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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.10 アデレシアの決断

 創世暦1002年4月25日の早朝、シノブはガルゴン王国の王都ガルゴリアで目覚めた。昨日からガルゴン王国を訪問中、泊まったのは蒼穹(そうきゅう)(じょう)の迎賓館だ。

 王族用の寝室は広大、小さな家なら丸ごと入ってしまいそうだ。しかも普段は使われない部屋だから、どうにも生活感が薄い。

 アマノシュタットの『小宮殿』にあるシノブとシャルロットの寝室も同じくらい広いが、なんとなく温かみのようなものが感じられる。やはり一年近く暮らすと、部屋自体に何かが宿るのだろうか。

 シノブはベッドに横たわったまま、静かに考えを巡らせていく。まだ日の出まで幾らかあるようだから、シャルロットを起こしたくなかったのだ。


 シノブの思いはケームトの黄昏信仰へと向かっていく。日が没していることからの連想もあるが、元々心に引っかかってもいた。

 (かみ)ケームトと呼ばれる広大な緑化地域に、メーヌウという名の巨大な人造湖がある。この湖の島にミリィ達は潜入し、獣型の巨大像と円盤型の魔道具を得た。

 このときミリィは通信筒を使い、『邪教の証拠を発見。巨大だから魔法のカバンを使いたい』とアミィに伝えた。この(ふみ)をシノブも見ており、カバンの使用を許可したのだ。


 しかし魔法のカバンが戻ってきたとき、シノブは自身の判断ミスだと後悔した。

 現ケームト王アーケナが崇める『黄昏の神』は、黄金の円と放射状の線で表現される。それ(ゆえ)ミリィは、像の球体頭や魔道具の円盤型がアーケナの黄昏信仰の結果だと判断したのだろう。

 ミリィはアムテリア達を支える眷属、『黄昏の神』の似姿を不快に感じるのは当然だ。しかし邪教と断じて押収するのは行き過ぎではないか。


 許可したとき、シノブは『邪教の証拠』という言葉から式神などを想像していた。

 式神の作成は輪廻の輪に逆らう行為、命への冒涜だ。しかし球体や円盤が『黄昏の神』を模しているとしても、式神と同様に非道の所業として良いのだろうか。

 ミリィ達が潜入中だからと詳細を確かめなかったが、どのような品か訊くべきだった。それに神々の眷属が異神に過剰な反応を示すのは今までもあったこと、先走りめいた行動もあり得ると予想できた筈だ。


「シノブ……あの件を気にしているのですか?」


 シャルロットの声が遠慮がちに響く。

 どうやらシャルロットは、シノブが思考に沈んでいる間に目覚めたらしい。そして夫の様子から、何を考えているかも察したようだ。


 シノブを見つめる青い瞳には、憂いの色が宿っていた。

 シャルロットも眷属達と同様に、アムテリア達に厚い信仰を捧げている。しかし彼女はシノブから地球について教わり、複数の宗教が並立する世界があると知った。


 そのためシャルロットは、おぼろげながらもシノブの葛藤を理解できたらしい。

 アムテリア達に深い敬意を捧げつつも、信仰の自由を妨げてはならないという悩み。この星に住む人々の殆どが想像したことすらない問題だ。


「おはよう、シャルロット。……それと、ありがとう」


 シノブは身を起こし、朝の挨拶をした。そして感謝を言葉で表すと同時に、口付けでも示す。


 この星を創ったのは母なる女神アムテリア。『創世記』も神は彼女と支える六柱のみとしている。それに世界を管轄する上位神も、この星を担当する神はアムテリア達だけと定めているそうだ。

 実際に上位神は異神バアルや彼の仲間達の侵入を厳しく断罪し、彼らの霊を輪廻の輪に戻さず消滅させたという。

 このような状況だから異神の存在を知った者は殆ど例外なく強い嫌悪を顕わにするし、シャルロットも同様だった。しかし彼女は夫が生まれた世界や学んだ事柄にも理解を示し、同じ視点に立てるよう努力を重ねてもいる。

 その心をシノブは嬉しく思うし、(いと)おしくすら感じたのだ。


「……私は貴方と共に歩みたいのです。それにアムテリア様達も、私達の自立を望んでいらっしゃるのですから」


 シャルロットはシノブに身を寄せたまま、静かに言葉を紡いでいく。

 同じ道を助け合いながら進んでいくと、シャルロットは折に触れて口にする。おそらく言葉にすることで、決意を更に強固なものにしているのだろう。

 加えてシャルロットは、この星の未来にも思いを馳せるようになったらしい。これはシノブが神の血族だからのようだ。


「そうだね。そして自立の先にあるものは、神々との別れかもしれない」


 シノブはシャルロットと、何度か似たような話をしていた。

 神々は星を命溢れる場に整え、成長を見守る。輪廻転生で己を磨いた命が、いつかは自分達の仲間に加わると信じて。

 ただし道は険しく、アムテリア達は簡単に神として迎えない。輪廻の輪を抜け出た者達には祖霊として更なる修行を課すし、己を捨てて世に貢献をした者を側に置くときも眷属としてだ。


 しかしシノブは神の血族だし、アムテリア達も先々は神界に迎えたいと直接間接に示している。そのためシャルロットは次第に神々の在り方を考えるようになったという。

 神になりたいのではなく、いつまでも一緒にいたいから。こう語ったシャルロットにシノブは深い感謝を捧げ、信仰に対する考えも以前より率直に伝えるようになった。


「アムテリア様達は地球での役目を終え、この星を司る神々に昇格なさいました。そして貴方のいた国……日本では変わらぬ信仰を捧げる者もいれば、別の教えに惹かれる者もいる。ならば、この星で同じことが起こっても……」


 いつかはアムテリア達が去ると、シャルロットは口にしたくないのだろう。

 それに自分自身の未来と重ねたのかもしれない。もしシノブが神界で暮らすようになったら、先々アムテリア達と共に他へ移る可能性はある。


「昇格や転属はあるだろうが、相当先だと思うよ。最低でも百年以上、たぶん千年以上は先じゃないか?」


 シノブは敢えて楽観的な答えを返した。

 この件に関してアムテリア達に詳しく問うたことはないが、常の言動から(いま)だ道半ばだろうとシノブは受け取っていた。それに自分が神界に移るとしても何十年も先、リヒトや続く子供達を一人前にした後だろう。


「……はい」


「さあ、リヒトに会いに行こう!」


 シャルロットは低い声で(いら)える。そこにシノブは彼女の不安を感じ取り、気分を変えるべきだと考えた。

 愛息リヒトは育児室、まだ眠っているだろうが寝顔を眺めるだけでも癒される。夜勤の乳母達には休憩してもらい、親子三人の時間というのも良い。こうシノブは続けていく。


「はい!」


 シャルロットの言葉は先ほどと同じだが、篭められた思いは全く違う。声や表情も憂いが消え去り、我が子への愛で輝いている。

 もちろんシノブも同様だ。浮き立つ気持ちで手早く服を替え、妻が身繕いする様子を見つめる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 獣型の金属像や円盤型の魔道具を奪われたと、ケームト側は気付いた筈だ。

 この二つをミリィが魔法のカバンに入れた直後、王都アーケトから鳥を模した符が飛んできた。どうも少し前に円盤型の魔道具が発した警報が引き金らしい。

 符の正体は不明なままだが、ケームト王族が送り込んだと考えて良いだろう。直後に現れた巨大鋼人(こうじん)は大人の背丈の二十倍はある大物、操れるのはケームト王アーケナや同じく王家の血が極めて濃い者に限られるからだ。

 つまり二つの品を奪取した結果、ケームト側との交渉は更に難しくなった。


 黄昏信仰の件があるから、元々シノブはケームトとの国交樹立が難航すると予想していた。

 もし『黄昏の神』が本当に異神なら、少なくとも正体を明らかにしないと交流できない。上位神は関係ない神の滞在を厳しく制限し、星を担当する神々の許可が必要としているからだ。

 しかし許可したならアムテリア達が教えてくれるだろう。つまりケームトに異神がいる場合、断りのない逗留の筈だ。

 『黄昏の神』が祖霊や架空の存在なら交渉の余地はあるが、ケームト王家の所有物を奪ってしまったから反発は必至である。

 ケームト王家の巨大鋼人(こうじん)は倉庫を突き破って出現し、周囲を念入りに調べたという。倉庫は夜のうちに再建されたが、何かの仕掛けがあったにせよ面倒だったに違いない。

 したがって関係修復する余地があったとしても、まずは相応の謝罪と賠償が必要だ。


 仮に謝罪するならシノブは自身で行うつもりだが、国内や同盟内の反対を抑えてとなるだろう。アムテリア達を信じていない相手に謝るなど論外、という主張が必至だからである。

 つまりケームト王が黄昏信仰を掲げている限り、公式に語らうことは不可能に近かった。そこでシノブは、ミリィ達とケームトの少年トトの再会を待つことにする。

 ちょうど再会は今夜、トトはアムテリア達への信仰を明らかにしたし反政府組織か何かに属しているらしい。そのためミリィ達も非常に乗り気なのだ。

 もっとも今日のシノブの行き先はアルマン共和国、今はアマノ号で洋上を渡っている最中だから結果を待つのみである。


「リヒト~、アルマン島が見えてきたよ~。あれがアルマン島だよ~」


「あ~! あ~!」


 アマノ号の上に設置した魔法の家の中、前方に向いたリビングの窓際。シノブは我が子を抱え、遠くに浮かぶ島影を指差した。

 するとリヒトは嬉しげな声を上げ、シノブを真似したのか手を前に伸ばす。


 そろそろリヒトは生後半年近い。それに発育が非常に早く、このように周囲の言葉を理解しているとしか思えない反応を示す。

 リヒトは魔力波動で自身の感情を表すし、シノブ達が思念で語りかければ最低でも喜怒哀楽は理解する。それどころか今のように、意思疎通が成立しているとしか思えないことも多々ある。

 リヒトの発する波動からすると、先ほどの声もシノブがアルマン島と繰り返したから真似たらしい。そのためシノブは更に顔を綻ばせる。


「天気は快晴、海も穏やかなようですね。とはいえ船は多いから、適度な風があるのでしょう」


「はい、航海日和です!」


「帆を一杯に張っていますわね!」


 まずはシャルロット、更にミュリエルとセレスティーヌも寄ってくる。

 シャルロットも朝の憂いは一旦置き、旅を楽しむことにしたようだ。残る二人には伏せたままにしているから、どちらも素直に喜びを表現する。


 シャルロットとは同じ部屋で休むから、余人を交えずに幾らでも語り合える。しかしミュリエル達とは時間が限られるし、今は外遊中だから尚更だ。

 しかもシャルロットと違ってミュリエルとセレスティーヌは思念を使えないから、ますます制限が多い。


 それはともかく三人の指摘通り、かなりの船が行き来している。シノブの目に入る範囲だけでも二十隻を超えている。

 アルマン共和国の近海だから同国の旗を揚げている船が一番多く、同じく海洋国家のガルゴン王国が続く。カンビーニ王国も航海上手だが遠いから僅か、メリエンヌ王国は陸路中心だからか一隻しか見当たらない。

 ちなみにアマノ王国はエウレア地方で最も東、つまり反対側だからアルマン共和国行きは皆無に近い。大半は東のアスレア地方に向かうし、残りも殆どはメリエンヌ王国やカンビーニ王国の東側までだ。


「アデレシアさんとお会いするのも久しぶりですね」


 アミィが挙げたのはアルマック伯爵家の令嬢、アルマン王国時代は王女だった女性だ。

 昨年五月のアルマン島の戦いの最中、アデレシアはメリエンヌ王国に逃れた。その後はメリエンヌ学園で学んでいたが、この四月で十五歳になったから学生生活を終えて帰省した。

 ただしアデレシアは研究員として学園に残るから、帰国は五月下旬までだそうだ。


「俺の誕生日以来かな? ……そうだ、お祝いの言葉を伝えないと」


 シノブは忘れないようにと頭に刻み込む。

 つい先日、アデレシアはメリエンヌ王太子テオドールと婚約した。テオドールには妃が二人いるから、アデレシアは将来の第三妃だ。

 アルマン共和国は前身の王国時代、メリエンヌ王国と不仲だった。しかし今は共にアマノ同盟に属する国、そこで関係修復すべく婚姻政策を進めた。


「結婚は数年後のようですが、そのときは私の義姉ですわね……歳は私の方が一つ上ですが」


「シノブがセレスティーヌと結婚したら、私達の義姉にもなりますね」


 セレスティーヌとシャルロットの言葉通り、先々アデレシアは姻戚(いんせき)になる。したがって祝いもするし、式を挙げるときは親族として呼ばれるだろう。

 政略結婚だが、幸いテオドールとアデレシアの相性は良いようだ。二人はシノブの誕生日で同じテーブルを囲んだが、目にした限りだと仲良く語らっていた。


 他にもアルマン共和国とメリエンヌ王国の間では幾つかの婚約が結ばれた。

 アデレシアの兄ロドリアム、元アルマン王太子で現アルマック伯爵もメリエンヌ王国の女性を第二夫人に迎える。相手はフレモン侯爵の娘オディル、セレスティーヌがメリエンヌ王国にいたころの学友だ。

 ロドリアムは二十歳(はたち)でオディルは十三歳、年齢的な釣り合いも良い。もっともオディルが成人する二年後までは婚約のみだ。


「他には何かあるかな?」


「大統領の長男ジェイベル殿も婚約しました。相手は……」


 シノブの問いに、侍従長のジェルヴェが応じる。

 今回は一泊ずつで巡っていくから、移動時間を訪問相手の近況確認に当てていた。雑事はともかく慶弔くらいは把握しておかないと失礼だから、ジェルヴェと彼の部下に(まと)めてもらったのだ。


「う~!」


「ああ、ごめん……。ほら、お外を見ようね~」


 流石にリヒトには理解しかねる話題らしく、不満げな声を響かせる。そのためシノブは窓へと向き直り、腕の中の我が子を揺すりながら予習を続けていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アルマン共和国の首都はアルマック、王国時代の王都だ。

 共和国の初代大統領となったのは元公爵のジェイラス・ブロアート、ただし王制を廃したから現在は伯爵としている。アルマン王国に侯爵は存在せず公爵の次は伯爵だったから、他に合わせたのだ。

 ジェイラスや元王家のロドリアムを含め、現在の伯爵は十二人。初代大統領は彼らの互選で決まった。

 しかし現在は貴族による上院が存在するし、来月には民による下院も開かれる。


「二代目は上院議員の投票で選ぶつもりです」


 大統領のジェイラスは、自分の次は更に広くから募りたいと語った。ただし急激な変化を嫌う者が多いから、立候補可能な者は貴族のみにするという。


 ここは首都アルマックの大統領府、元は『金剛宮』の大宮殿と呼ばれた場所だ。つまり昔の王宮の一部である。その中でも大統領の執務室に近い広間に、アマノ王家の成人四人とジェイラス、更にロドリアムとアデレシアがいる。


 ジェイラスの領地は北のブロアート島の一部、代々住んだ館もそちらにある。しかし首都アルマックとは100km以上も離れているから、ジェイラスと彼の家族は大統領府の一角を住まいとしている。

 ちなみに小宮殿は空き家、アルマック伯爵家は先王の隠居所を館とした。この隠居所は小宮殿に隣接しているから、ロドリアム達の同席は容易だった。

 残る十人の伯爵は領地で暮らしており、飛行船を使って夜の(うたげ)までに来るという。


「素晴らしいことです。私達アマノ王国は六月に憲法公布、しかも議会は(いま)だ準備中といった状況ですから」


 シノブは心からの賞賛を贈る。

 アマノ王国は建国一周年に合わせて憲法を公布するが君主制、それも国王の力が非常に強い。何しろ憲法改定すら国王の一存で可能という内容だから、シノブからすると立憲君主制を名乗るのも躊躇(ためら)われるくらいだ。

 しかしアマノ王国は建国をアムテリアが祝したほどで、王家に極めて強い加護があるのは明らかだ。そのため今後もシノブに権限を集中させるべき、という意見が殆どを占めた。

 シノブは議会の元になる組織として王立顧問会を作ったが、なかなか機能しなかった。顧問達は諮問に答えてくれるが、シノブへの遠慮が強いのだ。


 それに対し、アルマン共和国は着実に歩んでいる。

 今のアルマン共和国は大統領制といっても十二伯爵からの選出で、人民中心とは言いがたい。ただし地球の歴史でも中世のヴェネツィア共和国やフィレンツェ共和国のように貴族による寡頭制もあったから、過渡期の共和制なら許容範囲だ。

 しかもアルマン共和国は議会に立法を担わせたから、その点でもアマノ王国の遥か先を行っている。そのためシノブは羨望めいた思いすら(いだ)いていた。


「元王族としては忸怩(じくじ)たるものがあります。何しろ我らの不甲斐なさが、先進的な制度が生まれた理由なのですから」


「お兄さま……」


 冗談だろうが自虐めいたロドリアムの言葉に、アデレシアは複雑な表情で声を漏らす。

 最後のアルマン国王ジェドラーズ五世は、マクドロン親子の暗躍を許して王都から追放された。しかも先王や王妃二人を含む四人は異神の依り代となり、王都を奪回すべく軍を動かした。

 これらで王家から人心が離れて共和制へと移行し、権力の一極集中を避ける仕組みが生まれた。つまりロドリアムの言葉は、厳然たる事実でもある。


「ジェドラーズ殿は東域探検船団を支えるべく、遠いアスレア地方で頑張っていらっしゃいます。それに奥方達も……」


 シノブの言葉は事実で、元国王と妻達は遥か東で奮闘している。

 アルマン共和国の商船には東を目指すものが多い。そこで三人は過去の過ちを償うべく、異郷での暮らしを選んだ。

 共和国誕生は昨年五月半ば、既に一年近くが過ぎた。しかし三人は東行き航路の更なる発展のため、これからも最前線で働き続けると語っていた。


「ジェイラス大統領。もし同意いただけるなら、ジェドラーズ殿をイーディア地方局の局長にしたいのですが……如何(いかが)でしょう?」


 シノブはジェドラーズや妻達の願いを(かな)えたかった。その方が彼らの心の整理に良いと思ったからだ。

 アスレア地方局長はカンビーニ王国出身のマイドーモが大過なく務めているし、全てアマノ同盟に入ったから苦労も減ってきた。それに対しイーディア地方はこれからで、地方局は未設置だし正式な加盟国も存在しない。


 イーディア地方は巨大な半島だから、内陸にも経路を用意したい。

 大量輸送は南回りの航路、そして安く旅したい者達には東西を真っ直ぐ突っ切る陸路、更に急ぎ旅には同じく半島を横断する空路。この三つを整えるには、地方局が統合的に推進すべきだ。

 しかもイーディア地方には未訪問の国が多い。合計十二の国があるが、東域探検船団として正式訪問したのは今のところ三つだけだ。

 そこでシノブは、早期の地方局設置が必要だと考えていた。


「ご承知の通り、イーディア地方に地方局を置けば北大陸が西から東まで繋がるのです。未訪問の地や航路が未定の場所もありますが、アルマン共和国からヤマト王国まで行き来できる日も近いでしょう」


 後押しをと思ったらしく、シャルロットが言葉を添えた。

 イーディア地方の東には正式加盟国のヤマト王国があり、そちらから交流を進めてカン地方局とスワンナム地方局を設置した。したがってスワンナム地方の一部とイーディア地方に残った空白を埋めたら、転移に頼らずとも北大陸の端から端まで行き来できる。


「もちろんですとも! 我らアルマン共和国の者が同盟で活躍する……これは素晴らしい朗報です。マクドロン達の暴挙は、まだ我が国に重く()し掛かっています。しかし東航路開発に貢献できれば、過去への贖罪となるでしょう」


「我が国はヴォーリ連合国のドワーフ達を奴隷にし、ガルゴン王国やカンビーニ王国の船を沈めた。……これら三国との溝を埋めるには、元凶たる我ら旧王家が身を粉にして働くしかありません!」


 ジェイラスに続き、ロドリアムも身を乗り出して賛意を示す。二人に遠慮したのかアデレシアは発言を控えたが、彼女も乗り気なようで大きく頷いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブはケームトの状況も簡単にだが伝えた。

 アルマン共和国は海洋国家、東のアスレア地方に向かう船も多い。そして将来ケームト行きの基点となるのは同地方の南海岸だから、先々はアルマン共和国の船もケームトに向かうだろう。


 それにジェイラス達が黄昏信仰をどう思うか、シノブは知りたかった。

 アルマン島の戦いで西軍を率いたのは、異神を宿した国王達だ。つまり戦の結果次第ではアルマン島が異教の地となった可能性があり、ジェイラス達からすれば他人事ではないと思ったのだ。


「恐ろしいことです! シノブ殿、軍を出すなら我らにも必ず声をかけてください!」


「ええ。海戦は我らの得意とするところ、それにアルマン共和国には川船も多数あります」


 ロドリアムとジェイラスは、異教への強烈な嫌悪と拒絶を示す。特に前者の怒りは激しい。

 マクドロン親子は『隷属の首飾り』でロドリアムと妃のポーレンスを操り、国宝の神具を盗ませた。この『隷属の首飾り』は異神の使徒グレゴマンから得たものだ。

 そもそもグレゴマンがアルマン島に現れなければ戦いは起きなかったし、彼らが蛇蝎(だかつ)のように忌み嫌うのも無理はない。


「……シノブ様。私をケームト行きの一員に加えていただけないでしょうか? エディオラ姉さまのところで下働きをするなど、私でも務まることはあります!」


 アデレシアはケームト行きを志願する。

 メリエンヌ学園での生活で、アデレシアはガルゴン王国のエディオラと仲良くなった。それにアデレシアは豊富な魔力を持っており、魔術特級として研究の手伝いもしていた。

 (ごう)タイガーの開発も、シノブが伝えるまでもなく知っていたくらいだ。


「学園での協力なら、こちらからお願いしたいくらいだ。しかしケームトには……」


「先ほどお兄さまが申し上げたように、私達は各国に謝罪の意思を示さないといけません。……アルマン共和国が周りに受け入れてもらうためなら、どのようなことでもするつもりです!」


 シノブが躊躇(ためら)いを示すと、アデレシアは重ねての主張で応じる。

 旧王家としての贖罪と言われては、シノブも無下に断れない。そこでアデレシアの思いを確かめようと、彼女を真っ直ぐに見つめる。


「シノブ様……。その瞳、マクドロンの手先から助けてくださったときと同じですね。私達を探りに来たのに思わず助けてしまう優しさ、とても素敵だと感じました」


「アデレシア殿……」


 どこか懐かしげに、そして情感を篭めてアデレシアは言葉を紡いでいく。

 一方シノブは思わず呼びかけてしまったが、どう続けるべきか分からず言葉を失う。彼女が言外に篭めているのは、ケームト行きの志願のみではないと察したからだ。


「ですが私はアルマン共和国の貴族……国に尽くし、利益を(もたら)す道を選び、危急の際は命を投げ出す義務があるのです。一挙手一投足、全てを国のために……」


 結婚や生死であっても同じこと。そのようにアデレシアは結ぶ。

 アデレシアはメリエンヌ王太子に第三妃として嫁ぎ、ロドリアムはメリエンヌ貴族の娘を第二夫人として娶る。これらはアルマンとメリエンヌの対立を終わらせるため、私心の入り込む余地はない。

 もちろん伴侶との愛は育むだろうが、それは目的を達成するためでもある。自分達の間に生まれた絆が、二つの国を繋ぐ絆でもあると思えばこそだ。


 シノブは愛情を優先させたいし、実現できるように生きてきた。しかしアデレシア達は国益を優先し、それを現実にするため愛を含む諸々を育てていく。


「アデレシア、私が行こう」


「お兄さまはアルマック伯爵……それに子供を得ていません。ですから私がケームトに行きます」


「私もロドリアム殿の出馬には反対だ」


 ロドリアムも立候補するが、アデレシアとジェイラスは伯爵家を守るべきと反対する。

 大統領のジェイラスが反対するなら、不当な理由でもない限りシノブも口を出すつもりはない。そこでアデレシアのケームト行きを認めるかどうか、改めて考えを巡らせる。


「ジェイラス殿、ロドリアム殿。お二人は許可しますか?」


 まずシノブは元首と当主の意向を問う。この二人が許可しなければ、そこで話は終わりだからだ。


「許可します。我が国から誰か一人は参加させたいと思っていました。そして選ぶなら国の代表に相応しい家系と実力の者を……。アデレシア殿は魔術師として確かな力量、旧王家という肩書きも魅力的です」


「……同じく許可します。私が無理なら、妹に任せるしかありません。……アデレシア、私の代わりに旧王家の代表として働いてくれ」


 ジェイラスは即座に許可し、不承不承という顔だがロドリアムも同意した。先ほど語った通り、各国との溝を埋めるなら元王族が動くべきと考えているのだろう。


「分かりました。……アデレシア殿、最後に一つ訊きます。黄昏信仰について、貴女はどう思いますか?」


 シノブは再びアデレシアに顔を向ける。

 ジェイラスとロドリアムは、この問いに烈火のような怒りと氷のように冷たい拒絶で応じた。しかしアデレシアの意見は聞かずじまいだった。

 そこでシノブは、どのように応じるか知りたく思ったのだ。


「まずは確かめようと思います……そうしないと、答えを出せませんから。それに私、力ずくは嫌いですし……」


「お言葉通りですね。では確かめてください……ただしエディオラ殿にはマリィを同行させるつもりですから、彼女の指示に従ってもらいます」


 アデレシアの返答を聞き、シノブは頬を緩める。

 あまり難しく考えず、まずは行動する。それで良いと、シノブは改めて感じたのだ。


 今晩ミリィは、トト少年や彼の仲間と会う。その結果、次に行うべきことも分かるだろう。そして強引な解決を避け、語らっていく。

 考えてみれば、極めて単純なことだ。一つ一つ問題を片付け、地道に困難を乗り越えるしかない。


 これらに気付いたためか、シノブの心は軽くなった。そのため続く語らいは、今まで以上に活発かつ明るいものとなっていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年3月23日(土)17時の更新となります。


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