27.30 シャルロットの道
戦王妃シャルロットは、夫との語らいを思い出していた。
脳裏に浮かべた場所はイーディア地方の北に聳えるマハーリャ山脈の地下深く。玄王亀アープとサラスの棲家に赴いたときに交わした言葉だ。
「まさか転移の神像の真下だとはね……」
「下といっても7000mはありますから。互いに気付かなくて当然ですよ」
ほろ苦い笑みを浮かべたシノブに、アミィが同じような表情で応じる。
アミィには眷属としての力以外に、彼女固有の能力がある。これはシノブが地球にいたとき持っていたスマホという道具に由来するもので、その中には位置を正確に把握する技も含まれていた。
見聞きしたものを詳細に記憶したり、映像や音として再現したり、あるいは地球の知識を引き出したり。広範に渡る能力の一つに、緯度や経度に加え標高を知る術がある。
ただし元の道具と全く違う魔術的な技能で、同様の効果を得られるように大神アムテリアが計らった結果だという。
そのためシャルロットも理屈を問うたことはない。この星を創った最高神の技を量るなど畏れ多いにもほどがあるし、たとえ説明されても理解できるとは思えないからだ。
そのため今も、シャルロットが思い浮かべたのは実際的なことだった。
「もう一つ転移の神像を作るのでしょうか?」
「そうだね。短距離転移で跳ぶには遠すぎるし、毎回シューナやケリスに運んでもらうのも悪いから。アープ達が使うことを考えると、地下にもあった方が良いだろうし……」
シャルロットが訊ねると、シノブは下に視線を向けた。アミィを含めた三人は、玄王亀シューナの背に乗って地底を進んでいるのだ。
──私なら、いつでも構いませんが。お世話になってばかりですし、この程度は恩返しのうちにも入りませんから──
──私もです!──
──僕も! ……まずは潜行術の会得ですけど──
シューナは甲羅の長さが20mもある巨体、そして彼の後ろを六分の一を超えたかどうかというケリスが続いている。彼女は生後半年少々、シューナと同じ成体になるのは二百年近くも先である。
もっとも更に幼い子と違い、ケリスは空間歪曲による地底潜行も完全に己のものとしている。彼女の背に乗っているタラークは生後一ヶ月ほどで大きさも人間の赤子と大差ないし、浮遊や潜行を習得するのも一ヶ月は先の筈だ。
「でもシューナはスキュタール王国と東メーリャ王国を繋ぐ地下道があるだろ? 五月の完成を目指して頑張っている最中じゃないか」
「そうですよ! 今回は大事件ですから来ていただきましたが……」
シノブとアミィの返答に、シャルロットも静かに頷いた。
確かに今回は特別だった。どうもイーディア地方のエルフの森には、アープとサラスの娘ラシュスが囚われているらしい。
ラシュスはシューナより数歳ほど年長で、他に同年代の玄王亀はおらず先々は彼と結ばれる筈だ。つまり婚約者の一大事だから地下道掘削を中断してもらったが、平時の足代わりまで頼むつもりはない。
そこでシャルロットは、話題を変えようと口を開く。
「しかしラシュス殿は、どうして半島の南端近くまで出かけたのでしょう?」
シャルロットは疑問の一つを持ち出した。祖霊スープリの聖地、イーディア地方の生命の大樹が聳える場所は2000kmほども南なのだ。
同じ地中潜行を得意とする種族でも朱潜鳳なら飛翔できるし、少し急いで飛べば五時間程度で辿り着ける。しかし玄王亀は地中を進むのみ、それも速度は人間が歩く程度だという。
今も転移の神像がある山頂近くから潜り始め、既に三十分は過ぎている。
超越種は魔力が多いところなら休まず進めるというが、それでもスープリの聖地までは半月近いだろう。それに玄王亀が使う魔力の流れ、いわゆる地脈と呼ばれるものは曲がりくねっているから更に多くの日数が必要な筈だ。
──おそらく物見遊山でしょう。この前の集いでも、成体になったら色々巡ってみたいと言っていましたから──
シューナは玄王亀の定期的な会合に触れた。彼らは二十年に一度、そのときの長老の棲家に集まって近況を伝え合うのだ。
二十年とは随分と長いように感じるが、彼らは千年を生きる超越種だから人間なら年に一度といった感覚のようだ。それに玄王亀の移動速度だと頻繁に集まるのも難しいだろう。
「そうですか」
シャルロットは微笑みを浮かべる。
前回はシューナやラシュスが成体になる直前、きっと大人になったらと語り合ったのだろう。その中には先々迎えに行くといった会話もあったに違いない。
現にシューナは成体になると同時に親元を離れ、自身の棲家に相応しい場所を捜し求めた。そして彼は祖父のプロトスが一時期を過ごしたメリャド山の地下に居を定め、将来に備えて整えている。
玄王亀には鉱物を操る能力があり、雄は自身の技で棲家を宝石や貴金属で飾り立てるのだ。ただし収集や結晶の育成には数十年もかかるそうだから、シューナがラシュスを迎えるのは更に数回の会合を経た後だと思われる。
立派な家が出来たら迎えに行くから、それまで待ってくれ。シューナは巨大かつ魁偉な黒亀で彼らが交わすのは思念だが、自分達と同じく甘い言葉を囁いただろう。
心ときめく夢想を抱きつつ、シャルロットは夫へと顔を向ける。シューナの甲羅は巨大だから、シノブを中心にアミィを含めた三人で横に並んでいるのだ。
「俺達もそうだよ。色んなところを見たいし、愛する者達と一緒に暮らしたい。君がラシュスと暮らす棲家を整え、新たな命を迎えるようにね」
「シノブ様のお家は子供で一杯ですね!」
やはりシノブは察してくれたようだ。それにアミィも何かを感じ取ったらしい。
『白陽宮』には大勢の子供達が暮らしている。まずは自分とシノブの愛の結晶であるリヒト、それに種族は違うが彼の兄弟姉妹でもあるオルムル達。そして乳母達の子や、『白陽保育園』に通う幼児や乳児。我が子リヒトはもちろん、どの子もシャルロットにとって愛しい存在だ。
それだけにイーディア地方のエルフ達を襲った災厄を憂う。
エルフの森に広がる夢の病は、老若男女の全てを対象としていた。夢の病で魔力を奪われたのは、老人から赤子までの全てだった。
祖霊スープリの前世は同じ森で生まれたエルフ、つまり彼の子孫も含まれているのではないか。それなのに何故という怒りがシャルロットから離れない。
伝説によるとスープリは祖霊になってから六百年ほど、長い時間で血族としての意識も失せてしまったのか。生きていたときは聖者と称えられ神々の教えを後世に伝えようと尽力した偉人というが、もはや全く別の存在に堕したのか。
シノブ達と笑みを交わしつつも、シャルロットの胸には微かな陰が宿ったままだった。
◆ ◆ ◆ ◆
玄王亀の番アープとサラスは唐突な訪れに驚きつつも、シノブ達を歓待してくれた。
案内役は旧知のシューナ、先々は娘の相手になる筈の若者だ。それに同族の幼体達、ケリスとタラークの存在もアープ達を喜ばせた。
そのためアープとサラスは、最初のうち訪問理由が娘に関してだと思わなかったらしい。
──そのスープリの聖地に娘はいると!?──
──まさかそのようなことに……長く帰らないので案じていましたが──
二頭は小山のような体で、にじり寄る。
ここをラシュスが離れたのは一年半ほど前、しかし彼女は暫く各地を巡ってくると言ったのみだった。ただし成体となってからは一ヶ月や二ヶ月の留守も数度あり、最初はアープ達も心配していなかったという。
もっとも三ヶ月を過ぎ半年に達しとなると、どちらも焦り始める。とはいえ玄王亀は足が遅いから追いかけても行き違いになるだろうと、二頭は様子見を続ける。
もちろんアープとサラスは娘を大切に思っているが、超越種だけあって気が長いのも事実らしい。流石は二十年に一度の会合で済ませる種族と、シャルロットは納得するしかなかった。
「俺も見てきたが、あの大樹に玄王亀の魔力波動が混じっているのは間違いない。それも若い……といっても成体なのは確かだ」
「私では分からなかったのですが、シノブ様ならと思って……」
シノブに続き、アミィが語り出す。
先日アミィは光翔虎のシャンジーと共に、スープリの聖地を探りに行った。そのとき彼女は漆黒に染まった生命の大樹を目にし、更に動物のような脈動を感じ取った。
そこでアミィは正体を確かめてもらおうと、シノブを呼んだ。魔法の馬車を使って呼び寄せれば一瞬で移動できるから、彼女は下手に悩むより見てもらうべきと判断したのだ。
──するとスープリが娘を操っているのだろうか?──
「他にも大勢いるようだ。大樹から感じた波動は、とても一人や二人じゃない……村や町……都市と呼んでも良いかもしれない」
意気込むアープに、シノブは考えつつといった様子で言葉を紡いでいく。
シノブは漆黒の大樹から、まるで集落の前に立っているような雑多な波動を感じたという。軍隊を前にしたときと似ているが、もっと混然とした様々な意思が含まれた集団ではと彼は続ける。
──祖霊が多くの魂を率いているのでしょうか?──
「どちらが主導しているかも分からない。……離れた場所だったし、こちらから働きかけなかったからね」
サラスの問いかけに、シノブは済まなげな顔で応じた。
魔力波動をぶつけるなど、積極的な調査をすれば更なる事実が明らかになったかもしれない。しかし相手は超越種を捕らえているようだし、そのまま戦いに突入する可能性も高い。
ならば今は偵察のみに留め、こちらも陣容を整えるべき。そのようにシノブは判断したという。
この時点でシノブ達は、イーディア地方にアープ達がいると知っていた。先月下旬のアスレア地方歴訪の旅で、シューナやタラークの両親アノームとターサに教わったのだ。
玄王亀の移動速度は遅いから、生命の大樹に囚われている個体は近くに棲む者に違いない。ならば同じイーディア地方のアープ達、そして若いならラシュスだろう。
そう考えたシノブ達は、アープとサラスの棲家を探すことにした。
しかし調査を始めようと潜行した直後、シューナが真下に何かあると告げた。
これは偶然の一致というより必然のようだ。転移の神像を人が登れない場所に置こうとシノブは最も険しい山を選んだが、山脈一の高峰だけあって魔力も溢れんばかりだから玄王亀達にとっても魅力的な場所だったのだ。
──声をかけていただき、感謝する。そなたなら独力での解決も容易であろうに──
「これが神々の掟に反する事件なら、そうしたかもね。だが、今回は……」
アープが礼を述べると、シノブは僅かに表情を動かした。それも苦いと呼べるものに。
エルフの森の事件は、禁忌と呼べるかどうか微妙なようだ。
神々は隷属を悪とし、輪廻の輪を乱す行為も禁じた。しかしエルフ達が自分の意思で大樹に寄ってスープリを囲む魂になる道を選んだなら、どちらにも該当しないだろう。
祖霊となって輪廻の輪から抜け出す選択肢があるくらいで、自身の意思で魂のみの生き方を選んでも神々は咎めない筈だからだ。
集った魂が強制されているなら、シノブも神の血族として断罪する。しかし自ら寄って暮らすのみなら、町や村と変わらない。
違うのは肉体の有無だけという主張である。
──娘が望んで肉体を捨てるとは思えぬ──
──ええ。あの子はシューナ殿が迎えに来る日を楽しみにしておりました──
「だから、一緒に確かめよう」
アープは不快を表明し、サラスは我が子が玄王亀としての幸せを望んでいたと申し立てる。しかしシノブも揺らぐことなく、両者の主張を受け止める。
両親だからと声をかけたのもあるが、シノブの真意は彼らなら真実を見抜けるのではという点にあった。
もしラシュスが隷属しているなら、禁忌としてスープリや集う者を裁く。違うなら地上に暮らす者として共に戦う。夫の言葉にシャルロットも頷き、思うようにと後押ししたのだ。
──アープ殿、サラス殿、一緒に行きましょう!──
──はい! 私達、玄王亀の力でラシュスさんを助けるのです!──
──僕も行きます!──
「……意気込みは買うけど、タラークは留守番かな」
成体のシューナに浮遊やブレスを使えるケリスはともかく、タラークは自身の足で歩むのみだし攻撃手段など存在しない。そのためシノブが割って入り、彼を抱え上げる。
──でも、ラシュスさんは僕のお姉さんになるんだし……アマノ号に乗るのもダメですか?──
「タラーク……私達に任せてもらえませんか。私も貴方の母の一人、必ずや助け出すと誓いましょう」
シャルロットは夫の側に寄り、幼い玄王亀の頭を撫でる。
リヒトと共に暮らす子供達は、超越種だろうが人間だろうが全て自身の愛し子。シャルロットは、こう思って接している。
シノブも同じ心境だと常々語っており、今も彼は父親に相応しい愛情と強さを同居させた顔をタラークに向けている。
──シャルロットさん……。はい、お願いします!──
幸いにしてタラークは理解してくれた。彼はシャルロットの手に自身の頭を擦りつけ、実の母と変わらぬ親愛を示してくれたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
そして今、アマノ号の前には八頭の玄王亀が並んでいる。
ラシュスと正対するように両親のアープとサラス。その右にシューナと彼の父母アノームにターサ。反対側にケリスの親であるクルーマとパーラ。まず成体の七頭が横一列に宙に浮かぶ。
更に少し後ろにケリス、いずれも思念での呼びかけを始めている。
──ラシュス、父だぞ! 分からぬのか!?──
──どうして言葉を返してくれないの!?──
一際大きく響くのは実の父母達の声だ。
シャルロットも思念を使えるようになってから五ヶ月ほど、今では肉声と同じように扱える。そのためアープとサラスの必死な様子も理解でき、思わず顔を曇らせてしまう。
空飛ぶ戦艦の外は青空だが、無言を貫くラシュスのせいか陽光すら陰ったように映る。それとも彼女の後ろに聳える巨木、黒一色に染まった生命の大樹のせいだろうか。
『ええい、邪魔だ!』
『もう一度じゃ!』
やはり何かの繋がりがあるのだろう。大樹からの声を受け、ラシュスが口を大きく開いた。
ラシュスは再びブレスを放つつもりらしく、口腔内に光が集まっていく。一方アープ達も先ほどと同様に跳ね返す準備を始めたようで、前方の空間が奇妙に揺らぎ始める。
シャルロットは敬愛する大神アムテリアから授かった神槍を握り締め、玄王亀達の対峙を見守るのみだ。しかし緊張と沈黙は、隣に立つ夫の一言で破られる。
「夢に囚われているようだな……」
シノブは甲板へと歩んでいき、シャルロット達も続く。超越種の子オルムル達は空、残るはシノブと同様に船上だ。
「シノブ、お主の閃光で解き放てんのか!? それに幻夢の術とやらはどうだ!?」
イヴァールが戦斧を振り上げつつ叫ぶ。
シノブの発する光は夢の病を無効化できるし、夢に入り込んで干渉する術を闇の神ニュテスから習っている。それらをイヴァールは承知しているから、早くラシュスを解放してやれと促したのだ。
同じくシノブを追った武人達、アルノーとアルバーノもシノブの応えを待っている。彼らもイヴァールに賛成らしい。
ただし三人は少し誤解をしている。
シャルロットも訊ねたことがあるが、幻夢の術とは夢から解き放つものではないらしい。つまり使うなら閃光だが、どうもシノブには別の手段があるようで甲板に置かれた荷物へと寄っていく。
一辺が大人の背ほどもある荷は革布で厳重に梱包されていたが、シノブは短距離転移で覆いを取り去ったようで一瞬にして金属の塊へと変じる。
「この機械は?」
「これは魔力アンプ……増幅器だよ。……ミリィ、頼む!」
怪訝な顔のイヴァールに、シノブは微笑みを浮かべて装置の名を明かす。そして彼は振り向くと、魔法の家へと声を張り上げる。
「了解しました~! 私達の歌を聴け~、です~!!」
『キュキュ~!!』
ミリィの声は、彼女がいる魔法の家の中から返ってきた。しかし続く鳴き声は二つの船首、双胴船型の双方から発しているらしく随分と手前だ。
しかしシャルロットが知る通りなら鳴き声の主は室内にいる筈だし、船首に顔を出すような場所は存在しない。
「これはマレーナ達でしょうか?」
「確かに魔霊バクの鳴き声だが……」
アルバーノは自身を主と認めた個体の名を挙げ、アルノーも同意を示す。しかし二人の声は疑問混じり、表情も優れない。
魔霊バクは夢に干渉する能力を持つし、実際に今までもエルフ達を夢の病から解き放ってきた。しかし超越種を縛るほど強力な術に通じるのだろうか。
イヴァールも同じことを考えたようで、彼は首を大きく傾げている。
『キュキュキュッ、キュキュキュッ、キュッキュッキュ~!!』
まるで歌っているように魔霊バクの鳴き声は揃っている。
何となくシャルロットは『起きて、起きて』と言っているように感じたが、実際にそうなのだろう。玄王亀ラシュスは体を揺らがせると、明らかに気配が変じたのだ。
ラシュスの口内に宿っていた光は既に失せ、彼女は悪夢を振り払うかのように頭を振っている。
──これは……? 父さま……母さま……それにシューナに皆様まで──
「……マレーナ達の歌、効いたようですね」
「ええ……」
どこか呆けたような声はシャルロットの親友達、アリエルとミレーユだ。どちらもシャルロットと同じ全身甲冑を着けているが、歌に癒されたのか表情が柔らかで緊張感に欠ける。
「マレーナ達の方が上手く干渉できるからね。でも超越種に効くか分からないし、ここは大樹の側で影響力も強いだろうから俺が波動を増幅したのさ。……ソニアとロマニーノの結婚式のときの魔力ギターや魔力オルガンと同じ、あれの超強力版だね」
シノブが手を当てている箱は、魔霊バク達が向かう装置とも繋がっている。そしてマレーナ達が発した波動を、彼は自身の桁違いに強い魔力に乗せて送り出しているのだ。
この出力部分、拡声の魔道装置と魔力波動照射機が船首にあるという。
『この力、手放すわけにはいかん!』
『あの船だ! 歌を止めるのだ!』
『ラシュス、夢の王国に賛同してくれたのは嘘だったの!?』
──夢の王国……ああっ、だけど……私は──
しかし大樹が発した声で、玄王亀ラシュスに異変が生じる。
どうやら大樹に宿る者達がラシュスを利用しているのは間違いないらしい。しかし交わされた言葉からすると、彼女が自分の意思で仲間になったようでもある。
もっともシャルロットに長々と考え込む時間はなかった。何故なら大樹から無数の鳥のようなものが飛び立ち、一直線に向かってきたからだ。
「鳥!? いえ、作り物です!」
おそらく人間の倍くらいの大きさ。
弓術で鍛えた視力と感覚で、シャルロットは素早く把握する。そして同時に相手が普通の生き物ではないことも。
羽は緑、体が茶色。南国の鳥ならあるかもしれない組み合わせだが、どちらも羽毛ではないとシャルロットは気付いたのだ。
「符術の一種か!? 俺はラシュスの解放を続ける! シャルロット、オルムル、あいつらを頼む!」
「分かりました!」
『乗ってください!』
シノブはマレーナ達の歌の増幅、ならば自分達がとシャルロットと岩竜オルムルは動く。もちろん他も続き、アリエルは炎竜シュメイ、ミレーユは岩竜ファーヴの上だ。
「出陣じゃ! フェイニー殿、さあ参ろうぞ!」
『了解です~!』
「ラーカさん、お願いします」
『任せてください!』
護衛騎士のマリエッタが光翔虎フェイニー、同じくエマが嵐竜ラーカに騎乗して続く。残る一歳以上の超越種の子、海竜リタンは甲板の上でブレスを放ち始める。
どうも作り物の鳥に遠距離攻撃の術はないらしく、どれもアマノ号を目指して飛ぶのみだ。そこでシャルロット達も船の前方に展開して迎え撃つ。
◆ ◆ ◆ ◆
向かってきたのは木製の体と木の葉による羽の鳥で、大樹から分離した符人形のようだ。それならばとシャルロットは習い覚えた技を存分に披露する。
近場は槍そのもの、遠間は衝撃波。それに父コルネーユが得意とする魔槍術、魔力を槍に乗せる技も織り交ぜる。
オルムルも負けていない。ブレスで敵を薙ぎ払ったかと思うと縦横無尽に飛びぬけて強靭な爪で切り裂いていく。
しかし相手は誇張なしに数え切れない大群だ。まるで雲霞のように、向こう側が見通せないほどの密度である。
「壊すと大樹に戻れないようですね……しかし数が多すぎる」
思念が使えるようになったからか、それとも武術の修行で得た直観力か、シャルロットは倒した人形から抜けた魂を感じ取っていた。
神槍に貫かれると妄執も消えるのか、どの魂も清らかな波動に戻って空へと昇っていく。そこでシャルロットは遠慮なく得物を振るい続ける。
「まだ尽きないとは……」
「まさしく王国ですね~!」
アリエルとミレーユの槍も、シャルロットに次いで多くを落としていた。
二人も縦横に神槍を操り、偽りの鳥を単なる木切れへと変えている。しかし夢の王国と豪語したのは事実らしく、マリエッタやエマを合わせると千以上は倒した筈だが勢いは衰えない。
スープリが祖霊となってから六百年ほどという。最初から夢の王国を築いたのでもあるまいが、かなりの長期に渡ったようで万を大きく超えているのは間違いない。
『キュキュキュッ! キュキュキュッ!』
──ラシュス!──
──早く目覚めて!──
玄王亀ラシュスの解放は一進一退らしく、先ほどと同様に歌が続いている。今のところ彼女が戦いに加わる様子はないが、まだ大樹の拘束が強いらしく親達や同族の思念にも反応しない。
「シャルロット殿、俺達が地上から向かう!」
下から響いたのはイヴァールの大声だ。
アルノーとアルバーノを合わせた三伯爵は、それぞれ愛用の得物を手に大地を駆けていた。しかも金鵄族のホリィとマリィ、更に天狐族のタミィとシャミィまで追っている。
それに植物研究家のファリオスと治癒術士のルシールまで疾走する一団に加わっていた。
イヴァール達を運んだのは光翔虎のシャンジーらしいが、彼は再び仲間のいる上空へと戻っていく。
現状は人と人、玄王亀と玄王亀の戦い。それも拮抗しており、割り込んで手柄を奪うこともない。どうも光翔虎達は、このように判断したらしい。
「なるほど……」
これは陽動。シャルロットは即座にイヴァール達の意図を読み取った。
ホリィとマリィは元の青い鷹の姿に戻れば飛翔できるし、その姿でも彼女達は強力な魔術を駆使する。したがって地を駆けなくとも良いのだ。
わざわざ大地に降りたのは、敵を分散させるため。実際に半分ほどの鳥人形が下に向かっている。
『あの者達、本当に人間か!?』
『薙いだ武器で森を割りました!』
『我らの神聖な森を!』
大樹の意識も地上へと向いたらしい。
イヴァールを始めとする三伯爵は、周囲の木々を伐採しながら駆けていた。イヴァールが戦斧、アルノーが小剣、アルバーノが槍を振るうと衝撃波で遠くの樹木まで倒れていく。
ホリィ達も同様で、こちらは魔術も併用して広範囲を更地に変えている。
『エルフの誇りを汚す者達まで……』
『生かして返さぬぞ』
ファリオスはエルフでルシールは人族、この二人が地上にいるのも大きいようだ。大樹に宿るエルフ達は他種族との婚姻を嫌悪しているのだ。
──オルムル、あれを使います──
──分かりました!──
シャルロットはオルムルのみに思念を送る。更に続く四人に視線を動かすが、いずれも何かを仕掛けると察したらしく目線が合う。
これなら大丈夫とシャルロットは魔力を高め、オルムルへと意識を集中させていく。
──魔槍騎術! 光竜閃!──
シャルロットとオルムルの思念は寸分違わぬほど、聞く者がいたら一つの声としか思わなかっただろう。それだけ一人と一頭は心を合わせ、時を同じくして力を解き放ったのだ。
そしてシャルロット達は閃光と化す。
『なっ!?』
『どこから現れた!?』
『転移術ですか!?』
あまりの速さに認識が追いつかなかったのだろう。大樹の声は驚愕に満ち、中には転移と疑うものすらあった。
しかし瞬間移動と錯覚するのも無理はない。
限界まで高めた魔力はオルムルに常より一桁上の飛翔を与え、シャルロットに神速の槍技を齎した。そして音よりも速く飛んで鳥人形を擦り抜け、光の早業で斬り割って進んだ。
実際、今ごろになってシャルロットが断った偽りの鳥は地上へと落ちていく。あまりに鋭い斬撃からか、鳥人形達は四分五裂しても暫く元の動きを保っていたのだ。
「これは磨きぬいた飛翔と魔槍の技。慕う者達と手を携え、共に歩く道を守るために鍛えた力。……そして私達の怒り故です」
再び魔力を高めつつ、シャルロットは言葉を紡ぐ。
同じエルフ、しかも自身の子孫達もいるだろう里を夢の病で支配したのは何故か。乳飲み子からも力を得るなど、本当に人の心を持っているのか。
一人の母として、そしてアマノ王国を導く国母として、シャルロットは叫ばずにいられない。そのような邪術で造った場所が、夢の王国であるものかと。
『そ、それは……し、しかしじゃな……』
『我らの庇護で森は他種族の侵入から……』
『長く森のために尽くした私達に感謝を……』
未練がましい声が大樹から響く。どうやら彼らは、この期に及んでも逃れる術を探っているらしい。
しかし懐に飛び込まれた上に、シャルロットとオルムルの魔力は未だ炎と燃え盛っている。周囲を圧するほどの輝きとして今も広がっている。
大樹の表面が熱を持ち、焦げていくほどの高温で。
「黙りなさい」
短い言葉と共に、シャルロットは神槍を突き出した。
一撃としか思えぬ動作で、数え切れぬほど。寄らば大樹という言葉の悪しき見本としか思えぬ、歪んだ心に向かって。
神が創りし槍が奔り終えたとき、清涼な風が巻き起こる。大樹に縋っていた数多くの魂が、輪廻の輪へと戻っていったからだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年12月19日(水)17時の更新となります。