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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.06 鋼の公女

 創世暦1002年4月23日、シノブ達はカンビーニ王国を訪れた。先日からのアマノ同盟発足一周年を祝う旅は、獅子王の国も訪問先の一つにしていたのだ。


 出発地点はメリエンヌ王国ベルレアン伯爵領の領都セリュジエール、移動は朱潜鳳のフォルスとガストルが運ぶアマノ号。カンビーニ王国の王都カンビーノまで800kmほどもあるが、超越種最速の翼は二時間程度で渡り終える。


「ケームトの神官達は、どうしているのでしょうか?」


「一部は『黄昏の神』に改宗したようですが、大半は神殿から去ったようですね」


 カンビーニ王太子シルヴェリオの問いに、シノブは食事の手を休めて応じた。出立が早かったこともあり、シノブ達の朝食はカンビーノでとなったのだ。


 ここは王都カンビーノの中央に(そび)える『獅子王城』、広間には両王家が集っている。

 アマノ王家は乳児のリヒト以外。つまりシノブにシャルロット、ミュリエルにセレスティーヌの四人だ。

 カンビーニ王家は十人。まず国王レオン二十一世と王妃が二人、次に先王妃のメルチェーデ、王太子シルヴェリオと妃が二人、アルストーネ公爵夫妻、そして娘の公女マリエッタである。

 ちなみに先王と彼の第一妃は没しており、カンビーニ王家は成人の全てが出席した形だ。なお子供はマリエッタの弟テレンツィオがメリエンヌ学園に留学中、他は幼いからリヒトと共に育児室にいる。


「放逐されたのだろうか?」


 レオン二十一世の声は決して大きくなかったが、広間の隅々まで響き渡る。流石は『銀獅子レオン』の名を継ぐ男、気が小さい者なら震え上がってしまうような重さを備えていた。


「いえ。ミリィの報告には、希望者は官職に就いたとありました。それに望まぬ者には充分な退職金が支払われたとか」


「どうも穏便な解決を望んだようです」


「きっと手切れ金ですわ!」


 シャルロットが調査結果を語ると、ミュリエルとセレスティーヌが推測混じりの補足をした。もっともセレスティーヌの場合、憤慨を示したというべき内容ではあるが。


「単純に追い払わず、取り込むか金銭で解決……ですか」


「ふむ……頭の良い男なのじゃろうな」


 感心したような声はアルストーネ準公爵ティアーノ、苦々しげに応じたのは妻で公爵のフィオリーナだ。この二人はシノブ達の来訪に備え、昨日からカンビーノに滞在しているそうだ。

 なお二人は二月に生まれたばかりの第三子ストレーオも伴ったが、まだ食事をさせるには早すぎる。おそらく彼はシルヴェリオの子供達やリヒトと遊んでいるか、あるいは寝ているかだろう。


「そうなると、交易は難しいのでしょうか?」


 残念そうな声を発したのはシルヴェリオの第二妃オツヴァだった。

 オツヴァはエレビア王国の王女、つまりアスレア地方の出身だ。そして東域探検船団到来以降のエレビア王国は海上交易に力を入れているから、オツヴァもケームトとの貿易に注意を向けていたのだろう。


「今すぐには無理でしょうね。少なくとも『黄昏の神』の正体が明らかにならないと、付き合うべきか否か判断できません」


 シノブは言葉を選びつつ応じていく。

 この星を生き物が住めるように整えたのは女神アムテリアで、今も彼女は従属神や眷属達と共に星を守っている。しかし創世期を除くと神々は直接的な介入を避けてきたし、地上の者達の自立を望んでいるという。

 つまり人々が自身で新たな神を選ぶなら、アムテリア達は静観するのではないか。それなら『黄昏の神』という存在を頭から否定してはならないのでは、とシノブは思っていた。


 ただしシノブが知るケームト以外の国はアムテリアと従属神達を奉じているし、そもそも他に神がいるなどと想像したことすらない者が殆どである。一年前の戦いで異神を知った者達ですら、他所の世界からの侵略者と断じているほどだ。

 これは街の人々も同様で、彼らがケームトの現状を知ったら邪教の地として忌むだろう。したがって黄昏信仰が続く限り、交易どころか交流すら難しい。


「でも心正しき者もいるらしいのじゃ! ミリィ殿が見つけた、トトという少年じゃ!」


「ほう……」


 マリエッタが声を張り上げると、レオン二十一世が興味も顕わな顔を向ける。

 普段から孫娘には甘いところのある獅子王だが、今回はそれだけでもないようだ。おそらくマリエッタの声や表情から、ケームトとの関係作りに繋がる何かがあると感じたのだろう。


「おそらくですが、トト少年は何らかの反政府組織と繋がっているようです」


 シノブは推測を多く含むと前置きした上で、話を続けていく。

 ケームトの都アーケトには、従来の信仰を保つ者達がいるらしい。街の者達も処罰を恐れているだけで、内心では『黄昏の神』と距離を置いているように思われる。それら現地から寄せられた事柄を、シノブは明かしていった。


「ならば話は早いではないか!」


「そのトトという少年の一派を後押しして、新たな王家を作っては?」


「乱暴は避けたいのですが……どうも向こうは鋼人(こうじん)の使い手らしいですし」


 意気込むカンビーニ王と王太子に、シノブは首を振る。

 ケームトの巨石建造や大規模な灌漑(かんがい)は、巨大な木人や鋼人(こうじん)を使って成し遂げたらしい。そのため現王家を武力で倒す場合、かなりの抵抗が予想される。


 アマノ同盟にも同等の技術はあるし、憑依術を得意とする者もいる。それに極めて一部だが飛びぬけた技量を持つ武人や魔術師なら、状況や工夫次第で生身でも対抗できる。

 しかし巨大像が王都で暴れたら、どれだけ被害が出ることか。そのようなことになれば、たとえ勝ったとしてもケームトの人々は心を開いてくれるだろうか。

 ケームト側はアマノ同盟の存在すら知らないから焦る必要はないし、暫くは探りつつ出方を考えるべき。そのようにシノブは思っていた。


「ふむ……しかしだな……」


 レオン二十一世は渋面のまま言葉を途切れさせる。どうやら彼はシノブの内心を察したようで、重ねての主張は控えたらしい。

 強硬に出たら武力衝突は必至だ。とはいえアムテリア達の敬虔な信者としては、このまま放置しておくなどあり得ない。

 獅子王の胸中では二つの思いが戦っているようだが、答えを見出せないらしく声を失ったままだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 暫しの間、広間は静寂に包まれる。

 カンビーニ王家の初代、『銀獅子レオン』は聖人ストレガーノ・ボルペの助けで建国したという。この聖人を使わしたのは神々だというから、カンビーニ王家がアムテリア達を崇めるのは当然だろう。

 隣国のメリエンヌ王国やガルゴン王国も同じく神々の使徒の助けで国を興しており、やはり王家は強い信仰を保っている。それにヴォーリ連合国やデルフィナ共和国、アルマン共和国も同じく聖人に支えられた英雄がいた。

 そのためエウレア地方は他より信仰が厚いらしく、比例して異神への嫌悪も強いようだ。


 やはりケームトの件は調査中として伏せておくべきだったか。そんな思いがシノブの脳裏を(よぎ)ったとき、新たな発言者が現れた。


「邪教を押し付けられた人々を思うと胸が痛みます」


「そうじゃな。シノブ殿、せめて白黒はっきりさせたいものじゃが?」


 どうもティアーノは義父を思いやったらしい。それにフィオリーナも夫に続き、後押しらしき言葉を口にした。


 ケームトは現状平穏で、国王側も今は弾圧というほど強権を振るっていない。新たな信仰を打ち出したのは十年前だから、表向きは既に改宗済みなのだ。

 しかしケームトの人々は心の痛みを味わっている筈だと、公爵夫妻は訴えかける。


 確かに二人の指摘は正しいかもしれない。

 実際トトは憂いを顕わにしたというし、彼が匂わせた仲間も同じように現状を苦々しく感じているらしい。それならケームトの人々を思って動くべきではないか。

 このようにシノブも考えはするのだ。


「流石は父上、母上! (わらわ)もそう思うのじゃ!」


「しかしマリエッタ、君は潜入向きじゃないだろう? それにエマ殿のように砂漠に詳しくもない」


 意気込むマリエッタを、叔父のシルヴェリオが柔らかにだが制した。どうも彼は、姪がケームトに行きたがっていると察したらしい。


 親友のエマが潜入部隊に選ばれたからか、マリエッタはケームトに興味を示すようになった。正確には自分も動きたくなったというべきか。

 しかし現在のところ潜入者達は農民に化けて探る程度で、派手な活躍とは無縁だ。少なくともマリエッタが磨いてきた槍技を披露する場はないし、それどころか素手を含めて闘争めいたことは皆無である。

 そのためマリエッタが加わっても退屈するだけだと、シルヴェリオは考えたのだろう。


「むぅ……叔父上」


「畏れ入ります。アマノ王国の大神官アミィ様とガルゴン王国のエディオラ王女がお見えになりました」


 マリエッタが不満げな声を漏らしたとき、侍女が来客の存在を告げた。

 この日アミィはシノブ達と別行動し、メリエンヌ学園に寄っていた。名前が挙がった残る一人、エディオラの強い要請があったからだ。

 どうもエディオラは、何か披露したいものがあるらしい。おそらくはメリエンヌ学園での研究成果についてだろう。


「入っていただくように」


 レオン二十一世は落ち着いた声を侍女に返す。

 シノブはアミィの予定をカンビーニ王家にも伝えたし、エディオラも来るだろうと言い添えた。そのためカンビーニ王家の面々も含め、驚きを示した者はいない。

 エディオラはマリエッタを非常に気に入っているから、多くの者は研究の披露を兼ねて会いに来たと思ったようだ。


「シノブ様、お待たせしました!」


「お久しぶりです」


 まずアミィ、そして次にエディオラが入ってくる。

 アミィは朝方と同じ衣装、アムテリアから授かった白い軍服風の上下に緋のマントだ。今日は大神官としての出席だから、彼女は正装を選んだのだ。

 エディオラも普段の動きやすい服ではなく、王女に相応しいドレスを着ていた。普段は装身具すら着けない彼女だが、今は首飾りとイヤリングが光っている。


 そこまでは侍女の先触れの通りだが、まだ続く者がいる。それは超越種の子供達だ。


『シノブさん、やっと出来ました!』


『凄いですよ~!』


『お騒がせしてすみません』


 まずは岩竜オルムルに光翔虎のフェイニー、遠慮がちな声は炎竜シュメイだ。

 それに他の子も続々と入ってくる。岩竜ファーヴに炎竜フェルン、海竜リタンに嵐竜ラーカ、更に朱潜鳳ディアスに玄王亀ケリス。皆、アムテリアが授けた腕輪で人間の子供くらいの大きさに変じての登場である。

 ちなみに飛翔や浮遊が出来ない幼子は、年長者達の背に乗っている。玄王亀のタラーク、嵐竜ルーシャ、海竜ラーム、朱潜鳳の双子ソルニスとパランだ。


「そういえば、いらっしゃいませんでしたな」


「ええ、ここのところ何かの修行をしていたようです」


 レオン二十一世の問いかけに、シノブは大きく頷き返す。

 暫く前にエディオラから研究への協力要請があり、オルムル達も面白そうだと興味を示した。そのため最近のオルムル達は別行動が多く、朝早く出て夜遅く帰る日が続いていたのだ。

 ただしオルムル達は修行が必要と言うのみで教えてくれず、シノブも詳しいことは知らぬままだ。


「エディオラ殿、何を披露してくださるのかな?」


「学園の最新成果。でも、今日の予定が終わってからで良いです」


 シルヴェリオが興味も顕わに訊ねるが、エディオラは明かさず後回しで良いと答える。今日は朝から昼過ぎまで記念式典や祝宴が続くと、アミィから聞いていたようだ。


 一年前のアルマン島の戦いには、シルヴェリオの率いる艦隊が加わった。そのため港で観艦式もあるし、各艦が操船や射撃の技を競いもする。

 これらを飛ばすわけにはいかないから、シノブも大いに安堵した。


「それは助かる。しかし準備など、何か聞いておくべきことはないかな?」


「……王家の狩場を貸してください」


 どうもレオン二十一世は、どのようなものか知りたかったらしい。しかしエディオラは場所を告げたのみで、詳しいことは明かさないままだ。


 いったい何を見せてくれるのかと、シノブも興味を(いだ)く。

 王家の狩場は、ここカンビーニ半島の中央にあるセントロ大森林に設けた狩猟場である。大森林の中心は魔獣の領域だから容易に入れぬ秘境だが、周囲は大物揃いの良い狩場として昔から利用されているのだ。

 そこを指定するのだから、何かを狩るのだろうか。それとも単に人目につかない場所として指定しただけなのか。シノブは様々に想像を巡らせたが、いずれ分かることと後の楽しみに取っておくことにした。

 何しろ食事後の予定は目白押し、のんびりは出来ないからである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 まずは王城の隣の大神殿で神々に感謝を捧げ、続いて港までパレードだ。それから海に出て船乗り達の妙技を堪能する。

 一糸乱れぬ操艦術、大型弩砲(バリスタ)での射撃、そして南方水術などの個人技。それらをシノブ達は、アマノ号で空から見物する。

 これにはリヒトを始めとする幼子達も大喜びだ。海に浮かぶ船と違い、空からだと何十隻も連なる艦船が一目瞭然だからである。


「ふ~! ふ~!」


「ああ、船だよ」


 シノブは膝の上の我が子に頷き返し、再び外へと顔を向ける。

 青く輝く水上を、大型弩砲(バリスタ)を連射する軍艦が疾走していく。今は順風、帆を一杯に張った船は相当な速度だが、それでも巨矢は全て的に当たっていた。

 しかも続く艦も同じく全部的中、カンビーニ王国海軍の練度の高さを誇らしげに示している。


「リヒト殿は凄いですね」


「あ~!」


 こちらは隣のシルヴェリオ、抱えているのは昨年末に生まれた第二子で娘のミリアーナだ。ちなみに長男のジュスティーノは三歳、こちらは母と共にリビングの中を巡っている。


「ほんにのう……ストレーオも頑張るのじゃぞ」


「うぅ……」


 フィオリーナは我が子の頭を撫でるが、眠たいらしく返事は曖昧だ。もっともストレーオは生後二ヶ月少々、来客や外出で疲れるのも当然である。


「超越種の皆様は、何を見せてくださるのかな?」


 レオン二十一世は甲板の上を見つめていた。

 アマノ号は双胴船型、二つの船体を繋げた形だ。その右側の甲板で、オルムル達が何かを相談するかのように円を描いている。

 しかも円の中にはエディオラとマリエッタもいる。どうもエディオラの新作には、マリエッタも何らかの形で関わるらしい。


「さあ、なんでしょう? ここのところエディオラ殿は、木人や鋼人(こうじん)の研究をしているようですが……」


 シノブはメリエンヌ学園の設立者だし、一応は理事長も務めている。

 実際には現場任せだが、それでも大まかなところは報告を受けるし時々は視察もする。そのためシノブは、主要な研究員が取り組んでいるテーマくらいなら知っていた。


「マリエッタを呼んだところからすると、あの子が憑依するのでしょうか?」


「憑依は習得したと書いておったぞ。ただ、自分の体と同じくらいの木人しか動かせぬそうじゃが」


 シルヴェリオは首を傾げたが、フィオリーナは違った。マリエッタは両親に手紙を送っているし、その中で新たな技を会得したと記していたのだ。


「ケームトの鋼人(こうじん)は、どのくらいの大きさなのでしょうか?」


 娘が動かせる木人で対抗できるのか、ティアーノは疑問に思ったらしい。

 今までシノブ達が見た木人や鋼人(こうじん)には人間の大人の十倍を超えるものすらあった。そんな巨人が現れたら、人間大の木人に勝ち目がないのは明らかだ。


「人間の十五倍以上……二十倍近い大きさらしいですね。ミリィ達も見てはいませんが」


 シノブの返答に、どよめきが広がっていく。

 およそ十年前、現在の王都アーケトに遷都したときは巨大鋼人(こうじん)が建築に携わったという。しかし都市全体として一応完成した後、それらの出番は無いらしい。

 身長30mを超える巨人だと、家一軒を建てる程度では大きすぎるのかもしれない。あるいは王家の血筋でも、容易には動かせない理由があるのだろうか。


「それなら湖を造り、砂の大地を緑溢れる場に変えたというのも頷けますな……」


「ええ。代々の王……そして王族でも特に血の濃い者達は、全て巨大像を自在に操ったそうです」


 獅子王の発した重苦しい響きに、シャルロットも憂いの滲む声音(こわね)で応じた。

 一つだけでも脅威だが、時には幾つもの巨像が同時に活躍したという。それだけ圧倒的な力を備えているから、現国王の強引な宗教改革も押し通せるのだろう。

 そして国王に反旗を(ひるがえ)すなら、この巨人に勝たねばならない。


 アマノ同盟なら同じような巨大木人や鋼人(こうじん)を複数用意できるが、ケームトの反政府組織に可能なのだろうか。もし可能だとしても、都が崩壊するほどの大激戦になるかもしれない。

 この辺りを読み違えると、ケームトの人々を助けるどころか大惨事を招いてしまう。


「確かにのう。勝ったは良いが、後に残ったのは瓦礫の山となった都……これでは後味が悪すぎるのじゃ」


「とはいえ相手は国王、そう簡単に王都を離れるとは思えません」


 フィオリーナの呟きに、彼女の母でもある第一王妃のマティルデが続く。

 過去のケームトの王には、巨像に憑依して行幸した者もいるらしい。自身の体を像の手に乗せるなどして、旅をしたそうだ。

 ただし現ケームト王アーケナは殆どの時間を都で過ごしているという。つまり外出時を狙うのも難しく、反政府組織は真正面から彼に挑むしかないようだ。


「そうなると暗殺ですか?」


「しかしティアーノ殿、それで勝っても民が付いてくるでしょうか?」


 ぶっそうなことを口にしたティアーノに、もう一人の王妃マリアーナが疑問を提示する。

 確かに真正面から戦っても勝ち目はなさそうだ。しかし現国王アーケナの治世は、卑劣な策が許されるほど苛烈でもない。

 それが分かっているから、反政府派も暗躍するしかないのだろう。


「ケームトという国は、海に乗り出さないのでしょうか? デューネ様への信仰が厚かったと伺いましたが……」


「どうも陸地と河だけで充分に豊かなようです」


 王太子の第一妃アルビーナの疑問に、シノブは表向きの理由で答えた。

 デューネは海の女神だから、彼女の加護が強ければ海洋国家になりそうなものだ。しかしケームトは古代エジプトを元にしているから、デューネは航海術の発達を促さなかったらしい。

 しかし地球のことを要因として挙げるわけにいかないから、シノブの答えは少々苦しいものになる。


「そろそろ終わりのようです」


「本当です!」


「あれが最後の船ですわね!」


 シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人は海上を指し示す。

 確かに大型弩砲(バリスタ)での射撃は終わろうとしていた。これで海上演習は終了、次は陸上の式典である。

 そこでカンビーニ王家の面々も、眼下の船団へと顔を向けなおした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 陸に戻ってからは騎士の演武、そして祝宴と続く。しかし晩餐までの間に休憩がてらの空白があり、そこを使ってシノブ達はセントロ大森林の狩場へと移る。

 先ほどと同様にアマノ号に乗れば、ほんの五分程度で到着だ。一行は出された茶を味わう暇もなく、狩場の大地へと降りる。


「それではメリエンヌ学園の最高傑作を披露する。まずはタイガーから」


 エディオラの声は普段と変わらぬ平板さを保っているようでいて、僅かに誇らしげであった。感情の薄い彼女だが、自作への愛情はあるし傑作と口にするくらいだから相当な自信があるのだろう。


「タイガーとは、虎の別名だったな」


「ええ、神々から授かった言葉だそうです」


 レオン二十一世とシルヴェリオは密かな(ささた)きを交わしていた。

 この星の言葉は日本語で統一されているが、一部に英語などを元とする単語が伝わっている。特に今のような日本語でも言い換え可能な単語だと、何かの拍子に神々や眷属が伝えてしまったもののようだ。


 それはともかく、エディオラが顔を向けるとアミィが魔法のカバンへと手を差し入れる。そして彼女が取り出したものに、囲んでいた者達は大きなどよめきを示した。


「これは虎ですね!」


「確かに……しかし随分と大きいのう」


「それに(はがね)の虎ですわ!」


「と~! と~!」


 今回も観客はアマノ王家とカンビーニ王家、そして超越種の子供達だけだ。朝食との違いは幼児や乳児も共にいることくらいか。

 ともかくシノブ達の視線の先にあるのは、金属製の巨大な虎だった。それも光翔虎の成体くらい、つまり全長20mほどもありそうな巨体である。

 色は白金(しろがね)、ただし頭部や爪は金色だ。


「お願いします」


『タイガー、起動です~!』


『はい!』


『分かりました!』


 飛び出したのは光翔虎のフェイニーと岩竜オルムル、そして海竜リタンだ。三頭は金属の虎の口から中に入っていく。

 すると虎の目が輝き、まるで生き物のようにしなやかな動きで体を起こす。


「虎の鋼人(こうじん)……。いや、人間型ではないから鋼獣(こうじゅう)……か?」


 シノブは思わず呟きを発した。

 フェイニーが憑依したようで、金属の虎の動きは彼女に酷似している。そうするとオルムルとリタンは補助役、魔力の補給などを担当しているのだろうか。

 シノブは巨大な虎を見上げながら、想像を巡らせていく。


『人間型にもなれますよ~。マリエッタさ~ん!』


「わ、分かったのじゃ!」


 フェイニーが呼びかけると、マリエッタが走り出す。そして大きく踏み切った虎の獣人の少女は、先ほどの三頭と同じく口から奥へと入っていく。

 すると(はがね)の虎は宙に浮かび、更に頭を天に向けるように向きを変えた。


「これは重力魔術でしょうか?」


「ああ……それに変形している」


 なんと虎の金属像は、人間型に姿を変えていく。虎の頭部は胸部前方に移り、別に人間に酷似した頭が現れる。

 手は(こぶし)に変わったが、足は鋭い爪のまま。それに人の背の十倍以上の巨体だから、迫力満点かつ非常に強そうだ。


『これが(わらわ)の……凄いのじゃ!』


 虎から変じた白金(しろがね)の巨人は、少しの間だけ動きを試すかのように(こぶし)を握ったり足を踏み降ろしたりしていた。しかし数瞬の後、巨人は大きく飛び下がって演武めいた動作を開始する。

 まさに空を切り地を砕く大迫力、周囲の木々から驚いたらしき鳥が飛び立つと一目散に逃れていく。


「これでケームトの鋼人(こうじん)と戦うのだな?」


「しかし向こうは十五倍から二十倍だとか……」


 興奮が滲む声は国王レオン二十一世、対照的に懐疑を示したのは王太子シルヴェリオ。周囲も同じく、歓喜と疑問が半々といったところだ。

 しかし更なるエディオラの言葉で、状況は一変する。


「朱潜鳳ガー、嵐竜ガー、玄王亀ガーを」


「はい!」


 エディオラの言葉を受け、再びアミィが魔法のカバンへと手を入れる。

 今度は三つ、エディオラが口にした三つの超越種を模した金属像だ。これもタイガーと呼ばれた虎の金属像と同じくらい大きい。

 しかし最初の像と違い、今度はどれも黒金(くろがね)だ。どれも漆黒の輝きを放っている。


『行きますよ!』


『ええ!』


『頑張ります!』


 鳥型に朱潜鳳ディアスと炎竜フェルン、細長い龍体に嵐竜ラーカと岩竜ファーヴ、そして亀を模した巨体に玄王亀ケリスと炎竜シュメイが入る。今度もそれぞれの種族の他に補助役が付くらしい。


 おそらく補助は巨大な金属像を浮遊させるためだろう。シノブは虎の巨像から、オルムルとリタンによる重力操作を感じていた。

 それに人の姿に変じた今は、フェイニーも補助に回っているようだ。今はマリエッタが像を動かし、彼女の体をフェイニー達が重力操作で守っていると思われる。


「この巨人と三つの像で戦うのか……」


 偉大なる獅子王も、合わせて四つの金属像が宙に浮かぶ様子から目が放せないらしい。彼は呆然(ぼうぜん)たる面持ちで見上げながら呟くのみだ。


「それは早合点……最終合体」


『最終合体!』


 エディオラは平板さを保ちつつも僅かに楽しげな声を発した。するとマリエッタ達が、歓喜も顕わに唱和する。

 人の巨像の中でマリエッタと三頭、そして残る三つの像で二頭ずつ。合わせて十の声が一つになり、四つの(はがね)が唸りを上げて宙を旋回していく。

 白銀の巨人を中心に、嵐竜を模した像が両腕となり玄王亀の似姿が二つに分かれて脚部を形成する。そして黒金(くろがね)の大鳥が新たに生まれた巨人の背に舞い降りる。


『超鋼人(こうじん)(ごう)タイガー!』


 地響きと共に地に降り立った巨人は、マリエッタの声で名乗りを上げる。その巨体は人の二十倍近く、これならケームトの鋼人(こうじん)と互角以上に戦えるだろう。

 それに地震のような揺れからすると、重さも相当にありそうだ。


「まさか超越種の助けを借りたのは、重力操作のため?」


「流石はシノブ様。この(ごう)タイガーは、普通の鋼人(こうじん)と違って中も殆どが(はがね)。だから重たくて超越種様の協力が必要……でも、絶対に負けない」


 シノブの予想は当たっていた。

 これだけの重量なら立たせるだけで精一杯、動いたら手足がもげてしまうだろう。それ(ゆえ)エディオラはオルムル達に協力を求め、しかも普段は四つに分ける工夫まで施したのだ。


「しかし、この巨人が戦ったら都市など壊滅するのでは?」


「大丈夫……マリエッタ!」


 問うたシャルロットに微笑み返すと、エディオラは巨像に向かって声を張り上げる。

 すると漆黒の巨人は手を(かざ)した。向ける先はシノブ達の右側、ところどころに木々があるだけの草原だ。

 どうも魔術を行使するらしく、巨大な手のひらには凄まじいまでの魔力が集中していく。


『玄王流……』


『朱潜流……』


『……空間歪曲じゃ!』


 最初はケリス、次にディアス、そして最後はマリエッタ。三つの叫びが一つになると、巨人の手のひらが向いた先に魔力が(ほとばし)り、草原が割れていく。

 出現したのは、まるで円形の闘技場。土が剥き出しの更地が、それこそ町一つ入りそうなくらい広がっている。


「これは玄王亀様や朱潜鳳様の技。だから戦いが終わって解除すれば元通り」


 エディオラの宣言通り、暫く経つと円は縮まり元の草原に(かえ)る。つまり(ごう)タイガーとなった後のケリスやディアスは、戦う場の維持を受け持つわけだ。


「一つだけ質問していい? ……これってミリィの発案?」


「いえ、私が考えた。でも名前や分け方は、メリーナさんが神託で授かった」


 今度はシノブの予想通りではなかった。

 機構自体はエディオラの案、ただしエルフのメリーナも協力したという。正確にはメリーナに語りかけた存在、つまりエルフの守護者である森の女神アルフールの助力なわけだが。


「そうか……俺も礼を言っておくよ」


 シノブは笑顔で応じつつ、海の女神デューネに伝えておこうと決意した。

 確かに凄く役立ちそうな鋼人(こうじん)だが、ここまでする必要があったのだろうか。神ならぬ身の自分には判断できないが、デューネなら正しく対処してくれると思ったのだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年2月23日(土)17時の更新となります。


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