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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第27章 夢見る者達
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27.31 シノブ、夢を語る

 シノブは漆黒の大樹からの波動に大きな変化を感じた。

 生命の大樹に宿っていた魂の一部は、鳥を模した符人形に憑依してアマノ号を襲ってきた。それに陽動として地上に降りたイヴァール達へと向かった符人形も多い。

 この間隙を突いてシャルロットと岩竜オルムルが大樹に迫り、更に多くの魂を輪廻の輪に戻した。その結果、大樹に集う魂の核だろう存在が顕わになったのだ。

 おそらく核は遥か昔のエルフ、およそ六百年も祖霊としてエルフの森を見守ってきたスープリだ。ついに夢の病の真実を知るときが来たと、シノブは笑みを浮かべる。


──アミィ、突入に備えて! ミリィ、もう少しだ!──


 アマノ号に残った二人に、シノブは思念で呼びかける。

 天狐族のタミィとシャミィ、金鵄(きんし)族のホリィとマリィ。この四人はイヴァール達の陽動作戦に加わった。

 そのため空飛ぶ戦艦アマノ号に残った眷属は、アミィとミリィの二人だけだ。


──分かりました! ラークリ君とシースミちゃんに伝えます!──


 アミィはエルフの兄妹の側にいる。シノブの親衛隊長、猫の獣人エンリオも一緒だ。

 ラークリは十歳でシースミは七歳、本当なら危険の多い場所に連れてくるべきではない。しかしシースミに宿る祖霊ウーシャが、どうしてもと同行を望んだ。

 どうもウーシャとスープリの間には、同じ祖霊という以外にも何らかの因縁があるらしい。


──了解です~! チュカリちゃん達に知らせます~!──


 ミリィもアミィ達と同じ場所、魔法の家のリビングにいる。しかし彼女の担当は、とある魔道装置の操作と口にしたように操命(そうめい)術士への指示だった。


『キュキュキュッ! キュキュキュッ!』


 魔法の家に入ってすぐ、石畳の間には大勢の操命(そうめい)術士と魔霊(まれい)バクが集っている。そして彼らは玄王亀ラシュスを救うため、今も夢から解き放つ魔法歌を続けていた。

 この歌は魔道装置を通り、シノブの魔力で桁違いに増幅されて艦首から放たれる。ただし急造の機構だから誰かが見張る必要があった。

 しかし急いで増幅の魔道装置を載せた甲斐はあったようで、ラシュスを縛る力は明らかに減じている。


 それにシャルロット達の活躍も大きいようだ。

 シャルロットを乗せたオルムルが大樹の表面を(かす)めるたび、黒い葉が朝日の下に相応しい緑色へと変じ、同時に大樹からの波動も減少する。やはりラシュスを拘束していたのは、大樹に寄った大勢のエルフの魂らしい。


──ラシュスよ!──


──皆の声が聞こえるでしょう!?──


──ラシュス、シューナです!──


──私達とお家に帰りましょう!──


 今ならラシュスを取り戻せると、玄王亀達も勇み立つ。

 両親のアープとサラス、先々(つがい)となるだろうシューナ、更には最年少のケリスも懸命に呼びかける。もちろん他の四頭も同様だ。

 そして多くの声が束縛に勝ったのか、ラシュスに変化が訪れた。


──私……また意識を?──


 アマノ号と向かい合うように浮く漆黒の大亀は、ゆっくりと頭を振っている。まるで悪い夢から逃れるような仕草だ。


 ラシュスは先ほども僅かな間だが正気を取り戻した。そのときの言葉と合わせて考えるに、彼女は(みずか)らの意思で大樹での暮らしを選んだようでもある。

 もっとも最初はともかく、途中からは大樹に宿る者達の支配下にあったのだろう。実際に先刻までのラシュスは命令されたままに動くのみだったし、自意識があるかすら疑わしかった。


 しかし今のラシュスからは明確な意思を感じる。柔らかな魔力波動はアマノ号に向けてブレスを放とうとしたときとは全く異なるし、思念も高い知性や豊かな愛情を思わせる優しげな響きだ。


──ラシュス、こっちに!──


──え、ええ!──


 思わずといった感じで飛び出したシューナに、ラシュスは少々驚いたらしい。しかし彼女は将来の伴侶の言葉を受け入れ、寄り添うように宙を進む。


『シノブさん! もう大丈夫ってマレマレが言っているよ!』


 船内から響いたのはアウスト大陸の少女チュカリの声だ。

 チュカリは魔霊(まれい)バクのマレーナの担当として、アマノ号に乗り込んでいた。他にも石畳の間には、ナンカンの師迅(シーシュン)や『(ファ)の里』の美操(メイツァオ)など合わせて十数名の操命(そうめい)術士と数倍の魔霊まれいバクがいる。

 魔法の家は小さな一軒家だが内部は六倍以上にも空間拡張されており、石畳の間だけでも詰めれば三百人は入るのだ。


「分かった! 皆、光鏡で後ろに下がって!」


 シノブは光の盾を使い、光鏡を出現させた。そして玄王亀達のいる前方に一つ、遥か後方に一つを動かしていく。

 玄王亀は重力を操って浮遊できるが、移動速度は人間の徒歩と大差ない。そこでシノブは、光鏡による転移で大樹から遠ざけようと考えた。


 今のラシュスの波動は他の玄王亀と同様、つまり支配を完全に脱している。それに大樹の力も減じ、もはや彼女を操れないだろう。

 しかし念のため遠方に避難させた方が良い。これからシノブ達は大樹の至近に移り、スープリの謎に迫るからだ。


──『光の盟主』よ、感謝する!──


──ありがとうございます!──


──これは!?──


──シノブさんの神具、光の盾です! この光鏡に入ると向こうの光鏡に抜けるんですよ!──


 玄王亀達は礼の言葉を発しつつ、巨大な光の円盤へと入っていった。初体験のラシュスもケリスから教わって安心したようで、シューナと共に(くぐ)っていく。


『ラシュス……』


『逃すわけには……』


「ここは通しません!」


「その通りです~!」


 まだ前方には鳥の符人形も多く、中には玄王亀達を追いかけようとする者もいた。しかし超越種の子に騎乗した女騎士達が寄せ付けない。

 アリエルは炎竜シュメイ、ミレーユは岩竜ファーヴの上で神槍を操って人の倍ほどもある木製の巨鳥に突撃する。そしてマリエッタは光翔虎フェイニー、エマは嵐竜ラーカと共に光鏡を守り抜く。

 そのため合わせて九頭の玄王亀は、無事にアマノ号の前から消え去った。


──突入だ! フォルス、ガストル、頼む!──


 先ほどシノブは、三つ目の光鏡を密かに放っていた。これは玄王亀達の転送に使った二つと違い、米粒ほどに小さくしたままで大樹の側に寄せている。

 そして今、三つ目の光鏡はアマノ号が通れるほど巨大な円盤へと変じていた。これと玄王亀達が入った光鏡を繋げ、アマノ号を瞬間移動させるのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──了解しました! いざ、突撃!──


──アマノ戦法ですね!──


 朱潜鳳の成体フォルスとガストルは猛烈な速度で飛翔し、光鏡へと飛び込んだ。今まで宙に(とど)まるだけだったから、どちらも弾むような思念を高らかに響かせている。

 しかしフォルスはともかくガストルの思念に、シノブは少しばかりの疑問を覚えた。


──て、転移からの接舷移乗ですから~! 空中戦艦アマノって良い響きですし~!──


──やはり貴女でしたか──


 ミリィの慌てたような思念に、アミィが(あき)れ気味の響きで応じる。自分も知る有名なSFアニメが元らしいと思ったシノブだが、それで正しかったようだ。

 もっとも今は大樹の目前、地球を懐かしんでいる場合ではない。シノブは祖霊スープリへの呼びかけを始める。


「スープリ! 夢でエルフ達を縛らないでくれ!」


 シノブは肉声と同時に思念でもスープリに語りかける。

 イーディア地方のエルフ達は、森に蔓延する夢の病で魔力を搾り取られている。既に三割ほどはシノブ達が解放したが、残りは(いま)だ夢の影響下にある筈だ。

 病に(かか)った者は魔力を奪い取られ、最後は命を落とすという。それも老若男女の全て、生まれたばかりの赤子を含めてだ。

 このように(むご)い所業をシノブは見過ごせなかった。一人の人間として、父親として、そして多くの命を預かる国王として、非道を正さねばと声を張り上げる。


 ただし今のシノブは、スープリが主導していたのか疑問に思っている。

 先ほどまで大樹に宿っていた魂は自分達がエルフの森を守ったと言い張り、その代償として魔力を捧げるべきと主張した。つまり夢の病に彼らが大きく関与しているのは間違いない。

 今の大樹が発する波動は彼らが宿っていたときと違って澄んでいるし、葉は緑に戻り樹皮も普通の樹木と変わらぬ濃い茶色になった。それに魔力量も大幅に減って半分以下、先ほどまでは後から宿った魂と彼らが吸い取った魔力が過半を占めていたらしい。


「シノブ様の側に行きましょう!」


「陛下、ラークリとシースミです!」


「スープリ様、お願いします!」


「お願いします! ……スープリ、これが貴方の作りたかった場所……皆の笑顔が溢れる夢の楽園なのですか!?」


 アミィとエンリオに守られ、エルフの兄妹が甲板に現れた。そして二人はシノブの側まで来ると、大樹に向かって声を張り上げる。

 ラークリの懇願に、妹のシースミが和す。しかし彼女の幼い叫びは、途中から遥か年長としか思えない深みのある問いかけに変じた。

 これは祖霊ウーシャがシースミを通して呼びかけたからだ。


 ウーシャは祖霊となって百数十年、単独では移動もままならないという。そのため彼女は子孫で巫女の素質を持つシースミに宿ってきた。

 どうもウーシャはスープリを尊敬しているらしいが、これは彼女が没する前からのようだ。しかし彼女が生まれたのはスープリが祖霊となった後で、直接の面識はない筈である。

 ここは聖地と呼ばれる特別な場所だから、巡礼でもしたのか。あるいは単に伝説を聞いて憧れたのか。スープリは神々の教えを守った賢者として有名だから、どちらも充分にあり得る。


「シノブ!?」


 空から降ってきたのはシャルロットの声だ。

 シノブ達を守るようにオルムルが近くを飛び、シャルロットが神槍で鳥人形を落としている。アマノ号が大樹の至近に現れたから、鳥軍団が引き返してきたのだ。


「反応がない!」


 シノブは首を振り、(いま)だスープリと接触できていないと伝える。

 出来ることなら、シノブはスープリと語らいたかった。せめて夢の病に至った経緯だけでも知りたかったのだ。

 それにラークリ達もスープリを聖人として敬っており、何も聞かぬまま断罪するのも躊躇(ためら)われる。


『幻夢の術はどうでしょう!?』


「だがラークリ達やウーシャさんにも……」


 オルムルの示す案しかないとシノブも感じていたが、ラークリ達にもスープリの言葉を聞かせたかった。

 とはいえ今のシノブではスープリに干渉して彼の過去や意識を探れても、その場に何人も招くのは無理である。


「シノブさん、マレマレ達が仲介してくれるって!」


「キュキュ~!」


 いつの間にかチュカリ達も外に出ていた。そして魔霊(まれい)バクのマレーナ達が、シノブとラークリ達を取り囲む。


「ならば……」


 シノブは幻夢の術を発動させ、スープリらしき魔力波動を対象とした。すると直後に、シノブは自身の術に触れてくるものを感じ取った。

 シノブが闇の神ニュテスから幻夢の術を教わったのは今年に入ってから、それに対しマレーナ達は生まれ持つ能力だ。熟練度が違うのだろうが、魔獣達は僅かな間に夢の繋がりを構築していた。


 幻夢の術に呼ばれたのは三人、ラークリとシースミ、それにウーシャだ。ただしウーシャは憑依を解き、成人女性の姿で現れた。

 おそらく生前のウーシャを模しているのだろうが、シースミが大人になったような褐色の肌と艶やかな黒髪が美しいエルフだ。


 もっともシノブの注意は、眼前の光景に向いていた。それは男女の別れ、しかも永遠の別離を思わせるものだったのだ。


「水を飲むかい? 生命の大樹の葉を煎じたお茶もあるよ」


「茶……を……」


 エルフの集落らしき木造の家の中、多くの花で飾られた部屋。綺麗に整えられたベッドには痩せた老女が横たわり、身内らしき壮年の男が甲斐甲斐しく世話している。しかし女性の死が近いのは明らかで、息も細いし途切れがちだ。

 仮に人族同士なら、男が五十歳前後で女が八十歳ほどだろう。しかし前者はエルフ、後者は人族だ。


「ラートミ……君と共に過ごした時間、とても幸せだったよ」


「スープリ……私も……」


 交わした言葉からすると、スープリと彼が愛した女性ラートミで間違いないようだ。しかしシノブはラートミもエルフだと思っていたから、大きな驚きを(いだ)く。


 するとシノブの疑問に応えるように、新たな場面が浮かび上がる。

 今度は若い男女、種族や容貌からするとスープリとラートミらしいが見た目は同年代としか思えない。ラートミは二十歳(はたち)ほど、スープリも同じくらいの若々しさだから五十歳前後だろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 深い森の中、清水が流れる小川の側。エルフの青年と人族の若い女性が(いだ)き合う。


「ラートミ……僕の妻になってくれ。種族の違いなんか関係ない、きっと幸せにしてみせる」


「はい……スープリ様」


 男の熱の篭もった言葉に、女は涙を流しながら応じた。それも喜びと悲しみ、双方が入り混じったような顔で。


 おそらくラートミには長命の術の素質があったのだ。シノブはエルフと人族の違いを思い浮かべる。

 エルフは十歳を超えると他種族より成長や老化が遅くなり、そこからの四年は他種族の一年に当たる。つまり眼前の青年エルフが壮年になるには、少なくとも百年が必要だ。

 しかしラートミは人族だから、何もせずに百二十歳以上の長寿を得たとは思えない。


 シノブの推測は、その後の情景で裏付けられた。

 スープリとラートミの老化速度に何倍もの差はなく、しかもラートミは幻影の魔道具でエルフの姿に変じていたから周囲も不審に思わなかったらしい。

 二人には子供も生まれたが、全員がエルフだった。そのため彼らは我が子にも明かさぬまま、別れの時を迎える。

 このころのスープリは、妻が不治の病に(かか)ったとして隠棲していた。おそらく十年弱だろうが他種族なら二年程度の短期間だから、周囲も里の役目から外すなど理解を示す。

 そしてラートミの死後、スープリは再び表に出てくる。妻を看取った経験で人間的な深みを増したようで彼は幾らもしないうちに(おさ)となり、更に近隣の里も含めた纏め役にも推される。


 エルフと他種族の違いを知りつつも、融和に力を尽くした人物。懐深く知恵も豊か、老境に至るころには周囲が賢人や聖者と称えるほどになっていた。

 そのためスープリは生命の大樹の近くに葬られ、祖霊となった彼は自然と聖なる大木を寄り代とした。


「ここでも受け入れてもらえなかったか……」


「スープリ様の聖地ならばと思いましたが……」


 旅に疲れたような男女が、暗闇に立ち尽くす。男はエルフ、女は人族という異種族の組み合わせだ。

 二人は生命の大樹を見上げたまま寄り添い、静かに涙を流し続ける。


 スープリの死から百年ほど、イーディア地方のエルフ達は他種族との交流を()めていた。

 寿命の違い、森を守る者と切り開く者の衝突、外に行った若者が持ち込む異文化に眉を(ひそ)める老人達。様々な問題を乗り越えていくには、強力な旗頭が必要だったのだろう。

 しかしスープリの後継者は現れず、祖霊となった後の彼も暫くは外界に干渉できるほどの力を持っていなかった。そのため新たな流れは打ち消され、旧来通りとなってしまったのだ。


「住んでいた里は追い出され、狩場の使用も禁じられた……しかも寄った先でも。自分で狩ると言えば盗人呼ばわり、分けてもらえぬかと頭を下げたら物乞い扱い……もはや森から離れて他種族の暮らす場に行くしか……」


「今からでは……。もう十日以上も食べていないのですから」


 二人は言葉通りに痩せ衰え、森から出るどころか隣の里まで歩くのも難しいだろう。それどころか長く立つのも(つら)いようで、どちらも座り込む。

 そして夜が明ける前、二人は息絶えた。双方とも聖地まではと気力のみで耐えていたのだ。


──お前達……済まぬ──


──もしやスープリ様?──


──やはり生命の大樹にいらっしゃったのですね──


 スープリが祖霊として力を発揮したのは、このときが最初らしい。在りし日の自分達を思わせる男女が失意のうちに没したことが、彼の覚醒を促したのだろう。

 そして自身と重ねたが(ゆえ)、スープリは薄幸の二人に何か出来ないかと考えたようだ。彼は自分が(かな)えられる望みなら、と切り出す。


──ここで暮らせないでしょうか? スープリ様と同じように大樹に宿り、私達にあった筈の時間を過ごしたいのです──


──数年で構いません、私達の夢を(かな)えたいのです──


 こうしてスープリは大樹に夢の場を築いた。

 最初の男女には望み通り、本来の寿命で過ごせただろう時間を与えた。彼らも約束を(たが)えることなく、礼を述べて輪廻の輪へと去っていく。

 一方スープリは、その後も不幸にして世を去った者達に安らぎの場を提供し続けた。彼は心残りを解消してから来世に旅立たせるべきと考えたらしい。

 しかし時を経るにつれ、夢の地に(とど)まりたいという者が増えてきた。これにはスープリも困ったようだが、思うだけ居させるしかないと考えたのか追い出しはしなかった。

 そのためスープリが危険を感じたときには、もはや取り返しのつかない事態に陥っていた。


──スープリ様、もはや貴方は過去の存在です──


──エルフの森を見守るのは後代の我らにお任せください──


 夢の王国で何百年も暮らすうちに、祖霊に匹敵する力を蓄えた者が現れた。もちろん単独ではスープリに(かな)わないが、束になると立場が逆転するほどの。

 そして夢の王国は乗っ取られ、スープリは魔力を吸われる立場に転落する。以降も永遠に生きたいという者のみが夢の王国に招かれ、スープリの意識は大樹の奥底に封じられてしまう。


 ただし叛乱や変化は生命の大樹の中の出来事で、外から気付けはしない。大樹が黒くなるなど明らかな違いが生じたのは、玄王亀ラシュスが訪れた後だ。


──ここは早世した者達が悲しみを癒す場なのです──


──我らは心残りを捨ててから輪廻の輪に戻るのですよ──


──素晴らしいですね。何か手伝えることはありませんか?──


 大樹に宿った魂の嘘を、まだ若いラシュスは見抜けなかった。彼女は夢の王国に協力すると申し出、取り込まれてしまう。


 そして玄王亀の空間を操る力が、夢の王国に大きな変化を(もたら)した。

 これまでも大樹から隣接する子株にと一定範囲を支配していたが、空間を歪める力が更なる遠方への伝達を可能としたのだ。玄王亀自身は空間歪曲を潜行に使うのみで転移できないが、生命の大樹と何百年もかけて集まったエルフ達の魔力が超空間伝達へと押し上げたらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達はスープリの辿(たど)った道を見終わった。今も幻影の中だが、現実の大樹の側と変わらぬ風景だ。

 天まで届く大木があり、その下の草原にシノブ達は立っている。青空と陽光、柔らかな風に草の匂い。歴史の始めから(そび)える巨木は、(ほの)かに神秘の光を放つ。

 おそらく、この光景がスープリの眺める今なのだろうとシノブは受け取っていた。


「スープリ様……かわいそう」


「これじゃスープリ様も被害者だよ」


 シースミの呟きに、兄のラークリが同調した。

 確かにスープリには同情すべき点が多い。不用意に夢の場を提供したのは非難されても仕方ないが、居座った者達の暴走は彼ら自身の責任だろう。

 とはいえスープリの監督不行き届き、自身で御せぬほど多くを招かねば防げた事態でもある。シノブはスープリ自身の考えを知りたく思ったが、相変わらず今の彼とは接触できぬままだ。


「まさか……」


 もはやスープリに自意識は残っていないのか。シノブは恐ろしい想像をしてしまう。

 そして同じことを考えたのか、隣で動いた者がいる。


「スープリ! 貴方の声を聞かせて! 私が愛した貴方の声を!」


 絶叫したのは祖霊ウーシャだ。しかし彼女の姿はシースミに似た褐色エルフから、同じ濃い肌でも耳が短い人族へと変じていた。

 この女性にシノブは見覚えがあった。青年時のスープリと抱き合った人族の若い女性、つまり彼の妻ラートミの姿なのだ。

 やはりウーシャはスープリとの縁があった。それも更なる前世、ラートミとしての生で。

 ウーシャが同行を主張したときからシノブは何かあると想像していたが、妻だったとは思い至らず感動と共に驚きを覚える。


──ラートミ……ラートミなのか?──


 先ほど聞いた思念、祖霊となったスープリに近い響きが広がる。しかし相当に消耗しているのか封印された場面よりも弱々しく、聞き取りづらいほどだ。

 そのためシノブは聞き漏らすまいと意識を向けるが、続いたのは彼が望む声ではなかった。


──スープリ様、情に溺れる悪癖は昔のままですな──


──貴方様には我らを夢の王国に(いざな)った責任があるのです──


──その通り。今までと同様に王国を支え続けてください……魂が擦り切れるまで──


 憎々しげな響きは、やはり先ほど聞いたものだ。スープリを封印した者達、夢の王国の簒奪者というべき魂である。

 どうやら簒奪者達は配下を外で戦わせて、自分達は大樹の奥に潜んでいたらしい。それともスープリを封じ続けるため、彼らも動けないのだろうか。

 いずれにせよ、この簒奪者達を倒さないことにはスープリを解放できないのだろう。そう察したシノブは、光の大剣を抜き放つ。


「夢の王国が聞いて(あき)れる……妄執の国じゃないか。それも大樹と祖霊に寄生する分際で……」


 光り輝く剣を手に、シノブは静かに歩を進める。そよぐ風を頬に受けつつ、大樹へと向かう。

 この光満ちる場に相応しくない病の元を取り除こう。相手が下劣すぎるからか、むしろシノブの心は穏やかですらあった。

 しかし静かな心が放つ波動は太陽のように力強く、向けられた者達は慌てふためく。


──そ、そなた……まさか神々の!?──


──うろたえるな! ここは夢の王国、あの剣も幻に過ぎん!──


「……そうかな?」


 シノブは無造作に剣を振りぬいた。まずは大上段からの『神雷』、続くは横一文字の『天地開闢』、どちらもフライユ流大剣術の技だ。

 すると剣から発した光が大樹に(はし)り、少し遅れて鈍い音と共に大気が揺らぐ。


──スープリと大樹も!?──


──い、いえ……私達だけが……──


 簒奪者達は何らかの術で防ごうとしたらしく、僅かに光が揺れる。しかし彼らの思念は衝突の直後に消えていった。

 シノブの技はスープリと簒奪者の繋がりを断ち切り、後者のみが輪廻の輪へと戻っていた。もちろん生命の大樹やスープリが傷つくことはなく、双方とも変わらぬままだ。

 これは光の大剣に篭めたのが浄化の想いだからだ。シノブが剣を振りつつ念じたのは、邪心よ去れというものだった。


「まだいるな……。夢は未来を創るものさ。明日の成長した姿を思い浮かべ、現実にしようと頑張るんだ」


 シノブは自分を囲む者達を思いつつ、大樹の正面以外にも技を振るう。

 天を貫くような(こずえ)や小村なら覆い隠すほど広がった左右の枝。光り輝く夢を持つ者達の代わりにと、心の剣で斬りつける。


 まずはオルムルを始めとする超越種の子供達、愛息リヒトと同じくらい可愛い存在。彼らは種族としての技能を磨くと同時に、より人と心を交わす(すべ)を探っているようだ。同じものを感じたいという願いが(かな)うようにシノブも祈っているが、暫くは見守るべきと口出しを避けている。

 続いて妻のシャルロットに、婚約者のミュリエルとセレスティーヌ。それぞれの得意を活かし統治者に相応しくと精進する姿は、とても美しいし負けていられぬと思いもする。

 自分を支える眷属達。性格や辿(たど)った道は違うが、姉妹のように仲良く働く姿は見ているだけで和む。それに彼女達が示す鋭さや英知も、まだ若く未熟な自分を導いてくれると感謝している。

 友人達に後見役のベランジェ、アマノ王国に集う面々。共に国を造ったが道半ば、しかし彼らがいる限り不安を感じることはない。忙しい毎日だが、もっと一緒に過ごす時間を増やして語らいたい。

 ファリオスやルシールのように、少し離れた場から力を貸してくれる者達も貴重だ。国を越え、種族を越えて共に歩む姿に気付かされることも多い。


「俺が知る夢は、どれも明日を変えていく強い意思だ。より良い自分になるための原動力、自分自身が努力して歩むための……希望溢れる想いだよ」


 既に簒奪者達は消え去ったようだ。しかしシノブは彼らに届けばと呟き続ける。

 きっと冥神ニュテスが、もっと適切な言葉をかけるだろう。そう思いはするものの、本当の夢とは停滞ではなく前進だと伝えたかったのだ。


「さて……」


 すべきことはしたし、言うべきことも言った。シノブは改めて生命の大樹へと目を向ける。

 すると大樹の幹が光を発し、草原に新たな人影が現れた。それは青年男性のエルフ、若き日のスープリだった。

 そして遥か昔のエルフの魂は、シノブの前まで来ると(ひざまず)く。


──シノブ様、私も輪廻の輪に戻してください──


 スープリの魂はシノブの名を知っていた。彼は今の大樹の姿を理解しているくらいだから、シノブ達のやり取りも耳にしていたのだろう。


「スープリ……貴方が去るなら私も。若貴子(わかみこ)様、お願いします」


 祖霊ウーシャ、スープリの妻ラートミの生まれ変わりでもある魂が並んだ。こちらも跪礼(きれい)の姿勢で(こうべ)を垂れる。


「スープリ殿、貴方は善良な存在のようです。だから光の大剣の斬撃でも消滅しなかった……きっと神々も現世で再修業するようにとお考えなのでしょう。……ウーシャさん、貴女は何も悪いことをしていないのだから輪廻の輪に戻る理由はありませんよ。スープリ殿を支え、エルフの森を元の姿に戻してください」


 シノブは微笑みつつ語りかけ、同時に祖霊達の手を引いて立ち上がらせる。するとスープリとウーシャは気恥ずかしげな様子で頬を染め、暫しの後に大きく頷いた。


「スープリ様が助かって良かったです!」


「はい! それにウーシャ様も……その……」


 これで一件落着と思ったのか、ラークリとシースミも満面の笑みを示す。しかし妹の方は途中で真っ赤な顔になり口篭もる。


「ああ、良かったね」


 シノブは良かったという点だけ触れる。

 祖霊同士でも愛を交わすようだし、眷属と祖霊の組み合わせもあるらしい。しかし僅か七歳の少女に、どう説明すべきか悩んだのだ。


「ともかく夢の世界から出よう。俺達が暮らす現実で、愛する人々と明日を創るために」


 幸いにしてシノブの言葉に異を唱える者はいなかった。少年少女は無邪気な歓声で、祖霊達は過ごした歳月に相応しい落ち着いた仕草で同意を示してくれたのだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年12月22日(土)17時の更新となります。


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