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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第27章 夢見る者達
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27.26 ファリオスの予感

 エルフのファリオスは、新たな植物との出会いに感動していた。

 ファリオスを含む一行は、探索の目的である『(ちから)フエイン』を見つけた。魔霊(まれい)バクと戦った場所の近くに群生地を発見したのだ。


「素晴らしい! こんなに沢山!」


「キュ、キュキュキュイ~!」


「マレマレは『どう、本当だったでしょ!』と言っているよ!」


 湧き上がる歓喜と共に駆け出したファリオスを、先ほど戦った魔霊(まれい)バクが追いかけていく。そして通訳をした少女はアウスト大陸の魔獣使いチュカリだ。


 この魔霊(まれい)バクはアルバーノに懐き、彼を主と認めた。これはチュカリを含む魔獣使い、カン地方やスワンナム地方では操命(そうめい)術士と呼ばれる者達が意思を交わして確かめたから間違いないだろう。

 それを聞いたアルバーノは魔霊(まれい)バクの願いに応え、配下に加えた上にマレーナという名を授けた。それ(ゆえ)チュカリはアウスト大陸の慣習に倣い、二音の繰り返しの愛称を贈ったのだ。


「マレーナ、ありがとう! しかし操命(そうめい)術とは便利ですなあ」


「キュキュキュ~!」


 猫の獣人アルバーノが感謝を伝えると、マレーナこと魔霊(まれい)バクは軽快な動きで反転した。そして結構な速度で主へと向かう。

 マレーナの体長は人間の大人の背丈に匹敵するし、ずんぐりとした見た目だから体重は成人男性の二倍か三倍はありそうだ。しかし見かけに反して魔霊(まれい)バクは素早い生き物で、並の人間には捕獲できそうもない。


「アルバーノよ。誰か術士を紹介してもらったらどうだ?」


「確かに」


 ドワーフのイヴァールが提案すると、狼の獣人アルノーが短い言葉で同意を示す。

 今はチュカリ達がいるからマレーナと意志を交わせるが、アマノ王国に戻ってからだと難しい。少なくともアルバーノの領地には、ここにいる三人のように優れた魔獣使いは住んでいないからだ。

 チュカリは虎の獣人、残る二人のうちカン地方から来た(グオ)師迅(シーシュン)も種族は同じだ。最後の一人、『(ファ)の里』のエルフ美操(メイツァオ)は別として虎の獣人ならメグレンブルク伯爵領にも見かける。

 領主のアルバーノと同じくカンビーニ王国などの移住者には、虎の獣人や獅子の獣人もいるからだ。


 しかし種族が同じでも操命(そうめい)術を習得できるかは別だし、素質があっても何年かかるか分からない。つまりイヴァールが口にしたように、『操命(そうめい)の里』や『(ファ)の里』から術士を招くのが手っ取り早い。

 とはいえカン地方やスワンナム地方から、遥か西のアマノ王国に移住してくれる者がいるだろうか。ここスワンナム半島からだと間にイーディア地方とアスレア地方を挟むくらいで、通常の手段で行き来できないほど遠いのだ。


「里の人に伝えておきます」


「それは助かります! 飼い方はチュカリ君達が訊ねてくれましたが、出来れば今後もマレーナに確かめたいですから!」


 ファリオスの妻、ルシールは仲介役を請け負った。するとアルバーノは喜色も顕わな声で頼み込む。

 チュカリと同様にシーシュン少年やメイツァオは、会話に近いほど細かなやり取りをマレーナと交わしていた。特にメイツァオはエルフだから未成年といっても二十歳(はたち)、十年以上も修行を重ねているから交感能力も他の二人より高かった。

 何しろメイツァオは若手だと、総本山の『操命(そうめい)の里』でも最優秀か次点というくらいだ。彼女は『(ファ)の里』の(おさ)の曾孫でもあるから血筋なのだろう。


「私はシーシュン君の指導があるからダメ」


「そうだよなあ……。シーシュン、君も一緒にどうかな!?」


 メイツァオに断られると、アルバーノはシーシュンも合わせて誘う。すると弟子と一緒なら構わないのか、エルフの少女も反対はしない。


「アルバーノさんに武術を教わりながら操命(そうめい)術を修行できたら……でも、向こうには虎がいないっていうし……」


 シーシュン少年は興味を示すが、彼の家が継いできた虎や狼を使役する術をメグレンブルクで磨くのは難しいと気付いたようだ。

 メグレンブルクにも狼はいるが、寒冷な土地だから虎は生息していない。それに対し『操命(そうめい)の里』には双方ともいるから、グオ家が誇る虎や狼の軍団を操っての戦闘技術を思う存分に研鑽できる。


「シエラニア、私にも習得できないだろうか?」


 獅子の獣人ロセレッタは自身と同じ女騎士に問いかける。

 先ほどロセレッタはアルバーノに認められたらしい。それも単なる武人としてではなく、将来を共にする女性としてだ。

 エウレア地方でも、ファリオスのようなエルフやイヴァールを始めとするドワーフは一夫一妻だ。しかし人族と獣人族には一夫多妻の者達がいる。

 そしてアルバーノにはモカリーナという妻がいるが、更にベティーチェという女性とも婚約した。したがって三人目を娶ることもあるのだろうと、ファリオスは受け取っていた。


 もっとも今のファリオスは(ちから)フエインの葉を採るのに忙しく、背中を向けたまま聞くとはなしに聞いているだけだ。


「どうでしょう? しかし学ぶならアマノ王国に師匠を招く必要がありますね」


 シエラニアもロセレッタ同様に魔術を苦手としている。しかし彼女と同じ虎の獣人のチュカリやシーシュンが操命(そうめい)術を習得できるのだから、絶対に不可能ということもないだろう。

 もっともシエラニアの指摘通り、教え導く術士がアマノ王国にはいない。そして独学で学べるほど操命(そうめい)術は甘くないと、ファリオスは感じていた。


魔霊(まれい)バクは賢そうですし、『アマノ式伝達法』を教えてみては如何(いかが)でしょう?」


「そうですね。森猿などと同様に習得できそうです」


「私もそう思います。……ですが意思を交わせないと伝達法を教えるのは難しいでしょうね」


 ミケリーノの意見は検討の価値があると、アリエルは認めた。しかし眷属のシャミィは唯一問題になるだろう点を指摘する。


 なお他の者達、つまり岩竜のオルムルとファーヴ、炎竜のシュメイ、光翔虎のフェイニーは口を挟まない。この四頭は遥か上空へと昇り、巨大魔獣が訪れないように見張っているからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ファリオス達は幾つかの場所を巡り、千枚ほどの葉を採集した。

 『操命(そうめい)の里』を守る眷属メイリィによると、一枚の葉から十数回分に相当する薬効成分を抽出できるという。彼女が住まう生命の大樹の葉で入れたお茶に混ぜると、催眠防止の効果が百倍にもなるそうだ。

 つまり千枚あれば一万数千回の服用に相当するわけだが、仮に軍でも伴うなら足りないかもしれない。それに一度だけとも限らないから多めに採ったのだ。

 (ちから)フエインの木を痛めないように、一つの木からは十枚までとした。そのため結構な時間をかけたが、もし木が枯れでもしたら取り返しがつかないから一行は細心の注意を払いつつ葉を()んだ。


「この木、里に持っていくの?」


「いえ、里は暖かいから不向きでしょう。これはメリエンヌ学園に贈ります。……アマテール地方も高原ですし、魔獣の領域だったくらいで魔力が多いですから」


 小首を傾げつつ見上げるチュカリに、ファリオスは丁寧に意図を明かしていく。

 一行は数株の若木を掘り起こした。ここはバイタハ山の山頂近くで標高4000mほどもある高地だから、どこにでも移植できるとは限らない。それにメイリィは神域に近いほど濃い魔力が必要だとも語っていた。

 そのためアマテール地方でも学園や隣接した区域だと、(ちから)フエインの木は枯れてしまうかもしれない。しかしオルムルの両親、岩竜ガンドとヨルムが棲家(すみか)を構える奥地ならどうだろうか。

 まずは条件が似通った最奥から始め、もし根付くなら学園の近くでも試そう。そのようにファリオスは考えたのだ。


「なるほど! ここは随分と標高が高いですが、元が熱帯だから雪も滅多に降らない。つまりアマテール地方なら、むしろ寒すぎるほどですな!」


 納得の声を上げたのは苗木を手にしたアルバーノだ。他にもファリオス自身に加え、イヴァールとアルノーにミケリーノの三人が苗を抱えている。


「寒いのは温室で(しの)げますからね。しかし暑いのを涼しくするのは、多くのスズシイネが必要ですから」


 ファリオスの言葉に多くが頷くなどして賛意を示す。

 温室なら場所次第だが、ガラスの壁や屋根を付けてやるだけで良い。寒さが厳しい場所でも温泉や湯沸かしの魔道具からの熱で充分に対処できる。

 しかし冷房はスズシイネという熱を魔力に変えて蓄積する魔法植物が必要だし、せいぜいが数℃下げる程度である。そして『操命(そうめい)の里』は多少標高があるものの、北緯15度程度だから真冬の夜でも20℃前後という極めて暖かな場所だった。


 ファリオスはメリエンヌ学園研究所で農業班の班長を務めていたが、今は『操命(そうめい)の里』の分校長である。そのため自身が(ちから)フエインの研究に携わるのは無理だが、かつての部下達なら安心して任せられると考えていた。


「それでは済みませんが、お願いします。……シーシュン君も寒いだろうが頼むよ」


「大丈夫です!」


 ファリオスは苗木をシーシュンに渡す。これから少年はアルバーノ達と共に、メリエンヌ王国フライユ伯爵領の北部にあるアマテール地方に向かうのだ。

 とはいえ五人はオルムルとファーヴの背に乗るだけ、しかもスワンナム地方から転移の神像を使ってガンド達の棲家(すみか)の側に一瞬で移る。そのため移動時間は僅かであり、シーシュン達は植樹をするのみである。


「本当なら私自身が植えたいところですが……」


「お主には葉を薬に変える役目があるだろう」


 声に残念さが滲んだらしく、ぼやいたファリオスにイヴァールが(あき)れたような調子で応じる。

 調合には魔術を使うから短時間で済むが、ファリオス自身が携わるしかない。妻のルシールも手伝ってくれるしアリエルやシャミィも代わっても良いと申し出てくれたが、極めて細かな作業だけに植物研究と利用の第一人者たるファリオスが実施すべきとなったのだ。


『早く乗ってください~!』


『ええ、急いだ方が良いでしょう』


 フェイニーとシュメイがファリオス達を急かす。それにオルムルとファーヴも植樹組の五人が乗るのを待っていた。

 ファリオス達は『操命(そうめい)の里』に行き、薬を作りながら植樹組の戻りを待つ。そして合流したら再びイーディア地方の海に停泊中のアマノ号だ。

 アマノ号の上には魔法の家があり、移動にはリビングにある転移の絵画を使う。したがって植樹と同様に、遥か遠方でも移動時間を無視できる。


「キュッキュキュ~!」


『はい、行ってきます』


『チュカリさんから伝達法を学んでくださいね!』


 おそらくマレーナは『行ってらっしゃい』とでも伝えたのだろう。それをオルムルは神から授かった感応力で読み取り、ファーヴは彼女の返答から察したようだ。

 これからマレーナは『操命(そうめい)の里』に行き、彼女と意思を交わせる術士を探す。そして術士がメグレンブルクへの赴任に同意してくれるなら、その人物をマレーナ専属にするのだ。


 こうしてファリオス達は無事に採集から戻ったが、休む間もなく調合を開始する。

 その間にチュカリとメイツァオは魔霊(まれい)バクと交流できる術士を探す。操命(そうめい)術で使役できる動物は術士ごとに違うし、それも大抵は数種類までだから適合する者が簡単に現れるとも限らないのだ。

 つまり二人やシーシュンは、極めて才能に恵まれた子供達であった。メイツァオは『(ファ)の里』の若手で一番、チュカリは眷属メイリィが呼び寄せたほどの素質持ち、そしてシーシュンも代々魔獣使いとしてナンカン皇帝家に仕えた家の跡取り息子である。

 やはり、この三人は並ではないとファリオスは改めて感嘆する。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして昼ごろ、ファリオス達は再びイーディア地方のエルフの森へと赴いた。

 既に(ちから)フエインの葉から催眠防止効果を高める薬を作り、お茶に混ぜた。そして服用後の健康状態も確かめ、問題ないと判断した。

 後は実地試験を残すのみ。そこでエルフの少年ラークリと妹のシースミが暮らしていたエールルの里に行き、夢の病に対抗できるか調べる。


「上手くいけば里に戻れるのですね」


 期待と不安の双方を滲ませたエルフは百歳前後の男、ラークリ達の父親クーリシだ。

 百歳といっても他種族なら三十歳と少々、まだクーリシは若手である。エルフは十歳まで他と同じ速度で成長し、そこから先はエルフの四年が他の一年分に相当するのだ。

 隣の伴侶、ラーマナという女性は九十歳ほどらしい。(おもて)には大人の落ち着きを宿しているが、どこかシースミを思わせる初々しさも幾らか残っている。


「ええ、大丈夫ですよ」


 応じたファリオスは五十歳を少し過ぎたところ、つまり他なら二十歳(はたち)過ぎである。

 ちなみに妻に迎えたルシールは人族で二十代半ばだ。そのため外見だとファリオスは彼女より幾らか若く映るようだが、実際には倍ほども生きている。


「ただし今日は試験のみ、本格的な帰還は祖霊スープリを正してからです」


 これは既に伝えているが、ファリオスは念のために再び口にした。

 まずは(ちから)フエインから作った薬を混ぜた、催眠への抵抗力を百倍に高めたお茶の有効性を確かめる。そこでファリオスやクーリシを含め、新たなお茶を服用した上で里に降り立った。

 もちろん移動はシノブの短距離転移だから彼もいるし、達人から常人まで試験対象者も揃っている。とはいえクーリシ達からすると同族のファリオスが話しやすいらしく、彼に妻と子供達を合わせた四人は側から離れない。


 エールルの里を含むイーディア地方のエルフ達は、かつてのファリオスの故郷のように森を閉ざしていた。そのためファリオスの脳裏には、自然と当時のことが去来する。

 あのころの故郷、エウレア地方のデルフィナ共和国は極めて保守的だった。当時は長老達の力が強く、昔からの仕来りを無批判に踏襲していたのだ。

 しかしシノブの訪れが契機となり、妹のメリーナが神託を授かった。デルフィナ共和国に伝わる巫女の託宣で、彼女に森の女神アルフールが乗り移ったのだ。

 そしてアルフールは己の信奉者たるエルフ達を啓蒙し、広い世の中と交わるように諭した。その結果、ファリオスは人族の妻を得たし、こうやって他の地方まで足を運んだ。


「……里に戻って落ち着いてからですが、先々は各地の仲間を訪ねてみてください。もちろん私達も寄らせてもらいますが」


 既にクーリシ達はデルフィナ共和国などについて聞いている。そこでファリオスは自分が知る国々を紹介することにした。

 どうやら改良版のお茶は充分な効果を発揮しているらしい。エールルの里に降りてから随分と過ぎたが、眠気すら感じぬままだ。

 しかし無言で時が過ぎるのを待つのも気詰まりだから、クーリシ達の興味を惹く事柄でも話そうとファリオスは考えたのだ。


「エウレア地方にはデルフィナ共和国、アスレア地方にアゼルフ共和国、スワンナム地方が『操命(そうめい)の里』で、カン地方に『(ファ)の里』ですね!」


「いつか行ってみたいです……」


 元気よく答えたラークリに遠慮がちに小声で応じたシースミと、反応は随分と異なる。しかし双方とも強い関心を(いだ)いているらしく、瞳には強い光が宿っていた。


「ああ、そうしなさい」


 ファリオスは兄妹の姿に、かつての自分達を幻視した。

 妹が巫女の才能を持つところは同じ、ただし自分達は十歳以上離れている。そのためファリオスがラークリと同じ十歳のころ、まだメリーナは生まれていなかった。

 したがって完全には重ならないが、昔のメリーナがシースミのように引っ込み思案だったから無意識のうちに妹を感じてしまうようだ。

 成長後の妹は、他国との交渉役を務めるほど強くなった。しかし今のシースミと同じ七歳くらいまでは、兄の後ろに隠れてしまう気弱な少女だったのだ。


 一方のシースミ達だが、ファリオスの内心に気付かなかったらしい。とはいえ彼らと会ったのは昨日が初めてだから無理もない。

 ただし隣に立つ妻、ルシールは察したらしく優しい微笑みを浮かべている。


「私の妹もね、小さいときは……」


 ファリオスはシースミに語りかけようとするが、周囲のざわめきに気付いて口を(つぐ)む。

 もしや薬の効果が切れたのかと思ったが、どうも違うらしい。里の外れ、森に近い側にいる人々は木立の中を見つめていた。


「魔獣か!?」


「いや、人間だ! しかし多いぞ!」


「それに、これは……」


 里のエルフ達は既に弓を構えていた。そして彼らは長い耳を僅かに動かしつつ、相手を窺っている。

 エルフの耳は他種族より桁違いに良いし、その他の感覚も聴力ほどではないが明らかに鋭い。そのため彼らは木々の奥で見えぬ相手を、大よそだが割り出していく。

 しかしエルフすら(かな)わぬ超感覚の持ち主もいる。


「エルフが百人ほどだ! 真っ直ぐに向かってくる!」


 叫んだのはシノブだ。おそらく彼は魔力波動で(つか)んだのだろうが、種族も断言した。

 これを聞いたファリオスは、嫌な予感を覚えていた。普通なら近くの里からの訪れとでも思うだろうが、ここは道を踏み外した祖霊スープリが暗躍する森だからである。


 もしや里の住人が消え去ったことにスープリが気付き、偵察隊を派遣したのではないか。この里の住人は三百人近いし、近隣の里は少々規模が小さいが百人以上が住んでいるそうだ。そのため自分の里を捨てる前提なら、百人で移動する兵団を出しても不思議ではない。

 その場合スープリに操られただけの人々と戦うことになるが、果たして応戦できるのか。近場なら親戚や友人もいるだろうが、彼らに弓を引けるのか。

 とはいえ何とかしないことには、帰還など不可能だ。ファリオスも緊張に顔を強張らせつつ、魔術の行使に備えて力を集めていく。


「しかし困りましたな……」


「ああ」


「キュキュイ?」


 すぐ近くではアルバーノとアルノーが(ささや)きを交わし、更に魔霊(まれい)バクのマレーナまで何か訊ねるような鳴き声を発していた。


 アルバーノ達は(ちから)フエインの植樹を終えて戻ってきた。そのためマレーナもアルバーノの側を選び、行動を共にしている。

 ちなみにマレーナの専属だが、残念ながら『操命(そうめい)の里』に適任者はいなかった。魔霊(まれい)バクと交感できる者はいたし移住可という者もいたが、双方を満たす術士は現れなかったのだ。

 そこで今はチュカリが臨時にマレーナ担当となり、メイツァオはシーシュンと共に希望者を募りに『(ファ)の里』へと向かっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 恐れていた通り、ファリオス達は防戦一方になっていた。

 森から現れた集団は、すぐ近くにあるカープルの里のエルフ達だった。そしてエールルとカープルは親しく交流しており、親戚どころか親兄弟がいる者も多かったのだ。

 たとえばラークリ達の父クーリシは、弟がカープルにいる。同じく母のラーマナは兄が向こうだ。イーディア地方のエルフもデルフィナ共和国と同じで女系社会だから、男達が互いに婿入りしているのだ。

 そしてカープルのエルフ達はスープリに操られているらしく遠慮のない攻撃を仕掛けるが、こちらはそうもいかない。ファリオスも魔力障壁や催眠の術などを使って守るのみである。


「負けはしませんが、勝てもしませんな!」


「仕方ないな」


 アルバーノとアルノーも手詰まりらしい。彼らを含め武人達は自身の得物で矢を払い続けるが、相手の側に寄れぬままだ。

 近寄ろうとすると、カープルのエルフ達は何かの術を行使すべく魔力を集める。そのため接近戦に入るのは躊躇(ためら)われるのだ。


『相手は普通のエルフですからね……』


『ええ』


 無念そうなファーヴに、オルムルが静かに応じる。超越種の子供達も新たなお茶で催眠の術から己を守っているが、これまでは様子見に徹していた。

 ちなみに今回、シノブを支える眷属達は全て出払っていた。彼女達は祖霊スープリの過去を探るべく、イーディア地方の光翔虎達に聞き取りに行ったのだ。


「シノブ、このままでは崩れるぞ! 俺達は矢を払うくらいしか出来んし、魔術を使える者も魔力が尽きたら終わりだ!」


 イヴァールは大声を張り上げ、シノブに決断を促す。

 今までは手の内を読むべく加減していたが、これ以上は危険である。つまりシノブがカープルのエルフ達を解放して終止符を打てと、イヴァールは主張しているのだ。


「待ってください! 試したいことがあります!」


 終わりにする前に、ファリオスは疑問を解消したかった。そこで妻のルシールの手を引き、二人だけで横手に走っていく。

 そこは遮蔽物が少なく、味方も敵もいない一角だ。もちろん危険だが、短時間なら自身の魔力障壁で充分に耐えられるとファリオスは(にら)んでいた。


「やはり!」


「私達を狙っているのですか!?」


 ファリオス達が動く方向に、カープルの里のエルフ達も向き直って矢を放ち続ける。

 実は今まで、ファリオスは自身に向けた突き刺さるような殺意を感じていた。そして自分のみではなく、ルシールにも向いているようだとも。

 ただし理由は分からないままだし、呼びかけても応じる筈がない。そこで最後の最後まで観察のみに(とど)めていたのだ。


『シノブさん、どうもエルフと他種族の婚姻が気に入らないようです!』


 オルムルは神々から授かった感応力を使い、相手の考えを読み取ったらしい。空から降ってきた彼女の声は確信に満ちていた。


「そうか! ならば……」


「キュキュイキュ~!」


「シノブさん、マレマレが任せてほしいって!」


 シノブが解放の閃光を放とうとしたとき、マレーナの鳴き声とチュカリの制止が響いた。どうも相当な自信があるらしく、どちらの響きも寸毫(すんごう)の揺らぎすら存在しない。


「分かった! やってみて!」


「キュイキュイ~!」


 シノブが許可を出すと、マレーナが嬉しげな鳴き声を上げる。

 するとカープルのエルフ達は、茫然自失の(てい)となる。どうやら彼らは、祖霊スープリが仕掛けた夢の病から解き放たれたようだ。


「終わったか……しかしマレーナは随分と役に立つのだな」


「キュキュ~イ! キュキュキュ~!」


 戦斧を収めたイヴァールは、殊勲の魔霊(まれい)バクに寄ると背中を撫でた。すると気持ちよかったのか、マレーナは目を細めて声でも歓喜を表現する。


「ヒャクバインも役立ちましたよ。あれが無ければマレーナ殿のみを矢面に立たせることになったでしょう。もちろん、そのときはシノブ様が守ってくださったと思いますが」


「そのヒャクバインとやらは、例の(ちから)フエインの葉から抽出した成分ですかな?」


 ファリオスが口を挟むと、アルバーノが興味ありげに問いを発する。

 どうもアルバーノは、エルフ伝統の命名だと察したらしい。一応は問いかけの形だが、声音(こわね)は確信めいた響きが強かった。


「その通りです! まだ命名されていないようですし、有効成分のみを抽出しており(ちから)フエインのままも不適切ですから!」


 よくぞ聞いてくれたと思いながら、ファリオスは命名した背景を語り続ける。

 自分はエルフ、ならば森の女神アルフールが好む名前にしたい。何故(なぜ)なら原材料の(ちから)フエインは、アルフールの作品なのだから。

 ファリオスが滔々(とうとう)と語る中、一部の者はシノブへと顔を動かす。どうも彼らは、これで良いのか同盟盟主の一言が欲しいようだ。


「良いと思うよ。俺の故郷でも、そういう名前の薬は多かったしね」


「ならば決まりだ! 分かりやすくて良い名ではないか!」


 シノブが許可をし、イヴァールが大声で賛同を示す。これに文句を付ける者はいないから、ファリオスも一安心である。

 とはいえ手放しに喜ぶ気にはなれなかった。先ほど祖霊スープリがエルフと他種族の婚姻を嫌っていると明らかになったが、その理由が分からないままだからである。

 ルシールも同じことが引っかかっているようで、明らかに表情が陰っている。


「ファリオス、ルシール。大丈夫、神々は君達を祝福している……だからスープリがどう思おうが、気にしなくて良いんだ」


「ありがとうございます!」


「お言葉、とても嬉しゅうございます」


 シノブの一言は、ファリオスの曇りを払ってくれた。ルシールの(おもて)も常の輝きを取り戻している。

 やはり目の前の青年は遍く照らす存在だ。今は途上かもしれないが、いつかは必ず確かな事実となる。そして我らは彼の光を受けて伸びていく。森の子らしい想像は、ファリオスの心で春めいた輝きを燦々(さんさん)と放っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年12月5日(水)17時の更新となります。


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