28.07 王家の鋼人
『凄い力なのじゃ!』
カンビーニ公女マリエッタは、漆黒の巨大鋼人を楽しげに操っている。
拳を繰り出し、蹴りを放ち。突き、掌底、手刀。前蹴り、膝蹴り、回し蹴り。公女は体に染み付くほど繰り返した拳法の型を、次から次へと再現していく。
ただしマリエッタが宿る豪タイガーの身長は彼女の二十倍近く、体重は一万倍を優に超えるだろう。腕を振るえば嵐を思わせる突風、脚を踏み降ろせば地すら覆るような振動を伴う。
「魔法の家を出しますね」
「ええ、お願いします」
アミィの提案に、シャルロットが頷き返す。あまりの騒音や振動に、幼子達が怯えを示したからだ。
リヒトはアマノ王国で多くの鋼人や木人を目にしているから平気な顔、それどころか笑い声すら響かせていた。しかし初めての乳児達、カンビーニ王太孫ミリアーナと公子ストレーオは声を上げて泣いている。
「僕は大丈夫!」
この場に残ると主張したのは三歳のジュスティーノ、ミリアーナの兄だ。そこで乳母達は、リヒトを含めた三人のみを魔法の家の中に連れていく。
「この広場、ケリスさん達だけで作れるのでしょうか?」
「そうですわね……」
ミュリエルが周囲を見回すと、セレスティーヌも釣られたのか顔を動かす。
カンビーニ王家の狩場には、再び空間歪曲による空き地が用意されていた。マリエッタと共に鋼の巨体に宿る超越種の子達、玄王亀ケリスと朱潜鳳ディアスが種族特有の力で空間を歪めて円形の広場を出現させたのだ。
しかし町すら入るような広さを、幼いケリスとディアスだけで作り出せるのか。多くは今更ながら疑問に感じたらしく、とある人物へと顔を向ける。
もちろん人々の視線を集めたのは、開発者たるガルゴン王国の王女エディオラだ。
「ケリス様やディアス様は、まだ幼体。だからオルムル様達も魔力を貸している」
エディオラは豪タイガーの仕組みを明かしていく。
あれだけの巨体、超越種でも子供では扱いかねる。そこでエディオラは多くの力を合わせることにした。
豪タイガーの核となる虎型鋼獣タイガーには、光翔虎のフェイニーに加えて岩竜オルムルと海竜リタン。このときは動作をフェイニー、魔力供給や重力制御を残る二頭が担う。
これにマリエッタを加えて人型の鋼人タイガーに変じると、フェイニーも含めサポートに回る。
支援用の三体も同様だ。それぞれモデルにした超越種が動作を受け持ち、更に補助役が加わる。
空を飛ぶ大鳥を模した朱潜鳳ガーには、ディアスの他に炎竜フェルン。蛇のような龍体の嵐竜ガーには、ラーカと岩竜ファーヴ。大亀そっくりの玄王亀ガーには、ケリスと炎竜シュメイ。どの機体も人間の大人なら数千人分の重量があり、まだ子供では浮かすだけで手一杯なのだ。
「合体してからも同様。あの巨体を支える重力制御、硬度強化、空間を操る技……どれも皆の協力で実現している」
「なるほど……。質問して良いでしょうか?」
エディオラが語り終えると、白銀の髪を持つ獅子の獣人が片手を挙げた。金の瞳を輝かせつつ発言したのはシルヴェリオ、カンビーニ王国の王太子だ。
それにシルヴェリオの父、レオン二十一世も興味津々な様子を隠さない。普段は威厳に満ち満ちた獅子王、初代『銀獅子レオン』に並ぶと噂される武王も子供のように顔を紅潮させている。
「どうぞ」
「タイガーに乗れるのは、マリエッタだけなのですか?」
「そう、そこだ! 儂らでも動かせるのかな!?」
カンビーニ王太子と王の問いに、囲む者達の多くは顔を綻ばせた。
シャルロットやミュリエル、それにセレスティーヌは微笑ましげに。カンビーニの王妃や王太子妃は少し恥ずかしげに。そして獅子王の娘にしてマリエッタの母アルストーネ公爵フィオリーナは、仕方ないと言いたげに。フィオリーナの夫ティアーノも妻と同様らしいが、こちらは僅かに口角を吊り上げた程度だ。
ちなみに例外はシノブとジュスティーノ、そして超越種の子でも特に幼い者達だ。
シノブは大よそを察しているし、他に気になることもあった。ジュスティーノは三歳という年齢に相応しく、躍動する鋼鉄の巨人を見つめ続けている。
玄王亀のタラーク、嵐竜ルーシャ、海竜ラーム、朱潜鳳の双子ソルニスとパランも豪タイガーから目を離さない。彼らは兄貴分や姉貴分の技を少しでも学び取ろうとしているのだ。
「無理だと思う。マリエッタは女の子で虎の獣人、だからフェイニー様と相性が良い」
他にもエディオラは、幾つかの事実や推測を付け加える。
マリエッタの他にも虎の獣人の女性を試したが、いまのところ適応者は見つかっていない。これは自身と出身地が同じ彼女に、フェイニーが親しみを感じているからではないか。
フェイニーが生まれたのは、ここセントロ大森林の中央付近だ。そしてマリエッタとフェイニーが知り合ってから、既に一年以上が経過している。
このように種族、性別、親密度など兼ね備えていないと、魔力や動作の補助は難しいようだ。
「そうか……」
「なるほど……」
獅子の獣人の父子は豪タイガーの胸を見つめると、揃って肩を落とす。そこには金の虎、核となったタイガーの顔がある。
代々のカンビーニ王は全て獅子の獣人、しかも銀髪というところまで共通していた。これは初代の形質をなるべく残そうとしたからで、彼らの誇りでもある。
しかしフェイニーは虎の姿だ。獅子の獣人で男性だと、一緒に憑依するほどの共感を抱けないのだろう。
「なんとのう……」
フィオリーナも残念そうな顔をしていた。彼女も獅子の獣人、マリエッタは父のティアーノに似たのだ。
「義父上、シルヴェリオ殿。我らカンビーニから乗り手が出ただけでも良しとしましょう」
「む……そうだな」
「確かにティアーノ殿の仰る通りです」
「ここは娘に花を持たせるかの」
ティアーノの言葉で、カンビーニ王家直系の三人は気を取り直したらしい。いずれの顔からも憂いは晴れ、再び演武に注意を向けていく。
『次は猛虎光覇弾じゃ! ……更に獅子王双破!』
基本の型を試し終わったらしく、マリエッタはカンビーニ流拳法の奥義を繰り出していく。
滑るような跳躍、そこから大地も砕けよと踏み込んでの掌底。更に体重をかけての諸手突き。どちらも普段の彼女と変わらぬ技の切れだ。
もっとも躍動するのは鋼の巨体、虎の顔を胸に戴いた漆黒の超人だ。この神話の一幕を思わせる光景に、見守る者達は息すら忘れたかのように動かず凝視し続ける。
◆ ◆ ◆ ◆
楽しげに試技を続ける豪タイガーと、興奮も顕わに見つめる人々。その光景を眺めつつ、シノブは密かに語らっていた。
といっても声に出してではない。シノブが用いたのは思念、そして相手は神界にいるだろう神々だ。
先日シノブは巫女の修行に付き合ったとき、神々の御紋を使わず兄神や姉神と交信した。そのときと同様に意識を集中し、遥か彼方へと語りかけていたのだ。
──あれがケームトで……必要になる──
──そうなのよ! お姉ちゃん、ふざけたわけじゃないのよ!──
絶句気味のシノブに応じたのは、森の女神アルフールだ。
豪タイガーを造ったのはエディオラや彼女の率いる開発班だが、そこにはアルフールの協力もあった。アルフールはエルフの巫女メリーナに神託を授け、名前や四体が合体する仕組みなど幾つかの提案をしていたのだ。
それも随分と早く、シノブ達がスワンナム地方やカンなど東方と行き来していた時期からという。
現在ミリィ達が調査中のケームト、地球でいうエジプトに相当する地域には巨大な鋼人や木人に憑依する技があるそうだ。これはシノブも理解していたが、少し認識が甘かったらしい。
確かにケームトの巨石建造物は地球と変わらぬ規模で、中にはクフ王のピラミッドに匹敵するものもある。それに地球と違い、大規模な灌漑や緑化も行っている。
これらを成し遂げたのは魔術によるところが大きいと、アルフールは繰り返す。
──しかし、ケームトにも超越種が?──
シノブは無意識のうちに思念を漏らしていた。
豪タイガーの巨体を支えるには、オルムル達の重力操作が不可欠だ。つまりケームトの鋼人が同等の質量を持っているなら、人間のみの技では無理だろう。
その場合、向こうにも超越種が力を貸しているのか。それともケームトの王族は超越種並みの魔力を誇っているのか。どちらにしても今までにない難敵だと、シノブは悩ましく感じる。
今まで見てきた鋼人や木人は、せいぜい人間の十数倍程度の大きさだ。それも鋼人の場合、中は空洞で比重は木人と大差ない。
しかし内部の殆どを金属で埋めた豪タイガーを造らせるのだから、それに相応しい相手が出てくるのだろう。このようにシノブは考えたのだ。
──それは自分で確かめなさい。配下を通してでも構いませんが──
──シノブ、ごめんなさい──
どこか突き放したような声は闇の神ニュテス、続く悩ましげな響きは海の女神デューネのものだった。
デューネはケームトの守護者、それもあって彼女は助言したかったらしい。しかしニュテスは従属神の長兄、彼の言葉を覆せるのは母なる女神アムテリアだけだろう。
──分かりました──
シノブは素直に諾意を返す。
答えを求めていたのではないし、ケームトの現状に差し迫ったものはなさそうだ。向こうではアムテリア達への信仰は禁じられているが、当の神々が直接的な介入を控えているのだから拙速は慎むべきだろう。
ケームトの憑依術に関してはミリィの調査を待つ。ケームト王アーケナが奉じる『黄昏の神』なる存在も同様だ。
──合体や変形に貴方が呆れたのも理解できますが、あれはあれで意味があるのですよ──
──あの重さ、憑依と重力操作なしで支えきれんからな。だから四つに分割するのだ──
今度は知恵の神サジェールと大地の神テッラだ。彼らによると、豪タイガーの状態で重力操作を解除したら自重で潰れてしまうらしい。
そういうことを気にしていたのではないのだが、と思いつつもシノブは耳を傾ける。
重力を操れるのは超越種やシノブ、それに本来の力を発揮した眷属くらいだ。
あの大きさで中身も詰まった鋼人ならオルムル達の協力は必須、もちろん硬化も併用している。しかし憑依を解除したら単なる鋼鉄、寝かせた状態でも痛んでしまう。
そのため分離機構を取り入れたと、二柱の男神は続けていく。
──分離するなら、それぞれでも役立つようにすべきでしょう──
──それに四神を模すのも一興だと思ってな──
──白虎、青龍、朱雀、玄武……せっかく揃ったのだ──
サジェールとテッラに加え、戦の神ポヴォールの声まで響く。どうも豪タイガー誕生には、この三柱も大いに関わっているようだ。
確かに光翔虎は白虎と呼んで良いだろうし、嵐竜も緑色で形は龍にそっくり、朱潜鳳も名前に入っている通り赤く、玄王亀も『玄』の字に相応しく黒い。そのため神々が惹かれるのも理解できると、シノブも思いはする。
それに豪タイガーが役立つのも事実だろう。
オルムル達が全て集まっても成体の超越種からしたら一桁下、しかし人間が生身で到達できる域を遥かに超えている。つまり祖霊でもない限り、あの巨大鋼人に敵わない筈だ。
そう思ったシノブだが、少々早合点だったかもしれない。
『ち、力が……』
疲労困憊といったマリエッタの声が、空間歪曲で造った空き地に広がっていく。それに先ほどまで鬼神の如き技を示した巨大鋼人も跪いていた。
『いけません~! 分離です~!』
『待ってください!』
『ここを戻します!』
フェイニーは合体を解こうと言い出すが、ケリスとディアスが制止する。それに他の子まで口々に叫び始める。
確かに森に大穴を空けたままでは問題だろう。
フェイニーも思いとどまったようで、まずは豪タイガーのまま宙に浮き上がる。そして巨人が抜け出すと空間を曲げて造った場は急激に縮まっていく。
『元に戻りました!』
『最終合体、解除~!』
草原が修復されると同時に、鋼人は四つに分離する。そして白銀の鋼獣タイガーが伏せた直後、口からフェイニー達が飛び出した。
フェイニーの背にはマリエッタが乗っているが、うつ伏せのまま身動きすらしない。
「マリエッタ!」
「し、しっかりするのじゃ!」
飛び出したのは両親、ティアーノとフィオリーナだ。どちらも相当な身体強化をしたようで、一瞬にして娘のところに到達する。
「お、お腹が空いたのじゃ……」
マリエッタの声は明瞭、どうも魔力の使いすぎのみらしい。そのためティアーノ達も落ち着きを取り戻し、フェイニーから娘を受け取る。
──こうも唐突にエネルギー切れするようだと、実戦に送り出すのは時期尚早ですね──
──それも含めて頑張りなさい──
魔力を渡すべく歩み始めたシノブの背に、どこか楽しげなニュテスの声が届いた。そして他の従属神達も励ましの声のみを残して遠ざかる。
◆ ◆ ◆ ◆
一方ケームトの王都アーケトでは、ミリィ達が調査の方針を相談していた。場所は宿屋、昨日と同じでムビオとエマの兄妹にメジェネ族のハジャルもいる。
謎めいた少年トトとの再会は二日後、それまでミリィ達は独力で調べることにした。今日は別々に街を巡って情報収集、しかし日も落ちたから宿に戻ったところだ。
「……死んだ後に遺体を乾燥させるっていうのは変わっていますね」
「安心して輪廻の輪に戻れないからっていうけど……」
ハジャルとエマが触れたように、ケームトの埋葬法は独特だった。他の地方と違い、ここではミイラの作成をするのだ。
辺境だと砂漠に埋めるだけだが、王都では何らかの防腐処置をする者が大半だ。そして富裕層なら住居を模した立派な墓に収め、心残りなく来世に旅立つようにと祈る。
もちろん古代エジプトを模した風習だが、そうと知らない者達にとっては理解しがたいだろう。二人とも首を大きく傾げている。
「とはいえ埋葬方法と黄昏信仰以外、あまり違わないように思いました」
「アムテリア様達を信じていないのは大問題。でも、街の人のせいじゃないから」
「そうだな。立派な建物は多いし、魔道具も揃っている。暮らしやすそうな場所だが……」
ハジャルの感想に、エマとムビオが条件を付けつつも同意を示す。
鋼人を含め、ケームトの技術力は非常に高い。この宿も上下水道完備、エウレア地方の都市と同様に浄化や灯りの魔道具もある。
しかし三人の表情は優れない。いずれもアムテリア達の敬虔な信者、そのため『黄昏の神』を認めがたいのだろう。
三人は揃って残る一人、つまりミリィへと顔を向ける。
「良い知らせがありました~!」
対照的にミリィは満面の笑みを浮かべ、アミィが送った文を振りかざす。
通信筒で届いた紙片には、豪タイガーなどカンビーニ王国での出来事が記されていた。三人と同様に異教の地で鬱々としていたミリィだが、大好きな鋼人の知らせで悩みも吹き飛んだらしい。
「なんと合体変形ですよ~! それとエマさん~、操縦者はマリエッタさんです~!」
今日もミリィは人族の姿、ただしケームト風の肌色や容貌に変えている。そのため彼女は普段と違う濃い色の肌に黒い髪、しかし満面の笑みは常より光り輝いて見えるくらいだ。
「マリエッタが!」
よほど驚いたようで、エマは頭上の獣耳を大きく動かした。
エマとムビオは獅子の獣人、ハジャルは猫の獣人。この三人も昨日と同様に、本来の種族のまま肌色などを変えただけだ。
「そうですよ~、まだ訓練中ですけど~」
ミリィは更に詳しく語っていく。
新たな鋼人は大きさを増した分だけ魔力の消費が激しく、自在に操るには慣れが必要だ。そのため今すぐに派遣できないが、マリエッタは一日も早く習熟すると張り切っている。
これらを聞いてエマ達も表情を更に緩ませる。巨大鋼人という明るい知らせは、三人の憂いを消し去ってくれたらしい。
「……ミリィ様、ケームトの鋼人を探ってみませんか?」
しばらく笑みを交わした後、ムビオは改まった様子で切り出した。
ケームトの王族も巨大な鋼人を使うという。ここ王都アーケトを造ったのも、国王アーケナなどが憑依した巨人達だそうだ。
つまりマリエッタが訓練を終えて合流したら、このケームト製の巨人と戦うかもしれない。それなら事前に調べておくべきという主張である。
「いいですね~! 実は私も、そう思っていたんですよ~!」
ミリィは大賛成といった様子で両手を上げる。
ケームト王家は優れた巫女の血筋らしく、不用意な接近は命取りになりかねない。彼ら自身の感応力に加え、もし『黄昏の神』なる存在が本物なら神託もあり得るからだ。
しかし仕舞っているだけの鋼人なら別である。
もちろんケームト王族が手を回す可能性はあるが、それは宿屋にいても同じだろう。それに街で聞き込みした限りでは、巨大鋼人の格納庫は王宮から離れているようだ。
「メーヌウ湖の島にあると聞きました。湖には巨大ワニが沢山いるそうだけど、私達には関係ありません。だって……」
「ええ。ミリィ様は飛べますし、魔法の幌馬車で呼び寄せていただけば……」
エマとハジャルも大乗り気で身を乗り出す。
メーヌウ湖というのは王都アーケトの南にある巨大湖だ。この中央近くの島に、王家の鋼人は収められているらしい。
この湖にはメーヌウワニという魔獣が棲んでいるが、ミリィは金鵄族だから元の鷹の姿に戻れば島まで飛んでいける。そして残る者達は魔法の幌馬車に乗って待機し、渡り終えた彼女に呼び寄せてもらえば良い。
「では今夜?」
「そうしましょう!」
「賛成」
ムビオとハジャルはシノブの親衛隊員、エマはシャルロットの弟子にして護衛騎士。つまり三人とも武人だから、考えるより動く性質なのだろう。
「もちろんです~! 現物を見れば、どのくらいの脅威か想像できますし~!」
ミリィも眷属の中では行動派というべき存在だ。そのため反対などする筈もなく、夜が更けたら早速行こうと話が纏まる。
「街で聞いた限りだと、かなり大きいらしいですね~! 豪タイガーとの格闘戦、きっと迫力ありますよ~!」
調査のみだからか、ミリィは余裕たっぷりな態度を崩さない。それどころか早くも激突に思いを馳せているらしく、彼女は瞳を輝かせている。
「神官達が憑依するのは大人の倍から五倍程度、王族を名乗る者は更に上……でしたか」
「そして国王用が二十倍くらい……重すぎて沈みそうだけど」
「実は中が空っぽ……そんなわけないですよね?」
ムビオにエマ、ハジャルの三人も釣られたのか笑みを浮かべたままだ。どれだけ巨大な相手でも、操縦者がいなければ単なる鉄の塊に過ぎないからだろう。
「どうでしょうね~。でも、念のため脱出の準備はしておきましょ~」
ミリィは通信筒を取り出した。どうやら彼女は応援を呼ぶつもりらしい。
◆ ◆ ◆ ◆
ミリィが呼んだのはマリィだった。
ちなみにマリィの赴任先のスワンナム地方は、ケームトよりも三時間半ほど早く日が落ちる。つまり彼女にとっては零時過ぎの呼び出しだが、事前に催眠の魔術で早めに就寝したから問題ない。
二人はメーヌウ湖の岸に近い林に潜み、その側には魔法の幌馬車もある。既にムビオ達は馬車の中で待機中なのだ。
──それじゃ、頼みますよ~──
──気をつけてね。ムビオさん達のために──
鷹の姿に戻って飛び立つミリィに、マリィは皮肉混じりな思念を返す。しかし毎度のことだからミリィは気にせず速度を上げ、あっという間に消え去った。
金鵄族は普通に飛べば時速400kmほどに達する。今は魔力を抑えつつの飛翔だが、それでも数分も経たずにミリィは目的の島に到達した。
島といっても相当に広い。ミリィが降り立った場所も先ほどマリィといた林と変わらぬほど木々が密生しており、湖面など目に入らない。
それもその筈メーヌウ湖の面積は三千平方km近いし、この島も直径10kmほどはあるだろう。
──私の幌馬車ちゃ~ん、カモ~ン!──
人の姿に戻ったミリィが微かな思念を発すると、即座に魔法の幌馬車が出現する。アムテリアが授けた神具の多くは、このように持ち主が念じれば呼び寄せ出来るのだ。
「さ~て、これで良し~。では行きましょ~」
三人が降りると、ミリィは魔法の幌馬車をカードに変えて懐に仕舞いこむ。そして彼女が出発を命じると、全員の姿が消える。
ミリィ自身を含め、透明化の魔道具を使ったのだ。しかし事前に魔道具を同調させているから、四人は互いを見失うことなく木々の間を抜けていく。
開けた場所の中央には、倉庫らしき巨大な建物がある。普通の家なら三階建て以上に相当するが、周囲は更に背の高い木々で島の外からは見えない。
周りは巨大ワニを潜ませた湖だから、ここまで侵入した者もいないのだろうか。歩哨も僅かしかいないし、雑談や欠伸をしている有様だ。
お陰でミリィ達の潜入は呆気なく成功した。
中に入ったミリィは、怪訝そうに眉根を顰める。それに他の三人も同様だ。
おそらく四人は巨大鋼人が並んでいる光景を予想していたのだろう。せいぜい四階分くらいの建物だから寝かせているかもしれないが、ともかく人型の何かがあると思っていた筈だ。
しかし室内に安置されている金属塊は、人間よりも動物に似ていた。
あるものは四つ足に尻尾つき、この近くに棲む動物なら獅子に似た体型だ。別のものは地を這うように低く、周囲の湖に潜むというワニを思わせる。
ゾウやカバのように太い足のもの、馬のように細い足のもの。サルを模したのか前傾した姿勢で手を付いたものもいる。
どの像も非常に精緻な体と手足を持っている。しかし一瞥のみで種族を理解できるものは皆無だ。
「こ、こんなの……こんなのは認めません……」
「ミリィ様……」
思わず声を漏らしてしまったらしいミリィを、エマが小声で制する。
ミリィも囁きといった程度、おそらく側にいる三人にしか聞こえなかった筈だ。しかし一種異様な雰囲気を醸し出す彼女に、エマは声をかけずにいられなかったのだろう。
「どうして……どうして頭が球ばっかりなんですか……」
「……『黄昏の神』を模しているのでは?」
再びミリィが密やかな声を絞り出すと、ムビオが恐る恐るといった調子で応じた。
どの像も頭部は共通して球体。しかも、くすんだような金色だ。おそらくムビオの指摘通り、これは沈みゆく太陽を意図した造形に違いない。
そのため獅子に似た体といっても虎かもしれず、あるいは想像上の肉食獣という可能性も否定できない。地を這うような像にしても頭が球体だからワニかトカゲか判別不可能、他も同様である。
なまじ体が精密に造られているだけに、頭だけ完全な球体というのは悪い夢でも見ているような不気味さがあった。丸頭の金属像の群れが微かな月明かりに照らされている光景は、気の弱い者なら卒倒しそうな異様さを漂わせているのだ。
「絶対に許しません……私のワクワクを返してください」
ミリィも見た瞬間に黄昏信仰の影響と理解した筈、しかし彼女の美学が受け入れなかったのだろう。両の拳を固く握ったまま微かに震える姿は、凄まじいまでの怒りを感じさせる。
とはいえミリィが怒るのも無理はない。
異形の像達には、どうも最近になって造り替えたらしき形跡があった。胴体に比べると、頭部の球体のみが明らかに新しいのだ。
つまり本来は頭部も含め、それぞれの動物を模していた。しかし『黄昏の神』を奉じる現国王アーケナが、わざわざ頭だけ造り直した。こうとしか思えない。
「まさか……」
何事かを思いついたらしきハジャルだが、唐突に顔を歪ませると慌てた様子で自身の口を塞いだ。どうも彼は笑い出しそうになったらしい。
「ええ、まさに悪夢です……」
おそらくミリィの頭には、球体の頭の巨人が思い浮かんだのだろう。彼女の顔は青ざめてすらいた。
これらの獣を模した像は、合体して鋼人になると思われる。しかし、ここまで徹底するのだから人間型になっても頭は『黄昏の神』の似姿に違いない。
しかし少々シュールすぎる光景ではないか。ミリィが悪夢の類と忌避するのも無理はない。
「……調査を続けましょう。そして、この駄作の欠点……造形以外の……を見つけるのです」
ミリィの宣言に意見する者はいなかった。そして四人は重苦しい空気を漂わせたまま、無数の球体の間に分け入っていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2019年3月2日(土)17時の更新となります。