27.03 フェイニーの夢
光翔虎の子フェイニーは大河の上を漂っていた。
場所はスワンナム地方、操命術士達の隠れ里の一つ。汽水域というべき下流に設けられた、水辺で暮らす獣達の楽園だ。
──気持ちいいですね~──
水に浸かるのは嫌いなフェイニーだが、今日は乗せてくれる者がいる。彼女が寝そべっているのは、巨大なワニの魔獣の背であった。
魔獣といっても操命術士達が飼っている浄鰐だから、大人しいものだ。それに浄鰐は森猿や海猪のように『アマノ式伝達法』を習得できる高い知能を持っており、充分に意思疎通できる。
──ジョーさん、ここにしましょう~──
「ガーガガガ! ガガー!」
フェイニーが思念と伝達法で頼むと、ジョーという名の浄鰐は伝達法で承知と返す。
現在ジョーがいるのは大河の中央だ。そのため頭上からは陽光が燦々と降り注ぎ、しかも川面からの反射も眩しい。
この光に満ちた空間をフェイニーは満喫しようと思ったが、ジョーも同じらしく返答は嬉しげだ。
ジョーは巨体を緩やかに動かし、フェイニーの指定した場所に留まった。すると近くにいた魚達が一斉に離れていく。
──ありゃりゃ~、ジョーさんが怖いんでしょうね~。それとも私でしょうか~?──
「ガッ」
フェイニーが首を傾げると、ジョーは肯定とも否定とも付かない声を返す。
浄鰐の成体は非常に大きく、全長は人間の大人の十倍ほどもある。その中でもジョーは大柄な個体だから、フェイニーは元の体長4mを超える姿で乗っていた。
そのためフェイニーが警戒された可能性も高い。
──ま、いいか~。両岸には緑、和みますね~──
フェイニーは過ぎたことを気にしない性質だ。そのため魚達など早々に忘れ、再び快適な時間を楽しみ始める。
──陸は蒸し暑いけど、川は快適です~──
光翔虎は暑い場所を好むが、ここは湿度が高すぎる。
両親の棲家があるセントロ大森林はエウレア地方だと南部だが、北緯40度ほどもある。しかし今いる場所は北緯15度前後だから、暑さの質が違うのだ。
ただし広い川の上は良い風が渡り、周囲より気温が低い。それをフェイニーは操命術士達から聞き、ジョーを借りて涼みに来たわけだ。
この河口近くの里に来た子はフェイニーの他に二頭と一羽だ。岩竜ファーヴと炎竜フェルン、そして朱潜鳳ディアスである。
ただしフェイニー以外は、まだ『アマノ式伝達法』を覚えていない浄鰐を指導している。
──皆も休めば良いのに~。先生は術士さんと森猿さんで充分ですよね~?──
「ガ……」
フェイニーの身勝手とも思える言葉には、ジョーも返答を迷ったらしい。あるいは内容が複雑すぎて理解できなかったのか。
──リタン達は海を楽しんでいるでしょうね~。それともファーヴ達のように指導でしょうか~?──
フェイニーは海猪のいる里を思い浮かべる。そちらには六頭、海竜リタンとラーム、嵐竜ラーカとルーシャ、玄王亀ケリスとタラークが行ったのだ。
海竜が海を選ぶのは当然、嵐竜の生活領域は空だが多くは海上だ。玄王亀は地中に棲家を作るが、ケリスは砂浜での甲羅干しが気に入ったらしい。
──皆、真面目ですからね……特にオルムルさんとシュメイは~。あっ、私のお姉さんと妹ですよ~──
真面目という言葉から、フェイニーは『操命の里』に残った姉貴分と妹分を連想した。しかしジョーは知らないと気付き、他の子も含めて簡単に語っていく。
自分と同じ雌は六頭、オルムルが一番年長で自分が二番目、シュメイが三番目、ケリスが四番目。ルーシャとラームは生後半月、まだ赤ちゃんのようなもの。雄の六頭やシノブの子リヒトも含め、種族は異なるが兄弟姉妹の絆で結ばれた仲。そのようにシュメイは結ぶ。
「ガッ!」
どこまでジョーが理解したか分からないが、力強い声だから良いものと感じたのだろう。そうフェイニーは解釈し、更に思考を巡らせる。
──望みは叶うんだから、喜べば良いのに~──
どうもオルムル達は、昨日のヴァシュカの予言を気にしすぎているようだ。
いつかはシノブと同じものを味わい微笑むという素敵な言葉。しかし遥かな未来を思ったからか、要らぬ心配までしているらしい。
今このときを楽しむ方が、よほど大切だ。あまり長く悩むなら、さり気なく助言しよう。ここは頼りになる次女の出番だと、フェイニーは気合を入れる。
しかし心地よい光と風のせいか、フェイニーは眠くなってきた。
──ポカポカして気持ちいい……ん?──
夢の世界に旅立とうとしたフェイニーだが、接近する三つの魔力に気付く。
空から迫るのは、ファーヴ、フェルン、ディアスの波動だ。ようやく彼らも遊ぶ気になったかと思いつつ、フェイニーは頭を上げる。
──フェイニーさん! そんなところにいたんですか!──
──探したんですよ!──
──光翔虎の魔力は分かりにくいんです~!──
岩竜ファーヴの後ろに、炎竜フェルンと朱潜鳳ディアス。綺麗な正三角形を描いて飛んでくる。
そしてファーヴ達は人間の子供ほどに小さくなると、浄鰐ジョーの背に降り立った。
──隠しているつもりは無いですけど~。それより指導は終わったんですか~?──
光翔虎の姿消しは魔力波動も隠蔽でき、更に普段も魔力の放出が少ない。しかし意識していないから、責められてもとフェイニーは思ってしまう。
しかし興味は何故ファーヴ達が来たかに向いた。まだ伝達法の指導を始めて三十分ほどなのだ。
──里を見物したらと術士さんに勧められまして──
──母さまも、そうしなさいって──
ファーヴとフェルンによれば指導の手は足りているらしい。
今回はオルムルの母ヨルムとフェルンの母ニトラが引率役を務め、ここ浄鰐のいる里にはニトラが付き添ってくれた。そして彼女が指導に加わったから、子供達は自由行動となったようだ。
──そこでフェイニーさんも誘おうと思ったのです!──
──ここで日向ぼっこを続けたいですね~──
意気込みを示すように真紅の羽を広げたディアスに、フェイニーは気だるげな思念で応じる。眠気を感じていただけに、あまり動きたくなかったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
──だらしないですよ!──
──私達の姉貴分なんですから、シッカリしてください!──
岩竜ファーヴと炎竜フェルンは一旦ジョーの背から飛び上がるとフェイニーの眼前へと移った。どうも二頭は随分と憤慨しているらしい。
ファーヴは生後十三ヶ月を超えているが、フェイニーは更に三ヶ月半も先に生まれていた。そしてフェルンやディアスは生後九ヶ月ほど、つまりフェイニーが最年長だ。
シノブの庇護下にいる子供全てでも、彼女より上はラーカとオルムルのみ。それ故ファーヴ達が怠惰な姿を嘆くのも無理からぬことだ。
しかし今のフェイニーには、言いたいことがあった。
──だらしない~? シッカリしろ~? そのまま貴方達に返しますよ~。オルムルさんとシュメイの悩み、気付いていますよね~?──
心地よい眠気はフェイニーから消えていた。
これは弟分達に苦言を呈すべき。そう思ったフェイニーはファーヴ達と同じくらい、つまり人間の子供ほどの大きさに変じた。
幾らジョーが巨大でも、元のままの自分が身を起こすと辛いだろう。そのようにフェイニーは思ったのだ。
──そ、それは……はい──
──え、ええ──
ファーヴとフェルンは、宙に浮いたまま僅かに後退する。
二頭を追いつつも、フェイニーは僅かに安堵していた。気付いていないのかと案じたが、そこまで彼らは鈍くなかったらしい。
しかし少々お灸を据えねばという思いは、まだ消えていなかった。
──それで番になれるんですか~?──
常になく厳しい感情を滲ませつつ、フェイニーは詰め寄る。
思わず漏れてしまった唸り声に反応したらしく、浄鰐ジョーの背が僅かに揺れた。しかし彼も下手に動けぬと思ったのか、後は丸太のように浮かぶのみで身じろぎ一つしない。
──うっ──
──すみません──
ファーヴとフェルンは退くばかりだ。
岩竜のファーヴとオルムル、炎竜のフェルンとシュメイ、同種族で同年代の異性同士。つまり将来を共にする筈で、その日のためにと彼らも常々修行に励んでいる。
それなら気の利いた一言くらい欲しいところ。こう糾弾されては返す言葉もないだろう。
ちなみにディアスだが羽を広げた姿勢のまま固まっている。ただし彼は朱潜鳳でオルムルやシュメイと結ばれることはないから、フェイニーも怒りをぶつけはしなかった。
──でもフェイニーさん……どうすれば──
──僕だってシノブさん達と同じものを感じたいし……ずっと一緒にいたいです──
まずフェルン、続いてファーヴが途切れ途切れに思念を紡ぐ。
同じ願いを抱いているから、下手な慰めなど言えなかった。安易な答えなど出せなかった。彼らも心の底から悩んだと、真摯な波動が語っていた。
ファーヴは生後十日ほどでシノブと会った。フェルンに至っては孵化する直前にシノブと思念を交わしたほど、つまり彼らにとって父も同然だ。
二頭は視線を下に向けたまま、訥々と思いの丈を表した。
──分かりますよ~。私だって、シノブさんが大好きですし~──
フェイニーがシノブと会ったのは、生後四ヶ月半と比較的遅い方だ。しかし自分も彼を実の父母と同じくらいに慕っているし、シャルロットも大好きだ。それに二人の子リヒトも弟分として可愛がっている。
そのためシノブ達と同じ人間の体になれたらと思ったこともあるし、木人で擬似的に体験できたときは天にも昇るくらい嬉しかった。
ファーヴ達も、木人への憑依を習得不可能な早期から熱心に練習していた。それ故シノブと同じ世界を見たいという彼らの気持ちは本心からと、フェイニーも知っている。
──だから自分達も同じって言えば良いんですよ~。皆で分け合えば、それだけ悩みも軽くなるんですから~──
項垂れたままの岩竜と炎竜に、フェイニーは優しく語りかけた。
これはシャンジーから教わったことだ。自身と同じ光翔虎、そして将来の番と定めた相手に。
百歳を過ぎた成体と殆ど変わらぬ大きな体、太陽のように力強い波動。慕う相手の姿をフェイニーは思い浮かべた。
そのためか、先ほどまでの激情が嘘のように消えていく。
──それで良いのですか!──
──ありがとうございます!──
──流石フェイニーさん!──
ファーヴとフェルンは飛び上がって喜び、ディアスも続く。どうやらディアスもオルムル達の悩みを察していたらしい。
──まあ貴方達は、そこからですね~。シャンジー兄さんとは違いますし~──
──そういえばシャンジーさんは、どうお考えなのでしょう?──
フェイニーは思わず慕う相手を自慢してしまったが、ファーヴは冷やかさなかった。それにフェルンやディアスも年長者に学びたいのか、円らな瞳で見つめるのみである。
──そうですね~。教えちゃいましょうか~──
浮き立つ気持ちと共に、フェイニーは胸を張る。
もしかすると自分は乗せられたのかもしれない。そう思いつつも、フェイニーは語りたいと思う気持ちを抑えられなかった。
フェイニーはシャンジーの凛々しい姿を思い浮かべた。そして彼が語った事柄を弟分達に披露していく。
◆ ◆ ◆ ◆
ヴァシュカの予言を聞いた後、アマノシュタットに戻ってから。フェイニーはシャンジーと並んで夕暮れの空を飛んでいた。
シャンジーが修行地の高山に帰るとき、こうやってフェイニーは途中まで見送るのだ。
──シャンジー兄さんは、健琉さんが大好きですよね~?──
フェイニーは自身の問いが今更だと感じていた。
シャンジーはヤマト王国の跡継ぎタケルを弟分とし、頻繁に会いに行っている。それに共に旅していたころは人間でも使える技を教えるなど、様々に助けたそうだ。
したがってシャンジーがタケルを可愛がっているのは誰もが知る事実、改めて訊かずとも承知している。
──もちろんだよ~。……もしかしてフェイニーちゃん、寿命のことを気にしているの~?──
──は、はい!──
シャンジーが察してくれて助かった。フェイニーは恥じ入りつつも、流石は自身の慕う相手と誇らしく感じていた。
タケルの一族、ヤマト大王家は人族だ。もし彼が長命の術を習得しても二百歳程度で没するだろうが、超越種の寿命は千年と差が大きい。
それでシャンジーは寂しくないのか、それとも何かの策があるのか。フェイニーが知りたいのは、このことだった。
しかしタケルに先立たれたらと言えず、妙な切り出し方になったわけだ。
──そうだね……シノブの兄貴達とは違うだろうね──
シャンジーの改まった様子に、フェイニーは問わねば良かったと思ってしまう。しかし一方で自身の知りたいことが分かると、期待も抱いた。
ちなみにフェイニーも、シノブについては心配していない。彼は最高神アムテリアの血族で、将来は神界に昇るだろうからだ。
シャルロットやリヒトも同様だ。この二人は思念に目覚めるなど常人にあり得ぬ成長をしているから、祖霊や眷属としてシノブを支えるに違いない。そしてミュリエルやセレスティーヌも続くだろう。
このようにフェイニーは極めて楽観的な予想をしており、シノブと同じ世界を楽しめるのがいつだろうと気にしていない。どれだけ時間が必要でもシノブ達は待ってくれると、信じて疑わなかったのだ。
──でも、いつかタケルは戻ってくる。輪廻の輪でタケルの子孫になってね……実際に健彦って人の生まれ変わりだし──
シャンジーが挙げたタケヒコとは七百年以上前の大王、つまりタケルの直系の先祖だ。
自身の子孫に生まれ変わるという信仰はあるが、確認できる例など極めて珍しい。しかしシャンジーは弟分で目の当たりにしたから、遥かなる未来での再会を待つ心境に至れたのだろう。
──七百年は凄く長いです──
まだ生まれて二年にもならないフェイニーにとって、七百年など想像できない長さだ。
フェイニーは膨大な時間に畏れに似たものすら覚え、思わず身震いする。そして感じた寒さを振り払うべく、腕輪の力で小さくなって慕う相手の頭へと張り付いた。
シノブの魔力と極めて近い感覚に、フェイニーは浸る。シノブを兄と慕うからか、シャンジーの波動も太陽のような力強さと優しさを宿しているのだ。
──もっと早く生まれ変わるかも。それにタケルも祖霊や眷属になれるかもしれないよ──
シャンジーは柔らかな思念で応じる。どうやら彼はフェイニーを元気付けなくてはと思ったらしい。
タケルはヤマト大王家と三王家の仲を修復したばかりか、更なる挑戦も続けている。
南のアコナ列島もヤマト王国に加わるし、近々北のワタリ島にも船を出す。このワタリ島とは地球の北海道に相当する地だが、間には魔獣の海域もあって行き来できなかった。
しかしヤマト王国の船はアコナ列島の先にも遠征し、随分と経験を積んだ。僅かな距離だが魔獣の海域すら越えたくらいで、これからの暖かな季節なら北の遠征も問題ないと踏んだのだ。
──ワタリ島ってドワーフさん達がいるんですよね~?──
──そうだよ。少しだけ見たけど南側の陸奥の国と似ていたから、きっと上手くいくよ。それに、まだあるんだよ──
フェイニーが興味を示したからか、シャンジーは更に語り続ける。
筑紫の島の跡取り、クマソ王子刃矢人はスワンナム地方に赴任する。彼はヴェラム共和国に置かれるアマノ同盟スワンナム地方局の局長となるのだ。
ハヤトはヤマト王国からヴェラム共和国まで航海し、間のアコナ列島やダイオ島の統治者達とも昵懇の仲だ。そのためシノブは彼に地方局を任せたいとヤマト王国に申し入れた。
もちろんハヤトだけではなく、当面はマリィが補佐をする。それにアマノ王国からはシャルロットの護衛騎士の一人、フランチェーラも派遣する。
シノブはフランチェーラがハヤトを慕っていると知り、二人を同じ場で働かせようと考えたのだ。
──そうだったんですか~! フランチェーラさん、大喜びですね~!──
フェイニーもフランチェーラのことは良く記憶していた。
カンビーニ公女マリエッタと共に来た三人の女騎士の最年長、シャルロットの弟子の中でも腕の立つ一人。スワンナム地方やカンにも潜入した逸材で、共に行動したこともある。
そして姿消しの使えるフェイニーは、女性達の密やかな会話を耳にすることも多かったのだ。
──忙しいとは思うけど……ルゾン王国やバマール王国、あっちこっちに行くだろうし。でも東西の融和に繋がるって、兄貴やタケルも期待していたよ──
シャンジーの挙げたルゾン王国やバマール王国とは、スワンナム地方の国々だ。そして西のイーディア地方、つまりインドに当たる場所に向かうなら両者を無視できない。
海路ならヴェラム共和国から船で南のルゾン王国、更に南下してスワンナム半島を回りこんでバマール王国となる。そしてバマール王国からイーディア地方に渡るのだ。
バマール王国はヴェラム共和国の西隣だが、間には魔獣の森が広がっている。これを飛行船か操命術士達に頼んで帝王オウムで飛び越える手もあるが、どちらも大量輸送には向いていない。
そのためハヤト達は海路も整えるために、スワンナム地方の殆ど全てを巡ることになるだろう。
──タケルはスワンナム地方やカンと仲良くするためにも頑張るし、それだけの功績があれば祖霊になれるんじゃないかな。もし無理でもタケルの子供達は同じくらい可愛いと思うし……だからタケルが戻ってくるまで待てるよ──
──そうですね~! 私もシャンジー兄さんと一緒に待ちます~!──
シャンジーの気負いのない思念は、フェイニーの心に僅かにあった憂いを消し去ってくれた。
きっとシノブを囲む者達とは、輪廻の輪の先で再会できる。何故なら自分達はシノブを中心に強い絆で結ばれているから。
フェイニーはシャンジーの頭に自身の体を擦り付ける。感謝を表すために、そして心に浮かんだ素敵な未来を伝えるために。
◆ ◆ ◆ ◆
──というわけで心配いらないですよ~! いつかは皆、シノブさんの側に来るのです~! きっとジョーさんも来て、また背中に乗せてくれますよ~!──
フェイニーは眼前のファーヴ達ではなく、輝く空を見上げていた。どうだとばかりに今まで以上に胸を張ったから、顔が太陽に向いてしまったのだ。
そのため思わず目を瞑ったが、代わりに最高神アムテリアの優しげな顔が浮かんで来た。きっと正解に辿りついた御褒美だろうと思ったフェイニーは、高鳴る気持ちを抑えきれず尻尾を大きく揺らす。
──良く分かりました……でも──
──フェイニーさんの余裕、シャンジーさんのお陰じゃないですか!──
──つまり偉いのはシャンジーさん?──
岩竜ファーヴは少々遠慮がちな、炎竜フェルンは率直な、そして朱潜鳳ディアスは疑問系の思念を返してくる。
確かにシャンジーは偉大で素敵な光翔虎だが、自分への尊敬もあるべきだ。そう思ったフェイニーは、弟分達を脅すことにした。
──そういうダメダメな答えしか出来ないようじゃ、貴方達が祖霊や眷属になるのは何回か輪廻の輪を巡ってからでしょうね。でも家族ですから、生まれ変わったら見つけてあげますよ──
わざと冷たさの漂う思念を発したフェイニーは、反応を窺うべく顔を正面に戻して目を開く。ただしツンとした雰囲気は崩さず、凍りつくような視線を意識してだ。
──すみませんフェイニーさん! いえ、フェイニーお姉さま!──
──僕達が間違っていました!──
案の定、弟分達は大慌てだ。
ファーヴとフェルンは平身低頭といった様子で頭を下げ、背中の翼を忙しなく動かしている。しかも両手を組み合わせてという徹底振りだ。
岩竜や炎竜の前足は物を掴めるから、人間の手に似た動きも可能なのだ。
──お姉さまの素晴らしい教え、胸に刻みます! だから、どうかお許しを!──
ディアスは鳥の姿だから、手を合わせての謝罪は不可能だ。
代わりにディアスは高々と空に舞い上がり、それから急降下して頭を下げるという動きを繰り返していた。これは朱潜鳳の土下座に相当する動作である。
──冗談ですよ~。それに謝るより態度で示してください~──
フェイニーは思念を緩め、戯れだと伝えた。あまり堅苦しいのは好みではないから、早々に手打ちにしようと思ったのだ。
──態度というと、お姉さまより上の何かが?──
──姉上が良かったでしょうか!?──
──フェイニー姉上!!──
先ほどの脅しが効きすぎたらしい。ファーヴは新たな敬称を模索し、フェルンは震えつつ姉上と叫び、更にディアスが即座に続く。
──そ、そうじゃなくて~! ファーヴはオルムルさん、フェルンはシュメイに優しくしなさいってことですよ~!──
大きく首を振ったフェイニーは、改めて二頭の子竜へと向き直る。
ちなみにディアスには同年代の同族がいないが、先ごろ彼の両親とは別の朱潜鳳の番が見つかった。そのため近々新たな仲間が加わるのではと、フェイニーは期待している。
──は、はい!──
──必ず!──
ファーヴとフェルンは緊張の残る思念と共に顔を上げた。どうやら二頭は許されたと思ったらしい。
それにディアスも上昇と下降の繰り返しを中止し、再び浄鰐ジョーの背に降りる。
──それじゃ、川遊びを楽しみましょ~! といっても私は泳ぎませんけどね~!──
「ガーガガガ! ガガー!」
フェイニーが発したのは思念だけだったが、ジョーは巨大な口を上げて諾意の叫びを響かせる。
操命術士は動物達との交信に魂の触れ合いも用い、特に波長が合えば声や仕草を使わなくても指示を出せる。つまりフェイニーとジョーは相性が非常に良いのだろう。
こうしてフェイニー達はスワンナム地方の大河を堪能した後、フェルンの母ニトラやカカザン島の森猿達と共に『操命の里』へと戻った。
──お帰りなさい!──
──水辺はどうでしたか!?──
里の中心、生命の大樹の側にオルムルとシュメイが佇んでいる。どちらも人間の子供程度の大きさで、木陰に腰を降ろしていたのだ。
白い子竜と薄赤の子竜が並んでいる姿は、どことなく微笑ましい。
──楽しかったですよ~!──
フェイニーはオルムル達と同じくらいの大きさになりつつ思念を返す。それにファーヴ達も彼女に倣い、ニトラも倍くらいの大きさを選ぶ。
──ほ、他が来ないうちに!──
──い、急ぎましょう!──
海猪のいる里に行った者達は、まだ戻っていない。そして岩竜ファーヴと炎竜フェルンは観客の少ないうちにと思ったらしく、真っ直ぐに大樹の下へ向かっていく。
──ちょっと心配ですね~──
──きっと大丈夫です!──
フェイニーはディアスと密かな思念を交わす。
フェルンに悪いから、大河での一幕はニトラに伝えなかった。それに今も思念の相手を限定しているから、彼女は息子の背を見つめたままで内緒話に口を挟まない。
──あ、あの! オルムルさん!──
──シュメイさんも聞いてください!──
ファーヴとフェルンは思念の相手を制限していなかった。どうも思念の限定すら忘れるほど緊張しているらしい。
二頭の羽は小刻みに震えている。既に彼らはオルムル達の目前で静止しており、しかも重力操作のみで浮いているから羽を動かす必要はないのにだ。
多くの場合、超越種の番は雄が年長だ。しかしファーヴとフェルンは相手より年少だから、臆してしまったのだろう。
成体となるのは二百歳、数ヶ月の差など無いも同然だ。しかし今のファーヴは本来の体長だとオルムルより一割以上小さいし、フェルンに至ってはシュメイの八割程度である。
その分だけ魔力も少ないから、どうしても差を意識してしまうようだ。
──どうしたのですか?──
──フェルン?──
オルムルとシュメイは、揃って小首を傾げた。こちらも宙に浮かび、岩竜同士と炎竜同士で向かい合っている。
──げ、元気を出してください! いつか皆、一緒になれるんです!──
──そ、そうです! いつまでもシノブさんと暮らすんです!──
やはりファーヴとフェルンは相当に上がっているらしい。彼らの言葉は、全く要領を得ないものだった。
──ダメダメです~──
これでは通じないだろうとフェイニーは落胆する。しかし幸いにして、彼女の予想は外れた。
──ええ、頑張ります!──
──皆で良い道を探しましょう!──
やはりオルムルやシュメイは、眼前の相手を将来の番と定めているのだろうか。そのため以心伝心とでも言うべき状態が生まれたのか。フェイニーは首を傾げつつ、隣のディアスへと顔を向けた。
ディアスも不思議だったらしく首を捻っている。朱潜鳳は鶴のように長い首だから、頭の上下が逆になるほどだ。
──双方の愛が奇跡を呼んだ……のでしょうか~?──
──フェイニーさんの思いが届いた……のかも?──
釣られて頭が横になるほど傾げたフェイニーに、ディアスは上下逆のまま応じた。
驚きのあまり、どちらもファーヴ達と同様に思念の限定を忘れていた。そのため先ほどとは違い、ニトラが顔を動かす。
──フェルンが立派になったのは、フェイニーさんのお陰でしたか。ありがとうございます──
ニトラはフェイニーに頭を下げた。そして彼女は我が子の成長を目に焼き付けようと思ったらしく、再び正面に向き直る。
──私の……やっぱり役に立つ次女ってことですね~!──
──流石フェイニーさんです! 素晴らしいです!──
溢れる嬉しさが疑問を吹き飛ばし、フェイニーもオルムル達へと顔を向ける。それに先ほどの衝撃が残っていたのだろうが、褒め称えるディアスの思念も心地よい。
──皆~、お役立ちの次女ですよ~!──
フェイニーは大満足の態で、向かい合ったままの四頭に駆けていく。これだけ素晴らしい働きをしたのだから、きっと賞賛の嵐が待っていると信じて。
──え~! ファリオスさん達が~!?──
しかしフェイニーは非常に大きな衝撃を受けた。オルムル達が答えを見出したのは、ファリオスやルシールとの会話からと知ったのだ。
──はい──
──先ほど──
──そうですか──
──なるほど──
オルムルとシュメイ、ファーヴとフェルン。短い思念の後、沈黙が場を支配する。
残るフェイニーはファリオス達に感謝しつつも、遊んでいないで早く戻るべきだったと激しく後悔した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年9月15日(土)17時の更新となります。




