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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第27章 夢見る者達
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27.27 シャンジーの邂逅と決意

 光翔虎のシャンジーはアミィを背に乗せ、イーディア地方の空を飛んでいた。

 行き先はエルフの森の聖地、祖霊スープリが眠るという場所だ。エルフの兄妹ラークリとシースミの故郷から、更に600kmほど南である。

 時刻は正午前、低緯度だから太陽は殆ど真上に座している。しかも今は雲上で陽光を(さえぎ)るものは存在せず非常に(まぶ)しい。

 もっとも光翔虎であるシャンジーにとって光は喜ぶべきものだし、このように毎日高空を飛翔しており慣れてもいる。そのため彼はエルフの聖地に向かって全速力で飛び続ける。


──探りに行くって、フェイニーちゃん達には言っていないんですか~?──


 シャンジーは普段より思念を絞りつつ問いかけた。(ささや)き声のように、ごく近くでしか感じ取れない魔力波動を用いたのだ。

 ここは夢の病が支配するエルフの森の上である。かなりの高空だから取り越し苦労かもしれないが、念には念を入れるべきだろう。


 この夢の病という現象は、人為的なものらしい。

 エルフの少女シースミは、解決するには北に向かえと森の女神アルフールに促されたという。そして神託を受けるとき補助した祖霊ウーシャによれば、この死に至る夢は同じく祖霊のスープリの仕業だそうだ。

 ただし祖霊同士でもウーシャは魂のみとなってから百数十年、それに対しスープリは既に六百年近いようだ。伝説だとスープリというエルフが生まれたのは創世から百年前後で寿命は三百歳ほど、そして今は創世暦1002年である。

 そのためウーシャとスープリの差は歴然としていた。何しろウーシャはシノブ達から鋼人(こうじん)を借りるまで、子孫で巫女の素質に恵まれたシースミを通してしか存在を示せなかったくらいだ。

 一方スープリは国に匹敵するほど広大な森を支配している。光翔虎に例えるならウーシャは一歳未満で飛翔や姿消しを覚えたばかりの子供、スープリは何百年も生きた親世代といったところか。


「ええ。付いてくると言われたら困りますし……シノブ様にも伏せていただくようにお願いしました」


 アミィはシャンジーと違い、肉声で応じる。

 超越種も発声の術を使えば、普通の人間と同様に音で会話できる。しかし術を使うときに魔力を動かすし、それなら慣れた思念の方が上手く抑えられる。

 これに対し人の姿を選んだ眷属は、人間と同様に自身の体を用いて声を発する。そのため肉声だと魔力を殆ど使わないし、眷属ともなると体を動かしたときに漏れる魔力も無視できるほどだ。


 それにスープリは、魔力波動で森を把握しているらしい。シャンジーの姿消しで魔力波動も抑制しているが、アミィは不要な魔力発生を避けるべきと思ったのだろう。


「それに、これは万一を考えての措置です」


 アミィは眷属、したがって自身が解決に大きく関与するのは望ましくないという。

 なるべくなら地上の者達で。そこには超越種も含まれるが、眷属は神界から見守り密かに導くのが本筋だとアミィは結ぶ。


──今のアミィ殿は地上の人でもあるけど~。でもシノブの兄貴やアミィ殿達が全て片付けちゃうのもマズいですよね~──


 シャンジーはアミィの意思を尊重し、同意を表す。

 それに現時点のフェイニー達に対抗手段がないのも事実である。まだシノブ達は『(ちから)フエイン』の効果を確かめに出かけたばかりで、結果が出ていないからだ。


 生命の大樹のお茶を飲めば催眠の術に対抗できるが、夢の病を防ぐには弱いらしい。しかしスワンナム地方の森を守る眷属メイリィは、対策を示してくれた。

 それが(ちから)フエインという樹木だ。この葉から得た成分は、大樹のお茶の効果を百倍に高めてくれるという。

 既にエルフで植物研究家のファリオスが(ちから)フエインの葉から薬効成分を抽出しており、慎重を期すなら試験の結果を得てから動くべきだ。しかし夢の病に(かか)ると最悪は命を落とすから、一刻も早い解決のためには先手を打つべきだろう。


「はい。私達が全て代わってしまうと成長はありません……自身で悩んで答えを見出さないと後々に残らないのです。だからシノブ様も我慢なさって……」


 アミィは眷属としての姿勢に確たる信念を持っているようだが、済まなく感じてもいるらしい。彼女の声は僅かだが揺らぎを伴っていた。

 おそらくアミィはシノブを案じているのだろう。自分は眷属で陰から支える存在だが、彼は神の血族だが地上に生きる一人でもあると。


 実際のところシャンジーも、スープリの件などシノブが動けば即座に解決すると確信している。とはいえ何から何までシノブに背負わせるのは避けたいし、自分達の存在する意義がなくなってしまう。

 ただし自分達の活躍はシノブが自己抑制した結果というのも、別の意味で悩ましい問題ではある。


──早く兄貴に安心してもらえるように頑張ります~! ところで他の皆さんが張り切っているのも、それですか~?──


 シャンジーは自身の意気込みを顕わにしたが、同時に気になっていたことを訊ねた。

 実はアミィ以外の眷属も、同じように各地に散っている。祖霊スープリはイーディア地方のエルフだったから、この地方の超越種なら知っているかもと訪ねに行ったのだ。

 イーディア地方には二組の光翔虎が棲家(すみか)を構えており、しかも双方に二頭ずつの子供がいる。つまり合計八頭、しかも親世代の最年長は六百数十歳だから生前のスープリを目にした可能性もある。


 ただし子供達も半数以上が成体で独立しているから、訪問先は四箇所だ。

 まずマリィが現在シャンジーの飛んでいる森の南端近く、フォーグとファンフの棲家(すみか)に向かった。スープリの聖地とは400kmほど離れているが、同じ森だから何か知っている可能性は高いだろう。

 次にタミィとシャミィが内陸の森林、その最奥に棲むヴァーグとリャンフの訪問だ。もっとも移動は転移の神像経由だから、マリィを含め行き帰りは一瞬である。

 ホリィはアーディヴァ王国に滞在中のドゥングとパルティーを担当した。ドゥングはヴァーグ達の息子で四百歳ほど、パルティーはフォーグ達の娘で二百二十歳くらいと更に若く、どちらもスープリを知らないだろうが念のためだ。

 最後にミリィだが、ヴェーグとヴァティーに会うため自身の担当でもあるカン地方に戻った。ヴェーグはパルティーの双子の兄、ドゥングの妹ヴァティーは百五十歳と成体にすらなっておらず、やはり万一を期待しての動きだ。

 ちなみにシャンジーは百歳を過ぎたばかりだし、エウレア地方で生まれ育ったからスープリの伝説など知る筈もない。母のリーフはイーディア地方の出身だが、それも最近になって教わったくらいである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……シャミィだけが夢の病から逃れたのを、皆は気にしているようです」


 暫しの沈黙の後、アミィは抑え気味の声で語り始めた。

 シャミィは半月ほど前に再誕したばかりで、シノブを支える眷属としては最も年少だ。ちなみに彼女の外見は五歳程度、その上がタミィで七歳前後、他はアミィを含め十歳ほどで、それぞれが眷属として過ごした年数や力量に比例しているという。

 そのため本来ならシャミィも眠りに落ち、他の眷属と同様に夢に捕らえられただろう。しかし彼女はシノブと共に無事なままで、眠気すら感じなかったという。

 これをシャミィは最初、メイリィのところで生命の大樹のお茶を飲んだからと誤解した。実際には大樹のお茶のみだと耐え切れないし、しかも飲んだのは随分と前だから無関係だったのだ。


──それでですか~。一旦お茶のせいだと思ったから、よけいに衝撃的だったんでしょうね~。……ところでアミィ殿は無事だったんですよね~?──


 この際だからと、シャンジーは更に踏み込んでみた。

 初めてラークリ達の里に行ったとき、アミィは周囲にいる者を治癒の杖を使って守った。これは杖の効能だから別にしても、後で他の里で試したとき彼女はシャミィのように何もしなくても平常を保ったという。

 アミィはシノブの筆頭眷属で、しかも他より早く仕えている。そのためだろうとシャンジーは思ったが、本当のところを知りたくもあったのだ。


「私も特別な生まれですから……シノブ様のスマホの機能を引き継いだお陰でしょう」


 アミィの説明はシャンジーに理解できないところも多かった。

 スマホというのは、シノブが持つ神々の御紋に似た道具らしい。つまり人間の手のひらに乗るくらい小さくて薄い板だ。

 超越種にも御紋を貼った装具が与えられたが、これは人間が乗れるほど大きな布に描かれた紋章だし魔力を篭めると輝いてシノブの使徒と示すのみだ。しかしシノブの御紋は神々と会話する魔道具でもあり、自分達が持つものとは全く違う。


──なるほど~──


 シャンジーは良く分からないまま生返事をする。

 つまりアミィは御紋の力を引き出せるのだろうか。あるいは全く別の能力を備えているのか。どちらにしても他の眷属と違う何かを大神たるアムテリアが授けたのだから、彼女が祖霊の術に落ちなくても当然かもしれない。

 いずれにしても神々が特別な存在にしたなら、それで良いだろう。これ以上は聞くのも畏れ多いと、シャンジーは触れずに済ませることにしたわけだ。


「だからホリィ達が気にすることはないのに……。私はアムテリア様から授かった力で、シャミィはシノブ様が生まれ変わらせたからです。つまり皆が術に落ちたのは、努力不足などではありません」


──そうですよね~──


 どうもアミィは、ほろ苦い笑みを浮かべたらしい。シャンジーは前を向いて飛んでいるから表情は窺えないが、彼女の声音(こわね)から察した。


 とはいえ他の眷属達が気にするのも仕方ないと、シャンジーは感じていた。自分に置き換えた場合、とても平静ではいられないからだ。

 光翔虎は上下関係に非常に(こだわ)る。特に雄同士だと強い者を兄貴と立て、よほどのことがない限り逆らわない。

 もし歯向かう場合は決闘で己が強いと証明するほど。自分より幼い者が明確な理由もないのに上を行くなど、我慢ならない屈辱。これが光翔虎の雄の常識、その一頭であるシャンジーも当然としている。


 眷属の上下関係に物申すつもりはないシャンジーだが、自分達ならと続けようとした。しかし彼が言葉にする前に、アミィが動く。


「シャンジーさん! 何かがいます!」


──え~!? ボクには……いや、これは!?──


 アミィに注意を促され、シャンジーは感覚を研ぎ澄ませる。すると彼は少し上に違和感を覚えた。

 それは良く知る感覚、自身が使う姿消しに伴うものだ。しかし成体に近い域まで達した筈の自分を誤魔化すなど、おいそれとは信じられない。

 しかし驚くべき相手という認識が、シャンジーを戦闘態勢に移した。もはや普段の春風駘蕩たる気配は消え去り、代わりにあるのは鳥すら気絶して落ちるだろう鋭い魔力波動だ。


──誰だ!? 出て来い!──


 シャンジーは挨拶代わりの攻撃を放つ。

 まずは急上昇で迫りながら魔力弾の連打、つまりブレスを短く区切って大量に撃つ。魔力の壁や網を作るより消費量が少ないし、それでいて数は多いから遠くに避けない限り位置を(つか)める筈だ。


──見事な攻撃じゃのう。しかしシャンジーや、眷属様に教わって気付くなど未熟じゃよ──


──ですが貴方、この子は百歳を超えたばかり。仕方ありませんよ──


 どこからともなく二つの思念が降ってくる。しかもシャンジーが放った魔力弾は突き進むのみで、相手の位置は分からないままだ。


──これならどうだ!──


 自分が違和感を覚えた方向は、相手に誤魔化された結果で間違っていたのか。

 ならばとシャンジーは全方位攻撃に切り替えた。しかも今度は弾丸ではなく薄い壁を球状に広げていくものだ。

 これは撃壁の絶招牙という光翔虎の技の変形だ。魔力の消費は非常に多いが周りの全てを網羅するし、隙間もないから相手が近場にいれば当たる筈である。


──無駄じゃ……おおっ、今度は撃壁の応用か!──


──これほどの魔力が……やはり眷属様に鍛えていただいたからですね──


 驚愕を示す思念の直後、二頭の光翔虎が姿を現した。位置はシャンジーよりも下、つまり最初に感じた方向と全く逆である。


「これは……なんて美しい……」


 アミィの呟きがシャンジーの耳に入るが、応じる余裕はなかった。

 確かに目の前の光翔虎達は、感動的なまでに清冽な光を放っていた。しかし魔力が全く感じられず、そこに体長20mもの巨体が浮かんでいるとは信じられないくらいだ。

 もし幻覚や何らかの術での見せかけでなければ、想像もつかないほど長い時間で会得した成果だろう。そしてシャンジーは本能的にだが、後者だと察していた。

 魔力とは全く違う感覚が二頭と自分の関係を教えてくれ、そこから相手が遥か年長だと理解したのだ。


──お爺さんとお婆さん……なの?──


──その通りじゃ。儂はハオズ……お前の母さんの父親じゃな──


──初めまして、シャンジー。私が祖母のリージェよ──


 やはりシャンジーの勘は当たっていた。

 ハオズとリージェから、シャンジーは母のリーフと似た何かを感じ取ったのだ。とても強く根源的な繋がり、おそらくは魂による絆を。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ハオズは九百歳ほど、リージェは八百数十歳。つまり二頭は第二世代の光翔虎である。

 アムテリアは超越種の第一世代を成体として出現させた。そのため彼らは誕生した時点で二百歳以上、しかし超越種の寿命は千年前後だから第一世代は創世から八百年ほどで全て没している。


──要するに儂らは現存する光翔虎の最長老……もっとも儂は第二世代の雄では年少な方じゃがの──


──私達の世代で一番上は、貴方の父方のお爺様。フォーズ殿よ──


 ハオズとリージェは自己紹介を進めていく。彼らはシャンジーという孫がいると知っていたし眺めてもいたが、こうやって面と向かって会うのは初めてなのだ。


 光翔虎は子育てを終えると放浪の旅に出る。

 種族を維持するため(つがい)で二頭以上を育て上げるか、あるいは老齢で出産や育児は無理と判断するか、どちらかとなったら世界中を巡って余生を送る。そして伴侶と共に気の向くまま旅を楽しみ、命尽きるまで悠々自適の日々を過ごす。

 自身の子や孫を訪ねもするが、そういったときも姿を隠したまま眺めるのみ。彼らほどになると魔力を完璧に隠蔽できるから、気付かれることなく訪れて去っていく。


 そしてハオズとリージェは、第二子のリーフが(つがい)を得た直後に旅立った。

 それではシャンジーの父方はというと、こちらは更に前だ。彼らはシャンジーの父フォージを独り立ちさせた直後に放浪の身となっている。

 したがってシャンジーは、今まで父母双方の祖父母を知らぬままだった。そのため彼が少々羽目を外したとしても、誰も責められぬだろう。


──ボクのお爺さんとお婆さん~! 会えて嬉しいです~!──


──おやおや、体は大人と変わらぬくらい育ったのに……まだ中身は子供じゃなぁ──


──シャンジー、アミィ様が乗っているのですよ──


 シャンジーが巨体を寄せて感激を示すと、ハオズとリージェは(あき)れたような調子の思念を返す。しかし二頭とも孫と触れ合えて嬉しいのは確からしく、叱ったり(とど)めたりはしない。


「私にはお構いなく」


 アミィも微笑みで応じるのみだ。彼女は光翔虎の暮らしを熟知しているから、シャンジーに祖父母との時間を存分に楽しんでもらおうと考えたようだ。


 もちろん第一子の子など、運よく祖父母と会える者もいる。

 しかしシャンジーの父フォージにはパーフという姉がおり、母リーフにはフォーグという兄がいる。そして超越種の出産間隔は非常に長く、第一子と第二子が二百歳くらい離れている例も珍しくなかった。

 そのためシャンジーが生まれたときには、どちらの祖父母も文字通り旅の空というわけだ。


──はっ!? ボクは何を!? そうか、これがスープリの術か!──


 気遣いの言葉が、逆にシャンジーを感激から現実へ引き戻す。しかし醒めた今は、消えたくなるくらいの恥ずかしさを感じてしまう。

 そこで冗談に紛れさせようと、大袈裟に周囲を見回しつつ鋭い思念を発してみる。


──誤魔化さんでも良かろうに……おじいちゃんスキスキ~と散々やった後じゃぞ?──


──貴方、そのくらいにしてあげなさい。……シャンジー、その件もあって姿を現したのです──


 墓穴を掘ったらしくハオズには(あき)れられるが、リージェは話題転換に乗ってくれた。もっとも続く言葉が大きな衝撃を(もたら)し、シャンジーには安堵する暇もなかったが。


「やはり……この森で生まれたハオズさんなら、スープリのことが気になるのではと……」


 アミィはハオズ達が訪れた理由を察していたようだ。彼女の声や表情は、納得の色が強い。


──その通りですじゃ。久方ぶりに元の棲家(すみか)を訪ねようと来てみたら、森が妙な魔力に包まれておりましてな。……それも記憶にあるスープリの波動に似た力で──


──私達はスープリと直接の面識はありません。こちらは姿消しを使って観察するのみでしたから……ですが、彼がエルフ達に聖者と称えられるほどと承知しています──


 ハオズとスープリは同時期の生まれ、種族は違うが同じ森で暮らす仲間だ。リージェはハオズの(つがい)となった後しか知らないが、それでも晩年のスープリは目にしている。

 そしてスープリは一帯のエルフが尊敬する偉人だから、自然と二頭も彼の動向を追っていた。


 大勢のエルフに慕われ、他種族とも融和を(こころざ)す清き者。創世の教えを次代に引き継ごうとする姿も見事。ハオズ達が目にしたスープリは神々の示した道を辿(たど)り、続く者を導いていた。


「そうなのですか……。なのに仲間すら魔力を得る道具にするとは、いったい彼に何が……」


──お爺さん達はスープリが亡くなるまで見たわけですよね~? つまり祖霊になってから変わったのかな~?──


 アミィは怪訝そうな声で呟き、シャンジーも首が横になるくらい捻った。

 ちなみにハオズ達は、祖霊となった後のスープリには近寄らなかった。祖霊は眷属と同様に神々に近い存在だから、姿消しなど見破る可能性があるからだ。


──魂のみになると、感覚が桁違いに鋭くなると聞いておったからのう──


──当時の私達では、見抜かれたと思います──


 ハオズ達は祖霊スープリの存在を感じつつも、彼の聖地に近寄らずに過ごしてきた。

 これは双方の力量次第で変わり、たとえば超越種でも長老と呼ばれるほどなら成り立ての祖霊を超える。しかしハオズとスープリは殆ど同じ時期の生まれ、したがって確実に上回っている保証はない。


「確かに……祖霊と眷属の関係も似たようなものです。どちらが上ということはなく、経験や蓄えた力で勝敗が決まります」


──すると国と呼べるくらい多くから集めたスープリは、凄く強いってこと~?──


 アミィの言葉には隠しきれない憂いが滲んでいた。しかしシャンジーは、それ(ゆえ)に問いを発してしまう。

 もしアミィの語る通りなら、スープリは彼女を超えるのかもしれない。それどころかシノブを支える眷属の全てが力を合わせても(かな)わない恐れすらあった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シャンジーは再びエルフの聖地へと急ぐ。祖父母のハオズとリージェも加わって、三頭並んで流星のように空を駆け抜ける。

 ともかく今はスープリの現在を確かめようとなったのだ。


──これは……生命の大樹?──


「そのようです。少なくとも、元は『操命(そうめい)の里』と同じ種類の樹でしょう」


 シャンジーの思念に、アミィが重々しい調子で応じる。

 辿(たど)り着いた先で目にしたのは天まで伸びる巨木、しかしスワンナム地方の仲間と違って禍々しさに満ちていた。魔力感知能力を使わずとも分かるくらい異質な空気を帯びた、魔樹とでも呼ぶべき代物だったのだ。


 大樹が生えているのは、周囲より幾らか標高がある丘のような場所だ。ただし規模が桁違いで緩やかな斜面は霞む森の向こうまで続いているし、高さも山と呼べるほどある。

 その中央に大樹は存在し、東の仲間と同様に雲に届く高さを誇っている。ただし幾らかスワンナム地方の大樹が大きいのか、雲の中に消えている割合は少なかった。

 もっともスワンナム地方で生命の大樹を眺めているから、ここまでなら感嘆はしても驚愕まではしない。シャンジーが衝撃を受けたのは、こちらの大樹が黒いと表現すべき葉に覆われていたからだ。

 そのため昼を過ぎたばかりにも関わらず空の一角が陰って見えるほど、まるで漆黒の積乱雲が(そび)え立っているような光景だ。


──なんという……。これがスープリの今を表しているとしたら、もはやヤツは悪しき霊と化しているのじゃろうな──


──ええ。身震いするほどの邪気を感じます──


 ハオズの嫌悪感も顕わな思念に、同じく警戒を隠さぬリージェが相槌(あいづち)を打つ。

 もっと寄ってみようと言う者はいない。そのようなことをすれば魔樹の主に気付かれてしまうからだ。


──ここまで来たのに~。でも危険だよね~──


 悔しいが容易に踏み込める場所ではないと、シャンジーも素直に認めた。

 今も三頭は姿消しを使っているし、思念も限界まで絞っている。しかし接近すれば通用しないと、光翔虎の本能と修行で磨きぬいた感覚が教えてくれる。

 単なる妄想、杞憂でしかないと笑い飛ばすには強すぎる予感。これを無視するようでは、超越種たる光翔虎だろうが弱肉強食の大自然では命を落とすのみである。


──うわ~。気持ち悪いな~──


 シャンジーは全身の毛を逆立ててしまう。

 黒い大樹から漂う恐るべき魔力は、不気味に脈動していた。この植物と思えない肉の気配は、やはりスープリが(もたら)したものに違いない。

 根拠などない直感だが、皆も同意見らしく首肯が返ってきた。


「周囲から得ている魔力を何とかしないと……。シノブ様ならともかく、他は(ちから)フエインの葉から作った薬を……」


 アミィの評は唐突に途切れた。どうやら通信筒に知らせが入ったらしく、シャンジーは微かな振動音を感じていた。


「これは……。まず(ちから)フエインの薬効成分ですが、充分な効果がありました。少なくともラークリ達の集落……エールルの里で眠りに落ちた者はいません」


 朗報にも関わらず、アミィの声は喜びが薄い。つまり続く知らせに問題があるのだろうと、シャンジーは身構える。


「それと攻め寄せてきたエルフを、魔霊(まれい)バクのマレーナが正気に戻したそうです。ただ、その直前にオルムルが……」


──何かあったの~?──


 ますます曇ったアミィの声に、シャンジーは不吉な予感を覚えた。

 オルムルは岩竜だが、フェイニーは彼女を姉だと捉えている。自分は光翔虎だが、オルムル達との絆は血の繋がりなど超えた本物だと彼女は誇らしげに語っていた。

 そしてフェイニーは、成体になったらシャンジーの(つがい)になると主張している。そのため彼は、オルムルを義理の妹のようなものと受け取っていたのだ。


「オルムルは無事です。……ただ、彼女の感応力がスープリらしき者の意思を読み取りました。どうも襲撃者の背後にいる者は、エルフと他種族の婚姻を不快に思っているらしいのです」


──スープリは他種族を嫌っていない筈じゃがのう──


──没してから六百年ほども経ちましたし、祖霊になってから心境の変化があったのかもしれません──


 アミィの言葉にハオズは首を傾げたが、リージェは長い年月が心変わりを招いたのではと応じる。

 そもそも眼前の黒く染まった大樹も、かつて聖人と呼ばれた者が眠る場所とは思えないほど(よど)んでいる。つまり今のスープリが生前から何らかの変容を遂げたのは、否定できぬ事実だろう。


──シャンジーや。儂らも力を貸そう──


──ありがとう……でも、まずはボク達が頑張るよ──


 ハオズの申し出をシャンジーは嬉しく思いつつも断った。

 老境に至った光翔虎が周囲との関わりを捨てるのは、長い生で自身の義務を終えたからだ。つまり前面に立つべきは自分達、これからを創る世代である。

 もちろん手に負えなければ助けを求めるが、何もしないうちに頼るのは筋違いだ。そのような弱気ではシノブを支えるなど到底不可能、(ゆえ)にシャンジーは高らかに宣言する。


──ボクは誇り高き光翔虎、シノブの兄貴の弟分でフェイニーちゃん達の兄貴分だから──


 そして先々は皆でシノブの眷属になるのだと、シャンジーは胸の内で続ける。

 これがシャンジーの夢見る未来、いつまでもシノブを囲んで共に歩みたいのだ。そのためには今から全力で取り組むべき、超えるべき壁を避けるようでは覚束(おぼつか)ない。


──そうか……思うままに進むのじゃ──


──シャンジー、立派ですよ──


 祖父は短く励まし、祖母は率直に称える。先日まで子供と思っていた孫が立派な若者に成長したと、目を細めつつ。


「シャンジーさん。貴方の願い、きっと(かな)いますよ」


──ありがと~! でも頑張らなくちゃ、だよね~!──


 アミィの言葉は、文字通りシャンジーを天へと舞い上がらせる。そして歓喜は次なる行動へと若き光翔虎を突き動かした。


──まずは周囲から吸っている力をなんとかしなきゃね~! 一生懸命調べるぞ~!──


 上昇から一転し、シャンジーは地上に寄っていく。もちろん黒い大樹からは距離を取りつつだが、打開策を見出そうと森の木々を(かす)めるように巡っていく。

 その背ではアミィが励まし、そして後ろからはハオズ達が孫を助けるべく続いている。若き魂を()でつつも、何かあれば助言しようと支えてくれている。

 そのため敵地の最奥というべき場所にも関わらず、シャンジーは全く不安を感じていなかった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年12月8日(土)17時の更新となります。


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