27.05 ミリィと鋼人と少女
ミリィは魔法の幌馬車から転移した。
魔法の馬車や魔法の幌馬車には隠し部屋があり、その中には転移の絵画がある。これは各地に設置した転移の神像に加え、他の転移の絵画も行き先に出来るのだ。
「お待たせしました~。あっ、お空が綺麗ですね~」
ミリィが移動先として念じたのは、魔法の家のリビングにある転移の絵画だった。
魔法の家が置かれているのはアマノ号の上、そして今は飛行中。しかも転移の絵画が掛かっているのは正面の窓と反対側だから、外が目に入ったのだ。
現在アマノ号で移動中と知っていたから驚きはしないが、快晴の青空はミリィを惹きつける。何故ならミリィは金鵄族で、本来の姿は青い鷹だからだ。
これは同族のホリィやマリィも同じで、いわば本能のようなものだろう。
「ちょうど良い時間だよ。まだプロトス山を出発したばかりだからね」
シノブが立ち上がり、奥へと向き直る。彼は進行方向に向いた窓際のソファーに座っていたのだ。
そして同じソファーからアマノ王家の女性三人とアミィが続く。
「そうですか~。あれ~、リョマノフさんとヴァサーナさんは一緒じゃないんですか~?」
ミリィは長い耳を僅かに動かしつつ、周囲を見回す。
今日はアゼルフ共和国のエルフと会うから、ミリィも同じ姿を選んでいた。これは二百年ほど前、ここの監視担当だったときからの習慣だ。
アゼルフ共和国はエルフのみの国で、つい最近まで国を閉ざしていた。そのため監視していたころは、エルフ以外が現れるのは不自然だった。
今回はシノブの供だから他種族でも構わないが、わざわざ人目を引くこともあるまい。
「二人は甲板で訓練中です」
「エンリオさん達と組み手するそうです!」
「ヴァサーナさんは、アマノ王国の女騎士から色々と学びたいようですわ」
シャルロットは右側の甲板を指し示す。その先ではミュリエルが口にしたように、エレビア王子リョマノフがシノブの親衛隊長エンリオと素手で模擬戦をしている。
そしてセレスティーヌが触れたキルーシ王女ヴァサーナだが、こちらは後方の甲板を使っているのか窓からは見えない。
「リヒトは昼寝中……タラーク達もね」
シノブは我が子のいる『天空の揺り籠』から『神力の寝台』へと顔を向けた。
石の寝台の上には三頭の幼体が並んでいる。玄王亀タラーク、嵐竜ルーシャ、海竜ラームは生後半月少々だから睡眠時間も長いし、『神力の寝台』でシノブの魔力を吸収すれば早く成長できるからだ。
シノブは通信筒を使い、ミリィに主な同行者を伝えていた。そのため彼は残る者達に触れておこうと思ったのだろう。
「リタンとケリスは甲板で修行中です。オルムル達が飛翔で訓練しているからって……」
アミィは年長の子供達の所在を明かす。
年長の海竜リタンは水の操作、玄王亀ケリスは鉱石の精製。これらは甲板でも充分に可能だ。
残るオルムル達、飛翔できる子供はアマノ号の前方にいる。
アマノ号を運ぶのは超越種最速を誇る朱潜鳳達、しかも成体のフォルスとガストルだ。そのためオルムル達は休憩を挟みつつだが、飛行能力を磨くため多くの時間を空で過ごしていた。
「そうですか~。あっ、ホリィ達が来るようですね~」
ミリィが状況を理解した直後、背後で淡い光が生じる。転移の絵画が光ったのだ。
これは転移の前兆で、前にいる人に退くよう促すためだ。出現場所に人がいたら、ぶつかってしまうからである。
そこでミリィは場所を空け、同僚と彼女が連れてくる筈の少女を待つ。
「遅くなりました」
「お、お邪魔します……」
やはり転移してきたのは、エルフに変じたホリィとホクカンの任陽明だった。ホリィは落ち着いた声、対照的にヤンミンはオドオドとした様子で挨拶をする。
ヤンミンが転移するのは初めて、しかも待っているのはカン地方で新世紀救世主とされたシノブである。他も王妃や姫など、緊張するのが普通だろう。
「ようこそ、ヤンミン。さあ座って……」
シノブは気さくな笑みを浮かべると、ヤンミンをソファーに招く。先ほど自身が座っていたものではなく、リビングの中ほどにある低いテーブルを囲んだ四脚の一つだ。
魔法の家の中は六倍ほどに空間拡張されており、リビングも五十畳ほどはある。したがって外を眺めるために並べたソファーの他に接客用を出しても、充分な余裕があった。
「アミィ。ヤンミンに飲み物でも出してくれ」
「はい、シノブ様!」
シノブが声を掛けると、アミィは魔法のカバンを手にした。そして彼女は魔法の水筒などを取り出す。
魔法の水筒から出るのは緑茶だから、カン地方のお茶にも似た味だ。それ故アミィは、エウレア地方の紅茶よりヤンミンの好みに合うと考えたのだろう。
ミリィはヤンミンの隣に向かいながら、アミィらしい気遣いだと微笑む。
「ホリィ、お疲れ様」
一方シノブはホリィに労いの言葉を贈っていた。これは彼女がナンカンの都ジェンイーからホクカンの都ローヤンまでの300kmほどを飛んだからだ。
現在ミリィも含め、普段はジェンイーに置いたアマノ同盟カン地方局に詰めている。しかしヤンミンが住んでいるローヤンには、まだ常駐員を置いていない。
先々はローヤンにカン地方局の支局を置くだろうが、今はホクカンでの戦いから僅か四日後でジェンイーの本局すら体制作りの最中だ。そこで今日のところはヤンミンの家にホリィの幌馬車を置き、アマノ号に来たのだ。
「ありがとうございます。ですが三十分もかかりませんし、空を飛ぶのは気持ち良いですから」
ホリィはヤンミンやミリィと同じソファーに歩みつつ、朗らかな笑みを浮かべる。やはり彼女も空を飛ぶと心が安らぐらしい。
金鵄族は普通に飛んでも時速400kmほども出せるし、瞬間的には時速1000kmにすら達する。そして三十分なら五割増しでも少し激しい運動といった程度だから、むしろホリィは満たされたような表情をしていた。
「ホリィ様達は、本当に凄いのですね」
ヤンミンは随分と驚いたらしい。彼女がホリィ達に助けられたのは僅か六日前、しかも戦もあるから細かいことを伝えている暇もなかった。
そのためヤンミンが金鵄族に詳しい筈もなく、ホリィに無理させたと思っていたようだ。
「そのくらいは楽勝ですよ~。普段の倍の速さで一時間くらい飛んでも、大丈夫です~!」
驚嘆の表情となったヤンミンに、ミリィは地球でいうところのガッツポーズをしてみせる。
近ごろはシノブの神力も増したから、眷属達の力も上がっている。それを知っているシノブ達は穏やかな表情のままで、アミィも静かに頷く。
「そうなのですか……」
「そうなんですよ~! こうやって、パタパタ~と羽ばたくとですね~」
ヤンミンも誇張ではないと理解したらしく、顔を綻ばせる。
どうやら少女の気を解すのに成功したようだ。それを嬉しく感じたミリィは両手を羽のように広げ、おどけてみせる。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブはミリィ達の反対側、右側にシャルロットとアミィ、左側にミュリエルとセレスティーヌが腰掛けた。そしてミリィはホリィと共に、カンの三国について報告する。
通信筒を使って文を送っているが、せっかく来たから口頭でも伝えることにしたわけだ。几帳面なホリィは立派な報告書まで用意しており、それを使いながら説明していく。
「大きな問題はないですね~。ホクカンとセイカンが皇女の留学を希望しているくらいです~」
ミリィはシノブ達が気にしているだろうことを挙げた。
ホクカン皇帝の子は、十五歳の皇太子の他に皇女が二人だ。十歳の雪蘭と五歳の小蘭である。
このうち上のシュエランの留学を望んでいるが、下のシャオランも可能ならアマノ王国に行きたいと言っている。シノブはシャオランに憑依していた邪霊を祓ったから、彼女は感謝と同時に好奇心を抱いたらしい。
セイカンは皇太子の他に皇女が一人だけ、七歳の麗月だ。そのため候補はリーユエのみである。
「十歳以下なら試しは不要でしょう」
更にシャルロットは、適性のある分野で見習いとして学んでもらえば良いと続ける。
ナンカン皇女の玲玉はシャルロットの弟子となって武術を学びたいと希望したが、彼女は成人済みだから試験した。しかし今度は年少だから、あまり厳しい条件にするのもどうかと考えたらしい。
「そうですね。フレーデリータさんやミシェル達と一緒に勉強してもらえば良いと思います」
どうやらミュリエルは、ホクカンとセイカンの皇女が自身の学友になると思ったようだ。
ミュリエルと彼女の側付きのフレーデリータはシュエランの一つ上、そしてミシェルはリーユエと同い年だ。それに対しシャルロットやセレスティーヌが預かっているのは成人済みが多く、シュエラン達では馴染めないだろう。
「シャオラン様はどうなさいますの?」
「強く希望するようだったら短期の体験留学はどうかな? 数日か一週間くらい預かるとかね」
五歳の子供を親元から離さなくてもと、セレスティーヌは言いたいようだ。しかしシノブの返答で納得したらしく、彼女は表情を緩める。
「では、そのように伝えます。ヤンミンさんの家に魔法の幌馬車を置いていますから、一度ローヤンに寄ります」
ホリィはヤンミンを送り届けたら、そのままホクカン皇帝と会うつもりらしい。あるいは書状を記して家臣に預けるのか。
こことローヤンの時差は四時間ほどもあるし、既に十六時を回っている。エルフ達と語らうから、向こうに戻るころには深夜だろう。
そのため書状ですら、受け取ってもらえるのは明朝ではなかろうか。
「頼むよ」
「では、早速に」
シノブの言葉を受け、ホリィが立ち上がる。
確かに今なら向こうは二十時過ぎ、まだ会談できるかもしれない。それに会えなくとも書状を渡すくらいは出来るだろうし、それも駄目なら戻ってくれば良い。
「いってらっしゃい~」
ミリィは転移の絵画に向かうホリィに手を振る。合理的かつ無駄を嫌う同僚に感心しつつ、しかし自分なら翌朝にするだろうと思いながら。
一方ホリィは再び柔らかな光に包まれ、間を置かずに姿を消す。
「……それじゃミリィ、もう一つの件についてだ」
「はい~。ヤンミンさんは、とりあえずアゼルフ共和国の見学ですね~。これから行くルメティアは鋼人製造の総本山ですし、優れた魔術師も多いですから~」
「その……素質があるなら活かしたいと思いまして……」
シノブの問いにミリィは普段通りの口調で答えていく。一方のヤンミンは再び緊張したらしく、声が少々か細い。
ヤンミンには符術士に向いていた。彼女は狂屍術士が父の魂を魔道具に移したことも感じ取ったほどで、修行すれば憑依の術を使いこなせるようになるだろう。
そこでミリィは、ヤンミンに鋼仕術士を勧めた。鋼人に乗り移っての建築や神像の作成なら、身を立てる技に相応しいと考えたのだ。
父が亡くなりヤンミンは天涯孤独となったから、引く手あまたとなる仕事が良いと思ったのもある。
鋼仕術士は過去には沢山いたが、偽の神角大仙が起こした荒禁の乱以降、他者の魂を道具とする狂屍術士と成り果てた。そしてホクカンの戦いで狂屍術士の殆どは消え去り、残る僅かも次々と捕縛されている。
捕縛された者は今までの罪で大半が刑死となるだろう。つまりヤンミンが鋼仕術士になれば、希少な存在として大歓迎される筈なのだ。
「でもヤンミンは、狂屍術にもなりかねない技に恐れを感じていた。そこでミリィは、正しく活用している者達を見せようとした」
「そうなのです~。ヤマト王国やアコナ列島のエルフは木人術だから、鋼の像を作る技に詳しくありませんし~」
シノブはヤンミンが抱えている悩みに触れた。一方ミリィは、アゼルフ共和国が最も適していると返す。
一般的にエルフは植物性の素材を好み、ヤマト王国や近辺のエルフも憑依に木像を使っている。それに対しアゼルフ共和国が金属像にしたのは、創世期に第一世代の玄王亀プロトスが鋼を扱う技を教えてくれたからだ。
ちなみにカンの鋼仕術だが、本当のシェンジャオ大仙は人族だったらしい。
当時や創世期も、カン地方の平野部にエルフは住んでいなかったようだ。それに彼らは暖かな場所を好むから、現在のホクカンに相当する場所を選ばないだろう。
そのためカンの鋼人はエルフと関係ない筈だ。むしろホクカンの遥か北に住んでいるドワーフ、金属を扱う技に長けた種族が絡んでいる可能性が高い。
「メリエンヌ学園という場所もあるそうですが、せっかくだから本場に行くべきとミリィ様が勧めてくださったのです」
ヤンミンの言葉に、ミリィは微笑みを浮かべる。
確かにアゼルフ共和国を熱心に推したが、かつて自身が担当した土地というのも大きかった。そしてエルフは今でも森に閉じこもりがちだから、他所から来た者や他種族との交流を進めるべきと考えた。
ヤンミンの将来を案じたのは事実だが、アゼルフ共和国に新風を吹き込んで一挙両得をという思いもある。そのため彼女の純粋な賞賛を、少々くすぐったく感じたミリィである。
◆ ◆ ◆ ◆
プロトス山からルメティアまで100kmほど、朱潜鳳なら普通に飛んでも十五分だ。そのためヤンミンのことに触れてから幾らもしないうちに、アマノ号はエルフの里に到着した。
エルフの魔術師に会いに行くのはミリィとヤンミンの他はシノブとアミィ、そしてエレビア王子リョマノフとキルーシ王女ヴァサーナのみだ。
これからヤンミンの素質を確かめてもらうが、個人的なことだから大勢を連れていくのも良くないだろう。それに場合によっては符術の奥深い部分にも触れるから、一部の者に限ったのだ。
シャルロット達は乳児を伴ってもと、リヒトを抱いて歓待の場に向かった。そして超越種で幼い者は『神力の寝台』でシノブの魔力を吸収、年長者はエルフの森を巡りに行った。
ホリィはホクカン皇帝に会えるそうで、戻りは遅くなると通信筒による連絡が入った。とはいえヤンミンを送り届ける必要があるから、ルメティアを出立するまでには来るだろう。
「……確かにヤンミン殿には優れた素質があります」
メテニア族の長老ルヴィニアは、静かに目を開いた。シノブが依頼したこともあり、長老自身が確かめてくれたのだ。
ルヴィニアはアゼルフ共和国で最も鋼人に詳しく、符術も権威というべき存在だ。何しろ彼女は二百六十歳以上、それにミリィが監視担当だった二百年ほど前も若手で一番だった。
それ故ミリィも旧知の彼女が現れたとき、大いに喜んだ。腕は確かだし、長老だからヤンミンが留学を希望したときも話が早いと思ったのだ。
「そうですか……」
ヤンミンは喜びと驚き、そして幾分かの懸念を感じたらしい。彼女は笑顔で応じようとしたらしいが、どこか強張った面持ちだ。
「やっぱり~!」
それ故ミリィは、派手に声を張り上げる。
狂屍術士達は、ヤンミンの父の魂を邪術の道具にしかけた。幸いアルバーノが防いでホリィが魂を輪廻の輪に戻したが、やはり衝撃は大きかったのだろう。
そのためヤンミンは符術への嫌悪を消しきれず、修行に踏み出せないらしい。
しかし全ての術は使い手次第で善にも悪にもなる。武術などを含め、技自体に罪はないのだ。
特に危険なものや取り返しのつかない結果になるものは、神々が禁忌とした。そして符術に関する禁止事項は他者の魂の使用で、自身の憑依は正当とされている。
そのためミリィは、これが善き手段にもなるとヤンミンに理解してほしかった。
ルヴィニアを始めとするアゼルフ共和国の魔術師達は符術を熱心に学んでいるし、自身が作った鋼人を誇りに思っている。
したがってルヴィニア達に接したら、ヤンミンも己の素質を前向きに捉えてくれるだろう。天涯孤独となった彼女だけに、長所を誇りにして強く生きてほしいとミリィは願っていた。
「実際にアゼルフ共和国の鋼人を見たらどうかな? 森の番人にしてアゼルフ共和国の守り、それに禁術に溺れた者との戦いでも大活躍したんだよ」
「ええ、我が国はアゼルフ共和国の方々にも助けていただきましたわ」
シノブは実物の見物を勧め、更にアゼルフ共和国では人々の役に立っていると続ける。そしてキルーシ王女ヴァサーナは、昨秋の災難に触れた。
キルーシ王国は禁術使いルボジェクの策動で亡国の危機に陥ったが、友好国やアマノ同盟の協力により国難を乗り切った。そして協力の中にはアゼルフ共和国の鋼人もあった。
それらをヴァサーナは、掻い摘んで説明していく。
「俺の兄シターシュは、間違って邪術を含んだ魔法回路を使ってしまい騒動を起こした。しかし問題の部分を直してからは、皆の役に立っているよ」
「ナンカンでも鋼仕術士を増やそうとしています。でも今のところ一人しかいないので、長い時間が必要だと思いますが……」
更にリョマノフとアミィも後押しをする。
エレビア王国の王太子シターシュは作業用の鋼人を作ったが、暴走により自身と父王の凶暴化を招いた。このように善意でも過ちが起きる場合もあるが、それを恐れていたら何も出来ない。
ナンカンの鋼仕術士とは、元ウーロウ太守の娯仲祥だ。もはや国境に防壁を築く必要はないから都市や街道の整備に乗り出したが、たった一人では手が足りない。
「ヤンミンさんが鋼人を使えるようになったら、ジヤン川に橋を架けてください~。友好と平和の橋です~」
まだ一部しか知らない計画を、ミリィは明かす。先日シノブは、カンの皇帝達に国境でもある大河ジヤン川に橋を架けたらと提案したのだ。
ジヤン川は中流でも幅20kmほどもあるし、巨大な魔獣も多い。そのため今まで橋はなかったが、鋼人なら魔獣も怖くない。
それに鋼人は水中でも活動できる。魂が抜け出た体は睡眠中のように浅い息を続けるが、憑依した像は呼吸不要なのだ。
橋が架かり人々が気軽に行き来するようになったとき、カン三国の融和は更に深まるだろう。それ故ミリィも流石はシノブと誇らしく感じたし、自身も後押しせねばと決意していた。
「は、はい。……ルヴィニア様、鋼人を見せてください!」
「ええ、喜んで。貴女のように優しく賢明な者であれば、私達の術を正しく使えるでしょうから」
ヤンミンの真剣な表情、そして強大な力を恐れつつも正しく使おうとする姿。それをルヴィニアは評価したのだろう。
符術は使用者次第でどのようにでもなる。それだからこそ強く善良な心の持ち主のみに伝えること。ここを創世期に指導した眷属、ミルーナと名乗った者は伝授にあたっての注意を残していった。
このミルーナという眷属だが、ヤマト王国では美留花という名でエルフ達に木人の製法を教えた。そして実はミリィと親しい先輩であり、多大な影響を与えていた。
先輩の教えは、今も確かに受け継がれている。そう感じたミリィは、知らず知らずのうちに顔を綻ばせていた。
◆ ◆ ◆ ◆
一同は鋼人を仕舞っている倉庫に向かう。
行く先は完成したばかりの最新型が置いてある場所で、ルヴィニアなど一部しか立ち入れない。しかも厳重な塀で囲まれており、門番達は魔道具である麻痺の槍を携えていた。
「まだ色々試している最中ですし、かなり高性能な鋼人ですので……。ただ試験中といっても最終確認ですから、憑依するだけなら全く問題ありません」
「アレが完成したんですね~!」
長老ルヴィニアの説明を聞き、ミリィは思わず声を張り上げてしまった。
向かう場所に説明の内容。それらは自身が知っているものだと示していた。
こんな鋼人があったら便利だろうし、使ってみたい。少し前にミリィは自身が温めていた案をルヴィニアに伝えた。
するとルヴィニアも強い興味を示し、取り組んでみると答えた。今までとは違うところが多いから完成は先だと思っていたが、案外と早く出来たようだ。
「はい。ヤンミン殿にお見せするなら、これが良いと思いまして……」
ルヴィニアは倉庫の扉を押し開け、中へと入っていく。
奥の方には二体の鋼人があるようだ。しかしどちらも布を被せてあり、中は分からない。
「少し小柄なようだね」
「そうですね……成人直前の女性くらいでしょうか?」
「確かにヴァサーナと近いな……」
シノブが疑問混じりの言葉を発すると、アミィが小首を傾げつつ応じる。更にリョマノフも、自身の婚約者と似た背丈だと呟く。
ヴァサーナは今年の七月で成人、つまり現在は十四歳だ。
アスレア地方の平均身長はエウレア地方と同程度で、十四歳なら165cmを少々下回る。ちなみに同じ年頃の男性は10cmほど背が高く、もし男の子を模しているなら十二歳と少々となる。
「アマノ王国には、子供を模した木人もありましたね。オルムル様達がお使いになる……」
「小さくするのも大人の二十分の一くらいなら容易だからね。もちろん力は弱いし用途は限られるけど……でも配管の点検とか、使いどころはあるんだよ」
思い出すような顔になったヴァサーナに、シノブは小さい木人や鋼人も役に立つと説明していく。
実際アマノシュタットでは、都市の維持管理に小型木人を使っていた。それに飛行船や蒸気機関車の製造でも、人間が入れない場所の作業に必要だ。
「そういう目的じゃありませんよ~! ジャジャ~ン!!」
ミリィは満面の笑みを浮かべつつ、二つの布を剥ぎ取った。すると少女を模した鋼人が現れる。
二体の鋼人は人間そっくりの外装にしたものではなく、顔なども金属光沢を放っている。しかし森林守護用の鋼の守護者と同様に特殊な鏡面処理が施されており、肌に近い薄桃色だ。
それに鋼人の顔は女性らしい柔らかな笑みを模しているし、服も着ている。これはミリィが描いて示した地球のセーラー服に似たデザイン、ただしルヴィニア達には由来や名称を教えていない。
「女性の術者を想定し、小柄かつ細身と本来の肉体感覚に近くしました。憑依の対象が等身大程度だと、咄嗟のときは普段のように動いてしまいますから」
ルヴィニアは説明が必要と思ったようで、憑依時の感覚について語り始めた。
憑依の対象が巨大だったり極めて小さかったりすると、使用者も充分な注意を払って動く。周囲のものの大きさが何倍も違うから、無意識のうちに今は憑依中だから気を付けようとなるのだ。
しかし人間大、それも一割程度の差だと仮の体に宿っているのを失念する場合があった。特に普段と違う歩幅や腕の長さで格闘すると、一瞬の判断を誤ってしまう。
「なるほど……。ところで服を着ているのは、女性陣の要望でしょうか?」
「はい。若い術者から、出来れば服をという声がありました。女性らしい体型にした結果、一部の者には裸に見えてしまったようで……。それに髪を思わせるものも欲しいという意見が多かったので、放熱を兼ねた薄板を長髪風にしてみました」
シノブの問いに、ルヴィニアは笑みを深くしつつ答えていく。
若い世代の意見とはしたが、彼女も気に入っているらしい。エルフの二百六十歳は他種族の七十歳を超えた程度だが、その高齢でも女性らしい美的感覚は衰えていないようだ。
実際、少女を模した鋼人の頭から背に流れる金色の板は美しく、それに耳も長いから遠目ならエルフの少女が立っているように映るのではないか。
リョマノフやヴァサーナも感嘆の滲む表情で見つめている。
「それでは憑依をします」
「私もやります~!」
ルヴィニアは長椅子に腰掛け、懐から符を取り出す。ミリィも試してみたかったから隣に行き、符を受け取った。
「……憑着!」
「憑着です~!」
ルヴィニアとミリィが発した掛け声は、ここで遥か昔にミルーナが教えたものだ。
ミルーナも地球の文化が好きらしく、色々と取り入れていた。特に鋼の守護者に関しては、まるで地球のテレビ番組に出るヒーローのような出来栄えである。
しかし今回二人が宿った鋼人は、ヒーローというよりヒロインを思わせる。そこでミリィは、やはり地球の映像で知ったセリフを真似してみる。
『愛と平和の聖羅鋼人、神々に代わってオシオキです~!』
ミリィが宿った鋼人は左手を右に動かし、続いて右手の人差し指を正面に向けるポーズを決める。
着けているのはカン地方だと羅や絽と呼ばれる薄絹で、こちらでは巫女が纏う最上級品だから『聖』の字を冠するに足る。そこでミリィは、この名が相応しいと提案したのだ。
『鋼の守護者……聖羅鋼人』
一方ルヴィニアだが、男性型の場合に森番と名乗るところを変えただけだ。
実年齢はミリィが随分と上だ。しかし自分と違ってルヴィニアには長老に相応しい落ち着きがあると、密かに感心する。
眷属の最年長は創世時点の生まれ、つまり千二歳だ。それに対しミリィは半分以下しか生きていないし、肉体も十歳程度の少女だから思考や行動が若くなってしまうらしい。
──ミリィ、オシオキされるのは貴女では?──
──このくらい母上達は見逃してくれるよ。森番を伝えたミルーナさんも、お咎めなかったようだし──
少々皮肉げな思念を発したアミィに、ほろ苦い笑みを浮かべつつシノブが応じる。
しかし他の三人、リョマノフとヴァサーナにヤンミンは疑問を感じなかったらしく、拍手を始める。それにヤンミンは随分と感激したようで、頬を紅潮させ目も輝いている。
「素晴らしいです! 私も愛と平和のために頑張ります!」
ヤンミンは鋼仕術士への道に進むと決断したのだ。更に彼女は、世のため人のために役立つ術士になると高らかに続けていく。
家族を失った上に将来の目的も奪われた少女が、新たな夢を得た。道化を演じた甲斐があったと、ミリィは静かな満足感に浸る。
今は鋼人に宿っているから表情は変わらないが、もし自身の体なら笑みを堪えきれなかっただろう。
『一緒に頑張りましょ~! さあ、こっちに来てください~。憑依のコツを教えますよ~!』
「はい、ミリィ様!」
ミリィが誘うと、ヤンミンは駆け寄ってくる。
少女の純真で真摯な姿は和むが、敬意を面に浮かべているから少々照れくさい。それ故ミリィは暫く憑依を続け、鋼人の微笑みで内心を隠そうと決めた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年9月22日(土)17時の更新となります。