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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.20 初恋のメヌエット 中編

 翌日、シノブとアミィは朝食後早々にブリジットの居室に赴いた。今日は、通常通り午前中にミュリエル達の魔力操作訓練が行われることになっている。


「しかし、イヴァールは今日も特訓か。大丈夫かな?」


 シノブは館の中を歩きながら、アミィに問いかけた。

 イヴァールは、昨日と同様に魔力操作を活かした戦闘方法の鍛錬を終日続けると言って、食事を済ませると足早に魔法の家を出て行った。


「セランネ村では長期間山に籠もって訓練することもあったそうですから、問題ないと思いますけど」


 そうは言いつつも、アミィもイヴァールの様子が気になっているようだ。

 先日のヒポの活躍を見て、魔力操作に改善の余地があることを実感したイヴァールは、王都へ行く前に可能な限り訓練を続行したいらしい。シノブも幾つかの助言をしたので、彼は早速試すと張り切っていた。


「まあ、戦士としての経歴も長いんだ。駆け出しの俺なんかより、その辺のことはわかっているよね」


 居室へと到着した彼らは、そこでイヴァールについての話を終わりにした。


「ミュリエル、今日は一緒に領都に出てみないか?」


 シノブは入室早々、ミュリエルに領都セリュジエールを散策しないかと切り出した。


「えっ、シノブお兄さまと一緒に町に行けるのですか!?」


 シノブの言葉を聞いたミュリエルは、パッと顔を輝かせて彼の顔を見上げた。

 部屋に入ったときはどことなく曇っていた顔であったので、シノブも彼女の笑顔を見てホッとする。


「うん。王都は危険だからね。そっちはダメだけど、領都なら一緒に出掛けられるよ。

良ければ今日の午後にどうかな?」


 シノブも胸のつかえが下り、明るい声でミュリエルに都合を聞いた。


「はい! 絶対行きます! お母さま、行って良いですか!?」


 シノブの問いに、ミュリエルはスカートを(ひるがえ)しながら母親である第二夫人ブリジットを振り返った。


「ええ、シノブ様に町を案内してもらいなさい」


 娘の上機嫌な様子に、ブリジットも笑顔で許可を出す。

 普段、ミュリエルの挙措に厳しい彼女も、娘の喜びに水を差すことはないと思ったのか、いつものように(たしな)めることはなかった。


「私もあまり町を歩いていないので、ジェルヴェさんに同行してもらいます。

ミシェルちゃんもお爺さんと一緒に行こうね」


 シノブは、母娘の微笑ましい様子を見ながら、ミシェルにも声を掛けた。

 彼女は、自分も行けるのだろうかと、狐耳をピクピクさせながら聞き入っていたのだ。


「はい! アミィお姉ちゃんも行くの!?」


 シノブの言葉が終わらない内に、ミシェルは返答し、アミィを振り向き問いかける。


「私も一緒ですよ。皆でお出かけしましょう」


「わ~い! やった!」


 アミィの言葉にミシェルも笑顔になり、そのまま彼女に抱きついた。

 侍女でありミシェルの母でもあるサビーヌも、ブリジット同様に野暮な注意はしないようだ。娘の喜ぶ様子を、微笑みながら見守っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 入室したときと一転し明るい雰囲気の中、魔力操作の訓練を終えたシノブ達。彼らは喜ぶ少女達に、一旦領軍本部で魔術指南役の仕事をしてから昼食後に迎えに来ることを伝え、ブリジットの居室を辞した。


「ミュリエル様やミシェルちゃんが喜んでくれて良かったですね」


 領軍本部へと急ぐシノブを見上げ、アミィが笑顔で語りかける。


「ああ。あの寂しそうな顔のまま、王都に行ったら気になって調査もできないよ」


 シノブは冗談交じりにアミィに言葉を返す。


「これで少しでも埋め合わせできれば良いですね。後は、王都に行く準備ですか」


「三日後には旅立つようだからね。俺は軍服とかを今日受け取ってしまえば準備することもないけど、シャルロットやシメオンは大変じゃないかな?」


 アミィの言葉に、シノブは急な出立の準備をするシャルロット達を思い浮かべた。


「そうですね。本当なら一週間後の予定だったのを、急遽(きゅうきょ)前倒しするんですから」


 アミィは、彼らが出立の準備を急ぐ様子を思い浮かべたのか、気の毒そうな表情をしていた。

 確かに、司令官と内務次官の引き継ぎは、身軽なシノブ達とは全く異なるだろう。


「ところでアミィ、本当に地球のダンスを教えるの?」


 シノブは、眉を(ひそ)めているアミィに、気になっていたことを問いかけた。

 アミィは以前、お遊戯風の訓練の後は、激しい振付のダンスを教えてみようかと言っていた。


 ミュリエルとミシェルの魔力操作は、シノブ達がいない間に随分上達していた。これ以上高度な操作をさせるなら、今のお遊戯風の練習は卒業するしかないらしい。

 あまり幼い子に魔術を教えても、暴発などの危険が伴う。通常なら、6歳のミシェルに魔術を教えることはないらしい。そうなると、ミシェルはミュリエルと一緒に練習できなくなるだろう。


「……まだ、どうするか考えています。ジェルヴェさん達に、ミシェルちゃんにも魔術を教えて良いか聞くべきかもしれません」


 ミシェルは理解度も高いので、初歩的な魔術なら習得できるとアミィは考えているようだ。しかし、習得の前に、祖父のジェルヴェや両親に確認した方が良いだろう。


「そうか。いずれにしても、王都から戻った後だね」


「はい、王都の事件は困りものですけど、この件に関しては助かったかもしれません」


 納得したシノブに、アミィは少々微妙な笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 確かに彼女の言うとおり、僅かだが時間稼ぎになったのかもしれない。そう思ったシノブは、戻ってきてからのアミィの訓練がどんな風になるのか空想しながら、領軍本部へと歩いて行った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 領軍本部に着いたシノブは、いつも通り希望者への魔術の講義を終えた。

 そしてシノブは、シャルロットの部屋へと向かう。ミュリエルとの外出を伝えるためだ。


「……そうか。残念だが私は王都出立前の引き継ぎがあるから同行はできない。シノブ殿、妹を頼む」


 シャルロットは、少し堅苦しい口調でシノブに答える。

 まだ勤務中だから、シャルロットは軍人としての立場を崩さない。とはいえ一緒に出かけたかったのだろう、表情は僅かに曇っていた。


「すまんが、あっちの孫も頼む。ミュリエルが機嫌を直してくれないと、置いて行かれる儂がたまらん」


 部屋には先代伯爵アンリ・ド・セリュジエもいる。

 どうも、昼食の時間も惜しんで引き継ぎをしているらしい。彼は軽食を片手に、シノブへと肩を(すく)めてみせた。


「ええ、ジェルヴェさんが護衛を手配してくれていますし、私とアミィも気をつけます。こちらまで例の事件の関係者が来ることはないと思いますが、注意は怠りません」


「そうだな。お爺様が、念のために領都の警備体制を一段階上にした。今は出入りの際も、かなり厳しい検査が行われているが、既に潜入している可能性はある。注意しすぎということはないだろう」


 シノブは真剣な表情で頷くと、シャルロットは領軍の備えについて触れる。

 普段であれば街への出入りは領民と明かす印を示すか、他所者なら通関証明書を見せるだけだ。しかし今は荷物や馬車なども調べるし、護身の武器も街にいる間は預かっていた。


「いっそのこと、シャルロット様も警備を理由に同行したらいかがですか?」


 書類を抱えたアリエルは、シャルロットに笑いかけた。どうやら彼女は少々深刻な雰囲気になったのを案じたらしい。


「何だ! その『警備を理由』とは! どう聞いても言い訳にしか聞こえんぞ……」


 腹心の言葉に、シャルロットは早口で言い返す。内心の動揺を表すかのように、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「まあまあ、そのくらいしても誰も文句は言わないと思いますけど~」


 ミレーユは先代伯爵がいるというのに、シャルロットを冷やかす。シャルロットの執務室だからか、それとも今は軍人同士ということなのか、随分と砕けた様子である。

 しかし先代伯爵は、アリエルやミレーユを(とが)める様子もなく平然と食事を続けている。


 シノブは三人が先代伯爵の弟子でもあることを思い出した。

 公式の場はともかく、これが普段の距離感なのだろう。そう感じたからか、知らず知らずのうちにシノブは笑みを浮かべる。

 とはいえ今は他にすべきことがある。


「……これはミュリエルが王都に行けない埋め合わせだからね。シャルロットが来たら、不公平になると思うよ」


 シノブはシャルロットの気持ちを和らげようとした。同行はしないと言いながらも残念そうな彼女が、とても寂しげに感じたのだ。


「そうだ! 私は王都に行く分、自重する! ……そうでなければミュリエルが可哀想ではないか」


 シャルロットはシノブの言葉に元気を取り戻したのか、アリエルとミレーユに強く言い返した。しかし彼女は、再び顔を曇らせる。

 異母姉妹とはいえシャルロットとミュリエルはとても仲が良い。僅かに伏せられた青い瞳からは、妹への深い愛情が感じられた。


「さすが、お姉さんだね。王都でその分埋め合わせするから……といっても、俺は王都に行ったことはないんだけど」


 シノブは、彼女がミュリエルを気遣う様子に感心していた。

 そしてシノブは、今回身を引いたシャルロットに王都で必ずお礼をしようと密かに誓う。もっとも王都にどんなものがあるか知らないので、それまでにジェルヴェかシメオンに相談しようと思案しながらだったが。


「いや、その気持ちだけでも嬉しい。期待している」


 シャルロットは嬉しそうに微笑んだ。おそらく彼女は、シノブの内心を察したのだろう。


「うむ。とにかく儂としてはミュリエルの機嫌が直れば問題ない。……昨晩、久しぶりに会いに行ったが、酷かったぞ。せっかく王都から戻ってきたのに、儂にはニコリともしてくれんのだ。

……まったく、あんなミュリエルを見たのは初めてだ。散策から帰ってきたとき、あの子が笑顔を見せてくれるなら、儂は何でも構わん」


 先代伯爵アンリは、しょげきった様子で肩を落としていた。

 ミュリエルが王都に行けないのは危険を避けるためで、アンリの責任ではない。もちろん彼女もアンリを責めたりはしないが、普段のような明るい笑顔を見せることはなかったのだ。

 百戦錬磨の『雷槍伯』の意外な素顔に、シノブは思わず微笑みを浮かべてしまう。そしてシャルロット達は、気落ちした老武人に励ましの言葉を送っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブはミュリエル達と共に、伯爵家の家臣が操る馬車に乗っていた。

 幸い天気も良く、肌寒くはあるが外出するには快適な午後である。シノブは、天候が持ってくれたことに感謝した。


「馬車でお出かけするのも久しぶりです!」


 ミュリエルは、馬車の窓から町の様子を眺めたり、シノブやアミィに笑いかけたりと、大忙しだ。

 彼女が言うように、伯爵令嬢ともなると小さいうちは非常に大切に扱われるようだ。そのため、館の敷地外に出る機会は少ないという。

 もっとも、広大な敷地を持つ伯爵の館である。外に出ないといっても部屋に籠もっているわけではない。


「普段、外に出る必要はないからね。お買い物とかも、職人さんに来てもらうんだろ?」


 シノブは、そんな彼女の興奮が理解できたので、微笑ましく思いながら問いかけた。


「はい、お洋服とかもお店で見たことはありません……」


 ミュリエルは残念そうな顔でシノブに言った。彼女の緑色の瞳にも寂しげな色が浮かんでいる。


「じゃあ、今日は楽しみだね。お店がどんな風なのか、よく見ておかなくちゃ」


 シノブの言うとおり、今日は初めて見るものが沢山あるだろう。彼は、ミュリエルがこれから見るであろう風景が、彼女の良い思い出になるようにと願った。


「ミシェルちゃんは、お買い物はどうしているの?」


 アミィは、隣に座るミシェルに彼女の日常を聞いている。


「えっと。たまにお母さまやお父さまと行くの。あとお爺さまも!」


 さすがに騎士階級の娘は、自分で買い物に行くことができるようだ。年齢的に親同伴とはいえ、彼女の口ぶりからは、何度か店を訪れていると感じられた。


「ミシェルは良いですね。私もシャルロットお姉さまみたいに強くなれば、お買い物に行けるのでしょうか……」


 ミュリエルは、そんなミシェルが羨ましそうだ。そして、自分も成人すれば自由に外に出ることができるのか、とシノブへと尋ねた。


「う~ん。シャルロットも職人さんに来てもらう、って言っていたね。でも、ミュリエルも10歳くらいになったら本格的に魔術の訓練をするし、そうなったら外出する機会も増えるんじゃないかな?

シャルロットも12歳から軍務を習い始めたそうだね」


 シャルロットも、自分では買い物に行く必要はないらしい。

 やはり、伯爵令嬢ともなると、大店(おおだな)から御用聞きにやってくるのだろう。

 シノブは、シャルロットが話してくれたことを思い出しながら、ミュリエルに伝えた。


「はい、シャルロットお嬢様は武術の修行は10歳ごろから本格的に、軍務は12歳から学ばれました。

そして、13歳からは領都本部での勤務を開始されました」


 ジェルヴェもシノブの言葉を肯定し、さらにシャルロットの軍人としての経歴を簡単に説明する。


「ミュリエルは魔力量が多いから、適性次第だけど治療院とかも良いかもね。治癒魔術が使えたらだけど」


 シノブには、優しげなミュリエルが軍人になる姿は思い浮かばなかった。だが、魔力量の多い彼女なら、他の道も色々あるはずだ。

 例えば治癒術士などどうだろう。シノブは、伯爵家の家臣で民間人に混じって働いている者といえば、中央区の治療院で勤務しているガスパール・フリオンしか知らなかった。だからシノブは治療院での勤務を例に挙げた。

 伯爵家やその分家の者は、シャルロットのように軍人となり司令官を目指すか、シメオンのように高位の内政官となるか、そのいずれかであるらしい。

 しかしシノブは、ミュリエルが剣を取って敵と戦うような姿は見たくはなかった。自身の勝手な思いだとわかってはいるが、妹のようなミュリエルが戦わないですむように守ってやりたかった。

 そして継嗣ではないミュリエルには内政の知識も不要であろう。そもそも、彼女の母ブリジットは伯爵家の跡継ぎ争いの元となるようなことは避けている。そんな彼女がミュリエルを内政に関わらせるとも思えない。だから、シノブは政治と軍事の双方に関係の無い道を示したのだ。


「ほら、家臣でもガスパールさんとかは治療院で勤務しているだろ?

だから、適性があれば治療院で勉強できるんじゃないかな?」


 最終的には同格の貴族に嫁入りするのだろうが、それまで色々経験するのも良いだろう。そう思ったシノブは、使用できる属性や魔力制御の上達次第で治癒術士などの道がある、と説明した。


「はい! 魔術のお勉強を頑張ります!」


 ミュリエルは、治癒術士に興味を示したようだ。もしかすると、カトリーヌを魔力感知で診察するシノブの姿を思い出したのかもしれない。


「シノブ様、ミュリエル様、お店に到着したようですよ」


 アミィが、シノブ達に声を掛けた。

 どうやら話し込んでいるうちに、シノブの軍服を仕立てた店に着いたらしい。初めてのお店に瞳を輝かせるミュリエルを落ち着かせつつも、彼らは浮き立つような足取りで馬車を降りていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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