27.22 シャミィの記憶
シャミィは『操命の里』での出会いを思い出していた。
相手は自身と同じ眷属のメイリィ、かつて神操大仙と呼ばれたエルフの生まれ変わりだ。今から五百年ほど前にスワンナム地方に生まれ、成人後にカン地方に渡って操命術の修行を重ねた女性である。
シャミィは前世も眷属だが、カン地方の聖人小无としても知られている。しかし再誕で記憶の殆どは失われ、かつての自分を知る術といったらカンの伝説を紐解く程度だ。
そこでシャミィは近い時代を知るメイリィに興味を抱いた。前世の自分が人の姿を捨てて聖剣に宿ったのは創世暦440年ごろ、そしてメイリィがカンに渡ったのは百年ほど後なのだ。
一世紀も違うが創世暦1002年の今と比べたら遥かに近いし、そのころは自身の弟子だったという神角大仙も生きている。メイリィはカンに百五十年ほどいたらしいから、一度くらいは会ったのではないか。
そんな期待を胸に秘め、シャミィは『操命の里』へと赴いた。
「初めまして~、金鵄族のメイリィです~」
里の中央にある生命の大樹、誇張ではなく雲に届く巨木の上でメイリィが微笑む。彼女の家は、馬車すら置ける太い枝の上にあるのだ。
「天狐族のシャミィと申します。突然の訪問、申し訳ありません」
このときシャミィは少しばかり緊張しており、頭上の狐耳を無意識のうちに震わせてしまう。
自分は生まれ変わって三日目、それに対しメイリィは眷属になってから二百年くらいだという。この世代差に加えて唐突に押しかけたのだから、シャミィは深々と頭を下げて恐縮の意を表す。
「いえいえ~、中にどうぞ~」
エルフの少女の姿をした眷属は、自身の家に後輩を招き入れる。
家は大樹の瘤が元だというが、そうは思えないほど整っている。丸太小屋風の外観に板張りのような内装は、もし地面の上に建っていたら普通の家と信じてしまうだろう。
しかし実際には、置かれたテーブルも含め大樹の一部だという。
「それに私も会ってみたいと思っていました~。さあ、座ってください~」
メイリィは柔らかな笑みを浮かべ、籐製らしき長椅子を指し示す。テーブルを挟んで置かれた二脚のうちの一つだ。
「ありがとうございます」
「これからも気軽にお願いします~」
シャミィが勧められるままに腰掛けると、メイリィは奥の棚から茶道具を取り出した。
棚には色々な茶葉を置いているようだが、どうもカン地方のものを選んだらしい。懐かしさを感じる香りに、シャミィの顔は自然と綻ぶ。
「何しろ来る人が少ないので~。シノブ様が来る前はアルフール様で~。……何年前でしたかね~?」
メイリィは里の者達に正体を明かさず祖霊として振舞っているし、家の存在も伏せている。そのため訪れる者が稀有なのは事実だろう。
「どうぞ~」
メイリィは茶を淹れると、湯飲みの片方をシャミィの前に置く。
もっともメイリィの外見は七歳かそこら、シャミィの姿は更に幼く五歳程度だ。もし誰かが見ていたら、ままごとのようだと顔を綻ばせたかもしれない。
「いただきます」
メイリィが差し出した湯飲みを、シャミィは手に取る。
見慣れた琥珀色、安らぎを覚える香気。それらを堪能してからシャミィは口を付けた。
「美味しい……」
「懐かしい味ですよね~」
思わずシャミィが言葉を漏らすと、メイリィは目を細める。
どうやらメイリィは自分がシャオウーだったと承知しているらしい。先ほど彼女が触れたように神々の知らせや訪れで知ったのだろうと、シャミィは受け取る。
「その……。私の前世はカンのシャオウーだったそうです。もしよろしければ、ご存知のことをお教えください。それにシェンジャオ大仙と会っていれば是非とも……」
どちらかというと、シャミィは後者について知りたかった。
シェンジャオ大仙は立派な鋼仕術士だったが、弟子の英角に殺されてしまう。しかもインジャオは師の体に憑依して成り代わり、更に狂屍術を打ち立てて荒禁の乱を起こす。
この乱が始まったのは創世暦680年ごろで、メイリィが前世でカンに向かったのは更に百四十年ほども前だ。したがって彼女が本物のシェンジャオ大仙を目にしている可能性はある。
本物のシェンジャオ大仙は前世の自分の弟子だというが、残念なことに覚えていない。しかし話を聞けば何か思い出すかもと、シャミィは考えたのだ。
「済みません~。遠くから見ただけなんですよ~。私は幻影の術で人族の男に化けていましたから~」
カン地方だとエルフは南の森に隠れ住むのみ、しかもメイリィは性別も偽っていた。そこで彼女は大仙と謳われる術士を避け、群衆の中から眺めるのみに留めた。
鋼仕術士は自身の魂を憑依させるくらいで、魂や魔力を感じる力にも長けている。しかもシェンジャオ大仙は聖人の弟子で、長命の術を会得しており術士としての年季も違う。
このころシェンジャオ大仙は二百歳を超えていたが、メイリィは百歳ほどだった。そのため段違いと敬遠するのも無理はない。
「そうですか……」
「でも~、優しそうで良い方だと思いましたよ~。それに術も凄くて~、とても敵わないと感嘆したものです~」
シャミィの落胆を感じたのか、メイリィは目にしたときの様子を語り始める。
シェンジャオ大仙は定期的に各地を巡り、鋼仕術を用いて建築や街道整備、神像の作成などをしていた。その様子をメイリィは遠目に眺めたのだ。
カン帝国の建国を支えた偉人にも関わらず、地方まで赴いて人々に奉仕する。説法でも柔らかな態度を崩さず、行く先々で人々に慕われる。それに術も多彩で、治癒魔術なども達人というべき腕だ。
これなら正体を明かしても良いのではと、メイリィは考えたという。
「でも~、神殿に行ったときに嫌な弟子がいて~。もしかすると、あれがインジャオだったのかも~」
メイリィは当時のことを思い出したらしく、不愉快そうに眉根を寄せる。
シェンジャオ大仙は尊敬できる人物でも、周囲の全てが同じとは限らない。そう察したメイリィは暫く様子を見ることにした。
そして何十年か過ぎて荒禁の乱が起き、メイリィは弟子達を連れてスワンナム地方に戻っていく。
◆ ◆ ◆ ◆
「おかしいな~、とは思ったんですよ~。あれほどの方が人の体を奪うなんて~。でも~、人間って変わりますからね~」
荒禁の乱が始まったころ、メイリィは百八十歳を過ぎていた。その間に彼女は数多くの堕落を目にしており、シェンジャオ大仙も例外ではなかったと嘆いたのみだったのだ。
「でも本当のシェンジャオ大仙は素晴らしい人でした~。シャミィさんは胸を張って良いのですよ~」
「そんな……」
メイリィは自分を励ましてくれたのだろう。あるいは過去を振り返るなと言いたいのかもしれない。彼女の配慮を、シャミィは嬉しく感じていた。
しかしシェンジャオ大仙はインジャオの嫉妬や狂気を見抜けなかった。これが荒禁の乱の原因だから大仙の責任は重いし、彼の師だった自分も同じだとも感じる。
「彼を最後まで導けなかったのは自分~、とか思っていませんか~?」
「はい……」
メイリィの指摘に、シャミィは静かに頷く。
インジャオが生まれたのはシャオウーが聖剣に宿った百数十年後、当然ながら師弟の関係はない。しかし彼が捻じ曲がったのも、使命の途中で去った自分のせいではないかと感じていた。
カン帝国の初代皇帝になった男、劉大濟を自分は死なせかけたという。その罪を償うべく聖剣となったが、代わりにシェンジャオ大仙の指導を完遂できなかった。
そもそもの始まりは自分の不注意。そのようにシャミィは捉えたのだ。
「……それはシェンジャオ大仙に対する侮辱ですよ。私が目にしたころでも彼は二百歳を過ぎていた……インジャオに殺された時点だと二百五十歳を超えたでしょう。それだけ生きたら師匠のせいには出来ません」
「メイリィさん……」
口調を改めた相手を、シャミィは見つめ直す。
メイリィの面からは先ほどまでの柔らかさが減じ、代わりに長い時を見つめた英知が溢れている。生まれ変わったばかりの自分とは違う、人々が思い描く神の使いの強さと深みがある。
シャミィの胸に、感嘆と憧憬が広がっていく。
「あんまり見つめられると恥ずかしいですよ~。そうです~、お茶を淹れなおしましょ~」
メイリィは元の間延びした調子に戻ると、顔を逸らしつつ席を立った。どうやら気恥ずかしさを覚えたらしく、横顔は微かに赤く染まっている。
「今度のお茶は、ここだけでしか飲めませんよ~。なんと生命の大樹の葉で作ったお茶です~」
「いただきます……」
メイリィが淹れてくれた茶は、シャミィの心から憂いを取り去った。
生命の大樹の力か、メイリィの気遣いからか。どちらにしてもシャミィの心は安らぎで満たされる。
「力が湧いてきます……」
「生命の大樹の効用は活性化です~。かなり長く効くし、催眠の術を防ぐ効果もありますよ~。逆がネムネムの木で、これには近縁種でネバネバの木っていうのがありまして~」
シャミィが問うと、メイリィは得々とした表情で語り始める。聞かれていないことまで触れる辺り、彼女は相当の植物好きらしい。
ここ『操命の里』に赴任したファリオスのように、エルフには植物採集や栽培に熱意を示す者が多い。そういった事柄はシャミィも忘れておらず、流石はエルフ出身と納得しつつ耳を傾ける。
「でもネバネバの木はスワンナム地方に無いんですよ~! イーディア地方にあるから、そちらとの交流が待ち遠しい~! ……あれ~、里に何かが~?」
メイリィは異様なほど熱心に語っていたが、唐突に首を傾げて黙り込む。どうも何かを感じ取っているらしいが、シャミィには分からない。
邪魔しないようにと、シャミィはお茶を味わいながら待つ。
再誕したばかりの自分と違い、メイリィは二百年も眷属として過ごしてきた。それに彼女の前世は操命術士、鋼仕術士と同じで魂を感じる能力が高い筈だ。
操命術では他者の魂と交感し、鋼仕術では自身の魂を鋼人などに憑依させる。つまり双方とも魂を扱う技で、霊感とでもいうべき感応力が必要なのだ。
シャミィも眷属だから憑依くらい出来るが、前世を含めると五百年も磨いたメイリィには敵わないだろう。
「……あ~、フェイニーさん達が戻ってきたんですね~。珍しい波動だから勘違いしたようです~」
「魔力波動ですか? それとも魂を感じたのでしょうか?」
メイリィが感知したのは、海際の里に行った超越種の子供達だった。それなら心配いらないと、シャミィは質問をする。
まだ生まれ変わって三日、知らないことばかりである。そこで早く知識を身に付けねばと思ったのだ。
「これは生命の大樹からですね~。植物は色んな手段で情報をやり取りしているんですよ~」
メイリィの返答はシャミィの予想とは全く異なるものだった。
生命の大樹の根は里と外部の境界まで達しており、更に根や葉の先はメイリィの作った結界に接している。そのため結界に何が触れたか、大樹を通して分かるという。
「動物以外だって感覚があるんですよ~。神経とは違いますが、特殊な物質を出すとかしてですね~。電気や魔力を使った伝達なら、理論的には光の速度ですよ~」
木や草だけではなく、キノコなど菌類にも伝達のための機能はあるとメイリィは続ける。それらに魔術的な働きかけをして、遠方の出来事を瞬時に感知したり逆に指示したり出来るそうだ。
そして植物や菌類は人間が思う以上に巨大だ。
たとえば竹。地上に出ている部分は別に見えても地下茎で繋がっており、一つの竹林が一本の竹という例もある。
たとえばキノコ。特定の菌床が山一つに広がっていた事例があるが、これは山全体を一つの生命体が覆ったことを意味する。
それに分泌した物質で周囲の別個体に影響を及ぼす場合もある。これらを利用して複数の個体を繋いだ経路を作れば、更なる広域も扱えるという。
「それに植物には何千年という長寿を誇るものもあります~! もっとも地球の植物ですけど~!」
メイリィが地球の植物と限定するのは、この星に命が生まれて千二年だからである。創世暦元年にアムテリアが星を整え、あらゆる種を誕生させたのだ。
「植物は過去を振り返らず、未来に向かって伸びるのです~! だから強いし長生きなんですよ~!」
「そうですね……」
両手を広げて輝くような笑みを示したメイリィに、シャミィは素直な感嘆で応じる。
そして同時に、シャミィは深い尊敬の念を抱く。植物の強さや、共存してきたエルフの知恵に。
◆ ◆ ◆ ◆
この半月ほど前の語らいで、シャミィは前世より未来を見据えるようになった。
新たな生にはアミィやタミィという姉貴分がいるし、自分を再誕させてくれたシノブもいる。カン地方も平和になり、新時代へと動き始めた。
それらの思いがシャミィの心に安らぎを与えてくれ、安らぎは揺らがぬ芯となった。そのため日が落ちて暗い森に降り立ったときも、不思議なほど落ち着いていた。
──ちょっと不気味ですね~──
──あら、怖じ気づいたのかしら?──
──少し静かすぎますね──
近くで響いたのは金鵄族達の思念だ。
緩やかな思念はミリィ、からかうような調子はマリィ、冷静な分析はホリィ。彼女達は青い鷹の姿に戻って飛んでいる。
ここはエルフの子供達、ラークリとシースミの住んでいた里だ。ただし兄妹はアマノ号に残している。
里の大地を踏みしめたのは四人のみ。まずは光の神具と神衣で身を固めたシノブ、同じく神から授かった衣装のタミィとシャミィ、鋼人に憑依した祖霊のウーシャである。
ウーシャがいれば案内役は充分だし、里のエルフには高位の魔術師も多いという。ならば確実に対抗できるシノブと眷属のみに留めるべきだ。
なおアミィはアマノ号で皆を守護している。アマノ号にはシャルロットを始めとするアマノ王家の女性陣、交渉役として宰相ベランジェを筆頭に閣僚数名、それに守護役の武人達に側付きと大勢いる。しかし彼らはエルフとの魔術合戦に向いていない。
オルムル達なら問題ないが、いきなり超越種が現れたら相手も驚くだろう。加えて偵察に多くは不要とシノブが主張し、集った者達も受け入れたのだ。
現在アマノ号は、視認できないほど遠方の空で待機している。
──なんとなく『操命の里』に似ていますね。小振りですが生命の大樹みたいな木もありますし──
シャミィは目の前の木を見上げる。
樫に似た木は生命の大樹と似ているが、雲に届くほど巨大ではない。とはいえ上の方は暗闇に紛れており、判別しがたい。
木の周囲にある家も、どこかメイリィのいる里を思わせる。どちらも熱帯の森だから、同じような構造の風通しが良い家なのだ。
──ええ、あちらほど大きくはないけど──
──中央に木、周囲に建物や畑だからね──
タミィに続き、シノブが思念で応じる。
透明化の魔道具を使っているから、声を発しないのは当然だ。しかし自身の音を殺したから、よけいに周囲の静けさが際立ってしまう。
近くの家からは、それぞれに複数の魔力を感じる。それに日没から二時間ほどで里の全てが就寝するには早いが、物音一つ聞こえない。
動物達も眠ったのか辺りは耳が痛くなるほどの静寂に包まれているが、夜行性の動物を含めた全てが寝ているなど不自然すぎる。
──スープリが私達に気付いて夢の力を増し、皆を眠らせたのだと思います──
祖霊ともなれば思念くらい使いこなす。そのためウーシャも声なき声で警告を発した。
スープリとは、夢の病をばら撒いているという祖霊だ。ウーシャよりも更に前のエルフで、この里より遥か南の聖地に葬られたという。
やはり里の人や周囲の動物は、夢の病で眠ったのか。ここに来るまでに聞いた話だと、まだ病に罹っていない人もいるそうだが急激に進行したのか。
星明かりの下、シャミィは思いを巡らせる。
そのとき突然、闇が薄まった。シャミィが辺りを見回すと、なんと中央の大樹が淡い光を放っている。
──やっぱり……シノブさんと一緒に──
──オルムルさん?──
光に幾らか遅れて届いたのは、岩竜オルムルの思念だった。しかし揺らぐような、ぼやけたような響きをシャミィは異様に感じる。
シャミィは反射的にアマノ号が浮いている筈の方角に顔を向けた。しかし闇が深い上に遠く、視認できずに終わる。
──アミィ、何かあったのか!? フォルス、ガストル!? アマノ号は浮いているのに……どうしたんだ?──
シノブはアミィを呼ぶが返事はない。それにアマノ号を運ぶ二羽、朱潜鳳の成体達も同様だ。
シャミィと異なり、シノブはアマノ号が空にあると確信しているようだ。彼の魔力感知能力は桁違いに遠方まで把握できるから間違いないだろうが、飛んでいるなら朱潜鳳達が返事しないのは不可解だ。
──きっと励ましです……生命の大樹と──
今度は炎竜シュメイのものらしき声が脳裏に響く。ただし最前のオルムルと同じで、夢のように奇妙な反響を伴っていた。
「夢でしょうか?」
「俺達は起きているようだが……そうだ、タミィは?」
自分達も夢の中にいるのでは。そう思ったシャミィだが違うのか、自身とシノブの肉声は確かな音として耳に届く。
「タミィお姉さま、しっかりしてください!」
いつの間にか、タミィは倒れていた。しかも相当に深い眠りらしく、シャミィが揺さぶっても起きない。
「ホリィ、マリィ、ミリィ! ウーシャさん!」
シノブは金鵄族の三人を短距離転移で呼び寄せるが、こちらも熟睡中だ。いずれも青い鷹の姿のままで目を瞑っている。
それに祖霊のウーシャが宿る鋼人も地に伏していた。
──お役立ちの……次女ですよ──
──どんな加護に……目覚めるか──
──海の中って……魔力が多いんですよ──
──オルムルは……僕のもの──
──シノブさんは……今までも皆を笑顔に──
そうしている間にも、超越種の子達の声が続く。
光翔虎のフェイニー、玄王亀のケリス、海竜リタン、岩竜ファーヴ、嵐竜ラーカ。言葉と合わせてイメージまで流れ込んでくる。
共に暮らす者達と遊ぶ光景。未来を夢見る可愛らしい姿。人々を共存へと誘う情景。将来に向かって邁進する勇姿。一途に慕う心の具象。おそらくは子供達の願いそのものだ。
先のオルムルやシュメイも含め、七つの思いがシャミィの心に飛び込んでくる。
それに数えきれないほどの夢が続く。こちらは里のエルフ達らしく、草木染めの服を着た長い耳の人ばかりが脳裏に浮かぶ。
シャミィは恐るべき想像をする。超越種の子に影響を及ぼすほど強力な術は、大勢のエルフ達から搾り取った魔力で実現したのではないかと。
エルフ達が思い描く夢は、どれも明るい笑みで満ちていた。しかし搾取のための幻という疑念が、シャミィの胸を泣きたいくらいの悲しみで一杯にする。
「心を弄ぶな!」
シノブも同じことを感じたのだろう。彼は天地を揺るがすような烈声を発すると、同時に震え上がらんばかりの魔力波動を放ったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
神気の爆発。そんな言葉がシャミィの頭に浮かぶ。
恐るべき力を秘めた閃光が自身を突き抜けた。しかし輝きは心地よく、全身を活力で満たす。
そして神秘の恩恵を受けたのは、シャミィだけではなかった。
「わ……私、眠っていたの?」
「タミィお姉さま、良かった!」
今まで深い眠りに就いていたタミィが身を起こす。シャミィが見るところ意識はハッキリしているようで、声にも力がある。
──あれれ~、鋼人は~?──
──今日は予定通り……えっ、森の中?──
──やっとミリィが真面目に……夢だったの?──
三羽の青い鷹はミリィ、ホリィ、マリィの順で目を覚ました。こちらも普段通りのようで、目覚めると同時に空へと舞い上がる。
『やはり夢の力が……。それも若貴子様を始め、魔力の多い方々を狙ったようです』
「出直そう……だが里にいる人々は!」
ウーシャの言葉にシノブは残念そうな声で応じたが、直後に光の大剣を抜き放つ。
どうやらシノブは短距離転移を行使しているらしい。近くの家の中から魔力が消えていくのを、シャミィは感じ取る。
「……全員、船室に移した!」
シノブの声と同時に、周囲の景色が変わる。アマノ号の甲板の上に転移したのだ。
「フォルス、ガストル、連続転移で森から離れる!」
──分かりました!──
──急ぎましょう!──
シノブは光の盾から光鏡を出し、アマノ号の前方へと回す。すると朱潜鳳達も間を置かずに巨大な光の円盤へと飛び込んでいった。
「シノブ様、魔法の家を確かめます!」
シャミィは走り出す。光鏡を行使できるのはシノブのみ、ここにいても見物するしかないからだ。
──私は船室を!──
──ホリィと向こうに行くわ! こちらはミリィとタミィで!──
──了解です~!──
「分かりました!」
アマノ号は双胴船型だから、船室は左右別々だ。そのためホリィとマリィは魔法の家を挟んで反対側の右船体、ミリィとタミィは今いる側の中に消えていく。
「シャルロット様! アミィお姉さま!」
シャミィがリビングに駆け込むと、大勢が振り向く。ただし先ほど思念を発していた者達、つまりオルムル達は眠ったままらしく動かない。
エルフのファリオスに治癒術士のルシール、同じく治癒魔術を使えるミュリエルやアンナが子供達の側にいる。それにラークリとシースミの兄妹、セレスティーヌやリゼットなども心配げな顔で囲んでいた。
「シャミィ、無事で良かったです」
「……返事できなくてごめんなさい。……杖の効果継続で精一杯、それもリビングだけでオルムル達までは……」
シャルロットは柔らかな笑みで迎える。しかしアミィは疲労が顕わで、言葉も途切れ途切れだ。
『アミィさんは治癒の杖で守ってくれたんです』
『だから僕達は眠らないで済みました』
こちらは炎竜フェルンと朱潜鳳ディアスだ。そういえば彼らの思念は届かなかったと、シャミィは地上での出来事を思い出す。
『最初はオルムルさん達と甲板の上から見ていたんですけど……』
『空を飛んだら父さまに叱られて……シノブさんとの約束を破ったから』
要するにフェルンとディアスは罰として室内に戻されたわけだ。そのため難を逃れたから、運が良かったとすべきだろうが。
「いきなりオルムル達が倒れたときは驚いたぞ」
「そうですな……しかし甲板の上だったのは不幸中の幸いでした」
「確かに」
「それに人間程度の大きさで助かりました……元のままだと入りませんから」
イヴァールとアルバーノ、アルノーにマティアスが寄ってくる。この四人を始めとする武人達が、昏睡した超越種の子をリビングに運んだのだ。
勇敢かつ献身的な行動だが、少々無謀ではなかろうか。魔力の多い者が狙われたから人間は対象にならなかったらしいが、相手の出方次第では命を落とした可能性もある。
しかし超越種達の多大な貢献を思えば無理もないだろうと、シャミィは口を挟まなかった。
「フォルスとガストルは成体だから、自力で耐えたようだね。でも、彼らも思念を発する余裕はなかったらしい」
シノブはオルムル達を引き連れて戻ってきた。彼は慕う子供達の回復を優先したようだ。
オルムル達は夢の病に罹ったのが恥ずかしいのか、言葉を発しない。それに普段ならシノブに纏わりつくのに、今は静かに続くのみだ。
更に後ろにはラークリとシースミもいるが、国王や重臣達がいるせいか大人しい。
「シノブ君、そちらはどうだったのかね?」
「私とシャミィだけが無事でした」
問うたベランジェに、シノブはアミィに魔力を補充しつつ応じる。
ただしシノブが魔力譲渡に使った時間は僅かで、語り終えたときには手を離していた。そのためシャミィは、相当な量を分け与えた筈なのにと密かに驚嘆する。
「シノブ様は分かりますが、シャミィ殿は何故でしょう?」
疑問を呈したのはシメオンだ。もっとも他も同じことを思ったらしく、怪訝な顔が多い。
「その……生命の大樹のお茶を飲んだからだと思います」
シャミィは生まれ変わったばかりの自分が無事だったのは、『操命の里』で飲んだお茶のお陰だと考えていた。催眠の術を防止するとメイリィが言っていたのを思い出したのだ。
「素晴らしい! 聖なる木には、実用的な効果もあったのですね!」
「貴方、だからといって勝手に葉を採ってはいけませんよ」
興奮も顕わに叫ぶファリオスを、妻のルシールが窘める。するとファリオスは図星だったのか決まり悪げな笑みを返す。
「まずは『操命の里』かな。生命の大樹の可能性は高いし、向こうには魔法植物に詳しい人も多いから……。そちらはシャミィ……後はファリオスとルシールにお願いするとして、こっちは助けたエルフ達から事情を聞くか」
シノブの言葉に、多くが頷き返す。
『操命の里』はファリオス達の赴任先でもあるし、シャミィとしても植物研究と医療の第一人者がいれば心強い。それに転移を使えば移動も一瞬である。
「それじゃシノブ君、エルフの皆さんを起こしてくれたまえ!」
「この薬を試していただけませんか!? これはフミンとコリャナンダー、それにカーメキックを混ぜたもので、イーディア地方の激辛カレーにも使われているのです! オルムル様達は人間と同じ食事をしないので、投与を控えましたが……」
ベランジェが急かすと、ファリオスが懐から取り出したビンをシノブに渡そうとした。これには殆どが呆れたらしく、あちこちで失笑が起きる。
『そんな変なもの、絶対に飲みません!』
「と、父さん達にも飲ませないでください!」
「濃すぎです! 起きる前に死んじゃいます!」
「大丈夫ですよ。投与量を間違えなければ……」
オルムル達やラークリとシースミは激しく抗議するが、ファリオスは怪しげな笑みで応じるのみだ。
この人を伴って大丈夫だろうかと、シャミィは危ぶんでしまう。しかし次の瞬間、メイリィも似ていたと思い出す。
先ほどの里では中央の大樹が光った直後に異変が生じたから、夢の病に植物が関係しているのは確かだと思われる。
それならファリオスとメイリィが適任、きっと真実を解き明かしてくれるだろう。何故なら二人は、過去の失敗にめげることなく輝かしき未来を目指す者達だから。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年11月21日(水)17時の更新となります。




