28.12 ケームト王族の謎
ミリィを始めとする潜入部隊の四人、トト少年を含むケームト反政府組織の三十数名、そして大商人サフサジェールの別邸にいた使用人達。合わせて五十人ほどは丘のような場所に立っている。
ただし一同のいる場は明らかに人工物だ。彼らの足元に広がるのは鋼鉄らしい黒光りする金属で、頭上は不思議な輝きを放つ天蓋だからである。
別邸に生じた穴を抜けた先は、豪タイガーと呼ばれる巨大な金属像の上だったのだ。
「これが鋼獣……」
「大地の中を進むとは……」
驚きも顕わにトトが周囲を見回すと、サフサジェールも声と表情の双方で驚嘆を示す。
先ほどミリィは、豪タイガー自体や空間を歪める力について説明した。そのためケームトの人々も自分達が巨像に乗ったと理解したし、周囲を球状に覆う煌めきについても一応の納得をしている。
しかしトトが呟いたように、今の豪タイガーは人の姿を模していなかった。
「凄いでしょ~! 地中用の豪潜ガー、亀さんですよ~!」
ミリィは自慢げな顔で両手を広げると、潜行形態の名を披露する。
本来の豪タイガーは人間型、つまり鋼人と呼ぶべきだ。ただしミリィが明かしたように、現在は亀のような姿に変じている。
豪タイガーを動かすのはカンビーニ公女マリエッタとオルムルを始めとする超越種の子供達だが、この中で地中潜行の力を持つのは玄王亀ケリスと朱潜鳳ディアスだ。そこで地に潜る形態として、この二種族の一方が選ばれたのだろう。
「豪タイガーは鋼人タイガーに三つの鋼獣が合体するんですよ~! その一つで大亀型の玄王亀ガーが足なんですけど、豪潜ガーでは甲羅にするんです~! しかも、これだけじゃないんですよ~!」
言葉で語るのが難しいからか、ミリィは合体について大雑把にしか語らなかった。
今は反政府勢力の別の拠点に向かっている最中、他にもトトの出自など聞きたいこともある。そのため割愛したのかと思いきや、更に彼女は説明を続ける。
「飛行用の豪空ガー、海上と海中の豪海ガー、どっちも役に立ちますよ~! でも豪タイガーも忘れちゃいけません~! やっぱり人間型は外せませんし、マリエッタさんの格闘能力を活かせますから~!」
どうもミリィは変形機能について語りたかったらしい。
豪空ガーは大鳥、豪海ガーは首が長く四肢が鰭の竜。ミリィは口早に続けていく。
「豪空ガーというのは朱潜鳳様の姿ですね!? すると他も超越種様ですか!?」
「朱潜鳳様と嵐竜様の他にもいらっしゃったのですね……」
興奮気味に問うたトトの側で、武人で元将軍のセケムターウィが感動めいた声を漏らす。彼らは超越種について一定の知識を持っているらしい。
それにサフサジェールも言葉は発しないが深く頷いている。
西に広がるデシェの砂漠に棲む朱潜鳳ティタスによると、彼の先祖は創世期に人間達を教え導いたそうだ。このとき共に教えたのが嵐竜で、教わったのがケームト王族の先祖である。
そのためケームトの知識人が朱潜鳳や嵐竜の存在を知っていても不思議ではない。
トトは文官の子だし、元将軍が守護するように特別な存在でもあるらしい。それにセケムターウィは亡き父が大将軍を務めたほどの名家の出身、サフサジェールは国一番と呼ばれる大商人だ。
このようにトト達は故事来歴を学べる立場にあるし学ぶ必然性もあったから、自国の成り立ちとの関連に興味が向いたようだ。三人はミリィに色々と質問を始める。
「どうして全て『ガー』と付くのだ?」
ドワーフのテッラメースが顔を向けたのは、ミリィと共に来た者達だ。つまりムビオ、エマ、ハジャルの三人である。
ケームトの人名の多くは創世期に神々が授けたとされ、しかも殆どは現在まで意味が伝わっている。たとえばテッラメースは『大地の神テッラが造りしもの』で、彼の鍛冶師としての腕を讃えた称号でもある。
そのため豪タイガーと各形態の意味ありげな名称統一を、テッラメースは深遠な理由によるものと受け取ったのだろう。
「エルフ達の伝統だと聞きました……おそらくアルフール様や眷属様から授かったのでしょう」
「他に木人ガーというのもあります」
ムビオとエマの兄妹は、伝統や神々の意思で押し切ろうとしたらしい。まだエウレア地方やメリエンヌ学園について明かしていないから、それが最も容易で無難な回答だと思ったのだろう。
「な、名前といえばバーナルという奴は変わっていましたね! 『ナマズの魂』なんて名前、初めて聞きました!」
メジェネ族のハジャルは話を逸らそうとしたようだ。彼は少し上擦った声で、サフサジェールの別邸を襲撃したケームト王族の名を挙げる。
「儂は詳しくないが、王族として格式の高い名だそうだ。実際、奴は傍系だが王子達より魔力が多いらしい……ああ見えてもな」
淡々と語っていったテッラメースだが、最後は含みのある口調で締めくくる。
先ほどのミリィとのやり取りからすると、バーナルには猪武者めいたところがあるようだ。彼は雄牛のような巨体だから、似合いでもある。
しかし一方でバーナルは魔術にも秀でていた。現国王アーケナには劣るかもしれないが王子のジェーセルとウーセルに勝るというのが、王都アーケトでの下馬評だ。
それにバーナルは反政府組織の潜伏場所襲撃を任されたのだから、アーケナからも一定の信頼を得ているだろう。直情的な性格はともかく、武人や魔術師としての能力は高いのかもしれない。
「するとバーナルも巨大鋼人を動かせるのでしょうか?」
「ああ、人間の五倍や十倍なら操れるそうだ」
ムビオの問いに、テッラメースは苦い顔で応じた。
鋼人は名前の通り鋼鉄製だから、人間と同程度の大きさでも壊すのは難しい。身体強化に優れた武人が急所を狙ってどうにか、といった辺りである。
ましてや五倍以上もの大きさとなると、こちらも同程度の鋼人をぶつけるしかない。つまり憑依術の達人でない限り、対抗する術がないのだ。
「それでアーケナも大目に見ているらしいが……とはいえ儂らを逃がしたから叱責されるかもな」
老ドワーフは途中から悪戯っぽい笑みを浮かべる。
バーナルに潜伏場所を知られ、テッラメース達は王都に戻れなくなった。これから仲間や家族を迎えに行き、一旦は遠方に避難する。
そのような危地に陥れた相手も、国王の不興を買っては無事でいられまい。どうやら彼は、このような想像で流浪の身となった憂さを晴らそうとしたようだ。
◆ ◆ ◆ ◆
テッラメースの予想は半ば当たっていた。襲撃から戻ったバーナルは、休む間もなく国王アーケナに呼び出されたのだ。
バーナルが向かったのは王宮の最奥、国王の執務室である。もっとも室内で目立つのはアーケナが使う大きな机と四方を囲む本棚で、まるで学者の部屋を思わせる場所だった。
この国の王は代々治水の第一人者だから、知識を尊び書物を大切にするのも当然かもしれない。しかし灯りの魔道具があるとはいえ窓すら封じて本棚を据えたのは、少々行き過ぎではあるまいか。
それにアーケナは従来の教えを廃して黄昏信仰を唱えた男だが、部屋で新宗教を思わせるものは机の前面に彫られた『黄昏の神』を表す円と放射線の飾りのみだ。それも控え目な浮き彫りで、言われなければ気付かないほどである。
もし部屋の装いがアーケナを表しているなら、かなり実務優先で虚礼を廃した人物なのだろう。
「サフアーケト達は?」
アーケナは机に向かって書き物をしていたが、バーナルが入室すると同時に短い問いを発した。それだけ反政府組織を気にしているのだろうが、これも無駄を嫌う性格の一端かもしれない。
ちなみにサフアーケトとはアーケナがサフサジェールに与えた名だ。他にもミリィ達が会った範囲だと、テッラメースがアーケトメースと改名されている。
アーケナは黄昏信仰を広めようと、従来の神々を思わせる諸々に手を加えた。名前であれば新たな名を使わせ、像や彫刻は打ちこわし、絵画や書物は焼き捨てたのだ。
このような苛烈な措置からは意外だが、アーケナは穏やかそうな容貌をしている。より正しく表現するなら、彼は学究の徒を思わせる理知的な雰囲気を伴っていた。
歳は四十と少々、顔にも相応の落ち着きがある。背丈はバーメルに少し劣るが長身、しかし肉付きは薄い。地位に似合わぬ簡素な衣装だから、細身なのは誰の目にも明らかだ。
飾らぬ室内と衣服、隙間なく書物を収めた本棚。もし知らぬ者がアーケナを目にしたら、大半は研究室に佇む学者と思うだろう。
「に、逃げられました」
バーナルは冷や汗を掻きつつ応じた。
ミリィがカエルに似ていると評したように、バーナルの顔は平たく横長な印象を受ける。その顔一杯に汗を滲ませている姿は、蝦蟇の油取りのようで滑稽ですらあった。
しかし当人は必死な面持ちだし問うたアーケナも真顔で見つめるのみだから、寒々しい空気が場を包む。
「アーケトメースやセケムターウィも?」
「は……申し訳ありません」
繰り返しての問いかけに、バーナルは跪いて応じた。どうやら恐縮を示そうと思ったらしいが、単純に視線の圧力に耐えかねたようでもある。
「で、ですが他の拠点にも兵を送りました……」
バーナルも無策のままではなかった。彼は反政府組織の拠点のうち、把握済みの数箇所に配下を差し向けていた。
あれからバーナルは主だった配下と共にサフサジェールの別邸を調べた。彼は床に出現した穴を確かめようとしたのだ。
しかし穴は空間歪曲で作ったものでミリィ達が通り抜けると同時に消え去ったし、別邸にいた者達は全て脱出した。そのため幾ら調べても手がかりは掴めず、バーナル達は引き返すしかなかった。
こうして別邸の調査は空振りに終わったが、バーナルは残る拠点に望みを繋いでいるらしい。それに彼は他にも打つ手を持っていた。
「サフアーケトの店を押さえては如何でしょう? 息子夫婦と店員達……これらを人質にすれば、奴も姿を現すかと」
「それは最後の手段だ。あまりに強硬な手は民の離反を招く……店を捨てて逃げぬだろうし、しばらくは監視のみにするのだ」
バーナルの策にアーケナは難色を示したが、頭からの否定はしなかった。
一方バーナルは表情を僅かに緩ませる。監視しろと命令する以上、まだ断罪されないと思ったのだろう。
先ほどと同様にバーナルは頭を下げたまま無言を貫いているが、体から硬さが抜けたのは一目瞭然だ。
「……三人以外に目立つ者は?」
「口が達者な小娘がおりました。この私に口論を仕掛け、穴に消えるときも捨て台詞を残したのです。まだ十歳前後のようですが、相当な術者だと……」
国王の問いで、バーナルはミリィについて報告せねばと思ったようだ。名も聞かぬままだったが彼女の意味深な行動から何かを感じ取っていたらしい。
それに手強い相手がいると示せば失敗も取り繕える。どうやって消えたか分からぬ技は難敵の証にもなるから、言い訳としては申し分ない。
このようにバーナルは考えたらしく、自身の失態にも関わらず事細かに語っていく。
「……もしや先日、島に現れた者か?」
最初アーケナは意外そうな顔で聞き入っていた。彼が期待していたのは、謎の少女に関する報告ではなかったらしい。
しかし相手が前代未聞の術を使ったという言葉に、アーケナは表情を引き締める。
「し、島というと、王の鋼人でしょうか? 三日前、あれを動かされたようですが……」
遠慮より興味が勝ったらしく、バーナルは顔を上げた。先ほどと同様に跪礼の姿勢を保っているが、好奇心が疼いたようで声も大きく揺れる。
三日前、ミリィ達はケームト王家の鋼人を収めた倉庫のある島に潜入した。しかし倉庫に入ると監視用らしき円盤型の魔道具が動き出し、しかも撤退した直後に倉庫を突き破って巨大鋼人が出現した。
このときの轟音は王都アーケトにも届いたが、深夜の出来事だし島は巨大なメーヌウ湖の中ほどで王都から様子を窺えない。そのため多くは地震などと受け取っていたが、バーナルは王族だけあって鋼人の仕業と見抜いたらしい。
◆ ◆ ◆ ◆
「……お前には話しておくか。島から異常の知らせがあり、王の鋼人を動かした。ただし私が憑依したとき、侵入者は姿を消していた……倉庫を壊してまで急いだのだが」
しばし考え込んだアーケナだが、結局は語り始める。
口にした内容が事実なら、あの巨大鋼人に憑依したのはアーケナ自身のようだ。つまり彼は大人の背丈の二十倍もある巨像を操れることになる。
「流石は陛下……」
「お前も王族級の鋼人なら動かせるだろう? それに比べてジェーセルとウーセルは……」
驚嘆も顕わなバーナルに、アーケナは鷹揚に言葉を返した。しかし自身の息子達に触れたとき、彼は失望なのか溜め息を吐く。
王族級の鋼人は国王用の半分ほどの大きさだが、それでも操縦できる者は限られる。何しろアーケナより若い男性王族だと、現状バーナルしかいない。
ジェーセルは十六歳で成人済み、ウーセルも十四歳と間近に控えている。つまり魔力の成長も多くは望めず、このままだと双方とも国王候補にすらなれずに終わってしまう。
これまで淡々とした態度を貫いたアーケナだが、今は面に憂いを浮かべている。やはり彼も人の親、自身の子に王位を渡したいのだろうか。
「お、お褒めの言葉、光栄にございます……」
バーナルは頬を赤らめつつ頭を下げる。
アーケナの娘メルネフェルは巫女に相応しい素質を示しており、彼女の婿を王にしてはという意見が王宮内には多かった。そして現状だとバーナルが婿の最有力候補だった。
ケームトも成人年齢の十五歳まで婚姻を認めないし、メルネフェルは十二歳だから三年以上先の話ではある。しかし他に候補がいないから、バーナルが婿入りと王位継承を期待するのも自然なことだ。
「捜索を続けろ。だが何度も言ったように危害を加えてはならん。かつての神官達と違い、サフアーケト達は民に慕われているからな」
「はっ、承知しております! それでは失礼します!」
アーケナの言葉を受け、バーナルは弾かれたように立ち上がる。そして彼は一礼すると、足早に退室していった。
従来の神官達は強権を振るって民衆に嫌われたという。
ケームト王家は巫女の一族だから神官達とも関係が深いし、大神官や続く高位の者が王家から選ばれることも多い。そのため神官の中には王家の名を出して無理難題を通す者が珍しくなかったし、王家や国政にすら介入した。
したがってアーケナが既存の神官達を放逐しても問題にならなかったし、ごく一部だが密かに処刑しても外に漏れることすらなかった。
しかしサフアーケトことサフサジェールは善良な商人として有名で、彼を傷つけたら暴動すらあり得る。そのためアーケナが慎重になるのも当然だし、バーナルも別邸を壊したが殺す気までは無かったようだ。
「奴らが姿を消すとは……少々追い詰めすぎたか?」
他に聞く者のいない部屋に、アーケナの独白が響く。
やはりアーケナは反政府組織の捕縛を望んだだけらしい。あるいは居場所の把握のみが目的だったのか。
どちらにしても国王の声には想定外と言いたげな響きが強い。
「それにネフェルトート……。あれを失うような事態になったら……いや、なんとしても避けるのだ」
どこか弱々しい独白に含まれた名は、何を指すのだろうか。
もし他と同様に古代エジプト語で解釈するなら、ネフェルトートは『美しい姿』となる。これはケームト王族の名に相応しいが、現在公表されている王族に同名の人物はいない。
しかし極めて重要な人か物を指しているようで、アーケナの表情は深刻そのものだ。
「陛下、失礼します」
沈黙が支配する部屋にノックの音が響き、更に遠慮がちな女性の声が続く。どうやら侍女か何かが発したものらしい。
「どうした?」
「その……イティ様が、どうしてもと……」
アーケナが呼びかけると、若い王宮侍女が入ってくる。そして彼女は先ほどに増す恐縮を示しつつ、王妃イティが呼んでいると伝えた。
「すぐに行くと伝えろ」
「はい!」
アーケナの応えを聞き、王宮侍女は大きく顔を綻ばせて退出する。そして彼女は王宮内にも関わらず、廊下を走り始めた。
それにアーケナも席を離れ、王者に相応しくない早足で歩み始める。
イティは二男一女の母、つまりアーケナの子を全て産んだから影響力は非常に強い。それは国王その人に対しても同様で、アーケナは妻の居室へ真っ直ぐに向かっていく。
「どうしたのだ?」
「ネフェルトートが見つかったのですか!?」
アーケナが声をかけると、イティは挨拶もせずに問いを発する。
王妃に相応しくイティは美麗な容姿の持ち主だ。それに長い髪も手入れが行き届いており、金糸銀糸を織り込んだヴェールや数々の宝石で輝きを増している。
歳は夫より少し下、三十代半ばだろうか。しかし恵まれた暮らし故か肌には三人の子がいると思えぬ張りがあるし、一見すると二十代のようにも映る。
しかし今のイティは焦燥も顕わで、美しさにも明らかな陰りが生じていた。
「あの子を……トトを王宮に戻さないで! それが貴方に力を貸す条件なのですから!」
「分かっている……お前の意思に背くことはない」
必死の形相で縋る妻を、アーケナは優しく抱きしめた。
しかしアーケナの抱擁は、自身の表情を見せぬためだったのかもしれない。妻を胸の内に抱きつつ、彼は彼で王者らしからぬ苦悩を顕わにしていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
一方ミリィ達は順調に救出を続けた。
これは空からの支援があったのも大きい。マリィは豪タイガー以外に、光翔虎達も連れてきたのだ。
シノブの弟分を自認するシャンジー、イーディア地方出身の『放浪の虎』ことヴェーグ、ヴェーグを慕う雌のヴァティー。この若手三頭が姿消しを使って空から先行し、マリィと共にケームト反政府組織の各拠点を確かめた。
しかもマリィやシャンジー達は突風でバーナルの配下を足止めしたから、全て豪タイガーが先んじて辿り着く。
もちろん全員を乗せるのは不可能だから、ミリィの魔法の幌馬車を使って遠方に避難させる。行き先はケームトの遥か西、デシェの領域に用意した豪タイガーを試験運用する拠点だ。
拠点に選んだのは砂漠の中にあるオアシスで、朱潜鳳ティタスの棲家より少し南に位置する。周囲と同様に本来は巨大魔獣の潜む場だが、竜達が睨みを利かせて安全を確保した。
岩竜の長老夫妻ヴルムとリント、炎竜の長老夫妻アジドとハーシャ。この四頭がオルムル達の活躍を見たいと守り手に立候補したのだ。
更に拠点と各地の行き来を受け持つべく、ホリィもやってきた。ケームト反政府組織の面々が転移した先は、彼女の魔法の幌馬車である。
既に夜は明け、オアシスには朝日が降り注いでいる。そのため四頭の巨竜を含め、全ては朱の輝きを纏っていた。
「ホリィ、お久しぶりです~!」
「元気そうですね。豪タイガーの試験も大掛かりになりましたし、私もお手伝いしますね」
ミリィは魔法の幌馬車から飛び出すなり、ホリィに抱きつく。
次から次に支援者が現れても、ミリィに機嫌を悪くした様子はない。そのため安心したのか、ホリィも柔らかな笑顔で同僚を抱擁する。
「ありがとうございます~! ケームトの調査、一人だと大変かな~って思っていたんですよ~!」
「私は後方支援ですよ。何しろエディオラさんに続き、アルマン共和国からアデレシアさんまで来たでしょう?」
これで大丈夫と言いたげなミリィに、ホリィは首を振り返す。
マリィに続いてホリィまで来たのは、連携強化のためだ。潜入調査担当に加えて豪タイガー関連の人員までケームト入りしたから、やり取りや行き来も激増している。しかし眷属がいれば通信筒や魔法の幌馬車を使えるし、金鵄族の彼女達なら空からの見張りも可能だ。
それにマリィとミリィは前世の縁があるから仲が良いし、共に動くことも多い。したがってマリィが前線でミリィを支援、このオアシスにはホリィが常駐となったのだ。
「それにヴルムさん達が守ってくれるとはいえ、随分と厳しい場所ですし」
ホリィは更なる理由を挙げた。
オアシスには住居代わりの磐船が四隻、そして移動用として飛行船が二隻置かれていた。そして六隻を囲むように四頭の竜が佇み、辺りを睥睨している。
ここは魔獣の領域の奥地だから、守り手がいなければ短時間の滞在すら難しい。
「あれが竜……そうなんだな?」
「うん、凄いよね……」
「皆様、こちらにどうぞ。この船を使ってください」
転移で現れたケームトの人々は、先にいた者達に寄っていく。そこにアマノ王国の兵士達が近づき、休む場があると声をかける。
元々エディオラ達の住居として用意した磐船は一隻のみだったが、ケームト反政府組織の仮住まいとすべく三隻を追加した。そのとき世話役としてアマノ王国の軍人も呼んだのだ。
アマノ王国に避難させても良いが、赤道に近いケームトと高緯度のエウレア地方は気候が違いすぎた。それに今いるオアシスから上ケームトまでは400kmほどで、飛行船でも半日程度で往復できる。
そのためシノブは、豪タイガーの運用拠点を避難場所としても使うことにしたわけだ。
『長老さま!』
『ご無沙汰しています~!』
「なかなか良さそうな場所じゃのう」
魔法の幌馬車から出てきたのは、岩竜のオルムルと光翔虎のフェイニーだ。更に残る子供達が続き、最後にカンビーニ王国の公女マリエッタが降りる。
豪タイガーは馬車に入らないからミリィが魔法のカバンに収めた。そのためマリエッタやオルムル達は生身での転移となったのだ。
「これで全員ですね~。私の幌馬車ちゃんを回収です~」
ミリィは自身の魔法の幌馬車を呼び寄せ、カードに変えて仕舞った。
既にトト少年やサフサジェール達も転移を終え、他に倣って巨竜の側に寄っている。王都アーケトに残っているのは見張りを引き受けたマリィとシャンジー達のみだ。
しかしマリィ達は空を飛べるし彼女の魔法の幌馬車もあるから、移動に支障はない。
『……そなた、珍しいものを持っているな』
『魔力を消す石ですか?』
「は、はい! このペンダントが魔道具なのです!」
岩竜の長老夫妻ヴルムとリントに見つめられ、トトは驚きの声を上げる。そして彼は続いての言葉と共に、胸元から首飾りを取り出した。
彼が手にしたペンダントには、大きな魔力蓄積結晶が輝いている。
「トト様……ネフェルトート様は、ケームト王族の一人なのです」
「私達がお育てしましたが、国王直筆の証書もございます」
進み出たのはトトの養父母、文官のマーメケルと王宮侍女のセベチュトだ。
今から十二年前、二人の子は僅か二歳で病没した。しかし彼らが我が子の死を公表する前に、国王アーケナが代わりに育てるようにと同じくらいの幼児を預けた。
この預かった子がトトだと二人は結ぶ。
「私達も証書を拝見しました。残念ながら、どの方のお子か記されておりませんが」
「しかしトト様の並外れた魔力は、王族にしか持ちえぬものです」
「親が分からぬままでは即位できまい。やはりアーケナを捕らえて聞き出すしかなかろう」
サフサジェール達、反政府組織の者もトトが王家の血筋だと聞いている。そのため彼らはトトを旗頭としたが、王に据えるなら本当の父母を明らかにする必要があった。
ケームトの王は巫女の力を持つ女性を妃とする。こちらも普通は王家の血筋から選ばれるが、出自不明では夫として迎えてくれないだろう。
妃になれると知ったら手を挙げる女性もいるかもしれないが、強引な即位は国が乱れる元だ。そのためサフサジェール達はトトの出自解明に力を注いでいた。
「私が立って国が治まるなら……ですが、王の鋼人を動かせるのでしょうか?」
トトは王になる決意を示すが、一方で国王の資格を満たすか気になっているようだ。彼は文官の子として育ったから憑依術も教わっておらず、どの程度の力が自分にあるか量りかねているらしい。
「それなら木人ガーで試してみたらどうじゃ?」
「まずは等身大が良いのでは?」
「色々取り寄せてみる。……ミリィ様、お願いします」
マリエッタ、アデレシア、エディオラの三人も話に加わった。竜達を含め大勢がトトに視線を向けたから、彼女達も気になったらしい。
特にエディオラは乗り気で、早速ミリィに取り寄せを依頼する。魔法のカバンは今もミリィが持っているのだ。
『ところで豪タイガーなるものを見せてくれぬか?』
『幼子達の晴れ姿、ぜひ見たいと思っていました』
「これは失礼しました~!」
呼び寄せをするなら、その前に豪タイガーを出してほしい。炎竜の長老夫妻アジドとハーシャの願いは当然だと、ミリィはカバンに手を入れる。
そして一瞬の後、彼女の前に巨大な半球状の塊が出現する。もちろん地中潜行形態の豪潜ガーである。
「マリエッタさ~ん! オルムル達も~!」
「分かったのじゃ!」
『せっかくだから変形や合体も披露しましょう!』
ミリィの呼びかけに応じ、マリエッタ達は豪潜ガーに乗り込んでいく。
元々は四体だから、入り口も別々だ。たとえば玄王亀のケリスと炎竜シュメイは大亀の口から、朱潜鳳のディアスと炎竜フェルンは胸の下からだ。
更に岩竜のオルムルとファーヴ、嵐竜ラーカ、光翔虎フェイニー、海竜リタンと全員が金属の巨像に入った。すると僅かな間の後、豪潜ガーは静かに浮き上がる。
「ホリィ、後は頼みますよ~! ……それでは皆さん御一緒に~! ゴー、ゴー、ゴー! 豪タイガー! 四つの巨体が一つになって、みんなのために立ち上がる~!」
ミリィはカバンをホリィに渡すと、応援歌らしきものを歌い始める。メリエンヌ学園からの呼び寄せは同僚に任せ、自身は豪タイガーへの変形を堪能することにしたようだ。
「ゴー、ゴー、ゴー! 豪タイガー! この星守る、大巨人~!」
歌はミリィの自作らしいが、事前に広めてもいたようだ。エディオラが率いる開発班や飛行船の乗組員、それに軍人達の一部は共に歌っている。
しかも竜の長老達まで咆哮で和していく。
「星を守る大巨人……」
「そう。貴方もケームトの守りになれる……と思う。修行は手伝うから」
トトが呆然とした面持ちで呟くと、エディオラが静かに応じた。
既に豪潜ガーは宙で変形を始めている。まず甲羅の両脇が分離して脚部に変じ、続いて中央を覆っていた板が羽のように広がっていく。
そして足が再度の合体を果たせば、翼を持つ大巨人の完成だ。
「はい、頑張ります!」
トトは決然たる声を張り上げた。そして彼は、大地に降り立った鋼の勇姿を見つめ続ける。
どうやらトトの宣言は豪タイガーの乗り手達にも届いたらしい。なぜなら鋼鉄の巨人は真っ直ぐに少年を見つめ返し、励ますように頷いたのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2019年4月6日(土)17時の更新となります。
追記(2019年4月21日):
4月6日から十日ほど入院していました。既に退院したものの本調子には遠く、しばらく休載しております。
四月中には再開したいと思いますが、まだ次話公開日時は未定です。申し訳ありません。