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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第27章 夢見る者達
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27.25 ある場のアルバーノ

 アルバーノは『操命(そうめい)の里』に降り立った。

 ここまで運んでくれたのは岩竜ファーヴだ。まだ彼は一歳半にも満たないが体長は4mを超える巨体だから、アルバーノの他に三人を乗せても全く苦にしなかった。

 岩竜は普通に飛んでも時速150kmほど、急げば長距離でも二割やそこらは速く飛びぬける。そして今回ファーヴは己の成長を見せたかったのか、四人も背の上にいるのに後者を選択していた。

 もっともイーディア地方での事件は急を要するから、皆は褒め称えるのみだ。


「また速くなったようですな!」


「ああ、よほど修行を積んだのだろう」


 アルバーノが若竜に賞賛を投げかけると、イヴァールが酒袋を掲げながら続く。竜から『鉄腕』の異名を贈られたドワーフの超戦士は、酒を飲みながら空の旅を楽しんでいたのだ。

 ドワーフ達は飲酒で寒さを(こら)えるし、彼らが愛用するドワーフ馬の鞍には必ずと言って良いほど酒袋が下がっている。そのためイヴァールを含め、超越種に直接騎乗するときに酒を(たずさ)えるドワーフは多かった。


「確かに長足の進歩です」


「素晴らしい成長ですね! 生後十四ヶ月弱だというのに、親竜達にも負けていません!」


 右隣は盟友アルノー、左隣は甥にして養子のミケリーノだ。

 アルノーは口数が少ない男だから、これでも随分と賛辞を奮発したのだろう。それは長い付き合いのファーヴも重々承知で、憤慨などする筈もない。

 しかしミケリーノは自分が代わりにと思ったのか、言葉を重ねていく。上にソニアという姉がいるからか、それとも国王シノブの側仕えとして磨かれたのか、ともかく気配りに関しては及第点を与えて良さそうだ。


『ありがとうございます!』


『ファーヴ、張り切りすぎですよ~!』


 若い岩竜が自慢げに胸を張ると、空から緩やかな声が降ってくる。そして言葉の直後、光翔虎のフェイニーが地に降り立つ。

 そしてフェイニーの背から、女騎士のロセレッタとシエラニアが飛び降りる。ファーヴは雄でフェイニーは雌だから、乗り手も男女に分けたのだ。


「ここが『操命(そうめい)の里』……」


「暖かくて緑も濃くて素敵な場所……将来こういうところに住みたいです。……ねえ、ミケリーノ君?」


 ロセレッタは凛々しく表情を引き締めたが、後輩のシエラニアはミケリーノに意味深な微笑みを投げかける。シエラニアは先々ミケリーノに嫁ぐつもりなのだ。


「これから向かうところは相当な難所らしいですよ?」


 ミケリーノは任務の前に不謹慎だと思ったらしい。

 しかし先ほどまで、少年の顔は少しばかり緊張気味だった。おそらくシエラニアは、彼を(ほぐ)そうとしたのだろう。

 そこでアルバーノは余計なことを言わずに静観する。


 今回の目的地、スワンナム地方の高峰は極めて強力な魔獣が棲むという。

 そこでアルバーノは伴う者を厳選した。自身と同等のアルノーにイヴァール、数度の潜入任務を共にして実力を把握済みの女騎士達、ミケリーノは修行中だが後学のためにと声をかけた。

 人の背の四倍近い大岩猿が群れで来てもアルバーノは問題としないし、アルノーやイヴァールも同じだ。女騎士達も単独の大岩猿なら充分に(しの)げる。ミケリーノは無理だが、魔術と武術の双方を使える上に諜報員としての修行も積んでいるから足手まといにはならない。

 それに今回の探索行には、他にも大勢の腕自慢が加わる。


「早くから申し訳ありません……『遅くに』というべきかもしれませんが」


 まずはフォルジェ侯爵夫人アリエル。戦王妃(せんおうひ)シャルロットの片腕にして親友、数日後に二十一歳を迎える若さにも関わらず大魔術師の域に届いたと評判の女性だ。

 アリエルは眷属シャミィなどと、『操命(そうめい)の里』に先乗りしていた。もちろんシャミィも探索に同行するから、これで大魔術師と神々の眷属が一人ずつ追加である。


「大丈夫ですよ。私達も催眠の魔術をかけてもらって時差を調整しましたから」


 アルバーノは各地の時差を思い浮かべつつ応じた。

 夕方までいたアマノ王国だと今は零時ごろ、そして先ほどまでのイーディア地方のエルフの森は朝の四時、ここ『操命(そうめい)の里』は朝の六時だ。つまりアリエルの言葉通り、ここを基準にすれば『早くから』であり、アマノシュタットなら『遅くに』である。


 このような対策が必要になるなど、一年ほど前には考えもしなかった。

 昨年四月上旬だとベーリンゲン帝国との戦いの最終盤で、最後に残った三伯爵領の攻略が4月9日である。当然ながらアマノ同盟は結成前、エウレア地方の外にも出ておらず時差は最大で二時間弱だった。

 しかし今、同盟の最東端はヤマト王国で西のアルマン共和国と九時間近い時差がある。もし何らかの手段で調整できなかったら、転移で瞬時に集まれても以後の行動に大きな制約が生まれただろう。


「私達も同じですよ……。おっと失礼しました、『操命(そうめい)の里』にようこそ!」


「ここは暖かくて良いところですわ」


 こちらはエルフのファリオスと人族のルシール、まだエウレア地方や一つ東のアスレア地方だと異色の組み合わせとされる夫妻だ。

 もっともスワンナム地方のエルフは進んでいるらしく、ここでは里が出来たころから珍しくないという。そのためか二人の表情や声も充足感に満ちている。

 まだ二人は赴任から一ヶ月弱だが、幾らか焼けた肌のお陰もあって里で生まれた人のようにすら映る。


「アマノ王国は寒いですからね。私のような南方系の獣人だと、こちらを選ぶ人が多いでしょう」


 アルバーノは猫の獣人だ。そして獅子、虎、豹など猫科の獣人は一般的に寒いところを嫌う。

 『操命(そうめい)の里』は北緯15度ほど、れっきとした熱帯だが中央山地に近く標高がある。そのためアルバーノからすると暑すぎず寒すぎずで非常に快適であった。


「俺には暑すぎるがな。ともかく今回は頼むぞ……ファリオスは植物研究の第一人者でルシールは名医だからな」


 イヴァールは暑いといいつつも普段通りで、鱗状鎧(スケイルアーマー)に兜という重装備だ。

 里に寄るのは僅かな間、これから向かうのはスワンナム地方でも最高峰というバイタハ山である。そのため他も含め、耐寒装備に近いものを着けていた。


『オルムル、お待たせしました!』


『今日は一緒に頑張りましょうね』


『やっぱり早くオルムルに会いたかったのですね~』


『それはそうでしょう』


 頭上では超越種の子供達が挨拶を交わしている。

 ファーヴは一直線に将来の(つがい)へ向かい、オルムルも嬉しげに応える。その様子をフェイニーは冷やかし気味に見守り、シュメイは少々複雑そうな感情を滲ませる。


 少し前にオルムルはファーヴの成長を認め、対等な関係として呼び捨てを許した。そこで彼女はファーヴを年少扱いせず、今日も共に働こうと返したわけだ。

 ファーヴは文字通り天にも昇らんばかり、それをシュメイは浮ついていると感じたのか。彼女はオルムルを姉と慕っているから、(つがい)候補にも相応の力量や落ち着きを求めてしまうのだろう。


「アルバーノさん!」


「案内役は私。大船に乗ったつもりで任せて」


「話に聞いていた通りの色男だねえ!」


 最後は操命(そうめい)術士達だが、そのうち二人はアルバーノと知己だった。

 アルバーノの知り合いは、名を呼びつつ駆けてきた師迅(シーシュン)と自信満々に言い放った美操(メイツァオ)だ。しかし最後の一人であるチュカリは、名こそシノブ達から聞いたものの面識はなかった。


 ただしチュカリは、この『操命(そうめい)の里』を守る眷属メイリィが育ててみたいと呼び寄せた逸材だ。そのためアルバーノは、彼女に関しても全く案じていなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アルバーノ達の目的は『(ちから)フエイン』なる植物の採集だ。この聞きなれない樹木の葉が、生命の大樹のお茶の効果を劇的に高めるからだ。


「あのお茶を飲めば、夢の病への抵抗力を僅かだが得られる。これは間違いない」


 『操命(そうめい)の里』に旅立つ直前、シノブはアルバーノを呼び出した。

 探索行に備えてアルバーノ達が眠りに就いた間、残る者達は更なる実験を繰り返した。シノブは十数もの集落に赴き、住民達をアマノ号に移したのだ。


 磐船は詰め込めば千人ほども運べるが、アマノ号は双胴船型で二つの磐船を並べたような構造だから倍は入る。そこでシノブは限界に達するまで、夢が縛るイーディア地方の森からエルフ達を遠ざけた。


「お茶を飲む者と飲まない者を用意して、同一の里に訪れた。それも魔力量や種族に得意な属性など、可能な範囲で条件を揃えてだ。結果は見事に分かれ、お茶を飲んだ者は眠るまでの時間が明らかに長かった。……それに一般的な催眠魔術で試しても、充分な有意差があった」


 成果があったというのに、シノブの表情は厳しい。これは夢の病が非常に強力で、生命の大樹のお茶だけでは昏睡を幾らか遅らせるのみだからだ。

 それ(ゆえ)シノブ達はメイリィが教えてくれた(ちから)フエインに大きな期待をしていた。何しろ催眠への抵抗力を百倍に高めてくれるというのだ。


「なんとしても入手します。たとえ……」


 メイリィは前世の神操(シェンツァオ)大仙時代も含めたら、五百年を生きている。それに神々の使徒たる眷属が推奨する品だから、アルバーノも対抗策の最有力候補としていた。


「火の中水の中、怪しい山の中だって……かな?」


「その通りです。そろそろ新しいセリフを作らねばなりませんな」


 続きをシノブに取られたから、アルバーノは冗談めいた言葉で応じる。

 これはカンビーニ王国にいた若い日からの口癖だが、シノブの家臣になった後も度々使っている。つまり彼は一年以上も耳にしたわけで、どこで出るか予測するほどになったようだ。


 シノブは故郷に住んでいたころ平民だったという。正確には騎士か従士の末裔らしいが、彼が生まれる何代か前に騎士階級や従士階級自体が無くなったそうだ。

 そのためかシノブは冗談にも気安く応じるし、普段も話しかけやすい。一方アルバーノは家を飛び出して傭兵となったほどで型に縛られるのを嫌っており、早いうちから肌の合う主だと喜んでいた。

 ちなみにカンビーニ王家も自由闊達(かったつ)な家風だが、アルバーノは従士の三男だから自国では王族と縁がないままだった。そのため妻のモカリーナは、もし王家に仕える機会を得ていれば出奔しなかったのではと言ったことがある。


「普段のミリィなら喜んで相談に乗ると思うが……」


「やはり例の件が?」


 顔を曇らせたシノブに、アルバーノは声量を落として問いかけた。

 どうもミリィ達は、自身が夢の病に(かか)ったのに後輩のシャミィが無事だったことに強い衝撃を受けたらしい。それにシャミィは関係ないが、オルムル達も超越種なのに情けないと自分を責めたようだ。


「あれはシャミィ独自の何かだと思うんだが……。ともかくオルムル達も名誉挽回と気にしているから注意してくれ」


「はっ、ご忠告痛み入ります」


 これを伝えるため、シノブはアルバーノだけを呼んだのだろう。確かにオルムル達が知れば更に熱を入れてしまい、しくじる可能性がある。


「……ロセレッタも暴走の危険があるな。理由は重々承知だろうが」


 シノブは僅かな間を空けてから女騎士に触れた。

 ロセレッタがアルバーノを慕っているのはアマノ王国の貴族なら誰もが察しているほど、近隣の国々でも情報通なら押さえているだろう。これをアマノ王国の主たるシノブが知らぬ筈もない。

 しかしシノブはアルバーノより二十歳も年下だ。これだけ年齢が違う上に任務にも関係ないから、躊躇(ちゅうちょ)するのも仕方ない。


「再びご忠告、感謝の極みでございます。……もしやカンビーニから何か?」


 アルバーノは主の気遣いを嬉しく感じると同時に、どこから入った情報か気になった。

 ロセレッタの父カプテルボ伯爵が焦れたか、あるいは彼の悩みを解消すべくカンビーニ王家が動いたか。逆に彼らが動くだろうと察し、シノブと親しい者が先んじたのか。

 故国の王族や貴族の顔が、アルバーノの脳裏に浮かんでは消える。


「それは明かせない……彼らへの信義もあるし。ただし俺だけじゃなく、君も心配してくれての動きだよ」


 シノブは今までと異なる、完全に私的な口調に転じた。それに肩を(すく)める姿も、二十歳(はたち)を過ぎたばかりの青年に似合いだ。


「では聞かぬままに」


「助かるよ。ともかく気をつけて……探索ではなく、女難にね」


 アルバーノが膝を折ってカンビーニ流の礼で応えると、シノブは更に一言添える。

 わざわざ念を押すくらいだから、何かあると思うべきだろう。アルバーノの胸に湧いた予感は、確かに正鵠を得ていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 (ちから)フエインが生えているというバイタハ山は『操命(そうめい)の里』より更に南、おそらく北緯8度を僅かに切るだろう。

 そのため高山といっても降雪は稀で、真冬でも氷点下は少ないという。ましてや今は四月上旬、アルバーノ達は快適に進んでいく。

 (ちから)フエインは低木で、しかもユキツバキのように似た外見の木が多く高空から判別できない。そこで飛翔できるオルムル達がいるにも関わらず、探索隊は地上を巡っていた。

 しかも前者が希少種で後者が九割九分以上だから、アルバーノ達は外れを引き続ける。


 とはいえ面倒事は、この程度である。

 何しろ子供とはいえ超越種が四頭もいるから並の魔獣は避けるし、家ほどもある大物でも(とどろ)咆哮(ほうこう)を耳にすれば大抵は退(しりぞ)く。一帯の頂点に立つくらいだと挑みかかる猛者もいるが、これらも三人の操命(そうめい)術士が振るう鈴の音で静まって離れるといった具合だ。

 しかし散策めいた長閑(のどか)な山巡りは、唐突に終わりを迎えた。


「これは驚きましたね! なんと三つ首の狼、それも通常の三十倍はある!」


「あのような化け物、本当に自然の生き物なのか!?」


 アルバーノが驚嘆の叫びを上げると、少し離れた場所からイヴァールが雷鳴のような大音声(だいおんじょう)で応じる。

 交わした言葉通り、狼に似た相手には頭が三つあった。通常の狼と同じ位置に一つ、その左右に一つずつである。

 しかも大きさは超越種の成体以上、つまり体長はアルバーノの背の十倍を優に超えている。


「メイツァオさん、あれって!?」


「聞いたことがない」


「アタシも……酔っ払いの作り話だと思っていたよ」


 多頭など想像上の産物、これがエウレア地方での常識だった。それに別地方の出身者、カン地方のシーシュンやメイツァオ、アウスト大陸のチュカリも同様だ。


「あのような生き物が……」


「首の構造がどうなっているか、興味ありますわ。神経や血管、食道や気管……そうです、三本の全てが食事や呼吸をするとも限りませんわね」


 スワンナム地方も同じらしい。『操命(そうめい)の里』に赴任したファリオスとルシールも目を大きく見開いている。


「死角が少ない。気をつけろ」


 右に回りこんだアルノーは、愛用の小剣を振るって十数もの衝撃波で攻め立てる。しかし三つ首の魔獣は軽快に身を(ひるがえ)し、目に見えぬ攻撃を躱す。


 相手は異形だから、外見から想像できない攻撃手段を持っているかもしれない。そこでアルノーは遠方からの小手調べで様子を見た。

 つまり本気には程遠いが、剣聖と称えられる男が奥義を放ったのだ。すんなり回避されるなど、まさしく悪夢である。


「流石はアルノー様です」


「ミケリーノ君も充分に凄いわ。まだ成人前なのに、その水弾の威力……」


「全くだ! 私達など、こうやって投槍で支援するのが精一杯だというのに!」


 ミケリーノは前衛が充分に強固な壁を形成したと判断したらしく、時間をかけて巨大な水弾を(こしら)えては放つ。

 水や岩の魔術は矢や投槍と同じで重力の影響を受けるから、(きら)めく塊はアルバーノ達の頭上を飛び越えて異形へと向かう。もっとも現在のところ他の攻撃と同じく三つ首の魔獣に(かす)りもしないが、僅か十三歳の少年だからシエラニアの言葉通り術自体を褒めるべきだろう。


 それに異形は俊敏で、不用意な接近は命取りである。

 成人済みで武人として日夜鍛錬を積み重ねているロセレッタやシエラニアですら、槍を投げるのみで近寄れない。しかも携行できた本数は少なく、すぐに彼女達は戦力外になってしまうだろう。

 とはいえ前線で渡り合えるのはアルバーノ、イヴァール、アルノーの三伯爵のみだ。


「炎も駄目ですか。ならば……」


「手強いですね……」


 アリエルとシャミィも後方からの魔術を選んだ。

 この二人には弱点を探るよう頼んでおり、目まぐるしく術の系統を変えていた。しかし地水火風の四大属性どころか雷や光、更には催眠魔術などを使っても相手は避けるか効かぬかだ。


 残るは超越種の子供達だが、今のところ静観したままである。まずは人間達の手で、とアルバーノが要請したからだ。


「アルバーノさん! オルムルさん達に手伝ってもらおうよ!」


「いえ、まだ全てを試していません!」


 振り向いたチュカリに、アルバーノは首を横に振ってから叫び返す。

 何から何まで超越種に頼ったら、人間のすべきことが無くなる。そのためアルバーノは出来る限り自分達の手で解決策を見つけたかった。

 イーディア地方の森には今も夢の病が蔓延しており、アルバーノも意地を張り続けるつもりはない。しかし少し試した程度で(すが)りつくようでは、人の成長が()まってしまうだろう。


 それ(ゆえ)シャミィも今は人間の大魔術師程度に術の威力を抑えてくれている。

 地上に降りた眷属は肉体を得ているし人と子を成せるから、今のシャミィは人間としても良いだろう。ただし彼女は眷属としての力を封じ、アルバーノ達に活躍の場を譲っていた。

 これはシノブも同様だ。神の血族たる彼なら単独で夢の病を解決できる筈だが、それでは真の発展がないとしたのだろう。

 小剣で衝撃波を生み出しつつ、アルバーノは自身の思いを遥か南東の大陸から来た少女へと語っていく。


「……うん! アタシだってシノブさんの力になりたい! 助けられてばかりなんてイヤだよ!」


 幸いチュカリは納得してくれたようだ。しかしアルバーノの言葉は彼女以外も動かし、それが思わぬ事態を導いてしまう。


「その通り……投槍で諦めているようでは駄目だ! 私はアルバーノ様を支えたい!」


 ロセレッタは悲壮にすら響く叫びと共に大槍を構え、突撃を開始した。

 獅子の獣人だけあってロセレッタは大柄、長身のアルバーノと比べても頭半分ほど低いだけだ。しかも絶叫は武術で鍛えた彼女の喉から放たれた、まさに獅子吼(ししく)と表現すべき迫力である。


「無茶だ!」


 アルバーノは制止すべく後を追う。今のロセレッタでは異形の魔獣に(かな)わないと思ったのだ。

 しかし折悪しく反対側から攻め立てており、僅かに遅れてしまう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……ここは?」


 気付くとアルバーノは、金色に染まった空間を漂っていた。

 まるで炎のように(まぶ)しく、しかも熱さすら感じる不思議な場所。それでいて既視感を覚え、心が休まる。


「俺は死んだのか? 確かロセレッタを追って魔獣の側に……」


 これが輪廻の輪の先、つまり冥神ニュテスの腕の中か。アルバーノは自身の想像に思わず身震いをした。

 死した後にニュテスにより清められ、その後に来世を迎える。そのように神殿では教えているし、アルバーノも受け入れていた。


 しかし現世ですべきことを成し遂げたならともかく、このように中途半端な死は望んでいない。

 自分はメグレンブルク伯爵になって一年足らず、(いま)だ領地は多くの課題を抱えているし妻のモカリーナに押し付けて死ぬなど論外だ。それに彼女は自身の子を宿したが、まだ顔すら見ていない。

 私事を置いても、アマノ王国の発展に寄与しシノブが語る未来を現実のものとしたい。あの若く理想に燃える青年が創る新時代を、共に歩みたい。

 それがベーリンゲン帝国の戦闘奴隷として散った友への手向けであり、彼らが自分に託した使命だと思うからだ。


──アルバーノ様に認められたい! あの強く素晴らしい男性の側にいたい! そして我が子に彼の血を与えたい!──


 脳裏に響く声に、アルバーノは覚えがあった。先ほど追いかけたロセレッタのもので、稽古をつけた際や行動を共にしたときに数え切れないほど耳にしたからだ。

 しかし今の声は、耳ではなく心に直接響いたような気がする。やはり魂のみの存在になったのかと、アルバーノは首を傾げる。


 そもそもアルバーノは思念を使えないし、ロセレッタも同じ筈だ。

 思念を発するのは非常に稀な能力で、神託を授かる大神官や高位の巫女でも受けるだけという。アルバーノが知る範囲だと思念で呼びかけ出来る人間はシノブや彼を支える眷属達、そしてシノブと結ばれ神々からの加護が増したシャルロット、特別な血筋らしきヤマト大王家の直系くらいだ。

 このうち眷属を厳密な意味の人ではないとして除いたら、片手で数えられる程度である。


──もっと強くならなくては! モカリーナ殿の商才やベティーチェ殿の航海術……あのような特技を私は持たない……だから強さでアルバーノ様に近づくしかないのだ!──


「これはロセレッタの心か? それに今見ているのは……」


 アルバーノの前には自分と囲む女性達の姿があった。それはロセレッタの思念らしき声が挙げた者達に加え、彼女自身もいる光景だ。

 ただしロセレッタが思い描く未来なのか、彼女自身は現在より大人びている。


 今のロセレッタは十六歳、大柄だから二十歳(はたち)前後のように映るが少女めいた初々しさも残していた。しかし眼前の彼女は二十歳(はたち)のベティーチェよりも上、二十四歳のモカリーナと同じくらいに感じるほどだ。

 やはりロセレッタの理想とする姿なのだろう。おそらく彼女が自身に足りないと感じているのは、モカリーナやベティーチェが持つ経験による裏打ちだ。

 しかし心に浮かんだ姿は大人の深みを宿しており、二人に勝るとも劣らぬ魅力を備えた女傑である。


「とはいえ恥ずかしいな……」


 アルバーノは柄にもなく照れていた。実は彼自身も相当に美化されていたからだ。

 自分を不細工と思ったことはないし、常々容姿を褒められてもいる。とはいえ役者のような人形めいた整い方ではなく、あくまで武人として見栄えがする程度。このようにアルバーノは自己評価を下していた。


 しかし眼前の自分は、どこの劇場から連れてきたかと思う美男だった。

 引き締まった体は同じだが、これは現実でも武人として節制を重ねているからだ。つまり商売道具として手入れを欠かしていない証、シノブや盟友のアルノーなども同じで武術の最奥に達した者なら自然と備わる肉体だ。

 それに対し、顔は明らかに誇張が混じっている。これがロセレッタの目に映る己だとしたら、彼女は相当に良く思ってくれているのだろう。


──アルバーノ様……私の(いと)しい人──


「いかん!」


 アルバーノは思わず目を(つぶ)ってしまう。いつの間にかロセレッタと自身の幻影が接近し、更に素肌を(さら)していたからだ。


 アルバーノは妻を得ているし、女性の肌ごときで動じるほど初心(うぶ)ではない。

 とはいえ本人の許可あってならともかく、怪しげな幻影で知らぬうちにというのではロセレッタが可哀想だ。それにエウレア地方の貴族女性の貞操観念は極めて固く、結婚前に肌を見せるなど許しがたい不徳とされていた。


 そもそも、これがロセレッタの心だとして何者かが彼女に干渉しているなら、アルバーノにとっては最大最悪の大罪だ。

 二十年にも及ぶ戦闘奴隷としての苦難、己の意思を捻じ曲げられる苦痛と屈辱は決して消え去ることはない。そのためアルバーノは自身の怒りを干渉者に届かせるべく、全身全霊を篭めて()えた。


「人の心に踏み込むのは()めろ! 死にたくなければ今すぐロセレッタを解放するんだ!」


 本当に声だけだったのか。アルバーノが叫ぶと同時に凄まじい波動が吹き荒れた。それに(まぶた)を貫くような光も生じたらしい。

 やはり心の世界か何かで、自分にも普段は使えぬ思念が備わったのだろうか。アルバーノは全てを消し去るような暴風の中心で首を傾げる。


「アルバーノ様……どうしてお目を?」


「……ロセレッタか?」


 至近で生じた(ささや)き声に、アルバーノは思わず問いを発してしまう。

 どうも心の空間から脱したらしい。腕の中には確かな感触があるし、顔を撫でるのは高山の冷涼な風だ。そこでアルバーノは声の方向から顔を背けつつ目を開くが、確かに最前までのバイタハ山の風景だった。


「ん……なんだ、コイツは?」


「キュ~イ、キュキュ~」


 アルバーノが顔を向けた側には初めて目にする生き物がいた。しかも親しみを示すように可愛い声で鳴き、更に体を擦り寄せる。

 とはいえ相当な巨体だ。体長は自身の背と同じほど、しかも豚やイノシシのように太い体だから体重は何倍もあるだろう。

 もっとも謎の巨獣は大人しく寄るのみで、押し倒したりはしない。


「ゾウほどではないですが、長い鼻ですね。それに黒と白の二色というのも奇妙な……」


「キュキュ~イ! キュキュキュ~!」


 ロセレッタも危険を感じていないらしく、前半身と後ろ足が黒で他が白の毛皮を撫で始めた。すると心地よかったのか、謎の動物は嬉しげな声で応じていく。


「その生き物は魔霊(まれい)バク。さっきの三つ首狼は、この子が見せた幻影だったみたい」


「そうだったのか……」


 メイツァオの言葉で、アルバーノは大よそを察した。

 名前からすると魔霊(まれい)バクとは魂に干渉する魔獣なのだろう。そのため幻影を操る能力を得たわけだ。

 そして自分達は、この生き物の縄張りに入り込んだのだろう。


「キュキュイ!」


「コイツ、アルバーノさんを好きだって!」


「うん、(あるじ)として認めたみたい!」


 魔霊(まれい)バクは何かを感じ取ったのか、返答のようにも聞こえる鳴き声を発する。すると残る操命(そうめい)術士達、シーシュンとチュカリが声の意味を教えてくれる。


「……俺の領地は遥か西だぞ? それに心を読むのは()めてくれよ。責任を取るのも大変なんだ」


「アルバーノ様……」


 ぼやくアルバーノを、ロセレッタは頬を染めつつ見上げた。どうやら彼女も、あの幻想を共有していたらしい。

 自身の想いや理想像を見せてしまったのだから、恥じらうのも当然だろう。しかも最後は乙女らしからぬ一幕まであったのだ。


「最後は見ていない。だが、お前が本気だと分かったよ……だからああいう大人の女性を目指して頑張れ」


 アルバーノはロセレッタの耳元で(ささや)きかけた。

 あの幻想を共有しているなら充分に意味が通じる筈だ。それ(ゆえ)アルバーノは、敢えて曖昧な言葉を選んでいた。


「そ、それでは!」


 やはりロセレッタも同じ夢を見ていたらしい。彼女は満面の笑みを浮かべると、周囲の目も(はばか)らずアルバーノの腕の中に飛び込んだのだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年12月1日(土)17時の更新となります。


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