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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第28章 新たな神と砂の王達
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28.02 新入生と侵入生活

 アマノ王国は南端でも北緯42度ほど、加えて山がちだから冬は厳しく雪も深い。しかし四月半ばともなれば山野は緑豊かな場に変じ、河川も雪解け水と新たな命で満たされる。

 そして賑わう天地と呼応するように、王都アマノシュタットにも新顔が増えていた。


「ラークリ、こっちでの暮らしには慣れたかな?」


「はい! 思ったより寒くないですし、大丈夫です!」


 シノブの問いに、褐色エルフの少年が朗らかな笑顔で応じる。

 ラークリが生まれ育ったのはイーディア地方のエルフの森、つまり熱帯雨林である。四月になったとはいえ高緯度かつ標高のあるアマノシュタットとは大違いだが、厚手の衣服と暖房の魔道具があるから問題ないという。

 もっともラークリの顔には汗すら浮いている。今は早朝訓練の直後、入浴中なのだ。

 シノブを含め湯船の中、掛け流しの温泉を堪能している。


「それにシースミもいますから!」


 ラークリが挙げたのは三歳下の妹だ。

 まだシースミは七歳だが巫女として優れた素質を持っており、不完全ながら神託すら得ている。その才能を伸ばすべく、彼女はアミィ達の指導を受けることになったのだ。

 せっかく森が平和になったのだから両親と共に暮らしたらと思ったシノブだが、本人や両親も強く希望するから結局は引き受けた。そして一人だけでは寂しかろうと名乗りを挙げたラークリを含め、『白陽宮』で預かることになった。


「そうだね。今ごろはミュリエルやミシェル……それに泉葉(いずは)小蘭(シャオラン)と勉強中かな?」


 シノブは頷き返すと、同じく巫術を学ぶ少女達を思い浮かべた。

 ミュリエルは魔力に恵まれているし、以前からの治癒魔術に加えて憑依術も学び始めた。これはベルレアン伯爵家時代からの学友ミシェルも同様で、どちらも既に木人や鋼人(こうじん)を操れる。

 そのため新たな留学者でも、魔術師や巫女の素質を持つ者達はミュリエル達と共に学ぶことになる。


 イズハはヤマト王国からの留学者、そして王太子健琉(たける)の縁者でもある。タケルの妃立花(たちはな)が、イズハの又従姉妹なのだ。

 イズハは既に巫女としての修行を始めており、(おさ)であるヤマト姫に仕えてもいた。加えて彼女は過去に幾度かアマノシュタットを訪れており、ミュリエルやミシェルとも親しい。

 そのため他国からの留学を知ったヤマト王国は、イズハを自国代表として推したのだ。


 シャオランはホクカンの第二皇女だ。彼女は五歳と幼いが、邪霊の英角(インジャオ)が憑依の対象に選んだほどで巫女として高い適性を持っていた。

 シノブは少々早いと思ったが、こちらも本人の決意が固かった。シャオランは邪霊から解放してくれたシノブ達に強い感謝を(いだ)いていたし、姉の雪蘭(シュエラン)共々引き受けるしかなかった。

 ちなみにシュエランは巫女の素質を持たず、こちらはセレスティーヌと共に社交術を学んでいる。


「だと思います! 同じくらいの歳の子がいて嬉しいって言っていました!」


 ラークリは細く長い耳を小刻みに震わせた。エルフの耳は笹の葉のように長く、しかも幾らかは動かせるのだ。


「ミシェルとイズハが八歳だったね。巫女という共通の話題もあるし……」


 少々案じていたシノブだが、これなら問題なさそうだと顔を綻ばせる。

 『白陽宮』で住み暮らすエルフはラークリとシースミが初めてだった。エルフの国もアマノシュタットに大使館を置いているし数少ないが店を構えた者もいるが、王宮の中に二人の同族はいない。

 そのため寂しかろうと思ったシノブだが、屈託のないラークリの笑顔と声に取り越し苦労だったかと思い直す。


「色んな国の人と知り合えて勉強になります」


「そうだよね。姉もセイカンの人と一緒に修行しているし……」


 スワンナム地方出身のヴィジャンに、ナンカンの忠望(ヂョンワン)が頷き返す。

 シャルロットのところには、セイカン皇女の麗月(リーユエ)がやってきた。リーユエはヂョンワンの姉であるナンカン皇女の玲玉(リンユー)と同じく虎の獣人だけあり、武術の才に恵まれていたのだ。


 多くの少年少女が『白陽宮』で暮らし始めたのは、四月という時期に相応しくもある。

 それにメリエンヌ学園への留学者も更に増えた。先月巡ったアスレア地方の国々からも、アルバン王国の王女エレーミアやタジース王国の王女フィールアなどがやって来た。

 このように交流は加速する一方だが、中には少々変わった留学者もいる。


──シノブさん、そろそろ上がりましょう!──


 思念を発したのは朱潜鳳の子ソルニス、まだ生後一ヶ月の幼鳥である。彼は湯の上を漂いつつ、バシャバシャと羽を動かす。

 朱潜鳳の成体は鶴のように首と足が長いが、まだ彼はズングリとしているから浮かぶ姿はアヒルの玩具のようで可愛らしい。とはいえクチバシから足先までは人間の赤子ほどもあり、結構な勢いで湯が跳ねる。


「どうしたのでしょう?」


「さあ?」


「……お風呂が楽しいのでしょうか?」


 小首を傾げたのはラークリ、応じたのはヂョンワンとヴィジャンだ。

 ここにいる四人のうち、思念が使えるのはシノブだけだ。しかもソルニスが来たのは昨日、そのため少年達は小さな朱潜鳳が上がりたがっていると思わなかったらしい。


「もう出たいって。朱潜鳳が棲むのは砂漠の地下だから、あまり水浴びをしないんだろうね」


「そうでしたか!」


 シノブがソルニスを抱えつつ立ち上がると、少年達も続く。

 一方ソルニスといえば、喉を鳴らしつつシノブの魔力を吸っている。そもそも彼が風呂まで付いてきたのは魔力を得るためなのだ。


──棲家(すみか)にお風呂はありません! 父さまや母さまは魔力で汚れを落としますから!──


「お風呂は無いって。でも魔力で汚れを落とすから問題ないそうだよ」


 先ほどと違ってソルニスは『アマノ式伝達法』でも伝えていたが、念のためにシノブは通訳していく。

 超越種は人間以上に知能が高く、このモールス信号に似た意思伝達も一時間やそこらで覚える。しかしラークリは来たばかりだし、ヴィジャンも六歳だから完全には習得していないのだ。


──それに人間達も、あまり水を使わないそうですよ!──


「砂漠だと水は貴重だからね。ソルニス達の棲家(すみか)は、アフレア大陸でも特に厳しい場所だから」


 幼鳥の思念に応じつつ、シノブは遥か南の地を思い浮かべる。

 それはアマノシュタットから南東に3500kmほども離れた地、大洋メディテラ海を超えた先。ミリィ達が調査を始めたケームトと呼ばれる国に近い場所だった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ケームトは地球ならエジプトに相当する場所だが、完全に同じではない。

 まず地中海と違ってメディテラ海は広く、南北の大陸を完全に分けている。エジプトの北岸は北緯31度ほどだが、こちらだと10度近くも南なのだ。

 この星にアラビア半島に相当する陸地はないし、北大陸とアフレア大陸は狭いところでも1000km近く離れている。つまり緯度で考えるなら、ケームトはスーダン辺りとすべきかもしれない。


 そのためサハラ砂漠に当たる場所も南北が狭いが、行き来は地球以上に難しかった。アフレア大陸北部の砂漠は巨大魔獣が棲む場所だからである。

 特にソルニス達の故郷は顕著で、シノブ達も到着早々に手荒い歓迎を受けた。


「シノブ様~! ここがデシェの砂漠でしぇ~!」


 魔法の幌馬車の中に響く声、ミリィの叫びは最後が奇妙に歪んでいた。

 最初シノブはミリィ特有のジョークかと思ったが、すぐに違うと理解する。彼女は巨大魔獣の群れを撃退している最中だったのだ。


 魔法の幌馬車が置かれているのは砂漠に(そび)える岩山の上で、『白陽宮』の最上階よりも高そうだ。少なくとも20mを超えているのは間違いない。

 しかし眼前の無魔(むま)大蛇(おおへび)も、同じくらいの位置に頭がある。これをミリィは風魔術で迎え撃っているが、相手は百匹近くで少々押されていた。

 今日のミリィは猫の獣人の姿だが、頭上には耳がピンと立ち背後では尻尾も高々と持ち上がっている。よほど切羽詰まっているのだろうと、シノブは急いで外に飛び出す。


「ミリィ、光鏡で跳ばすから!」


 シノブは岩山の上に降り立つと、光の盾を急いで装着する。そして巨大な光の円盤を二つ出現させ、一方を遥か彼方へと飛ばした。

 こちらに残した光鏡から大蛇を取り込み、対になるものに移すのだ。


 相手は魔獣だが、無闇に命を奪うこともあるまい。ここデシェは人跡未踏の大砂漠、自分達の方が侵入者なのだから。幾らなんでも10kmも遠方に跳ばされたら、そう簡単に戻れないだろう。

 そう考えたシノブは、なるべく穏便に済まそうとした。


「もう少しマシな場所は無いのですか!?」


 アミィは外の惨状に(あき)れたらしいが、それどころではないと思い直したようだ。彼女は同僚の隣に並ぶと、風の魔術で大蛇の群れを押し返していく。


「無いんですよ~!」


 ミリィは叫び返しながらも魔術による暴風を放ち続ける。そしてシノブが光鏡に大蛇を放り込んでいく間、眷属二人で岩山を死守した。


「厳しいと聞いていたけど、これほどとはね」


 全ての大蛇を遠くに移し終え、シノブは一息つく。

 魔力感知で探るが、近くに魔獣の(たぐい)はいないようだ。それに光鏡で移した無魔(むま)大蛇(おおへび)が戻ってくる様子もない。


「ウピンデ国の南で見たものの倍はありましたね」


「デシェを越えられない理由の一つですよ~」


 アミィの指摘に、ミリィはコクリと頷き返す。

 無魔(むま)大蛇(おおへび)は魔力が多ければ多いほど大きくなる。そしてデシェの砂漠は極めて魔力が多く、巨大化も激しいらしい。


 アフレア大陸の北部は殆どが砂漠化しているし、同じように大蛇や大サソリが棲んでいる。しかしデシェと違い、他は行き来が不可能というほどではない。

 そのため当初アマノ同盟は西のウピンデ国から東へと目指したが、これでは飛行船でも持ってくるしかないだろう。


「ミリィは空から来たんだ?」


「はい~。潜入チームの皆さんは、ケームトで調査を進めています~」


 シノブの問いに、どこか疲れたような表情でミリィは応じた。

 あれほど意欲的だったのにと、シノブは少々意外に感じる。ケームトは古代エジプトに似た点が多く、地球文化を愛するミリィなら大喜びだと考えていたのだ。


「シノブ様~、私もアムテリア様を慕う眷属なんですよ~。あんな偽りの宗教なんて……」


「罰だから仕方ないでしょう」


 肩を落としたミリィに、アミィが無慈悲な一言を返す。

 ケームトが奉じているのは『黄昏の神』と呼ばれる存在だから、潜入中は周囲に倣って崇めるしかない。しかしミリィにとっては非常な苦痛で、まさに耐えがたきを耐えといった心境のようだ。


「ともかく、ここの朱潜鳳達に会いに行こう。また魔獣が来たら厄介だからね」


 これでは他の眷属達が行きたがらないのも当然だ。そう感じたシノブだが、まずは本題だと思い直す。

 朱潜鳳のラコスが、ここデシェの砂漠に同族の(つがい)が棲んでいると教えてくれた。彼女自身がデシェで暮らしたことはないが、母方の祖父の出身地だという。


「ラコスさんを呼んできます!」


 アミィは魔法の幌馬車へと駆けていく。隠し部屋にある転移の絵画を使い、ラコスを呼びに行くのだ。


「来るのはラコスさんだけですか~?」


「ディアスも一緒だよ」


 ミリィの問いに、シノブは怪訝に思いつつ応じる。

 初訪問だから大勢で押しかけるのも良くないと、ラコスの子ディアスのみを伴うことにした。これはミリィにも伝えており、今更どうしてとシノブは首を傾げた。


「ケームト王の印なんですけど~、どうも朱潜鳳と嵐竜らしいんです~。もっとも今は黄昏信仰だから、使っていないんですけど~」


 ミリィは地面に、首の長い鳥の頭と蛇らしきものの図案を描いていく。

 まるで古代エジプトのファラオの冠にある飾り、ハゲワシとコブラのようだ。そう思ったシノブだが、違いに気がつく。

 ミリィはコブラだと思っていたものに、龍のような前足を付け加えたのだ。


「今の『黄昏の王』は夕日を図案化した冠なんだよね?」


「はい~。それ以前の像や絵は壊されてしまったんですよ~」


 シノブの確認に、ミリィは重々しく頷き返す。

 元々のケームトはアムテリア信仰だが、他より祖霊信仰の色合いが強かったようだ。各部族は様々な生き物を祖霊の象徴として大切にし、その中には超越種も含まれていたという。

 もちろんケームトの人々が超越種と会ったのは創世の時代、つまり今から九百年ほど昔だ。そしてミリィによれば、後に王家となる一族は朱潜鳳や嵐竜と縁があったらしい。


 しかし現在、北大陸とアフレア大陸の間に嵐竜は棲んでいない。

 メディテラ海には海竜の島があるくらいで、彼らが詳しいから間違いない。東のアスレア地方とアフレア大陸の間は異神ヤムが魔力を吸い取り、超越種は棲むのに向かぬ場所として敬遠していた。

 もっともヤムが棲みついたのは七百数十年前、消えて元に戻ったのは昨年だ。したがって創世の時代にはケームトの北部に嵐竜がいたのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ラコスやディアスと合流したシノブ達は、早速地中へと(もぐ)る。

 シノブ達三人はラコスの背に乗り、ディアスは自身の力で地中潜行だ。朱潜鳳の母子は空間を(ゆが)めて地中を飛ぶように進み、僅か一分かそこらで仲間の棲家(すみか)へと着く。

 無魔(むま)大蛇(おおへび)を撃退した岩山の近く、ただし1000mを超える深み。そこには成体の二羽に加え、ディアスより幼い幼鳥が二羽もいた。


──遥か昔、嵐竜が北の海にいたそうです! そして彼らは私の先祖と共に東の人間を導いたと聞きました!──


 強い思念と同時に、朱潜鳳の成体が大きく羽を広げる。朱潜鳳の成体は体高20m近いから、なかなかの迫力だ。

 自信満々に声なき声を響かせたのは、ラコスの遠縁の雄ティタスである。もっともティタスは三百歳ほどと若く、祖父から聞いた話だという。


 それはともかく、やはりケームト王家の冠は朱潜鳳と嵐竜を示したものらしい。ここデシェの砂漠の東にある国はケームトのみなのだ。


──そうなのですか!──


 応じたのはティタスの(つがい)ケレンだ。彼女はティタスより五十歳ほど若い上に別の地方から来たから、この話は初耳だという。


──父さま、流石です!──


──凄いです~!──


 先月誕生したばかりの子供達、ソルニスとパランが続く。そして二羽は母親のケレンと同様に立ち上がり、盛んに羽ばたく。

 ちなみにティタスも立っているが、羽を広げたまま動かさない。彼のポーズは自慢や歓喜など、それに対しケレン達は驚きや興奮を意味するのだ。

 このように朱潜鳳の感情表現は豊かで、しかも分かりやすい。


──すると邪神ヤムが現れる前ですね!──


──どうなったのでしょう!?──


 ラコスとディアスも羽ばたき混じりで問いを発する。

 ラコスは二百五十歳ほど、ディアスに至っては生後十ヶ月弱だ。当然ながら、こちらも創世の時代など知る筈もない。


──そこまでは……たぶん南にでも移ったのでは?──


 ティタスは羽を畳むと、残念そうに頭を下げる。

 一般に嵐竜は海の上を巡って暮らす。彼らは風から魔力を得るが、その中でも台風のような熱帯性の低気圧を好むのだ。

 したがってケームトの北にいた嵐竜はアフレア大陸に上陸せず、南東の海に向かったのではないか。


 ちなみにティタスは異神ヤムを知らなかった。彼の祖父も北の海の魔力減少に気付いていたが、嫌うのみで近寄らなかったのだ。

 超越種は魔力を糧にする生き物だから、下手に空白地帯に入ると命取りになる。そのためティタスも祖父や父に命じられた通り、該当の海域を避けていた。

 しかもティタス達は今のケームトと無関係、人に関わったのは創世の時代を生きた先祖のみという。


「そうか……。ところでティタス、君の先祖って人間に何を教えたの?」


「王家に秘術でも授けたのでしょうか~?」


 シノブに続き、ミリィも声を上げる。

 現ケームト王は『黄昏の神』の教えを広め、従来の神話を消し去った。これは神殿を打ち壊し、経典を燃やしという徹底したものだ。

 そのため今のケームトを調べても、元がどうだったか知るのは難しい。


──魂を使う術だと聞きました。何かに乗り移ったり、自分の体とは別に動かしたり……そういう素質を持っていたらしいですよ。その技を活かして巨大な神殿を造ったとか──


 ティタスは詳しく知らないようだが、どことなく符術や憑依術を思わせる表現だ。そのためケームトの王家とは巫女の一族だったのではと、シノブは想像する。


「思念で語らったでしょうから、巫女の素質があるのは確かだと思います。ディアスの先祖のロークさんと意思を交わした方……アレイオスさんのように」


 アミィが指摘するように、当時の超越種は発声の術を知らない筈だ。つまり意思を交わすのに思念を用いたと考えるべきだろう。

 超越種は人語を解するから思念で語りかける必要はないが、最低でも受ける能力は必要だ。


 ケームトを担当したのは海の女神デューネだが、彼女は随分と古代エジプトを参考にしたようだ。それなら神と語らう王が現れても不思議ではないし、むしろ自然ですらある。


「ありがとう! また何かあれば聞きに来るよ!」


 シノブは一旦戻ることにした。いつも通り転移の神像を置いた空洞を近くに造ったから、後は聞きたいときに来れば良いのだ。


──ちょっと待ってください!──


──ソルニスとパランをお願いします!──


──魔力、美味(おい)しいです~!──


──それにディアスさんと一緒にいたいし~!──


 ティタスとケレンは焦り気味の思念を発し、ソルニスとパランがシノブに跳びつく。

 ラコスは我が子を預けていると語ったし、ソルニス達もシノブの魔力を気に入っている。それにパランは早くもディアスを自身の(つがい)候補と決めたらしい。


「ああ、構わないよ」


 シノブは幼鳥達を抱きかかえ、隣へと目を向ける。今まで朱潜鳳の子はディアスのみだったから、きっと喜ぶだろうと思ったのだ。


──ありがとうございます!──


 予想通りディアスは歓喜を顕わにし、大きく羽を広げていた。それにアミィやミリィも嬉しげに顔を綻ばせている。

 しかしシノブは続く思念に少々表情を変えることになる。


──無魔(むま)大蛇(おおへび)より、シノブさんの魔力の方が早く大きくなれそうですね!──


──そうですね~! きっと百匹分くらいはありますよ~!──


 ソルニスとパランは無邪気な言葉を紡ぐと、シノブに頭を擦り付ける。

 どうやら自分が光鏡で跳ばした魔獣達は、近日中に二羽の胃袋に納まる運命だったらしい。そう思ったシノブだが、先刻の騒動には触れずに済ませる。

 もし無魔(むま)大蛇(おおへび)も食べたいなどと言われたら、まさしく藪蛇(やぶへび)だからである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは砂漠の下の出会いを思い浮かべつつ、朝食の場へと向かう。行き先は『陽だまりの間』、ただし朝は家族のみで食事をするのが常だから従者の少年達とは別れる。


──シノブさん、待っていました~!──


 ピョコピョコと床を跳ねてきたのは、ソルニスの妹パランだ。

 シノブは迎えるべく身を低くし、右手を差し出した。ちなみに左手で抱いたソルニスは深い眠りに入っており、妹の思念にも静かな寝息で応じるのみだ。


──兄さん、起きなさい~! だらしないですよ~!──


「寝る子は育つって言うよ?」


 パランは兄を(つつ)こうと首を伸ばすが、シノブは笑いながら遠ざける。するとシャルロット達も笑みを深くした。


 まずシャルロットとアミィ、そしてタミィとシャミィ。彼女達は思念を使えるから、パランが兄に呼びかけたときだ。

 ミュリエルとセレスティーヌは僅かに遅れ、シノブが言葉を発した直後である。


「と~!」


 シャルロットの腕の中で、リヒトが大きく体を動かす。どうやら彼は床に降ろしてほしいようだ。

 しかしシャルロットは我が子を離さない。リヒトも離乳食を口にするから、床に触れた手では不衛生だと考えたのだろう。


「う~!」


「リヒト、すりおろしリンゴがありますよ」


 不機嫌そうな声を漏らした赤子に、ミュリエルは小さな皿を差し出した。

 するとリヒトはシノブから皿へと顔を向ける。森の女神アルフールから授かったヤマト大王鈴(だいおうりん)は、彼の大好物なのだ。


「ミュリエル、ありがとう」


 シノブはソルニスとパランをテーブルの上に置き、自身の席に腰を降ろす。

 既にパランもソルニスと同様に深い眠りに入っていた。彼女は遅れを取り戻そうと一気に魔力を吸収したが、その分だけ急激な満腹感に襲われたようだ。


「いえ……。ピィ~、ピィ~って可愛いですね」


「本当ですわ……」


 ミュリエルとセレスティーヌのみならず、集った者達は幼鳥達に視線を注ぐ。

 どちらも長い足は畳んで体の下、首は曲げて背の上に頭を乗せている。愛らしい姿に一人を除いて表情を緩める。

 もちろん例外たる一人とはリヒトだ。彼は母が差し出すスプーンを口に含んでは、満足げな笑みと共に更なる催促をする。


「それでは食事を始めよう……『全ての命を造りし大神アムテリア様に感謝を』」


 シノブの祈りの言葉に、シャルロット達が和す。

 いつも通りの光景はシノブの心に安らぎを与えたが、同時にケームトへと思いを巡らせる切っ掛けにもなった。あの地では『黄昏の神』なる存在に感謝を捧げると、ミリィから聞いていたのだ。

 しかしシノブは、ここで案じても仕方ないと切り替える。


「新しい留学生はどうかな?」


「リーユエは良い素質を備えているようです。マリエッタと同じ虎の獣人ですから、まずは彼女に任せるつもりです」


 シノブの問いかけに、まずシャルロットが応じた。

 リーユエは七歳だから、まずは基本からだろう。しかし一番弟子のマリエッタを指導役とする辺り、相当に素質を認めてもいるようだ。


「私は教わる方ですから……」


 ミュリエルはアミィへと顔を向ける。巫女の素質を持つイズハ、シースミ、シャオランを指導するのはアミィだからである。


「三人とも良い巫女になると思います。もちろんミュリエル様も」


 アミィが笑顔で断言すると、隣でタミィとシャミィが深く頷いた。この三人揃っての保証に、ミュリエルも安堵の色を強くする。


「シュエラン様やアリーシャ様もアマノシュタットに慣れたようですわ」


 セレスティーヌも笑顔で自身の学友に触れる。

 シュエランの故郷ホクカンは緯度が高いから、彼女は元から寒さに慣れている。アリーシャは暖かなアルバン王国の出身だが厚着と暖房で(しの)いでいるそうだ。


「アマノ王国は寒いからと案じたけど、さほどでも無かったかな?」


 そんな感じで報告というには他愛のない雑談が続く中、シノブは僅かな魔力の動きを感じ取る。しかし良く知る波動だったから、そのまま会話を続けた。


「寒さが苦手なら、暑いケームトに来てください~」


 突然姿を現したのは、ケームトに潜入中の筈のミリィだった。どうも彼女は透明化の魔道具を使って侵入したらしい。

 そしてミリィは立ったまま、アミィの隣で食事を始める。


 暑いところから来たからか、ミリィはデザートのアイスクリームに手を付ける。そして彼女は(あき)れるアミィに構わず冷蔵の魔道具を開け、お替りまで盛っていく。


「ミリィ……何かあったのですか?」


「向こうは暑いから昼休みなんですよ~。デシェの砂漠ほどじゃないですけど、お昼寝しないとやっていられませんよ~」


 アミィの少しばかり棘を含んだ声にも、ミリィは動じない。ただし彼女の言葉は事実で、ケームトの昼は耐え難いほど暑かった。

 それにアマノシュタットでは朝八時を過ぎたばかりだが、向こうは二時間ほど日が昇るのが早い。


「魔法の幌馬車があるから行き来は簡単だけど……」


 シノブは少しだけ釘を刺しておこうと考えた。一応は部下も付けたのだから、彼らへの示しもあると思ったのだ。


「も、もちろん報告事項はありますよ~! 例の『黄昏の神』ですけど、夕日への信仰というより日没を願うものらしいんです~! それとケームト王家が憑依を使えるのは間違いないみたいです~!」


 脅しが効いたのか、ミリィはスプーンを置いて真顔で語り出す。とはいうものの、まだ詳しいことは分かっていないというし通信筒で報告しても良さそうなことばかりだ。


「……ミリィ、本音は?」


「アイス~、アイスが食べたかったんです~」


 再び厳しい声を発したアミィに、ミリィは涙を流しつつ告白する。

 ミリィは金鵄(きんし)族でエルフと縁が深く、過去の任地もアスレア地方の森だった。つまり木々の少ない地では(こた)えるのも事実だろう。

 やはりアムテリアが否定される地では、ストレスが溜まるのだろうか。しかし、これは少々酷すぎだとシノブは首を傾げる。

 どうもケームトでの調査は、一筋縄ではいかないようだ。とりあえずシノブは、アイスクリームの差し入れをするとミリィに約束した。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、2019年1月26日(土)17時の更新となります。


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