。


 そしてタケル達だが、ミュリエルやセレスティーヌに近いレベルで適応しているらしい。正確にはタケルとイツキ姫がミュリエル達より上、タチハナ達が幾らか下である。

 そのため全員が神域周辺の気を苦にせず、奉納舞は無事に終わる。


「いかがでしたか!?」


「とても素晴らしかったよ」


 期待も顕わに駆け寄ってくるタケルを、シノブは笑顔で迎える。そしてアミィやシャルロット達も口々に褒め、拍手で讃えていく。

 手放しの賞賛に巫女姿の少年は顔を輝かせるが、それは長く続かなかった。


『可愛かったしね~』


「ね~! ね~!」


 からかい気味のシャンジーの言葉、続く真似するようなリヒトの声。この二つが届いたとき、タケルはガックリと肩を落としたのだ。


「もしやリヒト殿は……」


「いや、偶然じゃないかな? それより中に入ろう……ああ、ここで着替えてくれ」


 問いかけるような視線を向けた弟分に、シノブは平静な表情を保ちつつ応じた。

 タケルの舞う姿に、リヒトは母の優しさや柔らかさを重ねたらしい。そのため先ほどのイツキ姫達に向けた呼びかけと、同じ声を発したのだろう。

 そう感じたシノブだが、追い討ちをかけることもないと胸のうちに収めた。そして予備の寝室を着替えの場に提供し、自身はシャルロット達と共にリビングへと向かう。


 イツキ姫達は着替えず続く。

 ヤマト姫は巫女の(おさ)、タチハナやモモハナも高い地位にある。この三人にとって、巫女服とは正装であり普段着でもあった。

 他の二人は白衣(びゃくえ)と緋袴など滅多に着ないだろうが、色を別にしたら日常の衣装と大差ない。ハヤメは武人、ヤトミは鍛冶師だから袴を穿()く機会も多いのだ。

 そんなわけでタケル以外はソファーに落ち着き、歓談を始めた。話題はケームト、どうもイツキ姫達は聞く機会を待っていたらしい。


「皆さん、やはり関心があるのですね……」


「はい。ヤマト姫の名を継ぐ者として、何か出来ることがあればと」


 シノブが思わず呟くと、イツキ姫は意気込みを示すかのように語調を強めた。それにタチハナ達、残る四人も一斉に頷く。

 ヤマト王国の上層部は、アムテリア達を(あつ)く信仰している。これは大王家や各王家の祖が大きな加護を授かり、子孫達にも強く受け継がれているからだ。


 アムテリアは自身が預かる星を整えるとき、この地を日本の似姿とした。そして彼女や従属神達の神域も、ここヤマト列島に集中している。

 したがってヤマト王国の人々が神々を畏れ敬い、一方で身近に感じるのは自然なことだ。そして神々の息吹を感じて生きるだけに、異教を苦々しく思うのではないか。

 そのようなことをシノブは考えるが、どう応じるべきか少々迷った。ケームトの黄昏信仰の本質が見えぬ今、非難めいた発言をしたくなかったからだ。


泉葉(いずは)も気にしていますし、美頭知(みずち)殿からも聞いております」


 沈黙を破ったのは、着替えを終えて入室したタケルだ。

 イズハとはタチハナの又従姉妹でアマノ王国に留学中の少女で、ミュリエルと共に魔術を学んでいる。ミズチは伊予(いよ)の島出身でメリエンヌ学園の研究者となった青年エルフだが、こちらはケームトで得た鋼獣(こうじゅう)の調査にも立ち会ってもいた。

 どうやら二人は、異教の国ケームトへの懸念を故国に書き送ったらしい。


「まずはトト……ネフェルトートの出自を確かめるべきだ」


 シノブは渦中の少年の名を挙げた。

 現ケームト王アーケナは、ネフェルトートを文官夫婦の養子とした。そのときアーケナは預けた子が王族と保証する書き付けを与えたが、誰の子か示さぬままだった。

 その後アーケナは黄昏信仰を唱え、これに反発する人々はトトを旗頭とする反政府組織を打ち立てた。しかし父母が不明なままだと王位継承は難しい。

 当然ながら反政府組織も解明に注力したが、今のところ真実は闇の中だ。


「長らく治水の(かなめ)だったから、ケームトの王族崇拝は非常に強いようです。血統が不確かなままでは王として認められないでしょう」


「トトさんを支援した結果、ケームトが荒れるようでは困りますし……。アーケナの統治は安定しており、民からも信頼されていると聞きましたから……」


「黄昏信仰を除けば……ですけど」


 どこか残念そうにシャルロットが言葉を紡ぐと、ミュリエルとセレスティーヌが負けず劣らずといった憂い顔で続く。

 三人はアムテリアを(あつ)く信仰するメリエンヌ王国の生まれ、それに彼女達自身も神々から強い加護を授かっている。そのため『黄昏の神』を奉じるアーケナより、自分達と同じ教えを信じるトト達を助けたいのだろう。

 しかしアーケナを退(しりぞ)けた結果、ケームトの人々が苦しむようでは本末転倒だ。


 可能ならアーケナを説得し、従来の信仰も認めてもらいたい。無理なら穏便な政権交代、そのためにはトトが王位を継ぐに相応しい血筋と示すのが望ましい。


「アーケナが養子として託すくらいですから、親は彼自身か近しい親族だと思いますが……」


 アミィは頭上の狐耳を僅かに傾げた。

 反体制派も同じように考えて探ったが、現在まで成果は無いままだ。それにトトが養子に出されたのは十二年前、こうなると確かめる手段も限られる。


「ミリィ様なら王宮に忍び込むのも簡単では!?」


「アーケナは憑依術の達人だから、気配に敏感らしくてね」


 意気込むタケルに、シノブは首を振り返す。

 トトの出生を示す何かを持つのは、彼を養子に出したアーケナのみだろう。しかしアーケナは王の鋼人(こうじん)を操るほどの術者だから、近づくのは難しい。


「そうですか……」


 もどかしげな顔でイツキ姫が呟いた。

 タチハナ達も浮かない表情だ。巫女である彼女達からすれば、異教を奉じる王など存在自体が許せないのかもしれない。


「でも大丈夫、他にも確かめる方法はある……。ね、シャンジー」


『王宮以外にも、トト君の手がかりがありそうなんだ~』


「しゃ~?」


 シノブの視線を受け、シャンジーが振り向く。

 すると背の上で、リヒトが釣られたように声を上げた。今までシャンジーはリヒトを乗せてリビングを巡っていたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ケームトの埋葬法は古代エジプトと似ており、裕福な者は生前の家を再現した墓を造る。しかし富裕層の墓には高価な副葬品が納められるから、盗掘の対象となることが多かった。


──ましてや王家の墓ですからね~──


──あの~、ミリィ殿~──


 前日、ケームトの王都アーケトにも近い草原の上。ミリィとシャンジーは姿を消して飛んでいた。

 ミリィが本来の姿で先導し、その後ろに普通の虎くらいに大きさを変えたシャンジーという並びだ。


 ケームト反体制派を助けて以来、シャンジーを含む若手の光翔虎達は王都アーケトの見張りを受け持っていた。アーケナやケームト軍が、反体制派の捜索で非道を働くのではと案じたからだ。

 しかし捜索は穏便な聞き込みのみで、拷問どころか連行すら無かった。そこでシャンジーは他の光翔虎達に見張りを任せ、ミリィの支援に回ったのだ。


──なんでしょ~?──


 ミリィは前進を()め、後ろに向き直った。金鵄(きんし)族の飛翔は重力制御を併用しているから、普通の鷹と違って完全に静止しての浮遊すら出来る。


──墓荒らし、するの~?──


 シャンジーは座り込むような姿勢となっていた。

 光翔虎に翼は無いから、彼らは重力制御と風を操る技で飛んでいる。そのため宙での静止もお手の物、今も微動だにせず一箇所に(とど)まっている。


──お墓には行かないですよ~。目的地は葬祭殿です~──


──ソウサイデン~?──


 ミリィが自慢げに胸を反らすが、シャンジーには伝わらなかったらしく首を傾げる。

 葬祭殿とは墓と別に造られる施設で、葬儀や礼拝に用いられる。盗掘を避けて墓を隠したから、代わりの場所が必要となったのだ。


──葬祭殿にも生前の姿を描きますからね~。亡くなった人だけじゃなく、存命の家族も名前付きで~──


──つまりトトの両親を祀っている場所なら、ネフェルトートって書かれていると~──


 ミリィの説明に納得したようで、シャンジーは勢いよく尻尾を振る。そして一羽と一頭は、再び宙を進み始める。


──とりあえずアーケナの葬祭殿、それから先王メーンネチェルの葬祭殿ですね~──


 ミリィは飛行しながら説明を続けていく。

 王族ともなると葬祭殿も神殿に匹敵する規模で、数多くの宝物が納められている。そのため生前から内装も含めて造るのが普通で、現国王アーケナのものも既に用意されていた。

 したがってアーケナの葬祭殿に行けば、彼と家族の絵や像がある筈だ。そして墓と並ぶくらい特別な場なら、養子に出した子供も対象とするかもしれない。


──メーンネチェルって、アーケナの兄だっけ~──


──そうです~。あっ、あれがアーケナの葬祭殿ですよ~──


 シャンジーの問いに応じた直後、ミリィは急降下していく。

 眼前に広がるのは大理石らしき白い巨大建造物、(きら)めく水路に囲まれて建物自体も波打つように輝いている。周囲は豊かな木々、驚異の治水技術でケームトを緑化した王家に相応しい場所だ。

 もっともミリィ達の興味は建物の中のみだから、一直線に室内を目指す。


 葬祭殿とはいえ主が健在だから、神官は殆どいない。目立つのは大工や絵師、それに衛兵などだ。

 そのためミリィ達は気付かれることなく、隅々まで巡っていく。


──ネフェルトートの絵は無いみたいだね~──


──そうですね~。壁画や像は沢山あるけど、アーケナに王妃のイティ、王子のジェーセルとウーセル、王女のメルネフェルだけです~──


 シャンジーとミリィの思念には、失望が滲んでいた。

 アーケナは妻子への愛が深いのか、家族と共にいる絵は数え切れないほどあった。赤子を抱く絵、幼子と共に遊ぶ絵など、子供を慈しむ姿が多い。しかし描かれているのは当人を含めて五人のみ、そしてネフェルトートの名は記されていなかった。


 そこでミリィ達は次の目的地、先王の葬祭殿へと向かっていく。もっとも彼の葬祭殿は隣だから、大して時間はかからない。


──こ、ここも『黄昏の神』に~!──


──み、ミリィ殿~! お、抑えて~!──


 怒りに震えるミリィの思念と、どこか怯えたようなシャンジーの(いら)え。先王メーンネチェルの葬祭殿に、二つの魔力波動が広がっていく。


 神を祀るべき場にアムテリア達の姿は無く、代わりに球状の頭を持つ像が置かれていた。

 アーケナの葬祭殿は当初からの設計らしく神像を置く場所は一体分のみだったが、こちらは後々の改変のようだ。そのため球頭の両隣は広く空いており、余計に寒々しく感じる。

 それに元々はアムテリアの像だったのか、球頭の下は女性的な柔らかい曲線を備えていた。おそらく、これもミリィが苛立つ理由の一つだろう。


──あんな像、早く壊したいです~!──


──それはボクも同じだけど、神官達に気付かれるから~──


 ミリィは透明化の魔道具、シャンジーは姿消しを使っている。しかし強い魔力を発したら、魔術師を名乗れるほどの術者なら感じ取るだろう。

 実際なんらかの異変を感じたのか、一部の神官達は立ち止まったり首を傾げたりしている。


──すみません~。行きましょ~──


──はい~──


 幸いにもミリィは落ち着きを取り戻し、シャンジーと共に葬祭殿の奥に進んでいく。

 通路の左右には先王メーンネチェルの生涯が描かれている。出生の様子から少年時代、そして成人に即位と年代順に彼の人生が記されていた。

 しかし登場人物は少なく、家族は王妃のヘメトのみだ。それもその筈、彼は子を得ぬまま亡くなったとされている。


──でも亡くなったのが王妃と同時期とか、怪しいところが多いんですよ~──


──誰かが二人を殺したってこと~? ……あれ~、扉だね~──


 噂話をしつつ進む二人の前に、大きな扉が現れる。

 しかし押そうが引こうが、扉は開かない。それに鍵穴も無いし、ノブのように捻るなどの仕掛けも無いらしい。

 そうこうしているうちに神官達がやってきて、扉の前で祈りを捧げ始める。そのためミリィ達は一旦引き下がることにした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



『たぶん、そこには何かあると思うんだ~。他に、ああいう場所は無かったからね~』


「でも、入る方法が分からないままでは……」


 自信ありげなシャンジーに、タケルは残念そうな声で応じた。それにイツキ姫達も表情が優れない。

 やはりタケル達は黄昏信仰を強く警戒しているようだ。それも理屈ではなく、本能的な嫌悪に近い感情らしい。

 ヤマト大王家や三王家はアムテリア達から大きな加護を授かっているから、異教への拒否反応も激しいのだろうか。


「調べる方法はあります。玄王亀や朱潜鳳なら、鍵など関係ありませんから」


「空間を歪める力で忍び込んでもらうつもりです。今日の夜……といっても時差がありますから、こちらだと翌朝ですね」


「そうでしたか!」


 アミィとシャルロットの言葉で、タケル達の顔は明るさを取り戻す。一方シノブは、少々複雑な思いを(いだ)いていた。


 日本で生まれ育ったシノブとしては多様な宗教を認めたく思うが、自己満足ではないかと悩んでもいた。

 この星は神々の実在が明白だから、他の教えが生まれる余地は少ない。祖霊のように神への道を歩む存在はいるが、彼らもアムテリア達を敬っているから独自の教義に発展しないようだ。

 つまり複数の宗教が並立する状況自体、この星の人々からすると想像の外なのだろう。


 アーケナはアムテリア達を否定しているから、話し合いの場に着くことすら難しい。

 タケル達と同様に、エウレア地方の統治者達も黄昏信仰への懸念を示した。それどころかアーケナを廃してトトを王位に就けるべきと断じる者も多い。

 しかしシノブが見るところ、アーケナは圧政者とは程遠いようだ。ミリィ達の報告はケームトの暮らしが充分に豊かだと示しているし、今回の反体制派への対応も穏当だ。彼は黄昏信仰を強要したが、これも従来の堕落した神官達を追い払うために必要な措置だったのかもしれない。


「シノブ様、手がかりが見つかると良いですね!」


「……ああ、そうだね」


 笑顔のタケルに応じようと、シノブは悩みを胸中に仕舞う。

 まずはケームトの過去に何があったか確かめる。そしてトトに王位を継ぐ資格があるなら、彼とアーケナを話し合いの場に着かせる。双方とも理性的な性格らしいし、語らいの余地はあるだろう。

 一種の先送りだが、不確かなまま想像を巡らすのも愚かだ。そのようにシノブは考えたのだ。


「と~! と~!」


「リヒト、抱っこかな~?」


 手を伸ばすリヒトを、シノブは満面の笑みで迎えて抱き上げた。

 リヒトは魔力波動で感情を読み取るし、自身の感情を示しもする。そして今の彼から溢れる波動は、シノブへの好意を表すものだったのだ。


「シノブの心を晴らすには、リヒトの笑顔が一番のようですね」


「そりゃあ可愛い我が子だからね」


 シャルロットの冗談めかした言葉に、シノブは軽い調子で応じた。真実だと思いつつも、大勢の前で素直に認めるのは恥ずかしかったからだ。


「シノブ様は子煩悩なのですね」


 イツキ姫は思わずといった様子で言葉を漏らした。どうやら彼女は、これほどまでにシノブが家庭的な性格だと思い至らなかったようだ。


「ごく平凡な父親だと思いますが……」


『シノブの兄貴が平凡とは思えないな~。超越種の子育てをするのって兄貴しか知らないし~、思念を使うのも~』


「そうですよね……」


 シノブの主張はシャンジーに否定され、更にタケルが追い討ちをかける。どちらも悪気が無いだけにシノブは返す言葉を失い、その姿を目にした一同は声を立てて笑い始める。


『シノブさん、どうしたの?』


『何か良いことがあったのでしょうか?』


『お腹が空きました!』


『魔力をください!』


『早く大きくなって、(ごう)タイガーを動かしたいです!』


 笑い声が聞こえたのか、リビングに新たな声が響く。声の主は超越種の幼子達だ。

 四つ足で歩いてきたのは玄王亀のタラーク、生後二ヶ月近い幼体だが甲羅の大きさは1mほどだから、かなりの迫力がある。その次は嵐竜のルーシャ、生まれた時期はタラークと殆ど同じだが飛翔を得意とする種族だから浮遊による入室だ。

 空腹や魔力の不足を訴えたのは朱潜鳳の双子、ソルニスとパランだ。こちらは生後一ヶ月半だから完全な浮遊は無理で、跳ねるようにして入ってくる。

 そして最後は海竜ラーム、首長竜に似た姿だから四つの(ひれ)で這っての登場だ。彼女が生まれたのはタラークやルーシャと同時期だが、浮遊は習得しておらず陸上での移動は一番遅い。


 オルムル達が巨大鋼人(こうじん)(ごう)タイガーの操り手として忙しいから、まだ年少で憑依できない子供達はシノブが預かっている。

 普段のタラーク達は『神力の寝台』からシノブの魔力を得るが、直接の方が効率よく吸収できるらしい。そのため彼らは少しでも早く大きくなろうと、やってきたのだ。


「まあ……」


「可愛らしいですね」


 タチハナ達が嘆声を上げる中、タラーク達は一列になって進んでいく。そして幼子達はシノブを囲み、張り付くようにして魔力を吸い始めた。

 飛べないタラークやラームは両足に(すが)り、鳥の姿のソルニスとパランは両肩に乗る。ルーシャは長い体を活かし、シノブの胴に巻き付いた。


『やっぱりシノブの兄貴は平凡じゃないよ~』


「ええ」


「あ~! あ~!」


 シャンジーとタケルの評に、リヒトが高らかな声で続いた。その様子が可愛く映ったのか、女性達が再び笑い声を響かせる。


「平凡なつもりだけどね……」


 シノブは隣に届く程度の密かな(ささや)きを漏らす。

 見た目は平凡から遠くても、注ぐ愛情は他の父親と同じだろう。シノブからすればリヒトも超越種の子達も等しく(いと)しい存在で、特別なことをしているつもりは無かった。

 他の誰もが理解してくれなくても、シャルロットなら分かってくれるのでは。そんな思いと共に、シノブは寄り添う妻に顔を向ける。


「ええ、これが我が家の平凡です。エウレア地方とケームトの普通が違うように、アマノ家と他家の普通も違う……それだけのことかと」


 シャルロットは小声で応じ、シノブの後押しをするように笑みを浮かべた。

 妻の同意を得たシノブは、自然と笑顔になる。そしてケームトという言葉から、ある男を思い浮かべた。

 それはアーケナ、正確には葬祭殿に描かれた彼の姿だ。


 絵や像が示す通りなら、アーケナは家族を深く愛しているとしか思えない。もちろん多少の誇張はあるだろうが、少なくとも子供嫌いではないだろう。

 そして情愛豊かな相手なら、話し合いも出来るのでは。シノブは願望にも似た思いを、改めて強くした。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年6月中を予定しております。


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