27.23 アリエルと操命の里の夢
アリエルは生命の大樹にある眷属メイリィの家に招かれた。
生命の大樹とは『操命の里』の中心に聳える聖木で、歴史が始まったときから存在したと伝わっている。そのため大樹に寄れるのは巫女など選ばれた存在のみ、しかも祈りを捧げ清めるだけという。
樹上の家に招待された者はアリエルの他にもおり、四人と二頭が家主と共にテーブルを囲んでいる。
訪問者の筆頭はシャミィ、半月近く前に再誕したばかりの眷属だ。彼女は籐製らしき長椅子に、先輩のメイリィと並んで座っている。
次にエルフと人族の夫婦、植物研究家のファリオスと治癒術士のルシール。この二人はシャミィ達の反対側、つまりアリエルと同じ長椅子に腰掛けた。
最後に岩竜オルムルと炎竜シュメイだが、どちらも猫くらいの大きさに変じてメイリィ達の脇に落ち着いた。メイリィの外見は七歳かそこらの少女でシャミィは更に二つほど幼いから、長椅子には充分な余裕があるのだ。
先ほどシノブはイーディア地方のエルフの里に赴いたが、そこは夢の病による眠りが支配する場所だった。しかも里に行った者達は、シノブとシャミィを残して全て昏睡状態に陥る。
夢に囚われたのは金鵄族のホリィ達、天狐族のタミィ、エルフの祖霊ウーシャだ。彼女達は全員が数百年を生きているが、シャミィは転生したばかりにも関わらず無事だった。
神の血族であるシノブに効かないのは当然だが、最年少であるシャミィは少々解せない。誰もが感じた疑問に、シャミィは『操命の里』で飲んだお茶が原因ではないかと答えた。
何しろ生命の大樹の葉で作り、眷属のメイリィが淹れたお茶である。それに大樹の葉の効能は活性化のみならず、催眠への抵抗力向上もあるという。
そこでシノブはシャミィ、ファリオス、ルシールの三人に、真実を確かめてくれと頼んだ。
ファリオスは魔法植物の権威でルシールは優れた医療技術を備えている。しかも二人は元々『操命の里』に赴任中でもあった。
ただしファリオスは珍しい植物を見ると異様なまでの興味を示すから、誰かをお目付け役とすべきだろう。そのため魔術師でありメリエンヌ学園の教師にして研究員でもあるアリエルに白羽の矢が立った。
「深夜にも関わらず押しかけ、真に申し訳ありません。それに私達まで招いてくださったこと、重ねて御礼申し上げます」
アリエルが頭を下げると、ファリオスとルシールも続く。
メイリィは祖霊として振舞っており、里の者達を含め普通の人間の前には姿を現さない。つまりアリエルを含めた三人は、本来なら生命の大樹に登ることを許されない。
そこでシノブは眷属であるシャミィを通して問うようにとしたが、メイリィは非常事態だからと同行者達も自身の住まいに呼んだのだ。
「いえいえ~。私は寝なくても大丈夫ですし~、透明化の魔道具を使っていたから~、里の人達は気付きませんし~」
メイリィは柔らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を左右に振る。どうやら彼女は、遠慮無用と言いたいらしい。
同じ金鵄族のミリィを更に緩やかにしたような口調。これは事前にシャミィから教わっており、アリエルは驚かない。
しかし里の人々を拒絶するのに自分達は良いのかと、今更ながら疑念が湧いてくる。アリエル達は通信筒を持っているから、シャミィだけを招いても少し手間が増えるだけなのだ。
そして生じた疑問は顔に出てしまったのだろう。メイリィは僅かだが、アリエルへと視線を動かす。
「あのですね~、里には私の子孫もいるんですよ~。だから会うと情が移ってしまうかもしれませんし~」
神操大仙、つまり前世のメイリィはカン地方にいるとき男に扮して過ごした。しかし彼女は荒禁の乱を避けてカンを脱したとき女性の姿に戻り、少し後に夫も得たという。
当時メイリィは百八十歳を超えておりエルフ以外だと五十過ぎという年齢だったが、極めて大きな魔力の持ち主だから他種族なら四十前相当の肉体を保っていた。そのため遅い結婚にも関わらず、彼女は複数の子に恵まれたそうだ。
そしてメイリィは没した後、あまり間を置かずに眷属になったらしい。しかも彼女の担当地域は、ずっと『操命の里』を含むスワンナム地方の森林地帯だった。
したがってメイリィは自身の子が老いていく様子も眺めただろうし、臨終すら見届けたかもしれない。
「そうなのですか……」
思わずといった様子で、ファリオスが呟く。それにルシールも言葉にこそしないが衝撃を受けたらしく、隣で微かな吐息が生じる。
どうやらファリオスは、メイリィの過去に自分達の将来を重ねたようだ。低く重い声から、アリエルは彼の苦悩を垣間見たような気がした。
ファリオスはエルフでルシールは人族だから、二人の子はエルフか人族のどちらかになる。そして人族の子が生まれたら、ファリオスより早く没する可能性が高い。
ルシールは操命術の素質もあり、里の術士の見立てだと長命の術も覚えられるという。したがって彼女は夫と添い遂げるだろうが、子も同じ才能を持っているとは限らない。
先々二人はメイリィのように自身の子孫から距離を置くしかないのか。胸中に浮かんだ情景に、アリエルは身を震わせる。
「えこひいきはダメですからね~」
敢えてなのだろう、メイリィは明るい調子で続ける。
眷属だから死後は冥神の腕の中で癒されると重々承知、自身も前世の記憶を持っており死生の捉え方も他と違う筈だ。しかし情が移るかもと語るくらいで、子や孫の苦しみに遭遇したら心が揺れかねないのだろう。
メイリィには担当地域全体を見守る責任があり、特定の誰かに肩入れするなど論外だ。それに神殿の教えだと現世の試練は来世で活きるとしているから、下手に手出しすると成長の機会を奪うかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆
「済みません~、今はイーディア地方のエルフ達でした~。症状を詳しく教えてください~」
メイリィは本筋から外れたと思ったようで、夢の病へと話題を変える。
スープリという祖霊はエルフ達から吸い上げた魔力を使い、夢を伴う催眠の術を仕掛けているらしい。このスープリが元凶というのは同じく祖霊のウーシャから聞いたのみで真実か定かではないが、生じた事象については詳しく語れる。
『いつの間にか眠ってしまい、夢を見たのです! それも上空を飛ぶアマノ号に乗っていたのに!』
『夢は自分が望む未来のようです。こんな風になろうと思っていることや、将来について交わした会話とか……』
オルムルとシュメイは、イーディア地方の森で体験したことを語り始める。アマノ号でも、オルムルを始めとする超越種の子達も夢の術に引き込まれたのだ。
「私達はアミィさんに守られ、無事でした」
「生命の杖で異常を防ぎ続けてくださったのです。室内には大勢いたので、アミィ様は思念を使う余裕もなかったと伺っています」
「アマノ号の運び手、朱潜鳳のフォルス様やガストル様は外でしたが耐えきれました。お二方は成体ですし、アマノ号は里と離れていたからではないかと……。ただ、思念に用いる魔力もないほど差し迫っていたそうです」
アリエルに続いたのは、ファリオスとルシールだ。
この三人はアマノ号の上に置いた魔法の家のリビングにいた。そしてリビングではアミィが生命の杖を行使し昏睡から守ったが、杖の効果が及んだのは魔法の家の中のみだったようだ。
アマノ号を運ぶ朱潜鳳フォルスとガストルは杖の防御範囲外でも耐えたが、ルシールが説明したように幾つかの要素が関係していそうだ。
「夢の病ですが、里に行った者達とアマノ号の双方が同時に影響を受けたようです。もっとも里に住んでいるエルフ達は、私達が着く前に眠っていたようですが……」
シャミィが触れたように、催眠の術の影響範囲も桁違いに広かった。
シノブ達とアマノ号は目視できないほど離れていたから、双方を含む広範囲に術を仕掛けたか二点を同時に攻撃したかだ。それにアマノ号は空高くに浮いており、真下からでも100m以上はあった。
その距離から超越種を眠らせるなど、眷属でも難しいのではないか。
「他の里も既に同じような状況かもしれません。仮にアマノ号だけが対象としても、ラークリ達の里……エールルという村にいた三百人弱のエルフだけで成せるでしょうか?」
アリエルは、スープリが他の里から得た魔力も使ったと考えていた。
エールルの里は町と呼ぶには小さく、エルフも全員が大魔術師に並びはしないし子供もいる。おそらく人族の上級魔術師に相当する者は半数程度で大魔術師なら十分の一以下、これらの力を全て集めても超越種の成体の一割未満だ。
実際にはエルフでも全ての魔力を余さず結集するなど不可能、同規模の里が五十や百は必要だろう。つまり現在でも多くのエルフがスープリの支配化にあると考えるべきだ。
「……なるほど~。しかし困りましたね~」
「どうしたのでしょう?」
メイリィは随分と長く黙り込んでいたし、口を開いても表情が優れなかった。そのためだろうが、シャミィは怪訝そうに首を傾げている。
シャミィは自身が夢の病を逃れた理由を、生命の大樹のお茶の効果だと推測していた。したがって茶葉を貰って帰れば解決すると考えていたのだろう。
もしかすると茶葉の量が限られるのか。しかし大樹は誇張なしに雲まで届いているし木陰は小さな村なら入ってしまうほど広いから、葉など幾らでもある筈だ。
新芽などに限定されるか、茶葉にするまでの加工に時間が掛かるのか。アリエルも疑問を覚えつつ、メイリィの言葉を待つ。
「生命の大樹のお茶には~、それほど強い効果はないと思うのです~。何しろシャミィさんが飲んでから十日以上経っていますし~。もちろん検証してみる必要はありますが~」
断定を恐れたのか、あるいは専門家としての興味か、メイリィは試してみたいと結んだ。しかし彼女の表情や口振りからすると、あくまでも念のためらしい。
「なるほど……。まず飲んだ直後なら抵抗できるか試したいですね。それに種族や年齢の差も気になるところです。眷属様に超越種様、それぞれ複数の種族がありますし、我々人間にも効くなら四種族の全てか特定の種族のみか。……そうです、男女差も調べないといけませんね!」
ファリオスは別人と思うほど饒舌になる。おそらく研究者としての熱意が神々の眷属への遠慮に勝ったのだろう。
飲んだ量や淹れ方、それに茶葉を食べるなど服用方法を変えたらどうなるか。エルフの青年は更に細かな検証法を並べていく。
「実施するなら、なるべく一度に試すべきでしょう。確実に抵抗できるのはシノブ様だけのようですが、ご多忙でしょうから度々お呼び出来ませんわ」
ルシールは夫よりも冷静らしく、常識的な意見を述べた。もっとも一国の王を連れ出して試験するなど、五十歩百歩かもしれないが。
「その……どうして私は無事だったのでしょう?」
当然ではあるが、シャミィは自分に効かなかった理由が気になるらしい。
実はアリエルも興味を覚えていた。ファリオスが挙げたような全ての組み合わせを試す手法より、シャミィの謎に迫る方が手っ取り早いと感じたからだ。
眷属の秘密に関わるかもしれないから口に出せなかったが、これで答えが聞けるかもとアリエルは期待を抱いた。
「あくまでも勘ですが~、シャミィさんの前世や再誕に関係しているのかもしれませんね~。前世では鋼仕術を教えた筈ですから~、憑依の適性や練度とか~。それに特別な転生も気になりますね~」
勘とは言いつつも、メイリィの声に揺らぎはない。
眷属で里に降りたのは五人、金鵄族の三人と天狐族のタミィとシャミィだ。つまり天狐族だからという説は成り立たない。
それ故メイリィはシャミィの過去に理由があるとしたのだろう。
シャミィの前世はカン地方の聖人小无として知られる眷属だ。そしてシャオウーは鋼仕術士の祖師である神角大仙を教え導いたくらいで、鋼人への憑依は得意だったに違いない。
それにシノブが転生させた眷属はシャミィのみである。これがシノブとの間に特別な絆を生じさせ、彼の側にいたから夢の影響を逃れたというのも蓋然性が高そうだ。
『お茶を飲んでもダメなのでしょうか?』
『……名誉挽回できると思ったのですが』
オルムルとシュメイは残念そうだ。
どちらもメイリィを見つめたまま動かない。おそらく彼女達は、何か解決策があるのではと期待しているのだろう。
「超越種に効くか分かりませんが~、お茶の力を上げる調合法はあるのですよ~。かなり強い魔獣が出る場所ですけど~、皆さんなら行けるでしょうし~」
「それは素晴らしい! やはりフミン……それともコリャナンダーでしょうか? しかし双方とも魔獣の領域以外で採れましたね……」
メイリィが効果を増す製法に触れると、ファリオスが目を輝かせた。そして彼はイーディア地方の森でも挙げた目覚ましの薬効を持つ香辛料を並べていく。
「いえ~、『力フエイン』です~。皆さんは知らないでしょうけど~、神域自体か同じくらい魔力が濃い場所でしか育たない木ですよ~」
この力フエインなる植物の葉を適切に処理し、生命の大樹のお茶に入れる。すると催眠に対する抵抗力が百倍近く増えるとメイリィは保証した。
場所は『操命の里』の南、スワンナム地方でも有数の高山帯だ。ここは極めて魔力が多い場所で、かなりの大魔獣が棲んでいるという。
しかし超越種の子やシノブを支える超一流の武人達なら充分に対処できるし、そもそも『操命の里』に来るときに使う転移の神像も同じ山脈内にある。
メイリィの言葉通りなら神像の付近より更に大物が出るらしいが、オルムル達の様子からすると問題なさそうだ。そのためアリエルも顔を綻ばせる。
◆ ◆ ◆ ◆
力フエインの採集と並行して、生命の大樹のお茶だけにした場合も確かめることにした。大勢のエルフの命が懸かっているのだから、打てる手を打っておくべきとなったのだ。
ここスワンナム地方は零時近いが、アマノシュタットとの時差は六時間ほどもあるから向こうでは日没前だ。そのためアリエルは眠くないし、アマノ号にいる者達も同じだろう。
そこでメイリィは手持ちの茶葉をシャミィに渡し、シャミィは魔法のカバンを呼び寄せて仕舞う。同時にアミィに通信筒で概要を伝えたから、向こうは向こうで動き出す筈だ。
イーディア地方のエルフの森には、先ほど訪れたエールルの里の他にも千以上の集落がある。その中で海に近いもの、つまり森から避難しやすい場所で試せば良い。
おそらく他の里にも祖霊スープリの魔の手が及んでいるだろうが、現状では推測に過ぎない。したがって別の集落を探る必要もあり、一石二鳥なのだ。
「それに力フエインの葉を入れない状態でも効く種族がいるかもしれませんね。我らエルフのように魔力が多い者……いや、案外と獣人族のように魔術と縁遠い種族の方が……」
「眷属や超越種の皆様では? 長く生きるには多くの生命力が必要ですし、生命力は肉体の強さでもありますから」
呟き続けるファリオスに、妻のルシールが笑みを向ける。
つい最近結ばれたばかりということもあり、二人は極めて仲睦まじい。アリエルはメリエンヌ学園の理事でもあり結婚式に招かれたが、普段に増して熱烈な姿を微笑ましく思ったほどだ。
しかしエウレア地方だとエルフと他種族の結婚は非常に稀で、アリエルもファリオス達の例しか知らない。そのため二人が式に呼んだのは僅かで、親族と極めて親しい友人のみだった。
ここスワンナム地方やヤマト王国だと、数は少ないもののエルフと他種族が結ばれる例もあった。しかしアマノ王国のあるエウレア地方や東隣のアスレア地方は違うし、今まで収集した情報が正しければイーディア地方のエルフも他と交流していないようだ。
これはエルフの寿命が平均でも二百五十歳ほどと極めて長く、他種族の三倍や四倍に匹敵するからだ。この大きな違いを乗り越えている『操命の里』に、アリエルは今更ながら強い興味を覚えていた。
「皆さんは~、シノブ様の故郷のことを御存知ですよね~? ……種族関連とかですが~?」
どうやらメイリィは、アリエルの表情から何を考えているか察したらしい。先ほども同じようなことがあったが、前世を含めて五百年ほども生きた存在だけあり洞察力が並外れているのだろう。
「はい、私達はシノブ様から教えていただきました。向こうには人族に当たる種族しかいないと……」
アリエルは代表して答える。シノブはファリオスやルシールにも、地球という場所での生活を伝えていたのだ。
このときはメリエンヌ学園の幹部達、研究所所長のミュレ子爵マルタンや続く地位にあるハレール男爵ピッカールも交えてだった。そして先に教わったアリエルやミレーユも理事として同席していたから、どのような内容だったか承知している。
しかもシノブは、自身を支える眷属や共に歩む超越種達には更に詳しいことを明かしている。これもアリエルは知っており、この場にいる全員が理解していると保証した。
「……この星に高い知性を持つ種族が複数いるのは、大神アムテリア様の御配慮だと思います。あくまで私個人の想像に過ぎませんが」
メイリィは今までと違う、大人びた口調で語り始めた。
長き時を過ごした存在に相応しい知性と高潔な魂が語っている。そう察したアリエルは緊張で身を固くしつつ、同時に一言も聞き逃すまいと耳を澄ませる。
「人は他との違いを比べてしまう悲しい生き物です。しかも違いをありのままに受け取れず、劣等や悪と決め付ける……。たとえ差が小さな集団でも、その中での相違を言い立てます」
憂いの篭もったメイリィの言葉が、アリエルの胸に突き刺さる。
シノブが来る前のアリエルはエルフと会ったことがなかったし、ドワーフも隊商を守る戦士くらいしか顔見知りはいなかった。つまり当時の自分が充分に理解していたのは人族や獣人族のみ、他国などドワーフのヴォーリ連合国を少し知っていた程度だ。
そして同僚や周囲は、自身と同じ種族であっても些細な違いを気にしていた。
表立って嫌ったり差別したりは、神殿が固く戒めるところだから目にしない。しかし現在のアマノ王国のように四種族が一国に集って王都に十七の国の大使館が並ぶ場所に比べると、本当に小さなことを問題にした。
アマノ王国での暮らしや各国への訪問を経た今、そのようにアリエルは感じていたのだ。
「それに対し、この星には人間だけでも四つ、超越種は更に多くの種族がいます。しかも森猿や海猪に浄鰐など、人の知性には及ばぬものの意思を交わせる種族も……。このように多様な存在の交流が、寛容さを生み出すと考えています」
もちろん簡単ではないし徐々に距離を縮めていくしかないと、メイリィは続けていく。
しかしファリオスとルシールのように違いを乗り越えた者達が増えたら、より良い未来が訪れるだろう。それを自分は、そしておそらくは神々も望んでいる。
そう結んだメイリィに、アリエル達は静かに頭を下げた。
◆ ◆ ◆ ◆
アリエル達は力フエインの木を見たことがない。それをメイリィは案じたらしく、里から案内人を出そうと提案する。
そこで採集は明朝からとなり、アリエル達はファリオスとルシールの家に泊まることにした。何しろ今は零時前、それにファリオス達は先月から『操命の里』で暮らしており本来なら就寝している時間なのだ。
更にアミィから、アルバーノ達が採集隊の護衛に名乗り出たと連絡があった。こちらでの明朝、護衛隊がスワンナム地方に来るという。
「ここが私達の家ですよ」
「素敵なお家ですね……」
微笑むルシールに、アリエルも顔を綻ばせつつ応じた。
灯りの魔術で照らされたのは、綺麗な花畑で囲まれた一軒家だった。しかも、どこかメリエンヌ王国の農家を思わせる造りだ。
緯度が全く違うから向こうと違って風通しが良さそうだし、雪への備えも存在しない。それに庭の花々も、南国の華やかな品種ばかりだ。
しかしメリエンヌ王国出身のルシールが整えたからか扉や窓の装飾は同国風で、庭の花壇や納屋の配置もアリエルの記憶にある故郷と共通していた。アリエルはメリエンヌ王国のルオール男爵の娘、そしてルオール男爵の領地には農家が多いから懐かしさすら覚える。
「ありがとうございます。さあ、中にどうぞ」
『お邪魔します!』
『私達はアリエルさんやシャミィさんと同じ部屋で良いですよ!』
ファリオスが扉を開けると、オルムルやシュメイは屋内へと飛翔していく。
実はシャミィを含め、前回『操命の里』に来たときにファリオス達の家に寄っていた。そのため彼女達は客室が一つしかないと承知していたという。
ファリオス達の家は平屋だが面積は充分にあり、しかも全部で八室もある。しかし彼らは居間と自分達の寝室の他に客間を一つ置いただけで、残りは全て研究室や書庫にしたそうだ。
それに庭の花々もファリオスが研究の一環として植えたものだ。もちろん綺麗で危険のない品種を選んでいるが、鑑賞以外の目的もあったのだ。
もっともアリエルに批判するつもりは毛頭ない。この方が二人らしいし、自身も家に大きな書庫を拵えたからだ。
「それではお休みなさい」
「今日はありがとうございました」
アリエルとシャミィは家の主達に挨拶すると、客間に入っていく。もちろんオルムルやシュメイも一緒である。
客間にはベッドが二つ並んでいるが、どちらも相当に大きく片方を二人で使っても充分な余裕がある。それに部屋自体も広く、同じベッドを更に一つ追加できるだろう。
エルフは人族や獣人族が造る都市のような密集した場所を好まない。彼らも都市を造るが自然を愛するだけあって広大な敷地に多くの草木を植えるし、屋内も比例するように広々としている。
アリエルはデルフィナ共和国の都市に行ったことがあるが、一国を代表する街にも関わらず田園のように長閑だと感じたほどだ。
「少し風を通しましょう」
アリエルは乾燥の術を使いつつ、布団に空気を送る。
ただしエルフの布団は防虫や防湿などの処置をしており、念のためでしかない。彼らは素材自体に加え、魔術で快適さを保っているのだ。
「私も……」
流石は眷属だけあり、シャミィは再誕して半月弱というのに同じ術を使いこなす。しかも後から始めたのに、終えるのはアリエルより早かった。
そして二人は手早く着替え、ベッドに横たわった。とはいえアマノシュタットだと十八時前後、まだ寝るには早すぎる。
『それじゃ、皆でお話しましょう。三十分くらいなら良いですよね?』
『まだ眠くならないですからね』
オルムルはアリエルの枕元に降り、シュメイは同じくシャミィの頭の脇へと向かう。
こういう時差の大きな場所に行った場合、催眠の魔術で強制的に眠って調整する。しかしオルムル達は、異郷での団欒も良いと思ったらしい。
「ええ。……ファリオスさんとルシールさん、幸せそうで安心しました」
アリエルは頷き返し、続いてファリオス達を話題にした。
安堵したというのは事実だが、めでたく結ばれた男女の話題は種族を超えた語らいに最適だと思ったのもある。少なくともオルムルやシュメイなら共感してくれるだろうし、眷属でも人間と愛し合った例もあるからシャミィも理解できる筈だ。
『そうですね! それに、この里は良いところです!』
『はい! アマノシュタットやメリエンヌ学園みたいに、色んな種族が仲良くしていますから!』
オルムルが羽ばたきで喜びを強調したから、アリエルの顔を優しい風が撫でる。同様に隣のベッドでは、シュメイが起こした微風でシャミィの髪が僅かに揺れていた。
アマノシュタットやメリエンヌ学園にも、ファリオス達に続く者が現れるだろう。それに先々は寿命の差を解消する術も生まれるのではないか。実際ルシールは、より多くの人が長命の術を会得できるように研究を始めているそうだ。
森猿のように高い知能を持つ種族も、各所で働くようになるだろう。人より大きく力強い森猿は建築など、海猪に浄鰐は水上交通や水中の作業を受け持っていく筈だ。
これらの明るい未来図を、アリエルと二頭の子竜は思いつくままに挙げていく。しかしシャミィは無言のままだ。
「シャミィさん、どうして自分だけが、とお悩みでしょうか?」
「いえ……。ただ、謎が解けたら役に立てたのに、と……」
アリエルが問いかけると、シャミィは浮かない表情で応えを返す。
眷属だけあり、自身のみが異なると悩みはしないようだ。しかし早く夢の病の元を断たねばと思ってしまうのだろう。
確かにシャミィの予想が当たっていたら、今ごろは祖霊スープリが宿る地に向かっていたかもしれない。
「シャミィさんの助言で真実に近づいたのです……これは大きな前進ですよ」
アリエルは身を起こし、シャミィのベッドへと移る。そして小さな眷属を抱きかかえつつ、どうか彼女に安らぎをと願う。
シャミィは生まれ変わって半月弱、つい庇護欲が湧いてしまう。それは生後二年にも満たないオルムルやシュメイも同じようで、彼女達はシャミィに体を擦り寄せていく。
「大丈夫です……皆の力を合わせれば、すぐに分かります」
『シノブさんも、色んな力があれば何倍にも強くなると言っていました!』
『違いを乗り越えて力を合わせなさいって……』
「アリエルさん……オルムルさん……シュメイさん……」
アリエル達の説得が功を奏したのか、シャミィの面が和らぐ。
ファリオスとルシールが種族の壁を乗り越えたように。眷属となったメイリィが子孫から距離を置きつつも、一族や縁のあった者を陰で支えているように。メリエンヌ学園や分校で多様な者が共に学んでいるように。そして、ここ『操命の里』の人々が夢みる未来のように。
知性ある者は分かり合えると、アリエルは信じていた。そして自身が教え導く子供達には光溢れる道を示し、共に歩んでいこうとも。
アリエルは共に休む者達と、自分達の将来を夢想し語り合った。そのため就寝が遅れて翌日は少々眠たかったが、二人と二頭は普段以上に溌剌としていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年11月24日(土)17時の更新となります。