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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.11 トト少年、危機一髪

 創世暦1002年4月25日、アフレア大陸ケームトの夜。ミリィを始めとする四人は、とある商人の別邸に招かれた。

 別邸があるのは王都アーケトの高級住宅街、高官ですら(うらや)むだろう邸宅が並んでいる。ただし敷地は高い塀で囲まれており、外から見えるのは建物の最上階や木々の(こずえ)くらいだ。

 そのため街路からだと詳細は(つか)めないが、もし塀の内側に入ればケームト建築が独特な様式に基づいていると即座に理解できるだろう。

 神々はケームトに古代エジプト風の文化を授けたから、建造物の雰囲気も似ているのだ。


 豊富な石材を用いた重厚な柱や壁、それらを彩る平面的なデフォルメを施された絵画。どれも極彩色に塗られ、華やかな模様や多様な情景が視線を釘付けにする。

 もし地球の人々がケームトを訪れたら、かつてナイル川が育んだ文明を想起するに違いない。ケームトの神殿や宮殿は過ぎし日のルクソールやカルナックから持ってきたと錯覚するほどだし、一般の建築も新王国時代のテーベ市域と形自体は酷似している。

 ケームトもエジプトと同じで降雨が皆無に近い土地だから、建物の屋根は殆どが平たい。水が溜まる恐れがないから、ケームトでは棟を造らなくとも良いのだ。

 そのため多くの家は屋上も使おうと平らなままにし、階段も付けている。都市で庭を持てるほど裕福な者は少ないから、屋上で洗濯物を干したり倉庫代わりにしたりと様々に活用するからだ。

 ただしエジプトと違い、ケームトでは木材も限定的にだが使われていた。こちらは魔術で大規模な治水工事や灌漑をしたから場所によっては豊富な木々があり、富裕層だと邸宅を樹木で囲ったり緑の多い庭園を造ったりもする。

 ミリィ達が赴いた屋敷も同様で、大きな池の周囲を見事な木々や草花が彩っている。それに建物自体も木材を随所に活用し、木目を眺めて楽しむ飾り柱や華麗な浮き彫りを施した間仕切りとしていた。

 しかもケームトには窓ガラスも存在した。この屋敷のような一部の富裕層に限られるが、鋼人(こうじん)を造れる技術力を建築にも活用していたのだ。

 まだステンドグラスのように比較的小さなガラスを組み合わせた形式だが、エウレア地方の都市部と変わらぬ域に達している。


「凄いですね~。流石は王都随一、いえケームト随一の大商人です~」


 広間に通されたとき、ミリィは共に来た三人にしか聞こえない程度の呟きを漏らした。

 この屋敷の持ち主サフアーケトと呼ばれる男はケームトを代表する豪商だ。そして広間は彼の財力を示すように、四方と上下の全てが糸杉の板で覆われている。

 樹木の多い地域、たとえばヤマト王国なら家の全てが木材というのも珍しくない。しかしケームトだと、これを上回るほど金をかけるには金箔でも張るしかないだろう。

 国一番の商人なら純金張りの部屋も造れるだろうが、黄金の部屋など悪趣味だ。それに素直な木目の糸杉は目に優しいし、ヒノキに似た香りが心を和ませてくれる。

 つまり財力任せとは異なる上品な選択だ。部屋の全てを板張りにしたのも、森林浴のような気分を味わうなど風雅な意図かもしれない。


 ただし瀟洒(しょうしゃ)な造りに似合わぬ部分もあった。これから密談を始めるからだろうが、窓ガラスの外にある板戸まで閉めている。

 この日も王都は快晴、しかも今日は風が穏やかだから板戸を立てる必要はない。やはり室内を覗かれないように手を打ったのだろう。


「トト少年の人品優れた様子から、相応の背景があると思っていましたが……」


 同じく(ささや)き声で応じたのは、シノブの親衛隊員ムビオだ。

 元々ムビオは支族で最も優れた若者と称されたほどで、多才な青年だ。頭も良いし体術にも優れ、このような諜報員めいた技能も狩りに必要だから得意としていた。

 そのため彼の声も、先導する男に届かなかったらしい。サフアーケトの配下という男は、全く変わらぬ歩みで広間の奥へと向かっていく。

 入室にあたり武装解除は求められなかったから、今も全員が剣を佩いている。そのためミリィ達が剣を抜いたら案内役の命は風前の灯となるが、よほど信用しているのか歩く姿も落ち着きに満ちている。


 それはともかくムビオがケームトの少年トトの名を持ち出したのは、ここが彼との再会の場として指定されたからだ。

 三日前、また会いたいとトトは言い出した。そのとき彼はミリィ達の宿に自身が行くか使者を寄越すとしたが、結果は後者となったのだ。

 使者が持ってきたトトが記した手紙によると、先日の襲撃を知った周囲に外出を禁じられたそうだ。足を運ばせることになって申し訳ないと書いていたから、彼は自身が出向くつもりだったらしい。


「予想以上……かも?」


 エマは言葉通り、期待の滲む一言を漏らした。

 こちらも負けず劣らずの見事さで、自身の声量を操っていた。彼女はシャルロットの弟子だとカンビーニ公女マリエッタに続く腕、それに故郷のウピンデ国では兄のムビオと同じく将来を嘱望された若手である。


 トトは自身を文官の子と語ったが、それだけで国一番と噂の商人が支えるだろうか。とはいえ文官の子が商人に仕えるとは思えない。

 年齢はトトが十四歳でサフアーケトは五十過ぎ。財力は後者が圧倒的に上回っているだろう。しかし仮に国一番の商人というのが事実でも、身分では最下級の役人に劣るのだ。

 トトは母を王宮の侍女と語ったから、父もそれなりの地位だろう。ただし母が侍女として働く程度だとも表現できるから、最上級とも思いがたい。


「個人的な付き合いかもしれませんよ? ……しかし随分いますね」


 最後の一人、メジェネ族のハジャルが密やかに返す。

 トトの父は商務担当などで、サフアーケトと親しく交流しているのでは。どうもハジャルは、そのように推測したらしい。

 もっともハジャルの注意は別のことに向いていた。最後に足した言葉が示すように、広間には三十人を超える男が集まっていたのだ。


 年齢は老人から若者まで。種族も人族に獣人族、それに数は少ないがドワーフもいる。

 集団の中央にいる代表格らしき者達も同様だ。まずサフアーケトと思われる中年の商人が人族、右隣の若い武人が獅子の獣人、そして反対側の左は老いたドワーフだ。

 そして獅子の獣人の脇には、トトの姿があった。最初は彼を隠すように青年武人が立ちはだかっていたが、ミリィ達が入室すると退(しりぞ)きトトに場所を譲ったのだ。


「やっぱり普通の文官の子じゃなさそうですね~」


 威圧感すら覚える集団を目にしても、ミリィに緊張した様子はない。それどころか、彼女は嬉しげな笑みすら浮かべている。


 この三日間、ミリィは自身が対処できる範囲なら何か起きてほしいとムビオ達に漏らしていた。

 トト少年が大物であれば大事件に遭遇する可能性が上がり、結果としてケームトの調査が進む。このようにミリィは期待しているのだ。

 ちなみにムビオ達も同意見で、トトが護衛をつけるほどの身分なら願ったり(かな)ったりである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「商人の()()()()()()()と申します。外ではサフアーケトと称していますが、これは国王アーケナに命じられて仕方なく使っている名です」


 サフアーケトとして知られる大商人、人族の中年男性は自身に本当の名があると言い出した。

 しかしミリィ達は表情を変えずに聞き入るのみだ。相手は王都アーケトでも知らぬ者がないほどの大商人だから、この三日間で彼女達も耳にしていたのだ。


 アムテリア達は各地に相応しい文化を根付かせようとし、地球の似た地方を参考に整えていった。

 そしてケームトを管轄する海の女神デューネは母神の方針通りにしようと務め、可能な限り多くの要素を取り入れた。これは人名にも強く現れ、ケームト人の大半は創世から伝わる由緒ある名を使っていた。


 たとえばサフサジェールだが、これも創世のときに神々が与えた名の一つで、『サジェールの側にある者』という意味、つまり知恵の神サジェールも認めるくらいの賢者という称号だ。

 古代エジプトには、このように神名を自身の名に入れる例が多かった。出身地や居住地の守護神、軍人なら戦に関係するホルスなど、書記官は書記の守護神トトといった具合だ。

 これらをデューネは元にしたから、サフサジェールのような例が更に現れる。


「儂は鍛冶師のテッラメース。国王のせいで、今はアーケトメースという名を使っているがな……」


 老ドワーフも自分も真の名を持つと明かす。こちらは『テッラの作品』という意味で、鍛冶の達人に相応しく大地の神に(ちな)んでいた。


 本来なら国王から名を授かるのは、非常に名誉なことだ。しかも神々の名を含む場合、各分野で当代一と認められた者のみに与えられる最上級の称号だ。

 ケームトの場合、神聖な言葉を含む名は王族や彼らが許可した者だけが使える。サフサジェールやテッラメースの場合、先代国王が彼らに授けた称号なのだ。

 先代国王はアムテリア達を信仰していたし、賢明な王だと慕われた。そのため二人も、ありがたく名をいただいたが、新たな名は現国王アーケナが広めた黄昏信仰に基づいており喜ぶ筈もない。

 ここにいるのはトト少年と同じ、アムテリア達への信仰を堅持する者達である。そのため黄昏信仰の象徴、地平線を示す言葉『アーケト』が入る名を嫌うのは自然なことだ。


「私はセケムターウィ、見ての通り武人です。まだ若輩者ですから『アーケト』と入らず助かりましたよ」


 三番目は獅子の獣人の武人、トトを守護するように立っていた青年だ。

 国で一番とはいうが名誉称号としての意味合いが強く、若手が授かった例は皆無である。青年は三十歳を超えたかどうかだから、二十年やそこらは早かった。


「私はミリィです~。こちらは姉のエマ、その上の兄のムビオ、そして兄の友人のハジャル……ということにしておきます~」


 ミリィは四人を代表して紹介を進めていく。

 こちらはケームトでは本名のまま過ごしているが、外見は変えていた。四人は農民、それもケームトに実在する村の出身ということにしていた。

 そのため外見上は最年少のミリィが説明役を務めるなど、本来なら避けるべきだろう。


 しかしトトから話を聞いているらしく、サフサジェールを始めとする一同は静かなままだ。

 トトと出会ったとき、ミリィは神々の使徒を演じた。自身の金鵄(きんし)族ではなく、ケームトでは犬頭人身で知られる幻狼(げんろう)族だが、アムテリア達の眷属としての姿を示した。

 そのためトトは一行を率いているのがミリィだと察し、仲間達にも自身の推測を伝えたのだろう。


「光栄でございます。それでは皆様、こちらにどうぞ」


 (うやうや)しくすらある礼で応じると、サフサジェールは自分達の後ろにあるテーブルを示す。

 サフサジェールが立っていたのは部屋の入り口近く、そして後ろの中央付近には十名以上が着ける大テーブルと八つの椅子が用意されていた。

 テーブルを囲む椅子は、入り口側の辺に四つ、奥側にも同数が置かれている。


 ケームトでは奥を上座としているから、そちらにミリィ達が座ることになった。中央がミリィとムビオで、ムビオの脇がエマ、残る席はハジャルだ。

 反対側は端のハジャルの正面にテッラメース、更にサフサジェール、トト、セケムターウィという配置である。

 そして残る者だが、彼らはトト達の後ろに整列した。椅子に着いた四人と違い、こちらは立ったままだ。


「あの~、神官さん達はいないのですか~?」


「もちろんアムテリア様達の神官ですが……」


 ミリィが怪訝そうな声で問うと、ムビオが黄昏信仰の神官ではないと補う。

 今のケームトで許されているのは黄昏信仰のみだから、表立ってアムテリア達の神官を名乗る者はいない。しかし、このような反黄昏信仰の場なら神官と出会えるのでは。どうもミリィ達は、そんな期待を(いだ)いていたらしい。


「それが……」


「神官達は堕落が酷いのだ」


「アーケナが新宗教を興したのも、それが大きな理由のようです」


「神官達は国王にすら難癖を付け、様々に干渉してきましたから」


 トトは何か言おうとしたが、結局は途中で口を閉ざした。そこで彼と並ぶ三人が代わりに説明していく。


 ケームトでは早くから神官の力が強かったという。これは王家の女性が代々巫女、つまり神官でもあったからのようだ。

 エウレア地方など他だと、神官達は政治と距離を置いて祭祀に専念した。しかしケームトでは祭政一致のままだったから、(まつりごと)は『(まつ)(ごと)』でもあり続けた。


「このような状況を嫌い、既存の神官達を追い落としたのが現国王アーケナです。彼は神殿の力を削ごうと、大神官とその側近達を処刑し、他も上級神官や中級神官は改宗を誓うまで(ろう)に入れて拷問しました。これは一人の例外もなく、です」


 トトによると放逐で済んだのは下級神官のみだという。

 数の上では下級が大半を占めるから、処刑や幽閉は全体の一部に過ぎない。しかし組織の(かなめ)は全て極刑か重刑というわけだ。


「処刑や拷問は街の者には伏せ、遠方に追い払ったとしています。そのため砂漠や海の向こうに命懸けの旅を挑まされた……という噂も生まれました。しかし真実は違い、彼らは輪廻の輪の先に旅立ったのです」


 若手の武人セケムターウィは元々軍人、それも末席ながら将軍の一人にもなったという。そのため彼は他が知らぬ秘事まで把握していた。

 しかし従来の信仰を捨てていないと国王に知られ、セケムターウィは軍を抜けた。そして紆余曲折の末、サフサジェールの別邸に潜むことになったという。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 広間にいる他の武人達も似たような経緯の持ち主で、しかも一部はセケムターウィの部下でもあった。そのため彼は反政府組織の実行部隊長となり、元軍人達と鍛錬を重ねつつ雌伏している。

 テッラメースもサフサジェールに匿われ、こちらも信用できる仲間を組織に引き入れた。商人達も同じで、殆どはアムテリア達の信仰を保っていると露見して追われる身となった者達だ。

 軍人、職人、商人、それに僅かだが他の職業に就いていた者達。広間にいるのは全て男だが、家族もサフサジェールの庇護下に入っている。戦える者以外は、彼が持つ他の別邸や郊外の別荘に潜んでいるのだ。


 しかし神官は含まれていなかった。

 かつての神官達は王家との関係を振りかざして横暴に振る舞い、しかも末端の下級神官達も民に威張り散らす有様だった。そのため地位を奪われた彼らは肩身が狭く、地方に逃れた上に神官だったことも隠して暮らしているという。

 もちろん突然転職して上手くいく筈もない。そのため黄昏信仰に改宗して新たな神殿に戻った者も多いそうだ。

 このような顛末を恥じたようで、復職した神官達は遠方への赴任を望んだ。そのため表沙汰にはならず、サフサジェールのように特別な情報網を持つ者のみが承知しているという。


「なるほど~。サフサジェールさんは凄い方ですね~。きっと名前の通り、サジェール様のお側に上がれますよ~」


「もったいないお言葉……ですが嬉しく思います」


 ミリィの賛辞にサフサジェールは恐縮を示す。しかし彼の顔には僅かだが笑みが生じ、心から喜んでいるのが明らかだ。


 ミリィは自身が眷属と明示していないが、トトが語った逸話からサフサジェール達も真実を察している。つまり本物の眷属が先々の仲間入りについて語ったと、彼は受け取ったのだ。

 もちろんサフサジェールも、感嘆を表すための誇大表現だと承知しているだろう。しかし相手が正真正銘の眷属であれば、大商人として様々な経験を積んだ人物であっても歓喜で心を満たされて当然だ。


 ただしサフサジェールの喜びは長く続かなかった。いくらもしないうちに外が騒がしくなり、重厚な広間にも関わらず悲鳴や怒号らしきものが伝わってくる。

 密談のため窓に板戸を立てており外は見えないが、響く足音からすると大勢が詰め掛けたらしい。


「大旦那様、お逃げになってください!」


「兵士達が! 門番達が防いでいますが、時間の問題かと!」


 人払いをしているにも関わらず、サフサジェールの使用人達が飛び込んできた。

 よほどの危険が迫っているらしく、二人は入ると同時に素早く扉を閉めて(かんぬき)までかける。おそらく他に秘密の出入り口でもあるのだろう。


「せっかくミリィ様に来ていただいたのに!」


「ああ、これで……」


「トト様、早く避難しましょう!」


 こうなっては密談どころではない。トトは残念そうな面持(おもも)ちのまま立ち上がり、老ドワーフのテッラメースも腰を浮かせる。

 武人のセケムターウィは既に抜剣済み、鋭く目配りしながらトトを守るように位置取る。


「多くを呼び集めたから露見したのか……しかし、こうなると他にも手が回っているかもしれない」


 サフサジェールは騒動の原因や別拠点の安否に考えを巡らせているようだ。彼は使用人達の側に向かいつつも、無意識らしき呟きを漏らしている。


「確かに……」


「俺の家族は!?」


 大商人の声は低かったが一部には届いており、三十数名の男達に動揺が広がっていく。

 早く家族のところに駆けつけたい。この場に(とど)まり敵を引き付けるべきでは。再起するためにも損害は避けるべき。不安からだろうが、言い合いに近い声が飛び交っている。


「私達が食い止めても良いですよ~。よそ者ですから、人質の心配はありませんし~」


「それに私達なら囲まれても……」


「エマ!」


 ここを任せてとミリィが提案すると、エマは何事かを言いかけた。しかし兄のムビオが素早く(さえぎ)る。

 どうもエマは透明化の魔道具などに触れかけたらしいが、ムビオは時期尚早と考えたようだ。


 トトは善良そうだし信義のために動く少年だから、秘密を明かしても他に漏らしはしないだろう。彼の仲間も好人物揃いのようだが、まだ出会ったばかりだから慎重に判断すべきだ。

 エマも意図を理解したようで、兄に倣って腰の小剣を抜き放つ。すると最後の一人、ハジャルも緊張気味な顔で剣を構えた。


「……いえ、ミリィ様はトト様と避難なさってください。この邂逅は神々のお導き、どうかトト様をお願いします。ここは私が残ります。主がいれば取り調べるでしょうし、そうなれば……」


「そんな! この組織には貴方が必要なのです!」


 自身が時間も稼ぐというサフサジェールにトトは駆け寄り、腕を取って翻意を促す。

 どうもトトは特別な存在らしいが、何十人も潜伏させ続けたのは大商人の老練さや財力があってのことだろう。そもそも隠れ家として提供できる場所を持っていなくては話にならないし、周囲にもサフサジェールを逃がそうという声は多い。

 しかし僅かな時間といえど言葉を交わしたのは失敗だった。突然の来訪者は、その到来に相応しい強引さで迫っていたからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「行け、鋼人(こうじん)!」


『ガアッ!』


 窓の外から響いたのは、若い男の声だった。そして直後、無機質な叫びと同時にガラス窓が板戸ごと吹き飛ぶ。

 続いて現れたのは等身大の鋼人(こうじん)と、身分が高そうな男性だ。どちらも割った窓からの侵入である。


『ガッ!』


 鋼人(こうじん)は成人男性を模しているが、造形は大雑把で更に頭は真球だった。どうやらこれも現ケームト王アーケナの意思を受けて造られたものらしい。

 太い体や手足は鎧を着込んだ武人を思わせる。胴にはくびれもあるし鋼板の湾曲で筋肉も表現しているが、戦闘用と割り切ったのか装飾の(たぐい)は一切存在しない。

 かなりの巨体だが人間としてあり得る程度だから、鋼人(こうじん)は窓枠を壊しつつも室内へと移り終える。


「壊して済まんな……とはいえ、お前は牢獄行きだから屋敷の心配をせずとも良かろう? なあ、サフアーケトよ」


 続いて現れたのは正真正銘の成人男性、こちらは平均より頭半分ほど大柄といった程度か。かなり体を鍛えているらしく見事な筋肉を備えているが、厳しい言い方をすれば鈍重そうでもある。

 それでも雄牛のようなと表現できる範囲ではあるが、のっぺりとした顔が随分と威厳を損なっている。横長にすら思える丸顔で鼻が低いせいか、どこかカエルやナマズのような人外めいた印象を受けるのだ。

 ちなみに種族は人族らしく耳は頭の両脇にあり長くもないし、もちろん尻尾も存在しない。


「バーナル様……」


 サフアーケトこと、サフサジェールが驚きの表情で呟いた。

 バーナルはケームトの王族、それも王になれるほど濃い血を持つ者の一人だ。ただし国王アーケナの子ではなく、一般的な表現だと傍系王族ということになる。

 もっともケームトの国王選定は魔力なども重視しており、直系の子孫が劣るようだと傍系が王になることもある。巨大鋼人(こうじん)を使えるかなど具体的な要件が存在するから、王の子が次代の王に推されるとは限らないのだ。


 それはともかく、皆がバーナルを見つめる中でトトは奇妙な動きを示した。

 トトは見つかるのを恐れたのか身を低くし、更に仲間が隠すように前に出る。そのためバーナルはトトを発見できなかったようで、今もサフサジェールを(にら)んでいる。


「強引な侵入……」


「私達が言うのはどうかと……」


「余計なことを言わず前に出ろ!」


 エマが(あき)れを示すと、ハジャルが遠慮がちな指摘をした。しかし二人はムビオの声で剣を構え直すと、指示通りに数歩を進む。


 三人はミリィに率いられ、ケームト王族の鋼人(こうじん)を格納する倉庫に侵入した。このとき倉庫を破壊したのはケームトの巨大鋼人(こうじん)だが、発端は侵入である。

 そのためハジャルは自分達もと言いたかったのだろう。


「……やはり急ぐべきだったか」


「そのようだ」


 セケムターウィやテッラメースもムビオ達の横に並び、それぞれの武器を鋼人(こうじん)に向ける。前者は剣、後者は斧、どちらも(はがね)が鈍く輝く。


 こうなると脱出用の隠し通路を使うのは悪手だ。仮に地下なら攻撃魔術で生き埋めになるかもしれないし、狭い通路で催眠など一定範囲に効く技を使われたら逃げ場がない。

 それに万一出口を抑えられたら挟撃で壊滅する。他の武人やドワーフも、覚悟を決めたようで包囲網形成に加わった。


 とはいえ鋼人(こうじん)は面倒な相手らしく、いずれも隙を狙うばかりで動かない。何しろ相手は金属の塊だから、並大抵の攻撃では刃が通らないのだ。

 歩むときの重厚な響きや割れた床板からすると、鋼人(こうじん)を構成する金属板は相当に厚いらしい。それに鋼人(こうじん)は手足が落ちても動くから、普通なら致命傷となる傷でも平気で戦い続ける。

 破壊しても魂が肉体に戻るだけというのも厄介である。壊されても死なないと分かっているから操り手に緊張や動揺は少ないし、大胆な攻撃を仕掛けることも多いのだ。


「無駄だ! ……鋼人(こうじん)達よ、来い!」


『ガアッ!』


 大勢を前にしてもバーナルは平然としていた。そして彼の自信の根拠が現れた。先ほどからの一体と同形式の鋼人(こうじん)が、壊れた窓から何十体も入ってくる。

 等身大程度の鋼人(こうじん)や木人なら動かせる者は多い。おそらく像の操り手は中級の神官達だろう。このくらいの魔力があり適性を備えていれば、充分に操縦できるのだ。


 ともかく、これで数の上では互角となった。つまり反政府組織側は圧倒的に不利である。

 相手は(はがね)の体だが、自身は生身だ。そのため強度が全く違うし、人間は防御を(おろそ)かに出来ないから鋼人(こうじん)より攻撃の手数が少なくなる。


 ただし、ここには神の眷属ミリィがいるから常識通りとはいかない。

 バーナル登場の直前、ミリィは透明化の魔道具で姿を消していた。しかも彼女は密かにトトへと歩み寄り、今まで何事かを相談していた。

 そして相談を終えたミリィはバーナルの死角で姿を現すと、あどけない笑顔を作って寄っていく。


「あの~、カエルのオジさ~ん!」


「誰がカエルだ! ……俺の名はバーナル、聖なる言葉で『ナマズの魂』だ!」


 年齢相応の無邪気な問いかけをしたミリィに、バーナルは烈火の(ごと)き怒りを示す。

 『ナマズの魂』とは奇妙に感じもするが、ここケームトを守護するのは海の女神デューネだ。しかも彼女の管轄には淡水も含まれるから、水に関する名は意外に多い。

 それに古代エジプトにはナルメルという『荒れ狂うナマズ』を意味する名のファラオもいたから、王族に相応しいとも考えられる。


 それはともかく、バーナルが発した言葉で周囲の表情が微妙に変わっていた。誰もがカエルとナマズでは大差ないと考えたらしく、僅かだが(あき)れを示したのだ。


「それに俺は二十歳(はたち)、まだオジさんじゃない! お兄さんと呼べ!」


「ゴメンなさ~い、オジさんのお兄さ~ん。でも、ナマズよりカエルの方がカッコいいよ~?」


 どこか憎めないバーナルの叫びと、とぼけたようなミリィの返事。この少々ズレた会話が続いていく。

 先ほど、とある者の思念がミリィに届いた。そこで彼女は時間稼ぎを始めたのだ。


 一方のバーナルだが、大量の鋼人(こうじん)で取り囲んだからか勝利を確信しているようだ。そのため彼は怪しむ様子もなく、ミリィを言い負かすべく奮闘し続ける。


「……ようやく分かったか! カッコいいバーナルお兄さんと呼んだら許してやろう!」


「ありがと~! それじゃ、カッコ悪いナマズのバーナルおじさん、さようなら~!」


 勝ち誇るバーナルに、あどけない表情と声でミリィは答えた。そして次の瞬間、彼女の体は床の下に消えていく。


「お、おい!? ……それにサフアーケトやアーケトメース、セケムターウィ達まで!?」


 バーナルの叫び通り、ミリィ以外も消えていく。まるで穴にでも落ちたような早さで、バーナルや鋼人(こうじん)達以外の全てが去っていったのだ。


 これは玄王亀や朱潜鳳が使う空間歪曲の技だ。

 つい先ほどマリエッタやオルムル達が操る(ごう)タイガーが、この別邸へ地下から近づいてきた。マリエッタの特訓が終わり、実地試験をしにケームトに移ったのだ。

 眷属のマリィが王都アーケトの近くに先回りし、魔法の幌馬車による転移で皆を呼ぶ。そこからは地中を移動し、安全な場所から迫る。最後は別邸の地下に陣取った玄王亀のケリスと朱潜鳳のディアスが、空間歪曲で地上と繋ぐスロープを造って皆を招く。

 大まかにいえば、このような流れだ。


 敷地内にいたトトの仲間を全て助けたから、(ごう)タイガーは次の場所への移動を始めていた。彼らの家族を救うため、トト達から周辺の隠れ家を教わったのだ。


 こうしてトトやサフサジェール達の反政府組織は、家族ごと姿を消した。そのため取り逃がしたバーナルは国王アーケナへの弁明に苦慮したという。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年3月30日(土)17時の更新となります。


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