27.21 タミィ、警戒する
タミィは微かな音を感じ取り、頭上の狐耳を動かした。
振動に伴う衣擦れなど音と言えぬ程度だが、神々の眷属である天狐族が聞き逃す筈もない。それに発生源は隣、アミィの胸元と近いから尚更だ。
アミィを挟んだ反対側で、シャミィが同じように耳を揺らす。
タミィは姉と慕うアミィや妹分のシャミィと並んでソファーに座っている。そして向かいにはシノブとミュリエルだ。
今はアマノ号での移動中、場所は魔法の家のリビングである。今日はシノブの領地の一つ、フライユ伯爵領に出かけたのだ。
アマノ王家でフライユ伯爵領に関わるのは伯爵のシノブと先々伯爵夫人になるミュリエルだけ、そのため普段の二人はアミィや側仕えを伴うのみで訪問する。しかし今回、シノブはシャミィにも見せようと思ったらしい。
そしてタミィも一緒にと誘われ、ミリィが代わりにアマノシュタットの大神殿に詰めている。
『どなたからでしょう?』
『ラーカさん達かも?』
岩竜オルムルと炎竜シュメイがシノブの側から声を発し、他もアミィへと視線を向けた。
超越種の感覚は眷属と並ぶほどだし、シノブは神の血族でミュリエルも武術で磨いた鋭い感覚を持つ。そのためリビングにいる全員が、通信筒の振動だと理解していた。
ちなみに先月生まれたばかりの三頭は『神力の寝台』で昼寝中、嵐竜ラーカと海竜リタンは東域探検船団と共にイーディア地方だ。そして他の子は猫ほどの大きさに変じてシノブとミュリエルの脇、そのため長いソファーにも関わらず一杯である。
「ええ、ラーカからです。……シノブ様、イーディア地方のエルフが現れました! 小さな子供が二人、森の異変を知らせに来たそうです!」
最初アミィは柔らかな笑みを浮かべていた。しかし彼女の表情は直後に一変し、声にも緊張が宿る。
ラーカが知らせてきたのはエルフ達の奇病、ラークリとシースミが語った死に至る夢だった。今もエルフの森を侵食する災厄を聞き、シノブ達の顔も鋭さを増していく。
「ラーカ達や船団の者では解決できないから、二人をアマノシュタットに連れてきたいそうです。……シノブ様、どうしましょう?」
「伝染病じゃないとは思うが……」
アミィが問うと、シノブは憂いを顕わにしつつ呟く。
エルフの子供達、ラークリとシースミは随分と長く旅したらしい。今まで纏めた地図だと森の端から東域探検船団が停泊中の都市ブドガーヤまで200kmはあるし、それ以上を歩いたのは間違いない。
しかしブドガーヤや周辺は平常通りだという。つまり二人が未感染か、そもそも人から人に広がらない病では。そのようにシノブは受け取ったのだろう。
「たった二人で……でも……」
ミュリエルの声には強い苦悩が滲んでいた。
潜伏期間が非常に長い病気かもしれないし、安易な判断は厳禁だ。十万人近くが暮らすアマノシュタットに病が蔓延したら大惨事、エルフの子供達を招いて良いか迷うのも無理はない。
『シースミさんはアルフール様のお告げを受けたのでは?』
『間違いだったら大変ですよ~』
『そうですね。誰かがシースミさんを騙したのかもしれません』
岩竜ファーヴは森の女神の神託ならばと思ったらしい。しかし光翔虎のフェイニーは首を振り、更に玄王亀のケリスが何かの罠かもと続ける。
確かにアルフールの言葉だと保証できる材料はないし、大勢の命に関わるだけに慎重を期すべきだろう。
「私が確かめます。治癒の杖があれば状態異常を治せますし、健康なら何も起こらない筈ですから」
治癒の杖を使っても異常がなければ神秘の光を発しない。そのためタミィは検査に使えると考えたのだ。
『なるほど!』
『それが良いですね!』
タミィの提案に多くが愁眉を開く。
年少の炎竜フェルンや朱潜鳳ディアスは、これで問題なしと言わんばかりに宙を舞っていた。やはり彼らもエルフ達を可哀想に思っていたのだろう。
「それじゃ頼むよ。遠くで済まないけど」
「タミィ、治癒の杖です」
シノブの言葉を受け、アミィが魔法のカバンから短い杖を取り出した。
先端には七色に煌めく大きな宝玉、周囲には錫杖のように幾つも飾りの環が付いた、どことなく可愛らしさが漂う短杖。しかし邪術で変じた異形すら元に戻す奇跡の品、大神アムテリアが授けた神具である。
「いえ、転移すれば一瞬ですし!」
タミィは勢いよく立ち上がる。
ラーカやリタンは返答を待ち続けているだろう。それにエルフの子供達、ラークリとシースミも。それ故タミィは、一刻も早く駆けつけようと思ったのだ。
移動は魔法の馬車の呼び寄せ、つまり一旦は甲板に出る必要がある。そこでタミィは扉へと向かおうとするが、一歩目を踏み出したところで振り向くことになる。
「タミィお姉さま、私も行きます!」
呼び止めたのは小柄な狐の獣人、妹分のシャミィだ。
シャミィの外見は五歳程度、タミィよりも二つ程度は幼い。そのため張り上げた声は可愛らしく、シノブやミュリエルは笑みを宿したままだ。
「シャミィ……」
しかしタミィは、常になく強い声を発した妹分を驚きと共に見つめる。
シャミィはカン地方の聖人小无の生まれ変わりだが、前世をほぼ忘れていた。それに彼女がシャオウーとして生きていたのは五百年以上前、しかも聖剣に宿ってからは殆どを地下に封印されたままだった。
そのためタミィが指導役になり、再誕したばかりの後輩を導いている。
しかし今まで、シャミィがイーディア地方に興味を示したことはなかった。
シャミィが転生して半月ほど、大神殿の務め以外だとスワンナム地方の『操命の里』に出向いた程度である。
この『操命の里』への訪問は神操大仙が目的、今は眷属メイリィとなった人物に会うためだ。シェンツァオ大仙がカンに渡ったのはシャオウーが聖剣に封じられた少し後だから、シャミィは当時のことを聞けると思ったらしい。
それをタミィは知っているから、妹分が同行を願ったのを不思議に感じていた。
「シャミィを連れて行きなさい。何か引っかかるみたいですし」
「はい、アミィお姉さま!」
「ありがとうございます!」
アミィの声に背を押され、タミィは再び走り出す。そしてシャミィも一礼すると、後を追ってリビングから飛び出した。
◆ ◆ ◆ ◆
「シャミィは……というよりシャオウーさんはイーディア地方に行っていないですよね? それともメイリィさんからですか?」
走りながら、タミィは念のためにと聞いてみた。もしかすると『操命の里』でメイリィから何か教わったのでは、と思ったのだ。
『操命の里』があるスワンナム地方はイーディア地方の東隣、それにメイリィの前世はエルフだ。しかも里は深い森の中で、今も多くのエルフが住んでいる。
そのためタミィは、メイリィなら似た病を知っているかもと期待する。
「いえ……でも行かないとって思ったんです」
どうして気になったか、シャミィは自分でも分からないという。
上手く説明できないからか、シャミィの顔は曇っていた。それに彼女自身、胸中に湧いた思いを訝しく感じているようだ。
「そうですか……」
やはり前世の記憶だろうかと、タミィは思いを巡らせる。
たとえばシャオウーがカン地方を担当する前、イーディア地方を受け持っていた。あるいは神界にいたころ、同じような病を知る機会があった。それらが微かな記憶として転生後も残ったというのは、充分にありそうだ。
しかし思い出せぬ以上、どうにもならない。まずは現地に行って確かめようと、タミィは心を決める。
そこでタミィは自身の魔法の幌馬車を取り出し、アマノ号の甲板へと置く。魔法の家や魔法の馬車と同様に、普段はカードにして仕舞っているのだ。
『お出かけですか?』
『どちらに?』
アマノ号を運ぶ二羽、朱潜鳳のフォルスとガストルが頭上から問いかける。今日は日帰りだから全速飛行だが、そうと感じさせない余裕のある響きだ。
「はい、イーディア地方に!」
「行ってきます!」
タミィとシャミィは一声ずつを返し、魔法の幌馬車へと入る。そしてタミィが短い書き付けを通信筒に入れると、直後に幌馬車は転移した。
どうやらラーカ達は今か今かと知らせを待っていたらしい。
「……大丈夫ですね」
「良かったです」
タミィとシャミィは笑みを交わす。
幸いにもエルフの子供達は病に罹っていなかった。もちろん東域探検船団の乗組員達も健康そのものである。
『ちょっと軽率でした……』
『そうですね……』
嵐竜ラーカと海竜リタンは、森の女神アルフールのお告げと聞いたから安心しきっていたらしい。もっとも船乗りや船団のエルフ達も同様だから、二頭を責めるのは酷だろう。
「あくまで念のためですから」
「……シノブ様達も来ますよ」
シャミィと共に竜の子達を慰めていると、タミィの通信筒にアミィからの文が届く。
アマノ号は予定を変更し、メグレンブルク伯爵領の領都リーベルガウに降りたそうだ。そしてアマノ号を魔法のカバンに仕舞い、シノブ達はリーベルガウの大神殿から転移で来るという。
「ラークリ君、シースミちゃん、お風呂に入って着替えましょう」
タミィはエルフの子供達を身奇麗にしようと考えた。
ここは旗艦ゼーアマノ号、風呂も立派なものがある。抽出の魔道具があるから海水から真水を得て、更に湯沸かしの魔道具を使うのだ。
それにラークリとシースミの服は貧しい農家の子でも滅多に見ないくらい古びているし、継ぎも多い。
元から着ていたエルフの草木染めだと人目を惹くから、二人は森を出た直後に服を買ったという。しかし随分と足元を見られたようで、どちらもアマノ王国だと雑巾にでも回されそうな品だ。
「それでは、こちらに」
「着替えは……」
「水兵服じゃ大きいだろうな……」
案内役を買って出たダトスの横では、三人組の残る二人ラミスとポルトが顔を見合わせていた。
男ばかりの船乗り達では、風呂や着替えまで気が回らなかったのだろう。それにラーカやリタンは超越種、服など着ない。
司令官のナタリオ達がいれば別だったかもしれないが、彼らはブドガーヤの太守に招かれたままだ。
「アミィお姉さまに頼みましたから、大丈夫です」
シャミィは通信筒に紙を投じつつ微笑む。
シースミはタミィと同じくらいの背丈、それにラークリもシノブの側仕えに同年代の子がいる。したがって従者や侍女の服で充分間に合うだろう。
そこでタミィは後をシャミィに任せ、自身はエルフの子供達と共に士官用の風呂へと向かう。ちなみにブドガーヤは十九時にもなっておらず、まだ風呂を使う者はいないから貸し切りだ。
「まず浄化の術を使いますね」
タミィは浴槽に入る前に、ラークリとシースミの汚れを取ることにした。
二人は森を出てからだけでも、五日ほどを旅したという。魔力の多いエルフだから身体強化にも優れており、十歳と七歳にしては足が速いらしい。
しかし魔力を浄化に回すほどの余裕はなかったらしく、双方とも汚れ放題だったのだ。
「す、凄い! シースミと変わらない歳なのに!」
「お兄ちゃん、タミィさんやシャミィさんは神様のお使いだと思う」
ラークリは目を丸くするが、シースミは落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。
やはりシースミは巫女の才能を持っているらしい。彼女がお告げを受けたというのも、おそらくは正しいのだろう。タミィは術を行使しながらも、少年と少女の観察を続けていた。
どちらも褐色の肌に黒髪、この辺りだと一般的な容姿だ。イーディア地方の人間はエルフやドワーフも含め、濃い肌と黒か近い色の髪である。
ただし笹の葉のように長い耳はエルフのみの特質で、これを誤魔化すために二人は変装の魔道具を着けて旅をした。
「鼻が高いですね……それに目もパッチリとしていますし」
タミィは二人の容貌へと注意を向ける。
ヤマト王国やアコナ列島の褐色エルフと違い、ラークリ達は顔の彫りが深い。それにスワンナム地方やナンカンの南部の森に隠れ住むエルフ達とも違う。
これらの地域のエルフ達は東洋系の容姿だが、ラークリやシースミの顔はエウレア地方やアスレア地方の人々に似ていた。もっともアスレア地方から西のエルフは肌の色が薄く、違いは明らかだ。
つまり二人がイーディア地方のエルフなのは確かだと思われる。
「そうかな?」
「ありがとうございます」
ラークリとシースミは微笑んだのみ、どちらも他地方のエルフと比べられたとは思わなかったらしい。
既に二人とも東域探検船団が遥か西から来たと教わったし、エウレア地方やアスレア地方の同族とも会っている。しかし船団に東洋系のエルフはいなかったから、違いは肌の色だけと考えたのかもしれない。
「さあ、お風呂に入って温まりましょう!」
「はい!」
「久しぶりです!」
タミィが誘うと、エルフの子供達は満面の笑みで続く。
士官の風呂とはいえ、船の中だから簡素な造りでしかない。しかしラークリ達は、何よりの幸せと言わんばかりに顔を輝かせる。
それ故タミィは逸る心を抑えつけた。聞きたいことは色々あるが、今は二人の安らぎを優先すべきと思ったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「ミリィさんとアルバーノさん……どうしてここに?」
風呂から上がったタミィは、ラークリ達と共にゼーアマノ号の広間へと向かう。しかし彼女は、そこで予想外の者達を目にした。
広間のテーブルには大勢が着いている。
まずシノブやアミィにミュリエルというアマノ号にいた面々、それにシャルロットやセレスティーヌ。後ろにはシノブの親衛隊長エンリオや護衛騎士のマリエッタやエマなども並んでいる。
ここまでは理解できるが、大神殿にいる筈のミリィやメグレンブルク伯爵アルバーノまでいるのは何故か。
「もう夕方ですよ~」
「そうですな~」
ミリィの緩やかな口調は普段通りだが、アルバーノが真似をすると失笑めいたざわめきが広がる。それにタミィも釣られて笑いそうになるが、慌てて表情を引き締めた。
「時間を聞いているのではありませんが……」
アマノ王国も夕方だから神殿の務めも終わっただろうし、伯爵の仕事が片付くのも自然だ。しかしタミィは、物見遊山と言わんばかりの二人に甘い顔をしてはならぬと思ったのだ。
「タミィは真面目っ子なんだから~。エルフときたらミリィちゃん、実績もあるじゃないですか~」
「そうですな~。探索ときたらアルバーノ君、実績もあるじゃないですか~」
十歳程度の外見のミリィはともかく、立派な将官にしか見えぬアルバーノが剽げると衝撃度が違いすぎる。そのため室内は大爆笑、淑女たるシャルロット達すら口元を抑えつつ表情を緩めている。
「アルバーノ、永遠の二十八歳はともかく『君』は無理があると思うが?」
「これは失礼しました。ですが陛下がリーベルガウに突然いらっしゃったのは、私を伴えという神々の御意思かと……」
笑いを堪えつつといった様子で立ち上がったシノブに、アルバーノは冗談か本気か理解しかねる言葉で応じる。しかし、これでタミィも大よそを理解した。
アマノ号が降りたのはアルバーノの館があるメグレンブルク伯爵領の領都だ。当然ながら彼は主を出迎えたに違いない。
何しろ双胴船型の磐船など他に無いし、国名を冠した船を使えるのは王家のみ。それに重臣である伯爵なら、国王の予定も承知済みだろう。
一方のミリィだが、予定の変更がアマノシュタットに伝わった時点で名乗りを上げたのではないか。
大神殿での務めを終えて『白陽宮』に戻り、シャルロットやセレスティーヌと語らう。そんなときにイーディア地方行きの知らせが入れば、物見高いミリィなら自身も連れていってと願うだろう。
それにミリィの言葉は事実だ。彼女は二百年ほど前に、アスレア地方のエルフを担当したことがあった。
「ラークリ君、シースミちゃん。あの二人は変わり者だけど、頼りになるんだよ。だから心配しないで」
シノブはエルフの子供達に寄ると、屈みこんで目線を合わせた。二人が呆然とした様子で立ち尽くしていたから、少しばかり案じたらしい。
「は、はい!」
「若貴子様の仰せ、どうして疑いましょう」
ラークリは子供らしい応えを返すが、彼の妹は七歳とは思えぬ言葉遣いで応じる。そのためシノブは真顔になり、他も先ほどまで浮かべていた笑みを収める。
「……神降ろしとは違うようですね。あなたは?」
「私は二人の先祖に当たる者、ウーシャと申します」
アミィが問いかけると、シースミは大人びた口調で語り始める。
多くがいるからか明言しなかったが、ウーシャは祖霊のようだ。彼女はシースミと同じく巫女の素質に恵まれた女性で、森の女神アルフールから神託を賜ったこともあるという。
「すると今回のお告げは貴女が? それともアルフール様でしょうか?」
「アルフール様のお言葉です。まだシースミには無理ですが私の力を貸しましたので……。ただ負担が激しいため繰り返すのは避けましたし、今も若貴子様のお力で表に出ております」
思わず問うたらしきシャミィに、ウーシャと名乗った存在は残念そうな言葉を返す。
どうもウーシャの力は相当に制限されているようだ。あるいは祖霊としての修行途中なのだろうか。いずれにしても普段は顕現できないらしい。
そのためラークリも初めて目にしたようで、彼は唖然とした顔のまま固まっている。
「長時間の顕在化も負担なのかな?」
「仰せの通りでございます」
「それでは木人に憑依してもらえないでしょうか?」
シノブに応じたウーシャの声は、かなり差し迫った様子だった。そこでタミィは別の体にと提案する。
ヤマト王国の伝説のドワーフ将弩やアーディヴァ王国の初代国王ヴァクダのように、祖霊なら木人や鋼人に憑依できるだろう。それならシースミに無理をさせずに詳しい話を聞けると、タミィは考えたのだ。
「アミィ、聖羅鋼人の出番です~!」
「全く……でも女性型が良いでしょうね」
喜び勇むミリィに、アミィは苦さの滲む笑みで応じた。しかし他に選択肢はないと思ったのか、そのまま魔法のカバンへと手を伸ばす。
「ウーシャさん、これに乗り移れますか?」
アミィが魔法のカバンから取り出したのは、アスレア地方のエルフ達の新作だ。タミィも名前だけは聞いていた、女性型の鋼人である。
金属製だが顔は柔らかな笑みを浮かべているし、体も細いから優しげな印象だ。それに長髪を模した薄い板に加え、体型も女性を思わせる。
しかも他の鋼人と違い、聖羅鋼人は服まで着ていた。これが地球のセーラー服に酷似しているから、ますます女らしく映る。
「まあ……綺麗ですね」
どうやらウーシャも聖羅鋼人を美しいと思ったようだ。そのためか憑依も問題なく成功する。
◆ ◆ ◆ ◆
ウーシャが鋼人に乗り移った直後、ナタリオ達が戻ってきた。そこでシノブは多少の相談をしてから次の行動に移る。
船団のうち機帆船の二隻は南進を開始する。この二つはエルフの動かす船だから、同族との交渉を進めるべく南の森を目指すことにしたのだ。
シノブは再びアマノ号に乗り込んだ。そして彼は光鏡での短距離転移を使い、十分足らずでラークリ達の故郷へと迫る。
そして準備と移動の間に、アマノ号は更なる賑やかな場と化していた。
「今日は間に合って良かったよ!」
「全くですな!」
「翌朝が大変かもしれませんよ」
意気軒昂な宰相ベランジェと軍務卿マティアスに、内務卿シメオンが諫めるような言葉をかける。しかし野次馬として加わったのは彼も同じだから、周囲は微笑むのみだ。
「寝不足くらい、どうにでもなる」
「ええ」
轟然と言い放ったのはバーレンベルク伯爵イヴァール、短く同意したのはゴドヴィング伯爵アルノーだ。
二人はアルバーノの不在でシノブの遠征に気付いたという。後は通信筒でシノブに問い合わせ、アミィ達がリビングに備え付けの転移の絵画から迎えに行くという流れだ。
「ミリィだけに任せておけません」
「そうね。また、あんなのを出すし……」
ホリィとマリィは、渋い顔でウーシャの憑依した鋼人を見つめている。
一方のミリィは同僚達の叱責を恐れたのか、アリエルやミレーユと並んで菓子を摘んでいた。
「綺麗ですね」
「はい、まるで太陽のようです!」
「本当ですわ!」
正面に向けたソファーの中央にはシャルロット、そして左右にミュリエルとセレスティーヌ。三人は光鏡を操るシノブを眺めている。
側にはアンナやリゼットなどの侍女、ミケリーノなどシノブの側付きも控えている。しかもカン地方担当のソニアとロマニーノまで、ホリィと一緒に現れた。
ちなみにオルムル達はシノブの側、神具を操る彼に憧れの視線を向けている。
「アンナさんは懐妊が明らかになったというのに……」
タミィは思わず愚痴を漏らしてしまう。
まだアンナは妊娠したばかり、言われなければ気付かないほどだ。それにシャルロットも使った腹帯、大神アムテリアが授けた神具で保護しているから働くのも問題ない。
しかし危険があるかもしれない場所に妊婦を伴うのは、本人の願いといっても首を傾げてしまう。
「アマノ号を宙に留めたら大丈夫でしょう。ここでベランジェ様達といらっしゃる分には問題ないかと……」
「そうね……」
シャミィの微笑みに、タミィは決まり悪げに応じる。
危険を問題視するなら、まずは王族や侯爵達の出動だろう。もっともアンナと違い、こちらは一応の名目がある。
ウーシャによれば、森から引き離せば病は治るらしい。
そのためエルフ達を強制的に連れ去るかもしれないが、その前に交渉を試みたい。そこで宰相達の出番となったわけだ。
ミュリエルが商務卿代行でセレスティーヌが外務卿代行、アマノ王国の閣僚の大半が乗り込んでいるのは国と国の接触を意識してのことでもある。
「それにシノブ様がいらっしゃいます」
シャミィの声には全幅の信頼が宿っているようだ。彼女を再誕させたのはシノブだから、それも無理からぬこととタミィは感じる。
もちろんタミィもシノブを信じているし、異神すら倒した彼に心配無用だとも思う。
しかし今回は少々不安な要素もあった。夢の病を引き起こしたのは祖霊の暴走だと、ウーシャが告げたからだ。
「スープリという祖霊……遥か昔のエルフが森を操っているというのが本当なら……」
タミィは先ほど聞いたばかりの名前を口にした。
それはウーシャよりも更に昔のエルフ、彼女ですら伝説としてのみ知る存在だ。そのため詳しいことは不明だが、スープリはラートミという女性を愛したそうだから男性だったのは間違いないらしい。
「凄く大きな樹に宿っているとか……まるでメイリィさんのようですね」
シャミィが呟いたように、ここにはスワンナム地方の生命の大樹を思わせる伝説があった。天まで届く巨大な樹が守る聖地があり、そこにスープリは眠っているというものだ。
ラークリやシースミの住む里は聖地と別の場所だが、そこから分けてもらった樹を植えている。そして、この分けた樹が夢の原因でもあるらしい。
「もし分けた株の全てに力が及んでいるとしたら……」
タミィは言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
イーディア地方の西海岸から南端にかけての森は、長さ1500kmにも及ぶ。幅は太いところでも200kmに満たないが、それでも広大であることに変わりはない。
国にも匹敵する広さを操るなど、神に手が届いているのでは。そう思ったタミィだが、不謹慎極まりないと口を噤む。
「……だからファリオスさんとルシールさんを連れてきたのでしょうか。ファリオスさんは植物の専門家、ルシールさんは誰もが認める名医ですから」
不自然に途切れた会話を、タミィは強引に捻じ曲げた。魔法の家のリビングには、スワンナム地方に赴任した若きエルフと彼の伴侶もいたのだ。
つい先日、ファリオスは治癒術士のルシールを妻として迎えた。ただし二人はメリエンヌ学園の所属、そしてファリオスは自身の生まれ故郷であるデルフィナ共和国での式を望んだから、シノブも祝いの使者を送ったのみに留めた。
ルシールは人族、そしてエルフが他種族と結婚する例は極めて稀だ。そのためアマノシュタットやメリエンヌ学園で式を挙げても好奇の視線に晒されるだけとファリオスは思ったらしい。
そこで結婚式に招いたのも、双方の親族や学園の友人のみにしたという。
幸いというべきか、ルシールには長命の術の適性があるという。したがって普通のエルフと人族のように寿命の差は問題にならないだろうし、彼らの任地『操命の里』には先例もある。
しかし長生きしても百歳程度の人族が倍ほども生きるなど、妬む者は多いだろう。それを案じたのか、二人は結婚自体を公にしていなかった。
「さあ……でも、お二人とも幸せそうで良かったです」
先日シャミィは『操命の里』で、ファリオス達に会ったという。そのとき二人が互いを愛するようになった経緯も聞いたようで、とても嬉しげに彼女は微笑む。
「本当にタミィは真面目っ子さんですね~。愛が全て、ですよ~」
「そ、そうかもしれませんね……」
いつの間に来たのか、ミリィが後ろから抱きつく。そのためタミィの返答は少々揺らいでしまった。
確かに自分は案じすぎだろう。しかし別れが怖いのも事実なのだ。
タミィの前世は狐、それも子狐のうちに世を去った。罠にかかった自分を助けてくれた女性の病が治るようにと、命を懸けて願った結果である。
この女性こそがシャルロットやミュリエルの先祖、後に第十四代ベルレアン伯爵になる人物だ。それに願いを叶えてくれたのはアミィ、姉と慕う彼女との出会いでもあり後悔はない。
恩人であるアミィ、先祖と生き写しのシャルロット。彼女達と共に暮らす今は夢のよう、まさに至福の日々だ。
それだけにタミィは恐れる。アミィやシャルロットとの別れを。彼女達を結びつけるシノブに何かあったらと。
「むぅ~、この子は信心が足りないようですね~。シャミィを見習いなさい~」
「済みません……」
ミリィはタミィの顔を強引に動かす。もちろん向けた先にいるのはシャミィだ。
優しげに微笑む妹分は、まだ生まれ変わって半月と思えぬほどの深みを宿している。その強さが前世も眷属だったからか、それともシノブにより誕生したからか、残念ながらタミィには分からない。
「大丈夫です。いつまでも一緒ですよ」
「そうですね……」
シャミィの無垢な笑みは、タミィの心にいつまでも残った。
前世の野生故だろうが、今でも警戒を促す声が胸の内に響く。しかし同時に、自分達なら乗り越えられるという希望の光も灯されたのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年11月17日(土)17時の更新となります。